気付いたら古代中国   作:銀鱈

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サブタイトルをどうしようか、毎回悩みます。

その話の内容を数文字で纏めるっていうことが自分にはとても難しい。
他の作者様のサブタイトル見ると、毎回凄いなぁと思ってしまう今日この頃です。



朝の鍛練

「月見酒はやっぱり最高だな」

 

 

 自分に宛がわれた部屋から見える月を見て、ついそう呟いてしまう。花見、月見、酒の楽しみ方はたくさんあるけど、俺はこの月見酒が一番好きなんだよな。月の光によって、雲が微かに光を帯びるのが幻想的で気に入ってる。これで温泉にでも浸かれたら言うことなしだったんだが。

 

 予想通りというか、この時代に風呂は貴重らしい。ここに案内してくれた侍女が言うには、一般的には布を水や湯で湿らせて汚れを拭い取るってことだし。どうやら太守である董仲穎ですら入ることはあまり無いって話だ。日本人としては残念過ぎる。

 

 董仲穎といえば驚きだったな。歴史の董卓像とは掛け離れたものだった。暴政を敷き、反董卓連合なんてものが結成される要因になるとは思えない。家臣も上手く纏めているようだし。いやあれは惹きつけてると言った方がいいのか。儚さと芯の強さを併せ持つから、知らず知らずの内に彼女の助けになってあげたいと思ってしまうんだろうな。ああいうのを魅力って言うのかもしれない。

 

 董仲穎のことを考えた流れで、思考はそのまま今日の俺に対する勧誘に繋がっていった。

 

 あの時の俺に対する奉先の評価には困ったな。賈文和の俺に対する目が劇的に変わったのは、奉先が俺を自分と並び立つ者だと保証してからだ。あれは人材を逃がさない軍師としての目だった。

 

 賈文和に正式な将にならないかと誘われたときに思ったことは、元の場所に帰る手段があった場合、ある程度自由に動きたいということと、受ければ否応がなく戦争に駆り出され、人の生き死に関わらなければならない、ということだった。

 

 俺は人を殺したことがない。現代の日本人なら当たり前だ。返答に躊躇した理由はそこだった。躊躇するぐらいならきっぱりと断ればいいのかもしれないが、右も左も分からない世界で、武術しかない俺が生きていくことを考えると口が動かなかったんだよな。

 

 結果的に客将という身分に収まったわけだけど。だけど客将だとしても戦争には駆り出される。

 

 俺に人を殺せるか?いや客将とはいえ、軍の一員となった以上殺さないといけないんだろう。じゃなきゃ味方が死ぬ。この隴西の住民が死ぬ。

 

 言い様もないモヤモヤとした気持ちについ頭をガリガリと掻いてしまう。

 

 荒野で文遠と話をしていたあのとき、元の世界に帰れない可能性が頭に浮かんだ。『最悪この世界でずっと生きていかなければならないだろう』、そう思った。あの時はなんとか覚悟を決めたつもりだったが、見通しが甘かった。

 

 人を殺す覚悟までは決められていなかった。

 

 恐らく俺が戦闘に駆り出されるのは今起こっているという黄巾党との戦いになるんだろう。それまでに心を固めないといけない。じゃないと最悪、俺のせいで無くすかもしれないんだ。文遠や奉先のあの暖かい笑顔を。そんなこと俺は認めたくないからな。

 

 気付けばお猪口にも徳利にも酒が入っていなかった。ずいぶんと考え込んでいたらしい。

 

 

 

 ――寝るか。

 

 きっと明日から忙しくなる。一人で実家の道場を守ってきた時とは違う、責任って奴が増えるだろう。それに耐えるためにも今は休息が欲しい。

 

 そう思ったら自然と瞼が落ちてきて、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝、俺は桶にぬるま湯を入れて城の広場を歩いている。そんなことをしている理由は荒野からついてきたあの狼達の体を拭くためだ。土埃の上に雨が降って毛がドロドロだったからな。俺に付いて来てくれたんだ。それぐらいはしてやらないと。

 

 さて、あいつらはどこかな?・・・いたいた。俺が近づくとそれに反応して顔をこっちに向ける3頭。やっぱり体がドロドロだわ。出来れば石鹸が欲しいんだけどなぁ。いくらこの世界でも無いかもしれないな。さて、さっさと綺麗にしますかね。

 

 

「ほらお前ら、綺麗にするから動くなって」

 

 

 布をぬるま湯につけて狼達の体を拭いていく。むぅ、かなりゴワゴワになってる。根気よく行くか。

 

 そのまま しばらく拭いていると段々と綺麗になってきた。自分達が綺麗にされているのがわかってるのか、もう狼達も身じろぎはしない。首をピンと上に向けながら座り、拭いてくれーってポーズをしてるようにも見える。愛い奴らめ。

 

 んー、これから一緒にいるんだし、名前つけるか。何にしよう。壱、弐、参とかいうのは流石に可哀想だしな。・・・・あぁ俺の好きな果物の梨からとるか。

 

 3頭がこちらを向いているので、一頭一頭指差しながら名前を告げていく。

 

 

「尻尾がすらっとしてるお前は『秋麗』、顔の毛がほわっとしているお前は『彩玉』、唯一の雄で体が一番小さいお前は『八雲』だ」

 

 

 そういうと秋麗、彩玉、八雲達は軽く吠えたあと俺に体を擦り付けてきた。なんだなんだ?良くわからないが、名前の件は了承してくれたってことでいいのかな。

 

 しばらく秋麗達を撫でながらまったりしていると、後ろから気配を感じた。

 

 

「お、十蔵やんか。おはようさん」

 

「おはよう、文遠。はやいな」

 

「これぐらい普通や。早朝に鍛錬するんがウチの日課やねん。空気が澄んでる感じがして偃月刀振るってると気持ちがええんよ」

 

 

 その気持ちはわかるなぁ。早朝の静かで冷たい空気の中、刀振ってるとその動作しか見えなくなってくる。あの感覚は堪らないよなー。文遠も似たようなこと思ってるってことは、お互い武人ってことなのかねぇ。

 

 

「んー、十蔵。ウチに稽古つけてくれへん?」

 

「文遠に稽古?そりゃ俺を買い被りすぎだろう」

 

 

 張文遠に稽古って。これ、あれか。昨日の奉先が言った言葉のせいなのか。勘弁してくれ、奉先。

 

 

「昨日恋が十蔵と戦えば相討ちになる言うてたやんか。恋は嘘は言わへんからな。ほんまなんやろ。そんなこと知ってもうたら、武人として抑えが効かへんねん。な?頼むわ。稽古が駄目ゆうんなら、ウチと勝負ってことでどうや?」

 

 

 勝負かー。まぁそれならいいかなぁ。奉先がどこで俺の実力を感じてるのか分からないが、俺の力が三国時代の英傑にどこまで通用するか、いい指標になるかもしれない。

 

 

「わかった。やろうか」

 

「ほんま!? よっしゃ。じゃぁ今すぐやろうや。武器は刃引きしてある奴があんねん。こっちや」

 

 

 文遠がすごいノリノリだ。文遠についていくと軍の装備保管庫なんだろう。所狭しと武器防具が置いてあった。二人して保管庫の中を歩き回り、使えそうな武器を探す。

 

 

「ウチ、こいつにするわ。そっちはどうや?十蔵が使いやすい奴があるとええんやけど」

 

 

 文遠に急かされながら訓練用武器が固まってる場所を探す。うーん、さすがに刀はないか。せめて刃の長さだけでも似たような奴はないかな。あ、これどうかな。

 

 良さそうな長さの両刃の剣を見つけた。量産品なのかいくつか同じ長さの物が固まってる。軽く振ってみるとそこまで大きな違和感はなかった。両刃のせいか少し、重心が違うぐらいか。よし、これでいこう。

 

 

「文遠、見つかったぞ」

 

「お、待ちくたびれたで。じゃ外行こうや」

 

 

 保管庫を出て、さっきの場所にまで戻る。・・・えーと、なんで君らここに居んの?

 

 目の前には昨日、謁見の間に居た全員がいる。状況が読めないでポカーンと呆けていると賈文和が理由を言って来た。

 

 

「昨日、恋があんたが強いって話をした時、霞と華雄がそわそわしてたの。だから、絶対早朝に勝負を吹っ掛けると思って見学に来たのよ。軍師としては、将の強さを知っておくのも仕事の内だもの」

 

「お前が本当に恋殿と並ぶ強さを持つのか見てやるのです‼」

 

「・・・・十蔵、霞の次は恋と・・・やろ?」

 

「ふん!」

 

「あ、あの、怪我しないように気を付けてくださいね?」

 

 

 なんかすごい脱力感だ。酒たらふく飲みてー。

 

 

「よっしゃ、やろうや!十蔵!」

 

「うぇーい」

 

「なんやねん、その倒れそうな声。気合入れえや」

 

 

 そんなこと言われましても、朝っぱらからこれはテンション下がるぞ。そんなこと思ってる内に文遠の方は準備万端らしく、訓練用の偃月刀を構えてこちらに刃先を向けていた。

 

 

「勝敗はどう決めるんだ?」

 

「どっちかが参るまで! 単純やろ?」

 

 

 まぁ確かに単純だけども。つまりは負けず嫌いな人間でも負けを認められるほど圧倒しろってことなのか。あれ?単純だけど面倒臭さは半端ないんだけども。

 

 溜息をつき、両手にそれぞれ剣を持ち、構える。構えはいつも通り、左を前にして右を相手に見えない位置に置く。そして意識を周囲に溶け込ませるように相手の全体像を把握する。

 

 

 

 ・・・うーむ。相対してからしばらく経ったが息巻いてたわりには向かってこないなぁ。このままだと時間だけが過ぎて、朝飯を食いっぱぐれそうだ。攻めるか。

 

 文遠の上半身の動きから呼吸のリズムを合わせた後、瞼に目線を当てて、瞬きする瞬間に飛び込む。

 

 

「っ‼」

 

 

 瞼が閉じた瞬間に飛び込んだことで、文遠の動きがほんの少し鈍くなる。だがそのほんの少しが重要だ。急いで向かってくる偃月刀を左の剣で受け流し、文遠の懐に入る。

 

 すると文遠と目が合った。その瞬間思わず笑みが零れる。まずはご挨拶だ。体の影になるように隠していた右の剣で文遠の左肩を突こうとした。

 

 

「させへん‼」

 

 

 文遠が偃月刀の石突を戻し、突いた剣の腹に当てることで軌道をずらそうとしてくる。さすがに対応してくるか。文遠の石突が来る前に無理矢理右の剣の軌道を突きから払いに変えて文遠の手を痛打した。

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

 文遠が仕切りなおすように距離を取る。動揺を誘えたか、うまく決まったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

 今私は、月様を侮辱した男、鈴居十蔵と霞の試合を見学している。なるほど、恋が相討ちになるというだけある。

 

 

「華雄」

 

「ん?何だ?詠」

 

「二人の勝負を解説して欲しいんだけど。十蔵が強いというのはわかるけど、武官から見るとどのように見えるの?」

 

「ふむ。一言で述べるなら『巧い』となるか」

 

「巧い?」

 

 

 そう巧い。あんな戦い方は見たことがない。無駄のない動き。動きの虚さえも一つ一つ相手にどう見えるか考えているように思える。

 

 

「うむ。計算された動きといえばいいか。一つ一つの動作に無駄がない。鈴居がする動きにはすべて何かしらの意図があるように思う。ちなみに、鈴居はもう既に10を超える虚の動きを繰り出している。恐らくはその動きで攪乱すると共に霞の動きを誘導してるのだ。今の霞には自分の全てが観られている。そんな感覚に陥ってるはずだ」

 

 

 言葉で言うのは簡単だが、あの動きを実現するには想像を絶する難しさがあるはずだ。少なくとも私には無理だ。相手の全ての動きを予想し、虚実含めた動きで自分の思い通りに相手の動きを誘導するなど。認めよう。あいつは私より、霞より強い。強い、が・・・。

 

 

「気になることがある」

 

「気になること?」

 

 

 霞は今、本気だ。手など抜いていないし、抜くことなんて無理だろう。そして本気だからこそ漏れ出している。相手を殺すという意思が。流石に戦場ではないし、戦っている相手は味方だから、戦時のそれとは比べるまでもなく小さい。刃引きされた訓練用の武器というのもあるかもしれないが。

 

 

「霞は本気になっているが故に、鈴居を殺すという意思が見え隠れしている。しかし、それを受けているはずの鈴居からは、そんな感情は全く見えない」

 

「えーと、つまりどういうことなの?」

 

「つまりは・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十蔵。自分、人殺したことがあらへんな?」

 

 

 

 

「「「「「 !! 」」」」」

 

 

 

 

 文遠の言葉に心臓が跳ね上がる。周囲の空気も心なしか固まっているように思える。

 

 

「・・・やはりわかるか?」

 

「刃、合わせてそれが分からん武人なんてウチは武人とは呼ばへん」

 

 

 流石だな。

 

 

「俺の故郷は、もうしばらく戦争なんてものは起こってない。それこそ俺が生まれる前からだ。だから俺は人を殺したことはない。人を殺すことに忌避感を感じている。董家の客将となったんだから、それでは不味いと理解しているんだがな。まだ踏ん切りがつかない」

 

 

 俺の言葉を受けて、皆が心配そうに俺を見てくる。董仲穎なんて両手をギュッと握りこんでいるほどだ。爪が肉に食い込んで痛そう。・・・董家はいい奴らばかりだな。お人好しばかりだ。会ったばかりの俺を心配するなんて。

 

 

「やめや。やめ。勝負は次の機会に延期しよ」

 

「いいのか?」

 

「そんな泣きそうな顔でおられたら、刀振るうんも出来へんわ」

 

 

 え・・・そんな顔してるのか俺?

 

 自分の表情がそんな顔をしてると思ってなかったからか、驚きを隠せない。そんな俺を見た文遠が、俺の目を見据えて話し始める。

 

 

「十蔵、人を殺したないっていう気持ちを抑え込んだらあかんで。それはめっちゃ大切な気持ちや。人としてな。ウチだって華雄だって、恋だって出来れば人を殺したないねん。兵に相手を殺せ言わなあかん月や詠やねねもや。兵にそんなことさせたないねん。でもこんな御時世や。殺さなきゃ大切な人を守れへんかもしれん。自分が躊躇して人が死ぬかもしれん。だからしたないのに殺すんや。でも殺しを楽しめるようになったら終いや。ただの畜生になってまう」

 

 

 俺は文遠の言葉から耳が離せなくなっていた。ここには俺と文遠しか居ないように感じてしまう程だ。文遠が、俺の気持ちに標を示してくれる。そう思ったからかもしれない。

 

 

「董家の客将になった十蔵に『戦場で人を殺さなくてええんやで?』、なんて言えへん。十蔵は武人として最高の域に居るやろう。そんな十蔵が殺さなかった敵が、味方を、民を殺すかもしれへんのやから。・・・せやから、辛い時はウチを、董家の皆を頼ってくれへんか。泣きたくなったらウチの胸ぐらい幾らでも貸すさかい。ってさっそく泣いてるんかいな」

 

「ぇ?」

 

 

 文遠の言葉に驚いて自分の頬をふれる。そこには確かに水滴が流れていた。

 

 

「まったく。ほれ」

 

「っ!」

 

 

 愕然としていると、無理矢理文遠に引っ張られそのまま抱きしめられた。・・・暖かい。その暖かさが嬉しくて、自分の意思とは関係なく涙がボロボロ流れ落ちてしまうのがわかる。目の前が歪んで、もう何も見えない。

 

 

「っ・・・俺は、一人じゃ、ないんだな」

 

「当たり前やんか。十蔵はもうウチらの仲間なんやから。ほれ見てみぃ。お前の為に泣いてくれたり悲しんでくれる奴らがそこにもおんで?」

 

 

 文遠の言葉を聞いて、指で自分の涙を拭いながら文遠に言われた方を見ると、

 

 

「あんたが出来る限り悲しまないように上手い指示を出すことにするわよ。期待してていいわ」

 

「しょうがないので詠と一緒に凄い策を考えるのです!でも恋殿は渡さないのですよ!」

 

「十蔵、一緒にお昼寝・・・・・する?」

 

「ふん。まぁ手助けぐらいはしてやってもいい」

 

「ひぐっ・・・わ、わたしも居ますから!頼ってください!」

 

 

 そこには俺に言葉を掛けてくれる人達が居た。あぁ、駄目だこれ。ずるい。もう涙腺が崩壊する。親父たちが死んで、親戚もいない中、一人で生きてきた反動だろうか。『自分たちが居る』って言われることがこんなに嬉しいなんて。

 

 俺はその後しばらく皆に見守られながら文遠の胸の中で泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恥ずかしい・・・」

 

 

 文遠に抱きしめられながらボロボロ泣いた後、俺がようやく落ち着いたということで、文遠から解放されたんだが。恥ずかしくて皆の顔が見れない。はぁ、20歳もすぎた男が美女の胸で泣きじゃくるとか・・・。

 

 

 

「「「「「「・・・・」」」」」」

 

 

 

 無言でこっち見てくるとか苦行すぎるんだけど。

 

 

「なんだ?」

 

 

 そう言うと文遠がニヤニヤしながら俺を見てくる。あ、猫耳と尻尾が見える。これ駄目だ。駄目な奴だ。

 

 

「キシシ。ウチの胸の中で子供のように泣きじゃくる十蔵、可愛かったわぁ」

 

「く・・・・」

 

 

 自分の顔が赤くなってるのが分かる。文遠のこのいじりだけはちょっと如何にかして欲しい。くそう。

 

 

「確かに可愛かったと思います!」

 

 

 いや董仲穎さん、そんな拳を握りしめて力説されても。俺の心が凄い勢いでダメージ食らってるんですが。とりあえず逃げるついでに飯にしよう。戦線離脱して態勢を整えたい。

 

 

「とりあえず文遠、俺は飯を食いに行くよ。昨日、侍女の人に聞いたけど、そろそろ時間だろ?」

 

 

 文遠にそう言ったら、なんか微妙な顔をされた。なんだなんだ。なんか俺したか?女心難しすぎる。

 

 

「ウチの真名受け取ってくれへん?『霞』、言うんやけど。さっきも言うたけど、もうウチら仲間やん?」

 

 

 なんかいきなり真名で呼んでくれって言われた。いやそれ大切な名前じゃないのか?そんなほいほい渡していいのか?それとも文遠にとって『仲間』っていうのは俺が思っている以上に重く大切な言葉なのか。そう考えると、そう言われてる身としてはとても嬉しいのは確かなんだけど。

 

 

「ボクのことも『詠』って呼んでくれていいわ」

 

「むむぅ・・・『音々音』なのです」

 

「『恋』」

 

「私に真名はない。『華雄』と呼べ」

 

「『月』って呼んでください!」

 

 

 なんだこの真名の暴露大会は。おかしいだろう。おかしいはずだ。頭を抱えそうになる。真名を申し込まれてるんだ。ここで皆を真名で呼ぶのは簡単だけど、それは違う気がする。俺はまだ董家で、何もしてないんだから。せめて、何か実績を残してから胸を張って、堂々と真名を呼びたい。いくら武力が強かろうが、俺はまだ皆と同じ位置には立ててないんだ。

 

 

「気持ちはとても嬉しい。だが真名を呼ぶのは待ってくれないか」

 

 

 そう言うと、皆の顔に緊張が走った。文遠は少しイラだっているのか目が細くなってしまっている。

 

 

「真名を申し込まれて、その人の真名を呼ばないちゅうんが、どんだけ相手を虚仮にしとるか分かって言ってるん?まぁ、十蔵は違う国の人やから、真名の大事さが分からんのかも知れへんけど」

 

「いや、今までの話から真名の大事さは少しは理解してるつもりだ。真名を告げてもらってそれを呼ばないことが失礼に当たるっていうのもね」

 

「ならなんで断るん」

 

「俺はまだ文遠達の場所に立てていないから。それなのに真名を呼ぶのは違う気がするんだ。文遠達が認めてくれていてもだ。だから、もう少し待っていて欲しい」

 

 

 俺の言葉を聞いて、皆が考え込むように黙る。少し経ってから、文遠が俺に笑顔を向けてきた。これは、了承してくれたってことでいいんだよな。

 

 

「皆で飯食い行こか」

 

 

 文遠のその言葉に皆が笑顔で頷き、話をしながら連れ立って食堂へ向かった。

 

 

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