あの日から、本当に長い月日が流れた。人間からすれば約20年という歳月は、途方もなく長い。だが、数億年という時間を生きるニトロにとっては、それすら一瞬に等しいのかもしれない。
その約20年の間に、俺たちの周囲でもいくつもの出来事があった。
この世界に転生をして…狼王ギネスに拾われて…ギネスにベッドを作って…次郎と一緒にアカシア様に出逢い、保護され…一龍兄さんと出逢い…フローゼ様にも出逢い…餓死した俺が腹を満たして…恩返しでアカシア様の家を改築した。
そして…前世を打ち明け、受け入れられ…一龍兄さんが俺とカカさんを引き合わせてくれた。
最初は警戒された。当然だ。ブルーニトロなんだから…。一目惚れしたけれど、諦めようとした。それを…一龍兄さんが止めてくれた。
カカさんもそうだ。俺に一目惚れしたけれど、ブルーニトロに…レッドニトロの誇りのため、その気持ちに嘘を吐き続けた。そして…
あの日…俺が恋を諦めていたら…おそらくカカさんは衰弱死していたかもしれない…。俺は恋を諦める事が出来ず、カカさんの力になりたいと、カカさんが一目見たときから好きになってしまったと、心のタンスの奥に仕舞おうとした想いをぶち撒けた。
そして…カカさんも、自身の気持ちを受け入れてくれた。
あの日作ってくれたスープは…間違いなく、俺の人生のフルコースになっている。そして理屈抜きで俺が好きだと言って、俺の胸に抱きつき、俺も抱きしめたあの日の記憶は…三虎の言う通り、全く忘れていない。ずっと…ずっと覚えている。
ふふふ…楽しかったなぁ…カカさんを無自覚でお姫様抱っこしながら新居の立地を探していたり、カカさんが初めての愛妻弁当を顔を真っ赤にしながらあ〜んしてくれたり、それを覗き見していたチチ達を半殺しにしていたり…
家が出来た後は…初めての検証実験をやったんだ。俺がカカさんとの間に子どもが欲しいと言ったら…お互いを食べちゃいたいくらいの愛という食欲を具現化させるという仮説をカカさんが立てて…俺がその仮説を立証させるために協力した。
最初は初々しい、小鳥が嘴を合わせるようなキスから始まって…やがてそれが深く長いキスへ変わっていって…それをバカみたいに約20年間も…毎日、毎日続けて…今日…妊娠という奇跡を掴んだ。
他にもあどけなかった次郎が成長して…俺に恋の相談をして…節乃ちゃんに花の指輪を贈って…反抗期が来て…本気で怒って…説教をして…あいつに負けて…でも成長した姿を見れたのが嬉しくて…
次郎の嬉しい成長の後に三虎を見つけて…保護して…兄者と呼ばれ、慕われて…三虎が次郎に金的をして馬鹿笑いして…買い物に出掛けて…街の人達に弟だと紹介して…やがて三虎が農家になりたいと考えて…それが誇らしくて…嬉しくて…!
俺には…俺なんかには勿体ないくらいの…幸せがこの数年間に詰まっている…!
おめでたい出来事が重なったこの20年間の果てに…俺はこの『妊娠という奇跡』を報告するためにアカシア様たちの家を訪れていた。
「――アカシア様。フローゼ様。一龍兄さん達も、みんな聞いてくれ」
居間に集まった家族たちの前で、俺は身体を震わせながら……人生で最も、魂が震える言葉を口にした。
「カカさんが……妊娠、しました……っ!」
「「「「……え?」」」」
その瞬間、居間の中にいた全員が、まるで時が止まったかのように完全に硬直した。アカシア様は持っていた本を落とし、フローゼ様は両手で口を覆い、一龍兄さんは開いた口が塞がらない。次郎と節乃ちゃんも、何が起きたのか分からず呆然と俺を見つめている。三虎は…なんだ、その顔…フレーメン反応ってやつか?そこは猫にならなくていいぞ…
「お、おい二鳥……お前、今なんて言った?」
一龍兄さんが、信じられないものを見る目で俺の肩を掴んで揺さぶる。
「ニトロに妊娠なんて概念はねぇはずだろ!? お前、昨日見た夢の話でもしてるんじゃねぇのか!?」
「夢なんかじゃない! 今朝、カカさんがお腹に奇妙な違和感があると訴えて、急いでジジに診てもらったんだ。そうしたら……それはつわりで、カカさんのお腹の中に、確かに『新しいニトロの卵』が宿っているって、ジジが腰を抜かしながら太鼓判を押してくれたんだよ!」
「な、……何だって……っ!?」
これにはアカシア様すらも、椅子から立ち上がって激しい衝撃に目を見張った。
「馬鹿な……。ニトロに雄雌の概念はなく、繁殖行為によって新たな個体が産まれるなど、歴史上、一度だって観測されたことはないはずだ……! 二鳥、一体どうやって……!?」
アカシア様のその驚きは当然だった。だが、その理由を説明しようとすると、俺の顔は、血がすべて沸騰したかのように一気に真っ赤に染まった。
「それは……あの、家が完成した日の夜から……俺とカカさんは、一日たりとも欠かすことなく、その……『実験』を、続けていったから、だと、思います……」
「一日たりとも、欠かさず…?あれマジだったのか?!」
一龍兄さん顔を引きつらせる。
「う、うるさいな! カカさんが『未知の領域の検証実験には膨大な時間と反復回数が掛かるものなのです!』って、ものすごい気迫で力押ししてくるから、俺も引くに引けなくなって……! それに……何より、俺自身、大好きなカカさんと愛し合う時間に、完全に溺れちまってたんだよ……っ!!」
俺が羞恥で爆発しそうな脳をフル稼働させて真っ赤になりながら叫ぶと、居間は一瞬の静寂の後、次郎の婚約の時と同じくらいの凄まじい歓喜と祝福の大爆発に包まれた。
「ガハハハハハ!! お前ら、マジで何千回もイチャイチャし続けて、ついにニトロの歴史そのものをぶっ壊しやがったのか!!」
一龍兄さんが床を叩いて大爆笑し、「やるなぁ、二鳥兄ちゃん! ニトロのことはよく分からねぇが、執念の勝利ってやつだな!」と次郎が豪快に笑う。
「まぁ……まぁ……っ! 本当に、本当におめでとう、二鳥……っ!」
フローゼ様は目にいっぱいの涙を浮かべ、俺の大きな青い手を両手でぎゅっと握りしめてくれた。
「血の繋がりなんて関係ないって言ったけれど……まさか、あなたたちの本気の愛が、本当に新しい命を紡ぎ出してしまうなんて。わたし、こんなに嬉しいことはないわ……っ!」
アカシア様も、呆然とした後に、心の底から感服したような優しい笑みを浮かべ、俺の肩に手を置いた。
「……参ったな。グルメ細胞の真理すらも、君たちの『一途な食欲』の前にはひれ伏したというわけか。二鳥、カカさん。君たちは世界で初めて、自らの愛の力で新しい家族の形を創り出したんだ。……素晴らしいよ。これで私も、本物の『孫の顔』が見られるんだね」
「はい……っ、ありがとうございます、先生……!」
俺は涙を堪えきれず、ボロボロと嬉し涙を流した。種の壁も、数億年の歴史も、カカさんのあの理屈っぽくて健気な長話と、俺たちの不器用な愛の積み重ねが、すべてを綺麗に塗り替えてみせたのだ。
しかし…アカシアは祝福しながらも、ほんの一瞬だけ二鳥の身体を見つめた。
(ただし…これは、グルメ細胞の常識だけでは説明できない奇跡かもしれないね。二鳥を観察していて分かった事が1つある。わたしは、二鳥が自分のグルメ細胞を子どもへ分け与えているのだと思っていた。だから、二鳥の細胞量が減少しているのだと………)
二鳥を見るアカシアの目が鋭くなる…
(だが、違う……減ったのではない……まるで……二鳥の肉体から『グルメ細胞が居なくなった』と言った方が正しいように見えるんだ……)
二鳥はそのアカシアの視線に気付くことはなく、ただ喜びを噛み締めていた。
今夜、我が家に帰ったら、お腹を大切そうに抱えて待っているカカさんを、世界で一番優しく抱きしめてあげよう。そして、生まれてくる俺たちの可愛い赤ん坊のために、大工としての俺の全技術を注ぎ込んだ、世界一安全で、世界一温かい『特製のベビーベッド』を、今すぐ図面から引き始めるんだ――。
「おい二鳥、カカは今どこにいるんだ?」
「妊婦は安静にしなきゃいけないからね。我が家でゆっくり休んでもらっているよ。看護はジジたちに任せているから問題ないさ」
俺がそう答えると、アカシア様は苦笑いしながらこう言ってくれた。
「二鳥、安心できる人たちに任せるのは結構だが、カカさんには…あ、いやカカさんとお腹の子どもには二鳥の温もりが必要だ」
「あ…それは、そうですね…。よし、今すぐ帰ります!」
俺がそう言って玄関に振り返ると、一龍兄さん達から待ったが掛かった。
「おいおい、一人でかえるつもりか?」
「水臭いぞ二鳥兄ちゃん。俺たちにも祝福させてくれよ!」
「兄者、俺もカカの様子がみたいぞ!」
「みんな…」
一龍兄さん、次郎、三虎…
「勿論わたしも会いに行かせてもらうよ。息子が父親になった証拠をこの目で見たいからね」
「アカシア様…」
「カカさんは妊娠しているのだし、料理で負担をかける訳には行かないでしょ?わたしが妊婦のためのご飯とお祝いのフルコースを作ってあげるわ」
「フローゼ様…グスッ…ありがとう…ございます!」
◆
俺たちは家族総出で新居へと向かった。けれど、遠くから待機していたはずのチチが血相を変えて飛び出してきているのが見えた。
「おい二鳥!! ぐずぐずすんな、今すぐカカの元へ行け!!」
あの助兵衛なチチが見せた、これまでにない切羽詰まった表情。そのただならぬ気配を察した瞬間、俺の全身のグルメ細胞が爆発的な火力を生み出した。アカシア様達を置き去りにし、人生で間違いなく一番の俊足を叩き出して我が家へ突っ走った。
我が家に着き、寝室の扉を勢いよく開けると、そこには新調したベッドの上で、今朝とは明らかに違う、大きく膨らんだお腹を抱えて苦しそうに息を吐くカカさんの姿があった。
「二鳥、遅かったのう……!」
傍らで付き添っていたジジが、額の汗を拭いながら緊迫した声を上げる。
「卵が想定外の急成長を起こしとる! ニトロの細胞の活性化速度を完全に舐めとったわ。今にも産卵が始まるぞ!」
「な、なんだって……っ!?」
妊娠が発覚したその日のうちに産卵を迎えるという、生命の常識を置き去りにした超異常事態に、俺の脳内は完全にパニックを起こし、身体をガタガタと震わせるしかなかった。
「う、……くっ、二、二鳥さん……っ」
ベッドの上で、カカさんが痛みに耐えながら、けれどしっかりと俺を見つめて細い手を伸ばしてきた。
「二、二鳥さん……手を、握っていてください……っ。ニトロの発生学において、母体内での卵殻形成から産出に至るプロセスがこれほどの短時間で完了することは、細胞の異常増殖、あるいは致死量に近いエネルギー消費を伴う極めて危険なイレギュラーであり、私の生存確率を著しく低下させる計算になるのですが……っ!」
こんな極限状態であるにもかかわらず、カカさんの口からはいつもの、けれど少し掠れた高速長話が溢れ出てくる。
「ですが……私は諦めません……っ! あなたが私のために建ててくれたこの最高の防音壁の家の中で、あなたが1日も欠かさず注いでくれたあの温かい『
「カカさん……っ!」
俺はカカさんの小さな手を、自分の大きな青い手で、壊れないように、けれど絶対に離さないようにぎゅっと力強く握りしめた。カカさんの手のひらから伝わってくる、驚くほど熱い体温。種の壁を越え、何千回もの夜を共にして紡いできた俺たちの愛が、今まさに形になろうとしているんだ。
「カカさん、大丈夫だ、俺がずっとここにいる! カカさんとお腹の子は…俺の手が、絶対に!絶っ対に手放さない!だから、だから…頑張ってくれ……っ!!」
アカシアはまるでグルメ細胞が居なくなったように見えるそうですね。それはなぜでしょうね。
皆さんはどっちだと思います?二鳥は…
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攻め?
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受け?