転生ニトロは幸せを手放したくない   作:洋菓子職人II

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食事シーンをなくすとここまで文字数減るんだな…


愛しき家族へ、そして一龍の想い

 アカシア様の家の改築と公園、「ハングリーモンスターパーク」が完成し、俺の心は満足と充実感を感じていた。公園で二郎が遊具を壊さないか心配だったが、どうやら力の使い方を覚えたらしく、寧ろ遊具よりも脆いほかの子達と遊ぶことさえできていた。…何か原始人みたいなすごい格好の女の子とよく遊んでる気がするけど…

 

 俺は今…幸せというものをこれ程に感じたことはない。だがやはり俺のなかにはずっと…アカシア様達に隠し事をしているという後ろめたさを感じていた…幸せを感じ、無償の愛を施し続けてくれるからこそ…俺は素直に明かすべきだと考えた。

 

 「……急に集まってもらって、すみません。どうしても、皆に話しておかなければならないことがあるんです」

 

 リビングに集まったアカシア様、フローゼ様、そして一龍兄さんの三人に向けて、俺は少し緊張しながらも、真っ直ぐにそう切り出した。いつもなら美味しいご飯を前に賑やかなはずの食卓が、今は少しだけ静まり返っている。俺のいつになく真剣な様子を察したのだろう。一龍兄さんが、不思議そうに首を傾げながら声をかけてくれた。

 

 「ん? 改まってどうしたんだ、二鳥。話ってなんだよ?」

 「ああ。……実は、俺の昔の話だ。一龍兄さんと一緒に『ハングリーモンスターパーク』を建てて、そこで二郎や街の子供たちが笑っているのを見ていたらさ。この大好きな家族にだけは、どうしても隠し事をしたくないって思ったんだ」

 

 足元では、まだ幼くて上手く言葉の喋れない二郎が、俺の大きな脚に無邪気にすり寄ってきている。その温もりが心地よくて、俺の強張っていた肩の力が少しだけ抜けた。

 

 俺がこの家族に拒絶されるなんて、これっぽっちも思っていない。だって、皆はそれほど優しくて、器の大きな人たちだから。ただ、自分の根っこにあるこの秘密を、この人たちにだけは打ち明けておきたかった。

 

 俺の言葉をじっと聞いていたフローゼさんが、母のような微笑みを浮かべ、穏やかな声で促してくれた。

 

 「いいのよ、二鳥。あなたの話なら、私たちはなんだって聞きたいわ。焦らなくていいから、ゆっくり話してちょうだい」

 「ありがとう、フローゼ様。……じゃあ、どこから話そうかな。……うん、驚かずに、聞いてほしい。俺は……この世界の生き物じゃない……いや、正確に言うなら、この肉体に宿る前の俺は、ニトロなんかじゃなかった」

 

 その言葉に、一龍兄さんが「え……?」と小さく息を呑む。アカシア様も、静かに目をわずかに見開いた。俺は二人の反応を確かめながら、一歩一歩踏みしめるように言葉を紡いでいった。

 

 「俺の前世は、人間です。アカシア様達と同じ………人間の男だったんです。前の世界でも俺は、大工として仕事をしていました。木や石を削って、人が住むための家や建物を造る仕事です。

……腕にはそれなりに自信がありました。だけど、すごく世知辛い世の中で、毎日朝から晩まで泥にまみれて、必死に良いものを造ろうと働いても、貰える給料はほんの雀の涙でした。まともなご飯を食べる事すら、当時の俺には贅沢だったんです」

 

 思い出すのは、すえた匂いのするあの四畳半の安アパートの狭い一室。すきま風が吹き込む冷たい部屋で、鳴り続けるお腹を抱えて蹲っていた、あの惨めな日々。

 

 「毎日、毎日、腹が減っていました。美味しいものの匂いを遠くから嗅ぐだけで、涙が出そうになるくらい。明日生きるための米すら買えなくて、水だけで腹を膨らませたこともあった……最後は、冷たい床の上で、誰に看取られることもなく、一人ぼっちで死にました……餓死です。俺は、飢えに負けて死んだ、ただの人間だったんです」

 

 一気に話し終えると、リビングには優しい沈黙が流れた。ブルーニトロという、この世界で強種と謳われる肉体を持っておきながら、その本質は「飢え死にした大工の男」。

 

 「そんな魂が、どういう因果か、このブルーニトロの肉体に混ざってしまいました。だけど、皆さんが俺を拾ってくれた。フローゼさんが美味しいご飯を振る舞ってくれて、アカシア様が名前をくれて、一龍兄さんが『弟』だって、二郎が『にーちゃん』だって言ってくれた。…それが、本当に嬉しかったんです。だからこそ、俺の全部を、皆さんに知っておいてほしくて……」

 

 そんな俺の様子を見て、隣に座っていたフローゼ様が、ふふっと愛おしそうに声を立てて笑った。そしてそっと手を伸ばし、俺の、鋭い爪が生えた醜く大きな手に、彼女の信じられないほど温かい手を、優しく重ねてくれた。

 

 「……フローゼ様?」

 

 驚いて顔を上げると、フローゼ様はそのまま椅子から立ち上がり、ブルーニトロである俺の大きな身体を、包み込むように優しく抱きしめてくれた。母のような心地よい料理の匂いと、無償の愛に満ちた温もりが、俺の身体にじわりと染み込んでいく。

 

 「そんなに一人で抱え込んで、ずっと寂しかったでしょう。でもね二鳥、あなたが前世で誰であっても、どれだけ辛い目に遭っていても、今のあなたは私たちの愛しい二鳥よ。前も大工さんだったのね。だからあんなに素敵な公園を、子供たちのために作れたのね……。話してくれてありがとう」

 

 背中に回されたフローゼ様の小さな手が、トントンと優しく俺の心をあやすように叩いてくれる。その温かさに、目頭が熱くなって、視界が完全に滲んでしまった。すると、食卓の正面に座っていたアカシア様が、静かに顔を上げながら、ふっと穏やかな微笑みを浮かべた。

 

 「やはり、そうだったのか。……実はね二鳥。私が君と初めて出会った時、『君はブルーニトロではないな』と言ったのを覚えているかい?」

 「え……? はい、覚えています」

 「あの時から、私は確信こそなかったが、一つの推測を立てていたんだ。他のニトロたちにはない、君の持つあまりにも真っ直ぐで素真面目な人間の匂い。そして、未知の魂が強力な肉体に宿るという、グルメ細胞が見せる可能性の数々をね。……ただ、それを君の口から語る前に問い詰めるのは野暮だと思って、今日まで聞ずにいたんだよ。……よく話してくれたね。君の誠実さが、私はとても誇らしいよ」

 

 アカシア様は、すべてを見通した上で、俺のプライドを傷つけないようにずっと待っていてくれたのだ。その思慮深さと、父親のような大きな肯定に、胸の奥が震えた。

 

 「おい、二鳥……っ」

 

 不意に、隣から絞り出すような、ひどく低い声が聞こえた。見ると、一龍兄さんが、拳が白くなるほど強くテーブルを握りしめ、ボロボロと大粒の涙を流して俺を見ていた。その目は、悲しみと、何かに対する強い怒りで燃えているようだった。

 

 「一龍兄さん……?」

 「お前……そんな、そんな目にあってたのかよ……。毎日毎日腹をすかせて、誰にも見てもらえなくて、一人ぼっちで……餓死、したなんて……っ!」

 

 一龍兄さんは、俺の前世の孤独と飢えを、まるで自分のことのように本気で悔しがり、悲しんでくれていた。この世界において、いや、この優しい家族にとって「飢え」と「孤独」は何よりもあってはならない、最も忌むべき惨劇だ。

 

 一龍兄さんはガタッと椅子を蹴立てて立ち上がると、俺の肩をがっしりと掴んで、目を真っ赤にしながら叫んだ。

 

 「二鳥! 俺はお前の『兄貴』だ! だから、お前の前世には何もしてやれないが!これからの未来は俺が絶対に保証してやる!」

 「一龍兄さん……」

 「いいか、絶対にだ! 俺が生きている限り、お前には二度と、絶対にそんな惨めな目は遭わせねぇ! 腹がいっぱいになるまで美味ぇもんを食わせて、お前が建てた家で、家族みんなで一生バカ笑いして過ごすんだ! 孤独なんて、飢えなんて、この俺が、一龍が絶対にさせねぇからな……っ!!」

 「――っ」

 

 真っ直ぐで、あまりにも熱い、兄貴としての命懸けの誓い。その言葉が、前世の俺の魂の残滓を、本当の意味で救い上げて、極上の温かさで包み込んでいくのが分かった。

 

 「……っ、ありがとう…一龍兄さん。アカシア様、フローゼ様……!」

 

 俺はもう、堪えきれずに涙を溢れさせた。ブルーニトロの大きな身体を丸めるようにして、家族の温もりにしがみつきながら、子供のように声を上げて泣いた。

 

 前世で飢え死にした、しがない大工の男。だけど、今世の俺には、世界一優しくて頼もしい、最高の家族がいる。

 

 この人たちのために、俺はどんなに苦しくても、前世から引き継いだ『ど根性』で、このグルメ界をどこまでも泥臭く、タフに生き抜いてみせる。俺の持てるすべての技術と命を懸けて、この温かい家を、家族を、守り抜いてみせるんだと、涙の中で強く、強く心に誓った。

 

 ◆

 

 二鳥が正体を明かして少しの月日が流れた。二郎が片言の言葉を覚え始め、二鳥も人間界での生活にすっかり馴染んでいたある日のこと。一龍は、兄としてずっと胸の奥に燻っていた「ある重大な問題」について、真剣に頭を悩ませていた。

 

 (二鳥のやつ、この家を直すときに『恋人といちゃつける部屋が欲しい』と言っていたな……。あいつは見た目こそ立派なブルーニトロだが、中身はとても素直で純粋な弟だ。どうにかして、あいつに温かい恋人を用意してやりたい……!) 

 

 しかし、ここは人間界。二鳥の見た目はどう見ても大柄なブルーニトロだ。変装していれば街を歩けるとはいえ、人間の女性と恋愛をするというのは、流石にハードルが高すぎる。 弟の春をどうしても応援したい一番弟子は、ついに意を決して、師であるアカシアの部屋の扉を叩いた。

 

 「――なるほど、一龍。君が二鳥をそこまで大切に思っている気持ちはよく分かったよ」 

 

 相談を聞いたアカシア様は、机の前で少し腕を組み、ふっと穏やかな笑みを浮かべた。

 

 「だが、二鳥はブルーニトロだからね。人間の女性と……というのは、お互いにとって色々と難しいだろう。……そうなると、一龍が今、人間界の山奥で監視と保護を任せている、あの味仙人の三人……レッドニトロの『チチ』『カカ』『ジジ』を紹介するくらいしか、私にも名案が浮かばないよ」

 「レッドニトロの三人ですか……!?」

 

 一龍は一瞬目を丸くした。レッドニトロとブルーニトロといえば、本来は歴史的な敵同士だ。だが、一龍が保護しているあの三人なら、凶暴な他のニトロたちとは違い、高い知性と感情を持っている。

 

 「よし、だったら二鳥を彼らに会わせましょう! 同じニトロ同士なら、もしかしたら良い出会いになるかもしれません!」

 「そうはいっても、一龍。彼らは一応、世界のバランスのために隠して保護している極秘の存在だからね? いきなり『恋人募集中です』と連れて行ったら、流石に彼らも警戒してしまうよ」

 

  アカシア様は困ったように苦笑しながらも、すぐに美食神らしい名案を閃いた。

 

 「……まぁ、いいだろう。ちょうど、彼らの今の隠れ家がだいぶボロくなっていてね、住環境に困っていると聞いていたんだ。二鳥を連れていくなら、あの隠れ家の『改築』を二鳥に頼む、という名目で連れ出すといい。それなら彼らへの建前も立つし、二鳥のあの素晴らしい職人の腕を見せる絶好の機会にもなる」

 「さすがアカシア様、最高のアイデアです! 家の改築となれば、二鳥のやつも喜んでついてきますよ。さっそく引っ張ってきます!」

 

 一龍は嬉しそうに胸を叩くと、二鳥のもとへと大急ぎで走っていった。

 

 こうして二鳥は、兄のそんな「お節介な恋活作戦」など露ほども知らぬまま…

 

 「ちょっと大工仕事で極秘現場を手伝ってくれ!」

 

 という一龍の言葉に目を輝かせ、人間界の深い山奥にある、レッドニトロたちの隠れ家へと連れ出されることになるのだった。




 次回、一龍の「お節介な恋活作戦」開始!

 一龍は味仙人の保護を任されてたし、ブルーニトロについても知ってはいると思うんですよね。

 それでも家族だと認めたのは…アカシアが新しい家族だと言ったからなのか…はたまた、二鳥だからなのか…皆さんのご想像にお任せします。

 ただ、これだけははっきりと自身を持って言えますね。

 一龍が求めるのは家族、そして愛おしいと思っている人すべての幸せです。

皆さんはどっちだと思います?二鳥は…

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