『英雄の器は俺じゃない ~世界最強の盟主になった一般人は、人類最後の希望を演じ続ける~』 作:マスターBT
「どうやらユズリハ君はユーラシア支部に馴染めているようですね」
スラブィク支部長──正確には彼のアカウントを使ったミリネさんから送られてきた写真に写っている複数の男達に乱雑に頭を撫でられながらも、ぎこちないとは言え笑っているユズリハ君を見て微笑む。
やはり子供は笑っているべきですよ、この世界では中々難しいかもしれませんが。
「さて、溜まっていた仕事を片付けますかね。盟主と言えど仕事からは逃れられぬサラリーマンというやつです」
目の前の端末を操作し、予め作っておいた通信ルームへと入室するとそこには俺以外のこの世界を預かる者達が映る。
『来ましたか。アルタ盟主』
初めに言葉を発したのは、モノクルが似合う黒髪の女性だ。
「以前の会合よりも眉間に皺が増えましたね。企業連の統括はやはり気苦労が多いのですか
『相変わらずデリカシーの無い人だ。其方で湯水の様に使われている手術費や軍事費を抑えて頂ければ、ぐっすりと安眠も出来るのですが』
『おっと、それは困るね。メタリカに関するデータは可能な限り多い方が良いんだ王氏』
関心のある話題になった為、思いっきりカメラにそっぽ向いていたボサボサな白髪の男性が緩い声で入ってくる。
『……貴方も湯水の様にお金を扱う原因でしたね。遊川博士』
『むしろ僕からしたらこんな世界でお金に拘る君達が不思議だけどねぇ〜』
『貴方』
『お二人ともお静かに。アルタ様の尊き御言葉が聞こえません』
王玉さんと遊川博士の間に剣呑な空気が流れた瞬間、それを断ち切る様に清涼な声が耳に入り可能な限り向けたく無い視線を向けるとただそれだけで嬉しそうに頬を染める金髪の白い法衣を纏う女性が映っていた。
「……一応、録音にも残るので名を呼び確認しましょうか。『企業連代表』王玉さん」
『はい』
「次に『対メタリカ科学評議会議長』遊川 総一郎博士」
『ん?僕の名前を呼んだかい?』
「最後に『救世教教皇』システィーナ・アルタエル猊下」
『はい。いつでもこの身を貴方様に捧げる準備は出来ております』
以上、俺を含め四名が軍事、金、科学、そして宗教という各々の方向性でこの世界を牛耳っている者達だ。
約一名、明らかに俺に熱い視線を向けていますが本物のアルタを覆す訳にはいかないので修正は不可能ですね。
「では、本日の議題ですがまず王玉さんよりお願い出来ますか?」
『皆さんもご存知ではあると思いますが、我々企業連は戦えぬ者、賢くない者、信仰心を持たない者にも幅広く生活の場を与えています。今なお、こうして人類の生命活動が存続しているのは偏にメタリカの脅威に晒された直後から防壁への投資を惜しまなかった我々が居たからこそです』
確かに王玉さん達が人類を守る防壁を築かねば、幾ら本物アルタが規格外の強さと言えど今生きている人類の全てを守るのは不可能でしたのでその言い分は分かるのですが。
『故に人甲連には節度ある軍拡を、科学評議会には理性ある研究をお願いしたいものですね。それと救世教には散発するデモの抑止を』
だからと言って、今こうして必死にメタリカに抗っているのを軽視されたくはないものですね。
『あはは、僕から言えば人甲連と僕達の研究成果があるからこそ君達の防壁に意味が生まれたんだけどねぇ。確かに今、点在している支部の全ては君達が作り上げた大きな壁に覆われる事で一時的に生存を獲得出来たけどね?』
遊川博士の視線が向けられる。
どうやら続きは俺から話せと言うことらしい……責任を分散させる賢い方法ですが、小心者としては一人で言い切って欲しかったですね。
「ジリジリと後退していくだけの戦線を押し上げ、今の一時的な安定を作り出したのは3.1%という極めて低確立な手術を乗り越えて力を手にした俺達の成果ですよ。それを横取りする様な言葉はいただけませんね」
王玉さんのモノクル越しに鋭い視線が向けられる──あぁ……既に胃が痛い。
どうして俺がこんな政治劇を演じなければならないんでしょうねぇ。
『資金は無限ではありません。活動領域が限定されている以上、人材及び資源を浪費するなと言いたいのです』
『信者から聞き及んでいますよ。その限られた物を生み出すために随分と過酷な労働を課している様ではありませんか。デモ行為も其方が原因ではないのでしょうか?』
『……そういった過剰業務を課す所もあると報告を受け、現在、調整を行なっている最中です』
この世界にもブラック企業というのはあるらしい。
王玉さんの顔が痛いところを突かれたと言わんばかりに歪んでますし、どうやら企業連としても明確な弱点と捉えている様ですね。
「今は人類が協力をするべきです。システィーナ猊下、デモは確かに声を届けるのに有効ですが過剰になっては争いの元です。ここは俺の顔を立てて頂けませんか?」
『まぁ、貴方様がそう仰るのなら数日のうちにデモを無くす様に手配いたしましょう』
イエスマン過ぎて心配になってきますが、これで取り敢えず王玉さんが悪いという流れは払拭出来るでしょう。
「王玉さん、我々も可能な限り努力致しますがメタリカの脅威は推し量れるものではありません。有事に備える事はご了承いただきたい」
『……こちらに配慮をいただけるのなら構いません』
「それは勿論」
『まっ、僕は好きにさせて貰うけどね』
『はぁ……これだから研究者というものは』
『えぇ?何か僕悪い事言ったかな?』
話が纏まろうとしている時にわざわざひっくり返す様な事を言うのが悪いのですが、遊川博士の空気の読めなさは今に始まった事ではないので全員が苦笑とため息で流してますね。
この空気なら次の議題に移っても良いでしょう。
「次は遊川博士ですね」
『まぁ、僕の方からはいつも通りと言えばいつも通りかな。研究の方はめぼしい成果は特になし。メタリカという金属生命体が生存或いは繁殖の為に他の生物に寄生する事は判明したけど、その結果生まれるアマルガムやラスティワンへの対抗策はアマルガメイトしかないね』
「ユーラシア支部から兵器の開発を打診されているけどそっちの方はどうですか?」
『んー……連中が死体の一つでも残してくれると解析出来るんだけどねぇ。死んだら錆びて砂になっちゃうでしょ?中々、連中を貫ける兵器の開発は難しいね。さっきの話じゃないけど、アマルガメイトをより安定して生み出せる方がコストは安いよ』
難しいですか……手術を受けなくても抵抗する手段があるのなら散っていく命を少しは減らせると思ったのですがそう上手くはいかないと、世界は本当に残酷ですね。
『ん?……あぁ……申し訳ないね。どうやら僕が出ないといけない問題が起きたらしい。ここで退席しても良いかい?』
「分かりました。後日、その起きた問題が何か報告してください」
『はいはーい』
遊川博士が緊急で出なければならない程の問題というのは気になりますが、後日の報告を待ちましょう。
『あら困りましたね。私の用件は遊川博士にも関係ある事でしたが』
「ふむ?システィーナ猊下、今ここでお話しいただければ俺の方で取り次いでおきますよ」
『その様なお手間を……いえ、貴方様の好意に甘える事をお赦しください。信徒が増え、教会に持ち込まれる相談事も多くなったのですがここ最近は皆、食事の悩みが多いのです。配給される缶詰の味が不味い、開発のために農地を奪われたと』
『企業も開発を進めていますが、確かに味は二の次になる事が多い。なにぶん、保存設備が末端に至るまで配備されている訳ではありませんから。それと農地に関してはより徹底した管理を行なっていくための処置です』
「……保存に重きを置く以上、味は難しいね。調理技術では無理かい?」
『限度がありますね。特に年寄りや子供には塩分が多いかと』
『確か料理や保存に関して研究を始めている企業があったはず。其方に確認を取ります』
『本当ですか?これもアルタ様のお導きですね』
それは違うと思いますよ?えぇまぁ、口には出しませんが。
「では次の議題ですが……遊川博士が退席している以上、ここまでにしておくべきでしょうね」
『そうですね』
『畏まりました』
「この続きはまた後日、調整した日程を連絡しますので。それでは皆さん、また会える日を楽しみにしていますよ」
こうして世界を牛耳る者達との会議が終わった訳ですが、次は各支部の支部長達との会議にそれが終わり次第、アリッサさんの訓練成果の確認や人甲連としての雑務を熟さなければならないと思うと溜息が溢れますね。
「……胃が痛い」