『英雄の器は俺じゃない ~世界最強の盟主になった一般人は、人類最後の希望を演じ続ける~』 作:マスターBT
「で」
『いきなり「で」とは酷いですね。スラヴィク支部長。貴方にはユズリハ君とミリネさんを預かって貰っている仲ではないですか』
胡散臭い和かな笑みを浮かべるアルタとは対照的に、普段の強面に更に加えてはっきりと浮かび上がる青筋をピクピクとさせているスラヴィク。
「あぁ?」
『全く……本題に入るとしましょうか。あれから二ヶ月が経ちましたが、未だユズリハ君に覚醒の兆候はないのですね?』
生粋の軍人であり、この世界で最も戦うという事を熟知していると言っても過言ではないスラヴィクの下であればすんなりと覚醒すると思っていたアルタの思惑はハズレ、既に二ヶ月の時が流れていた。
「ないな。体術にナイフ、銃火器の扱いはそれなりに仕込んだが能力の方は相変わらずだ。ふん、貴様の施した手術が失敗したんじゃないのか?」
鼻息を鳴らしアルタを見下す様な視線を向けるスラヴィクであったが、アルタには一欠片も気にした様子がなく張り合いのなさを感じ、彼はすぐに表情を戻すと手元の資料に目を落とす。
「肉体の成長に問題はない。むしろ、食事と運動にありつけているお陰で二ヶ月とは思えんぐらいに肉体が育っている。あと、一年か二年もすれば平均を超える身体付きになるだろうな」
『健康的な生活が送れている様でなによりです。しかし、貴方のところでも無理となるとどうしましょうかね……』
「貴様が何を考えているかは知らんが、ユズリハはこのまま俺の所で預かるぞ。今度、新兵どもを連れて実地訓練を行う予定だからな。今更、部隊編成に空きを作られても困る」
ユーラシアを預かる者として、そして何よりもここまで育てたユズリハを渡す気のないスラヴィクは不機嫌そうな表情のままアルタに宣言する──どうせ、この男の事だいつも通りの貼り付けた様な胡散臭い笑みで任せましたよと続けるに違いない。
そんなスラヴィクの苛立ちを表現する様に眉間に集まっていた皺は予想もしていなかった表情によって、解れることになる。
『それはよかったです。実戦を良く知るスラヴィク支部長に預けた甲斐があったというものです』
「は」
声は小さく優れたマイクもその声を拾うことはなかったため、アルタが追求する事はなかったがまるで鳩が豆鉄砲を喰らった様に目を丸くしているスラヴィクの表情はそれだけで小首を傾げる程度には見慣れないものだ。
──貴様がそんなに柔らかく微笑んでいるのは初めて見たぞ。
『では俺はこれで。この後、アメリカ支部との会議が入っていますので』
「あ、あぁ……ってアメリカ?貴様を目の敵にしているあの支部が一対一で対談だと?」
『はい。何やら彼らが保有するレーダーに大きな反応を確認したとかで……流石はメタリカ襲来以前の覇権国家。何処にそんなものを隠していたのやら』
「世界一位であるプライドだけは高いからな。そもそも、貴様が人甲連をとっとと掌握して人民の結束を訴えればだな」
『それはそれで問題があると思いますけどね?っと、えぇ、はい。分かっていますよライラさん、はい?ご希望とあればアメリカ支部を更地に……仕事熱心なのは有り難いですが、流石に──』
物騒なやり取りを最後に通信が切れる。
僅かな違和感と頭痛を感じながらスラヴィクは机の右端に常備されているミントチョコへと手を伸ばし、スカッとその大きな手は何も掴めない。
「ん?」
「……あ」
視線を向けた先にはいつの間にか、眠っていたソファから起きたミリネがいつもの様に金属ボールの上に身を預けながら、口一杯にミントチョコを頬張っている姿があった。
固まるスラヴィクと口をモグモグ動かし続けるミリネ。
空気いっぱいに張り詰めた風船の様な緊張感が部屋全体を支配する中、これを打ち破る針となったのは不幸にも訓練前に話があると、事前に呼び出されていたユズリハだ。
「失礼しま──「ミリネぇぇ!!黙って俺のチョコを全部食うなと何度言えば!!!!!」え、チョ──「だって、スラヴィク通信に夢中で全然、気づいてないから〜」あの──「気づいてないから勝手に食って良い訳がないだろ!!」えぇ……」
ふわふわとゆっくりと動く金属ボールでは逃げれないミリネの顔面がスラヴィクによって、鷲掴みにされプラーンっと彼女の身体が持ち上げられるという衝撃的な光景に言葉を失うユズリハ。
「わ〜……しょうがないなぁ。そんなに食べたいならミーちゃんと口移しを」
「いらんわ!!!」
「じゃあ離してよぉ〜頭割れちゃうって〜」
「アマルガメイトの頭を俺がカチ割れる訳がないだろ。せめてナイフを寄越せ」
「ひぇぇ……普通はナイフがあっても無理なんだよぉ〜」
ブンブンと振り回される事をなんだか、楽しみ始めているミリネとそんな事には一切気が付かずストレスをぶつけるスラヴィク。
何も知らなければ親子のやり取りにも見える二人。
『ユズリハ!!そこの荷物取れるか?』
『う、うん。よっと……』
『よーし良いぞ!!』
そんな光景に自分の思い出を重ねるユズリハは暖かな目で二人を見守っていたが、すぐにストレス発散が終わったスラヴィクが彼に気が付き、ミリネを降ろすとこの優しい時間は終わりを告げた。
「来たか。ユズリハ」
「はい」
「お前を呼んだのは他でもない。預かってから二ヶ月が経ち、基礎的な戦闘術は身に付けたと俺も思っている。だが、現実問題としてお前はまだ
ユーラシア支部に来た時よりもがっしりとした身体付きになってきたユズリハは真っ直ぐ背筋を伸ばす。
「教えて貰ったことをイメージは出来ますが、
「……そうか。なら、次は戦場を知ってもらおう。新人共に通達しろ、14:00より実地訓練を行う。これまでの訓練を基に各々が必要だと思う装備を整え正門に集合と」
「は、はい!!」
まだキレが甘いが形になってきた敬礼をし、急いで部屋を出ていくユズリハ。
その背に小さく笑みを浮かべながら、スラヴィクは立ち上がりミリネを連れ添い彼もまた部屋を出る。
「お前も準備をしておけ」
「お?今度はボクを使ってくれるんだねぇ〜いやぁ、またお留守番かと思ったよぉ」
「俺は
「別に良いけどねぇ〜じゃあ、ボクの部隊の皆と待機してるから頑張ってねぇ〜」
長い一本通路の先、右に分かれ道が現れたところでミリネはスラヴィクから離れて其方の道を進む。
ふわふわ、まったり、のほほんっとしている表情が扉を一つ一つ追い越していく度に真剣なものへと変わっていき、突き当たりにある金属製の扉が自動で開く頃には彼女の瞳には眠気の色はなくなっていた。
「みんなー、仕事時間だよ。どんな音も聞き逃さない準備をして」
「「「「はっ!!」」」」
無数の通信機とレーダーに囲まれた部屋で待機している四人の精鋭達の声が鋭く響き渡る。
「ユズリハ君、スラヴィクの実地訓練は厳しいと思うけど頑張ってねぇ」
感想ほちぃ