関西弁がわかりませぬ
「獣臭い」
俺は鼻につく獣の臭いに気付き、目を覚ました。
いや、ちょっと待て。獣?俺は昨日の夜、仕事の整理をした後に日本酒を一杯飲んでから部屋のベッドで寝たはずだ。
そんなことを考えながらも獣の臭いに向けて顔を上げた。
腹ペコそうなモンスターがこちらを見ている。
目の前に見えるのは涎を垂らした獣3頭だった。犬っぽいが体が大きく、前足が胸の真下にあった。TVの動物番組で見たことがある。あの前足の位置は狼の特徴だと言っていた気がする。とりあえずあの3頭が狼だということにしよう。その3頭が現在俺を中心にして放射線状に包囲している。俺が目を覚ましたからか、低い唸り声を上げながら包囲を狭めようとしているように感じる。
妙だ。何で寝て起きたら狼に囲まれてる? 妙だと言えば目の前の景色も妙だ。見慣れた部屋じゃなく荒野といって差支えのない景色。少し離れたところに森はあるようだが。
そんなことを思ってても腹ペコモンスター共は包囲の足を止めようとしない。まぁ当たり前か。腹ペコ共も生きるために必死なのだろう。
だが、俺も黙って彼らに美味しく食われる趣味はない。いくら体を鍛えているといっても無手で対抗するのは面倒だ。得物が欲しい。そう思って狼の方を注視しつつも周囲に何かないかと視線を向ける。すると視界のギリギリに布製のリュックと愛用の小刀2振りを見つけた。小刀と言っても大脇差と言って差支えのない大きさの物だ。あの2振りがあることについ笑みを浮かべてしまう。
状況は未だはっきりとはしないが、最悪の事態は逃れられそうだ。そう思いながらジリジリと足を愛刀の方へ移動させていると、待ちきれなかったか狼共が俺に向かって飛びかかってくる。
狼の爪を躱しつつ相手の腹に肘を見舞う。
「ギャン!」
そんな声を上げながら体勢を整えようとしてる狼を尻目に一気に愛刀へ向かって歩を進め、急いで愛刀を拾い上げる。いつもの様に右に直刀、左に鉈のような刃厚のある湾刀を持つ。親指で鞘を押し上げ刃を出した。
やはり刀を持つと落ち着くなぁ。でも現代人として色々やばい気がする。
いつものように視界を広く、全体を見る。どうやら次に来るのは左の1頭のようだ。一度に全てが襲い掛からず、相手を疲れさせるように波状攻撃を掛ける。野生の狼はそんな動きをすると聞いたことがあるが、その話は正しかったようだ。
襲い掛かられているとはいえ無駄な殺生はしたくない。直刀は切先両刃造りのため、そういう意味では不向きだ。ここは左手の湾刀の峰を使うしかないか。
そう考えていたら、左から狼が襲い掛かってきた。口を開け、その鋭い牙を俺の首元に刺そうとしてくる。俺は湾刀の峰を相手側にして、その大きな口に当てる。条件反射で刀を噛んだ狼をそのまま地面に叩きつけた。
どうやらこの動きは予想出来なかったようで、他の2頭の動きが止まった。
畳みかけるなら今だな。
右手にいる狼に向かって跳びかかり峰を脇腹に振るう。
「ガッ‼」
痛撃を喰らった狼はバウンドしながら地面を滑っていく。
それを横目で見ながら、俺は恐らくこの群れの頭だと思われる中央の1頭へ向けて刃を向けて威嚇する。それ以上襲ってくるなら、容赦しない。殺す。という意思を乗せて。
何秒経っただろうか。目の前の狼達は腹を仰向けにこちらへ向けてきた。
そのまま、じっと狼の目を見ながら様子を見る。しばらく経っても仰向けのポーズを止めようとしない。どうやら苦難は去ったようだ。
溜息をつきながら刀を降ろす。
いったい何なんだ。この状況は。そんなことを思いながらとりあえず地面へ捨てた鞘へ刀を納めた。周囲は先ほど思った通り荒野が広がっている。吹いている風も少し土っぽい。もしかするとあまり雨が降らない土地なのか?一応森はあるようだが。空を見ると見慣れた青色が広がっている。そんな何気ない事に少しばかりの安心感を得ていることに気付き苦笑する。どうやら思ったより混乱しているらしい。
そういえば、と先ほどリュックが落ちていたのを思い出す。目を向けてみるが、外見を見る限りは自分の知っているごくごく普通のリュックだ。中には何が入っているのか。チャックを開けていくと中身が見えた。
なんで日本酒?ご丁寧に徳利とお猪口、しまいにはビーフジャーキーって、おい。
おつまみ完備の晩酌セットを見て一瞬意識が遠くなった。とりあえずビーフジャーキーを袋から取り出しビーフジャーキーに齧り付く。うまい。自分好みに塩コショウが強めだ。
ビーフジャーキーの旨さに舌鼓を打っていると先ほどまで腹を見せていた狼たちが起き上がりジッとこちらを見ていた。涎をダラダラと地面に落として地面が湿っている。どれだけ腹が減っているのだろうか。
袋からビーフジャーキーを取り出し、狼たちの方へ放ってみる。すると物凄い勢いでジャーキーを奪い合い始めた。しばらく狼たちを見ていると、遠くからドドドッという音が微かに聞こえた。視線を向けると遠目に土埃が舞っているのが見える。
あれは、馬か?どうやらこっちに向かってきているようだが。
馬達は俺に気付いたのか速度をあげたようだ。遠目に人が乗っているのが見える。野生の群れというわけではないらしい。
あの騎手と会話して情報を仕入れるか。出来ればそのまま近くの街まで連れて行ってもらえれば嬉しいところだ。
そんなことを考えているといつの間にか馬が目の前に止まっていた。騎手と目が合う。女性だった。紅い髪、褐色掛かった肌、そして手に持つ長大な武器。
あれは戟か?初めて見たな。刃引きはされていない、となるとあの長大な武器を振り回しても問題視されない環境ということかな。
現状が解決されるかと思っていたら、謎が増えた。相手の女性は馬から降りず未だ無言でこちらを見てくる。
「ちょぉ待ちいや、恋‼いきなり駆け出さんといて‼」
また女性が増えた。というか恰好が凄い。胸にサラシを巻いて着物を羽織っている。髪は紫。そしてまた長大な武器を持っていた。
あれは薙刀?いや薙刀にしては刃が幅広い。ということは偃月刀か。戟に偃月刀って、まさかここは中国か?んな馬鹿な。
このエロいを突き抜けていっそのこと清々しい女性の後ろには50人程の人が控えている。大小違うがそれぞれ武器を持っていた。
「で、いきなり駆け出してどないしたん。ってこの兄さん誰や」
「わからない」
「いやわからんて。はぁ」
そんなことを言い合いながら、二人が馬から降りて来る。降りる前に軽く手を上げて後ろにいる人達に合図をしたようだ。
無言で意志を伝えられることといい、全員が武器を持ってることといい、この人達は軍隊か?それにしては妙だ。銃がないし何より馬が移動手段というのはおかしい。
そんなことを思いながら、ジャーキーを口に入れる。すると紅い髪の女性の目線が俺の手にあるジャーキーへと移った。その視線は手に持つジャーキーが全て口に入るまで俺に注がれ続けた。腹が減っているのだろうか。さっきからこんなんばっかだな、そんな事を思いながら袋から新しいジャーキーを取り出し紅い髪の子へそれを差し出す。
「食べる?」
「・・・・(コクコク)」
腹が減っていたようだ。まるでリスのように黙々と頬張っている。
「ちょ!恋!知らん人から食い物貰うなや!」
お母さんみたいだな。
「誰がお母さんやねん!誰が!」
考えを口に出していたらしい。ていうか何故に関西弁?どう考えても関西じゃなさそうなんだが。キッと睨んでくる紫髪の女性の目を躱していると紅い髪の子がジャーキーを食べ終ったようだ。
「・・・霞、この人連れてく」
「なんやて?」
「この人連れてく」
「いや聞こえんかったわけちゃうねん!」
「・・・・きっと役に立つ」
「これが餌付けっちゅうやつかいな。管輅の占いがあるっちゅーてもほいほい人拾っていったら詠に大目玉喰らうで?ねねもピーピー言うやろし」
「連れてく」
「いやだからなぁ・・・」
どうやら俺の処遇をどうするかで話し合いになっているようだ。長くなりそうだ。リュックから酒をお猪口に注ぎ、酒を味わう。やはり日本酒は美味しいな。
「ってあんたなにしとんねん!」
「話が長くなりそうだから、酒を飲んでる」
「あんたの事話してんのになんちゅうもん飲んでるん!・・・って酒やて?」
「ああ」
心なしか目が輝きながら俺のお猪口を覗く紫髪の子。
「めっちゃ澄み切ってるやん。それにこの芳醇な匂い。かなり旨そうや」
お?同好の士かな?
「酒が好きなのか?」
「当ったり前やん!酒は命の水!心の活力!」
どうやらよっぽどの呑兵衛らしい。俺はもう一つあるお猪口に酒を注ぎ、彼女の前に差し出す。
「飲むか?」
「ええのん!?」
尻尾が見える。ばっさばっさ振れる尻尾が。
「ああ」
「おおきに!・・・・やっぱ思った通り旨いわぁ!」
その言葉に俺の顔も知らず知らず笑顔になる。自分が良いと思っている物を肯定されるのはやっぱり嬉しいものだ。それが同好の士なら尚更だ。
「でもこんな酒知らへん。兄さんどこの出や?」
「日本だが?」
「?日本ってどこやねん」
日本を知らない?そんな馬鹿なことがあるわけない。だが嘘を言っているようには見えないし、一体どうなってるんだ?
「むしろ此処どこ?」
「なんや。兄さん迷子かいな?ここは隴西やで」
隴西ってどこだ。響きからアジア圏なのは間違いなさそうだが。
「隴西って街は聞いたことがないけど、恐らくは海を渡った向こうの島国になる」
「恐らく?」
「気付いたらこの場所で寝ててね。なんでここに居るのか理由がわからん」
「ふむ」
そう言いながら考え込む紫髪の子。なにやらブツブツ言っているが大丈夫だろうか。そう思いながら酒を飲む。暇なので紅い髪の子を餌付けしてみる。ジャーキーを左右に行ったり来たりしているとその動きに合わせて体が動く紅い髪の子。その足元にはさっきまで警戒して唸り声を上げていた狼3頭も居て、同じ動きをしている。仲いいな、君達。しばらくして考えが纏まったのか紫髪の子が顔を上げる。
「兄さん、うちらと一緒に街まで来おへん?合わせたい奴がおんねん」
「いいよ」
「はやっ。決断早ない?」
目を目いっぱい開けながら俺にツッコむ紫髪の子。うーん、ツッコミ担当なのかな。いい勢いである。たった今出合ったばかりの得体の知れない相手に対して、決断が早くないかと聞いてくるあたりとても優しい子のようだ。
「んや、俺も状況がはっきりしないしね。とりあえず人里に行きたい。これ見る限り君たちは俺に害を及ぼす気はないみたいだしね」
「これ?」
そう言われたので未だジャーキーの動きに支配されている1人と3頭を指さす。
「・・・恋」
そう言いながら頭を抱える紫髪の子。面倒見が良い子なのかなー。苦労してそうだ。
「とりあえず自己紹介しとこか。ウチは性は張、名は遼、字は文遠や」
「ちょっとまって」
今、とても聞いてはいけない名前を聞いた気がした。張遼?張遼ってあの三国志のか?いろいろおかしい気がするぞ。彼女の親御さんが英傑の名前にあやかったとしても、女性につける名前じゃないだろう。それに目が本気だ、嘘を言っているようには見えない。もしも彼女が本当に三国志の張遼だとしても、時代がおかしい。俺が居たのは2015年の日本だぞ。三国志っていったら200年とかそこらへんじゃなかったか?それになんで性別が女?情報は得られたが謎が深まるばかりだな。まだ情報量が足りないか。
「名前を告げられて名乗り返さない非礼を先に謝らせて欲しい。それを承知で聞きたいことがあるんだが、この紅い髪の子の名は?」
その言葉を聞いた紅い髪の子がジャーキーから目線を外して俺に顔を向ける。
「恋は性は呂、名は布、字は奉先」
そう言い終ると呂布と名乗った子はまたジャーキーへ目線を戻す。・・・今度は呂布だと?これはいい加減あれか俺の頭がおかしくなったか。しかし、馬といい景色といい刃引きをしていない武器といい、状況証拠自体は今俺が居るここは古代中国だというのを示している。これは覚悟を決めないといけないかもしれないな。
ふぅと俺は溜息をつき顔を上げた。
「俺の名前は鈴居十蔵だ。性が鈴居で名が十蔵になる。字というものはないな」
「字がないんか。んじゃ十蔵って呼んでええんか?」
「構わないよ。好きに呼んでくれ」
「んじゃ十蔵、街いくで。馬の余りがないからウチの後ろに乗ってぇな」
なんですと?こんな美人の後ろに乗れとな?
「どないしたん?」
「いや、なんでもないよ。失礼する」
ちょっと口調が堅くなったか。こんな経験ないから少し緊張してしまうな。そう思いながら、張遼の方へ視線を向けると、とてもイイ笑顔をした張遼がこちらを見てニヤニヤしている。幻視なのか、猫耳と尻尾が見える。どうやら俺の気持ちを感づかれたようだ。そうか。そういう性格なのか。くそう。
「恋。隴西へ戻るで」
「・・・・・(コク)」
呼びかけられた呂布は自分の馬へ乗り、歩き出した。そういえばさっきから名前にない名で呼びかけているな。愛称か?この時代にも愛称ってあるのか。
「張遼。さきほどから彼女に話しかけている名は愛称か何かか?」
「真名や。そか、十蔵は違う国の人やったな。真名知らへんのか」
真名?愛称とは違うのか?
「真名っていうのは?」
「心を許した者にだけ伝える、証ともいえる名前のことや。本人の許可なしに呼び掛けると首飛ぶで?気ぃつけや?あと十蔵、ウチの名は字で呼びかけてくれへん?性と名を一緒に呼ぶんも親しくないと無礼にあたんねん。まぁウチはそこまで気にせえへんけどな」
ふむ。いろいろルールがあるらしい。無駄に火に油を注ぐ必要もないだろうし、この情報はしっかりと頭に入れておくとしよう。
「わかった。ありがとう、文遠。知らない土地だ。助言してくれてとても助かるよ」
そういうと少し気恥ずかしいのか、言葉ではなく手をヒラヒラと振ってきた。そんな仕草につい笑みが零れてしまう。すると笑ったのに気付いたか、文遠が口をつぐみ、不満顔だ。なんだろう。この子可愛いな。そう思いながら、地面に目線を向けると狼3頭が俺達に随伴するようについてくる。
「十蔵ー。狼ついてくんで?何したん?見た感じ野生っぽいねんけど」
「躾して餌付け」
そう答えると文遠は「恋かいなー」と言って苦笑していた。やはり街に狼入れるのはまずいのだろうか。動物好きだから、俺はあまり気にしないのだが。そう思い文遠にそのことを聞いてみることにした。
「文遠、やはり街に狼を入れるのはまずいのか?」
「いや、十蔵の言うこときっちり聞くんならかまへん。ただ、人に害為したら狼は処分され、十蔵にも責がいくやろな」
そう言われ、この狼達をさらに躾することを心に決める。置いていくという考えは俺には無かった。だって可愛いし。
「わかった。気を付けるとしよう。それで街へはどれぐらい掛かるんだ?」
「4刻ぐらいや。すぐやで」
4刻というと1時間ぐらいか?馬で4刻がすぐだというその認識の差異に、やはりここは俺の知っている世界じゃないのだなと思ってしまう俺がいた。