街へと続く長閑な街道を、家族みんなで歩いていく。服を着て、頭にシルクハットを深く被った俺の姿は、アカシア様の狙い通り、端から見れば「少し風変わりで大柄なペストマスクの男」そのものだった。
「さあ、着いたよ。ここが私のおすすめの食堂だ」
アカシア様が案内してくれたのは、どこか懐かしい佇まいをした街の人気食堂だった。暖簾をくぐり、一歩足を踏み入れた瞬間、俺の心臓はドクンと跳ね上がった。
(……やっぱり緊張する……怖い見た目だって思われて、通報されたりしないよな……?)
前世が一般人の俺は、周囲の視線が怖くて思わず身を硬くした。だが、そんな俺の心配をよそに、厨房から出てきた店員のおばさんは、俺を見るなり快活な笑顔を向けた。
「いらっしゃい、アカシアさん! あら、今日は奥さんと一龍ちゃんも一緒かい。……おや、そっちの見慣れない大柄なお客さんは?」
おばさんの目は、完全に俺を「一人の大柄な人間の男性」として捉えていた。怯える気配なんて一ミリもない。シルクハットの変装が完璧に機能していることに、俺は胸の内でホッと深く安堵した。
すると、アカシア様がおばさんに向かって、少し困ったような笑顔で交渉を始めてくれた。
「ああ、彼は私の新しく迎えた弟子でね。……ただ、極度の恥ずかしがり屋なもんでね…人前で顔を晒すのが苦手なんだよ。垂れ幕や襖で仕切られていて構わないから、食べているところを他の人から見られない個室のような部屋を借りることはできるかい?」
「あらあら、そうなの?」
おばさんは俺のシルクハット姿を見上げ、大らかに笑った。
「こんなにがっしりしてて強そうな大柄の男の人なのに、恥ずかしがり屋さんだなんて、なんだか可愛いねぇ! いいよ、ちょうど奥の個室が空いてるから、そこを使いな!」
(か、可愛い……また言われた……)
ブルーニトロの厳つい身体で「可愛い」と茶化され、俺はシルクハットの下で真っ赤になって縮こまった。一龍兄さんは横でまたニヤニヤと楽しそうに俺を小突いている。
おばさんに案内されたのは、畳が敷かれた落ち着いた雰囲気の和風の個室だった。これなら、俺がブルーニトロ特有の縦に割れるあの大きな嘴をパカンと開けてご飯を食べても、誰にも見られることはない。
「はい、ここならゆっくりできるだろ? 注文が決まったら、そこにある鈴をチリンと鳴らしておくれ。ゆっくりしていきなさいね」
おばさんは、小さな二郎の頭を優しく撫でてから、パタンと襖を閉めて去っていった。完全に外の世界と遮断された安心感のある空間。俺はシルクハットを脱ぎ、ふぅと長い息を吐き出した。
「さあ二鳥、ここなら思いっきり食べて大丈夫だ。ここの『特製カツ丼』は人間界の絶品B級グルメでね。君のリクエスト通り、お米を一番美味しく食べられる料理だよ」
◆
アカシア様が注文してくれた料理が運ばれてくると、部屋中にとてつもなく香ばしい甘辛い出汁の匂いが充満した。目の前に置かれた漆器の丼。蓋を開けると、そこには大粒に輝くホカホカの白米の上に、黄金色の卵でふんわりと閉じられた、サクサクの分厚いカツが鎮座していた。
「いただきます!」
みんなで手を合わせ、俺は縦に口をパカンと開けて、カツと一緒にタレの染みたお米を豪快に口へと掻き込んだ。
サクッ、ジュワァァァ……ッ!!
甘辛いお出汁の旨味と、カツから溢れ出す濃厚な肉汁が、炊きたての温かい白米と完璧な三位一体となって口の中で爆発した!フローゼ様の洗練された神の料理とはまた違う、荒々しくもどこまでも脳を揺さぶる、人間の「美味い!」が詰まった最高のB級グルメだ!
「う……うまい……うまいなぁ……っ……」
噛み締めるたびに、また前世の記憶が溢れてきた。毎日毎日、炎天下で泥だらけになって働き、クタクタになって帰ったボロアパートで、一人で惣菜パンをかじっていたあの孤独。おにぎりが食べたいと願いながら死んでいったあの飢え。それが今、こんなに温かい部屋で、こんなに美味しいお米を、俺を家族と呼んでくれるみんなと一緒に囲んで食べている…
「ひぐっ……、あ、う、……っ……」
堪えきれず、大粒の涙がブルーニトロの大きな目からポロポロと溢れ出し、お茶碗の中に落ちそうになった。また泣いてしまった自分が恥ずかしくて、袖で慌てて顔を隠そうとした、その時だった。
トコトコと、小さな足音がして、俺の膝の上にぽすっと温かい質量が乗った。
「……にぃ……あー、……い」
見上げると、まだノッキングの封印で言葉を上手く喋れないはずの二郎が、一生懸命に手を伸ばしていた。小さな、可愛らしい二郎の手が、俺の青い頬にそっと触れる。そして、溢れる俺の涙を、その小さな手のひらで、一生懸命に、優しく拭い取ってくれたのだ。
「二郎……」
二郎は、俺が泣いているのを心配してくれたのだろう。あどけない笑顔を浮かべ、自分の小さなお茶碗に入ったお米を「これ、美味しいよ、食べなよ」とでも言うように、俺の目の前に差し出してきた。
「ふふ、二郎もお兄ちゃんが泣いていて心配だったのね。二鳥、ほら、涙を拭いていっぱい食べなさい。ご飯が冷めてしまうわよ」
フローゼ様はやはり優しい笑顔で微笑み、一龍兄さんも「そうだぞ弟よ、泣いてたらカツ丼に失礼だ!」と豪快に笑いながら、自分のカツを俺の丼へと分けてくれた。
「大丈夫だよ、二鳥。君のこれからの人生には、もう飢えも孤独もない。ここが君の家で、私たちが君の家族だからね」
アカシア様が、世界のすべてを包み込むような深い慈愛を込めて、俺の肩を大きな手でしっかりと叩いてくれた。
「……はい!……はいっ……!」
俺は二郎を片腕で愛おしそうに抱き寄せながら、涙を拭い、再び豪快にお米を口へと運んだ。涙の味はもうしない。口いっぱいに広がるのは、ただただ、涙が出るほど温かくて優しい、幸福な家族の味がする絶品のカツ丼の美味さだけだった。
◆
「よし、腹いっぱい食ったし、スタミナは万全だ! 工事の後半戦に突入するぞ!」
街の食堂から作業場へ戻ると、俺の職人魂は再びパチパチと熱く燃え上がっていた。カツ丼とお米のパワーで、身体の底からグルメ細胞のエネルギーが漲っている!
「一龍兄さん、すまないがさっきの公園の石材加工の続きに戻ってくれるか?」
「おう、任せとけ二鳥親方! 御影石の凹パーツをあと数個で削り終わるところだ!」
「ありがたい! あと、戻る際についでに頼みたいんだ。二郎が遊んでいるときに猛獣が入ってこないようにする『猛獣対策の防壁』と、公園の敷地をきっちり分けるための『頑丈な外柵』の作成もお願いしたい!」
「防壁と柵だな! よし、そこらの並の猛獣じゃ傷一つつけられない強固な奴を量産してやる!」
一番弟子の頼もしい背中を見送り、俺は家本体を完成させるための「家具の製作」へと着手した。
「まずは、あの新しく広くなったリビングの主役……『特大円形テーブル』からだ!」
俺は一龍兄貴がハントしてきてくれた、前世の欅に似た、いい木目を持つ巨大な大樹の丸太の前に立った。ブルーニトロの爪を斧代わりに使い、目にも留まらぬ速さで豪快に、かつ水平に輪切りにする!
シュバッ!!!
ギコギコはしません!
よし、次に『プレナー・スライス』を応用し、外側の樹皮や余分な凹凸をミクロン単位で綺麗に削ぎ落として、寸分の狂いもない巨大な円盤へと成形していく。
(大きさは……そうだな。アカシア様、フローゼ様、一龍兄さん、二郎と俺。これで五人。でも、未来にはあの『三虎』もこの家に加わる。それに、さっき想像した通り、将来は二郎の奥さんになる節乃ちゃんもここに遊びに来るはずだ。よし! 総勢七人がゆったりと座って、笑顔でフローゼ様の料理を囲めるくらいの特大サイズにしよう!」
未来の大家族の姿を思い描きながら、職人の手によって美しく磨き上げられた極上の円形天板が完成した。
ここからが、大工としての腕の見せ所だ。この巨大なテーブルを、すでにリビング中央にそびえ立っている透明な『カメレオン鉱石の大黒柱』へとドッキングさせなければならない。
(まずは、このテーブルのど真ん中に、大黒柱の直径とまったく同じサイズの穴を正確にくり抜く!)
ノミ・インパクトの精密な衝撃でセンターに綺麗な丸穴を空けると、俺はその天板を『墨出し・ロックオン』のエネルギー線に沿って、真ん中から綺麗に「半分」へと二分割に切断した。
二つに分かれた半円の天板をリビングへと運び込み、透明な大黒柱を左右から挟み込むようにしてすっぽりとはめ合わせる。
(仕上げは……これだ!)
俺はブルーニトロのグルメ細胞から分泌される、乾燥すると岩石をも一体化させる特殊な粘液――つまりは俺の体液なんだが…前世でいうところの『
隙間なく完璧に接着されたのを確認し、最後にテーブルを支える頑丈な木製の脚を床と強固に連結させて固定した。
「……よし! リビング特大円形テーブル、完全施工!!」
カメレオン鉱石の透明な柱の真ん中から、まるで最初からそう生えていたかのように美しく広がる、直径約三メートルの大欅のテーブル。これなら柱が視界を遮ることもなく、どこに座っても家族全員の顔がハッキリと見渡せる。
「最高の出来栄えだ。……よし、この勢いのまま、次は2階のアカシア様の部屋に設置する『特大書棚』の制作に取り掛かろう!」
美食神が未来へ遺す、世界の「食の記憶」を収めるための頑丈な棚。俺は次の資材であるハードウッドの木材へと目を向け、ノミとトンカチを構えて再び爆速で作業を開始する。
(よし、それじゃあアカシア様の書棚の製作だ!)
俺は一龍兄さんがハントしてきてくれた、驚異的な強度を持つハードウッドの木材を前にノミを構えた。美食神がこれから世界中を旅して書き記す、星のすべての調理法と捕獲法。それらを未来永劫、安全に保管するための棚だ。
(ただ棚を作るだけじゃ芸がねえな。アカシア様が整理しやすいように、最初から『動物、猛獣の記録』と『植物、食材の記録』の二つのカテゴリーに、綺麗に左右でセパレートして収納できる巨大な壁面書棚にしよう!)
鉋で木肌を滑らかに削り出し、柱と壁に寸分の狂いもなく組み込んでいく。床から天井まで届く、重厚で美しい特大書棚が2階の書庫へと完成した。
(……あ、そうだ。アカシア様がこれからここで何時間も、何十時間も机に向かって執筆するんだ。大工として、施主様の健康(腰痛対策)への配慮を怠るわけにはいかねえな!)
俺は余った高級木材を使い、
「……よし! 書庫はこれで完璧!!」
ふぅ、と額の汗を拭いながら作業場を見回すと、ふと、隅に積まれた純白の塊が目に留まった。
(ん? 椅子に使った綿……これ、少しどころか大分余ってないか? …まだこんなにある……よし、これを使って、俺たち弟子のための『最高級の布団』を作っちゃおう!)
思い立ったら即行動だ。乾燥させてふわふわもふもふになった純白の綿を、残っていた頑丈な羊蜘蛛の糸で丁寧にキルティング加工していく。完成したのは、前世の五つ星ホテルの最高級羽毛布団すら裸足で逃げ出すレベルの、ふっかふかで温かい特大布団だ。
(よし、これを俺たち三兄弟の部屋に贅沢に敷き詰めよう! これなら二郎がどんなに寝相悪く転がっても痛くないぞ)
さらに俺は、リビングの円形テーブルを囲むための家族全員分の頑丈な椅子を爆速で量産。家の中のすべての扉をパチリパチリと完璧な建て付けで嵌め込んでいった。これで、家の中の木工事はすべて完了だ。
(仕上げは……アカシア様が森からハントしてきてくれた、あの匂い消しの薬草だな!)
俺は一龍兄さんが持ってきたあの野生の臭いが強烈だった猛獣の毛皮を、池から汲んできた水と薬草を使って丁寧に洗い上げた。大工の精密な手捌きでゴシゴシと洗っていくと、薬草の成分が脂を分解し、あの不快な臭いが消え去った。代わりに漂うのは、森のみずみずしい清涼なアロマ。しっかりと乾燥させたその毛皮を、俺は広くなったリビングの床へと贅沢に敷いた。
(うん、最高の『ふかふかリビングマットレス』になったぞ! これなら、二郎が一龍兄さんと公園で泥だらけになって遊んで帰ってきても、新しく張り替えたヒノキの床板が汚れたり傷ついたりするのを完璧に防げるな!)
家全体の防汚・防水対策、そして大家族の快適性。一級建築士としてのすべてのこだわりが、この家に完全に詰め込まれた!
「よーーーし! 家本体、これにて100%完全施工だ!!」
シルクハットの下で、俺はこれ以上ないほどの達成感に満ちた笑顔を浮かべた。窓の外を見れば、夕方の心地よい風が吹き始め、庭からは一龍兄さんが豪快に、元気に動き回る音が響いている。
「待たせたな、一龍兄さん! 完成パワーで元気満点だ!今からそっちの公園の組み立てに行くぞ!!」
俺はリサイクルハンマーを片手に、二郎たちの夢が詰まった大公園を仕上げるため、夕日の一角へと勢いよく飛び出していくのだった。
◆
(よし、一龍兄さんの方の進捗はどうだ……?)
庭へ飛び出してみると、一龍兄さんはすでに滑り台や飛び石のパーツをすべて正確に削り終え、今は公園の周囲に猛獣対策の頑固な防壁と、敷地を仕切るための外柵を凄まじいスピードで設置している最中だった。
(さすが兄さん、手が早い! あっちの防壁はそのまま任せて、俺は遊具の組み立てに集中するか!)
俺は何も言わず一龍兄さんの作業を邪魔しないように、まずは『超特大滑り台』のエリアへと向かった。地面にズラリと並べられた、真ん中が凹みの形になった10個の長大なパーツ。
俺はそれらを直線上に綺麗に並べ、グルメ細胞の瞬間超強力接着剤を使ってガチガチに結合させ、一本の超ロングな滑り台の形にした。だが、組み立てて全体の寸法を確認した瞬間、俺の職人脳がピピッとアラートを鳴らした。
(……待てよ。これ、このまま真っ直ぐに設置したら長すぎて敷地をはみ出すし、何より角度が急になりすぎて、滑った二郎たちがロケットみたいに吹っ飛んで大怪我しちまうぞ。……よし、それなら形状の『曲げ加工』だ!)
俺は右手に『再利用金槌』を具現化した。さっきはミスで凹んだ丸太を真っ直ぐに「戻す」ために叩いたが、今度はその応用だ。真っ直ぐな石材の結合部に対して、大工が金属を叩いて美しいアール(曲線)を出すように、滑らかなカーブを付けて『再利用』するイメージを強く込めて、カン、カン、とリズミカルに打ち込んでいく。
ピキィィン……ッ!
「お、思った通りだ! 綺麗に曲がっていくぞ!」
驚いたことに、リサイクルハンマーに込められた修復と変形のエネルギーによって、強固な御影石のロング滑り台が、まるで飴細工のようにぐにゃりと理想的な螺旋状のカーブを描いて変形していった。
これなら長い距離を省スペースに収めつつ、スピードも安全に減速できる。俺は滑り台のてっぺんへと登るための、手すりのついた頑丈で安全な木製の階段と土台を爆速で組み立てて、ドッキングさせた。
「よし、超特大スパイラル滑り台、完成! 次は飛び石遊具だな」
一龍兄さんが縦長に削ってくれた御影石の柱の数々。
(これは特に大がかりな加工を加える必要はねえな。子供たちの歩幅……いや、二郎たちの将来の跳躍力を見越して、少し離れた間隔で地面に深く、しっかりと埋め込めばそれだけで十分だ!)
ノミ・インパクトの穿孔技術で地面に等間隔の深い穴を空け、石柱をズドン、ズドンと埋め込んでいく。踏み面は一龍兄貴がきっちりザラザラにブッシュハンマー加工してくれているから、泥靴で跳ねても絶対に滑らない!
「最後は、遊びながら崖登りの練習ができるクライミング遊具だな」
俺は広場に建てた頑丈な石壁の表面に、大工がホゾ穴を空ける要領で細かく溝を掘っていった。そこに、一龍兄さんが用意してくれたゴツゴツとした本物の安山岩の突起を、一つ一つ丁寧に埋め込んで固定していく。
(プラスチックのボルダリングと違って、グルメ界のリアルな岩の冷たさや硬さを肌で感じられる。足の指や手を引っ掛ける良い練習になるはずだ。未来の美食屋達がこの公園で育つと思うと少し感慨深いな……うん、ホールドの間隔はこのくらいで大丈夫だろう!)
全てのパーツが、大工・二鳥の設計図通りにガチッと完璧に組み合わさった。ちょうどその時、一龍兄さんも最後の外柵の杭を地面に叩き込み終え、「ふぅ!」と汗を拭った。夕暮れ時の美しい黄金色の光が、新しく完成した人間界最大級の超頑丈な大公園を優しく照らし出していく。
「……よし! 公園も、ひとまずこれで完全施工だ!!」
俺は一龍兄さんと顔を見合わせ、お互いに最高のガッツポーズを交わした。
「二鳥、あそこに建てるって言ってた『シンボルの石像』はどうするんだ? パンダとかアカシア様のやつ」
一龍兄さんが広場の中心を指差して聞いてくる。俺はシルクハットを少し直しながら、充実感たっぷりに笑った。
「ああ、芸術的な彫刻はさすがに時間が掛かるからな。今日のところはこれで十分さ! 明日以降、みんなでゆっくり、楽しみながら造っていくことにしよう!」
新しく生まれ変わった1.5倍の「最高の我が家」と、目の前に広がる子供たちのための「最強の大公園」。夕方の心地よい風が吹く中、俺たちの人間界初の大工事は、これ以上ない完璧な形で大成功の幕を閉じるのだった。
「ふぅ、最高の仕事ができたな!」
一龍兄さんと二人で汗を拭いながら、新しく完成した公園の外柵を眺めていると、どこからともなく、お腹の虫を盛大に刺激する信じられないほど香ばしい匂いが漂ってきた。
(あ、この匂い……家の中からだ!)
急いで新居の扉を開けると、広くなったリビングの向こう、俺たちが施工したばかりの新しい調理場で、すでにフローゼ様がエプロン姿で楽しそうに料理を始めているのが見えた。
「あ、フローゼ様! すみません、まだ引き渡し前の現場じゃなくて……勝手に使い始めて大丈夫でしたか?」
大工の職業病でついそんな言葉が出てしまった。フローゼ様は「あら、ごめんなさいね」とチャーミングに微笑む。
「アカシアに『二鳥がもう完璧に仕上げてくれたから使って大丈夫だよ』って言われたの。でも、本当は造ってくれた二鳥に一番に確認するべきだったわね。……でもね、この新調してくれた調理場、信じられないくらい使い勝手が凄くいいのよ! 火効率もスペースも本当に完璧!」
…神の料理人にそこまでストレートに褒めちぎられては、もう照れるしかない!
「い、いや! 喜んでもらえて良かったです! 責めるつもりなんて全然ないですから! ……それより、作っているのって、もしかして……」
見れば、新設した石窯の中では、香ばしいチーズとトマトの匂いを爆発させている巨大なマルゲリータピザが絶妙な狐色に焼き上がっており、隣の大釜からは、濃厚なミルクと貝の出汁が効いたクラムチャウダーがコトコトと幸せな音を立てていた。
「フローゼ様、その大釜と石窯のドームの基礎のブロックを、重いのに外で一生懸命削って運んでくれたのは一龍兄さんなんです。だから、兄さんのこともたくさん褒めてやってください!」
「まぁ、一龍が! ありがとうね、本当に助かったわ」
「ハハハ、どういたしまして! 俺の作った窯でフローゼ様の料理がもっと美味くなるなら、いくらでも石を削りますぜ!」
一龍兄さんが照れくさそうに頭を掻いていると、トントンと小気味良い足音がして、2階からアカシア様がゆっくりと降りてきた。その手にはすでに、何冊もの厚い書物が抱えられている。
「おお、二人とも戻ったか。……二鳥、あの書庫に造ってくれた椅子は本当に凄まじいな。人間工学と言ったかい? いくら机に向かってペンを走らせ続けても、腰や背中がまったく痛まないんだ。お陰で集中しすぎてしまい、気がつけばもう、あの特大書棚の下段が全て埋まってしまうほどの書物を書き上げてしまったよ」
「えっ、もう下段が埋まったんですか!? 書くの早すぎません!?」
美食神の驚異的な執筆スピードにツッコミを入れつつも、施主様に喜んでもらえたことが何より嬉しかった。
「あれ? そういえば二郎の姿が見えないな……。まだ公園から戻ってないのか?」
俺が首を傾げると、隣の一龍兄さんが「あ、あそこを見てみろよ」と、新しく用意した俺たちの部屋の襖をそっと開けた。そこには、俺が余った綿で敷き詰めるように作った特製のふかふか布団の上で、「きもちいい~♪」とでも言うように、ゴロゴロと左右に幸せそうに寝転がっている二郎の姿があった。
封印されてあどけなくなった二郎にとって、この異次元のふかふかさは完全に一目惚れだったらしい。
「ふふ、みんな揃ったわね。さあ、料理が出来上がったわよ! 温かいうちに食べましょう!」
フローゼ様の声を合図に、新調した1.5倍の特大リビングの円形テーブルに家族全員が集まった。テーブルの中央にドカンと置かれたのは、これまた光り輝く生地に、濃厚なモッツァレラチーズと鮮やかなバジルが踊る巨大なマルゲリータピザ!
そして大皿には、大粒のアサリやプリプリのエビなどの海の幸、ジューシーなベーコン、そしてギャングコーンやブダイコンといった野菜の旨味がこれでもかと濃厚に溶け込んだ具沢山のクラムチャウダー!
「いただきます!」
みんなで一礼し、俺は縦に口をパカンと開けてピザを一口頬張った。
パリッ、モチッ、ジュワァァァ……!
石窯の遠赤外線効果で極限まで旨味が引き出されたトマトとチーズが、生地の香ばしさと合わさって脳を揺さぶる。続いて、大釜から溢れるクラムチャウダーをピザの耳にたっぷりとディップして口へ運ぶ。
(……あっ、美味すぎる……!!!)
スープの濃厚なコクを吸い込んだピザの耳は、まさに絶品の一言。一龍兄さんは「美味い美味い!」とピザを何枚も口へ放り込み、大人しくなった二郎もフローゼ様にスープをフーフーしてもらいながら、嬉しそうに小さな口を動かしている。アカシア様も、新調した円形テーブルで家族全員の笑顔を見渡しながら、とても満足そうにスープを味わっていた。
前世では、誰にも見取られず一人寂しく孤独死にした、ただの大工。それが今、ブルーニトロという強靭な肉体を得て、世界を救う偉大な家族の「二番弟子・二鳥」として、自分が建てた最高の家で、涙が出るほど美味い料理を腹いっぱい食べている。
(あぁ……俺、この世界に転生して、本当に良かったな……)
シルクハットを傍らに置き、窓の外に完成した大公園を夕日が優しく包み込むのを眺めながら、二鳥は胸の奥から込み上げる最高の満腹感と幸福感に、深く、静かに満たされるのだった。
◆
「ふぅ、ごちそうさまでした……! 本当に美味しかったなぁ」
大皿のピザも、特大釜のクラムチャウダーも、綺麗に全員の胃袋へと収まった。広くなった特大リビングの円形テーブルを囲み、家族みんなで温かいお茶を飲みながら一息ついていると、アカシア様がふと窓の外の新しい広場を見つめ、優しく問いかけてきた。
「そういえば二鳥。あの新しく作ってくれた素晴らしい公園だが、名前はもう決まっているのかい?」
「あ……」と、俺はシルクハットの下の鳥頭をポリポリと掻いた。
「そういえば、設計と施工に夢中になりすぎて、肝心の名前はまだ全然考えてなかったです」
大工として一番大事な看板のデザインを忘れていたようなものだ。俺は少し考えて、一番手っ取り早くてしっくりきそうな安直な案を出してみた。
「そうですね……それなら、この家を代表して『アカシア公園』なんてどうでしょうか? 街の子供たちにも分かりやすいと思いますし」
「いや、それはダメだよ」
アカシア様は穏やかに首を振って微笑んだ。
「その公園を造るために、私は資材を少し用意しただけで、実際の建設に深く加わったわけじゃない。それなのに私の名前を冠するわけにはいくまいよ。……それならば、そうだな」
美食神は悪戯っぽく目を細め、俺の顔をじっと見つめて逆に案を出してきた。
「君が寝る間も惜しんで設計し、一龍と協力して完璧に造り上げたんだ。それなら君の名前を取って、子供たちがのんびりと過ごせるように『ニトリのゆとり公園』とか、そういう名前の方がいいのではないかな?」
「ニトリのゆとり公園……!!」
絶妙なネーミングに、俺は心の中で盛大にずっこけた。
「い、いやいやいや! 恥ずかしすぎますから! 却下、大却下です! 街の人に変な目で見られちゃいますよ!!」
俺が真っ赤になって両手をバタバタと振って拒絶すると、一龍兄さんが「はハハハハ! いいじゃないかニトリのゆとり公園! 分かりやすくて最高だぞ!」と大爆笑している。後で殴る。
そんな男たちの賑やかなやり取りを微笑ましく見守っていたフローゼ様が、クスッと笑いながら、とても素敵なアイデアを提案してくれた。
「ふふ、それならね、こういうのはどうかしら? あの公園で思い切り走って、滑り台を滑って、飛び石で跳ねて遊んだら、子供たちはきっともの凄くお腹が空くでしょう?」
「あ、確かにそうですね。めちゃくちゃ体力使いますから」
「ええ。だから、毎日あそこで元気いっぱいに遊び回る、お腹をすかせた小さな怪獣たちのための公園――『ハングリーモンスターパーク』なんて、どうかしら?」
「「ハングリーモンスターパーク……!」」
俺と一龍兄さんの声がハモった。ただの可愛い公園じゃない。将来、二郎や三虎、そしてこれから増えるであろう美食屋たちが、グルメ界をも震撼させる文字通りの「
そして、お腹をすかせてフローゼ様の美味しいご飯へと帰ってくる場所。これ以上ないほど、このアカシア一家に、そして『トリコ』の世界観に完璧にマッチした最高の名前だった。
「素晴らしいです、フローゼ様! それが一番いい!」
一龍兄さんが目を輝かせて大賛成の声を上げる。隣で布団から這い出てきた二郎も、意味は分かっていないだろうが「ぱーく! ぱーく!」と嬉しそうに両手を上げてはしゃいでいる。
「うん、フローゼの言う通りだ。とても ハングリーで、未来を感じる素晴らしい名前だね。二鳥、君はどうだい?」
アカシア様に優しく尋ねられ、俺は深く、何度も頷いた。
「はい、俺もそれが一番素晴らしいと思います! 明日さっそく、一龍兄貴が作ってくれた外柵の入り口のところに、木彫りで『
こうして、五百年前の人間界の片隅に、後に伝説となる四兄弟が若き時代を過ごし、彼らの規格外の肉体と精神を鍛え上げることになる伝説の遊び場――『ハングリーモンスターパーク』が、正式にその産声を上げたのだった。
この場所は長い年月を経て受け継がれ、やがて長男・一龍が率いるIGOの所有物となり、数多くの優秀な美食屋たちを世界へ輩出する一大聖地となっていく。
そしてその過酷な訓練設備は、遙か未来の『四天王』――トリコ、ココ、サニー、ゼブラたちにも受け継がれ、彼らの命がけの戦いを大きく支える、揺るぎない礎となることを…ただ前世の飢えから救われ、家族の温もりに涙したブルーニトロ『二鳥』は、知る由もなかった――。
執筆はしませんがこれから二鳥の手によってハングリーモンスターパークは何度も改造され、SASUKE・トリコの世界verになります。
皆さんはどっちだと思います?二鳥は…
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攻め?
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受け?