『英雄の器は俺じゃない ~世界最強の盟主になった一般人は、人類最後の希望を演じ続ける~』 作:マスターBT
「さて、覚悟を決める時ですね」
アリッサさんをどうにか落ち着かせた次の日、俺はもう一人の適合者7番ことユズリハ君の部屋の前に立ち罪悪感から激しくなる鼓動を落ち着かせていた。
たった一日しか経っていないので当然ですが、今もなお目を閉じて振り返れば俺が父親を殺すと宣言した時に言葉もなく絶望していた彼の顔が鮮明に思い浮かび、胸の奥が締め付けられる痛みに襲われる。
「入りますよ。ユズリハ君」
それでも、俺は盟主としてこの場から逃げる訳にはいきません。
カードキーを通せば、俺の覚悟を嘲笑うレベルで軽いプシュッという空気が抜ける音共に扉が開かれ、足を一歩踏み入れると同時に生身である左頬に弱く、けれどズシリと腹にくる一撃が当たる。
「……気は済みましたか?」
「ッッ!!どうして……お父さんを助けてくれなかったんだ!!ここに来れば安全に過ごせるじゃなかったのかよ!!!」
「契約書にはその様な記述はありませんね。貴方達、家族はメタリカに適合する可能性を秘めた稀有な人材であったためこの人甲連本部に招いたに過ぎません。仮に安全を担保するのなら、君の様に適合しなければお話になりませんよ」
まだ子供、それも小学校高学年に届くかどうかの子に対する言葉ではありませんが、彼に俺が優しくしたところで意味はないでしょう。
部屋に隠れ潜み、入室と共に迷いなく顔を殴ってくる程には怒り心頭である人物に当事者が優しい言葉を投げたところで火に油を注ぐだけ……まぁ、こうして突き放す様な言葉もまた同じでしょうが。
「ふざけんな……アンタは凄い人なんだろ!?僕の家族を救えたんじゃないのかよ!!」
「無理ですね。メタリカに適合出来ず、ラスティワンと変異した者を救う術は確立されていません。対処法はただ一つ、健全な人間に被害を出す前に殺すことです」
「なんだよそれ……それならこんな手術受けない方が良かった!!外は寒いし暑いけど、家族と一緒にいれた!!こんな……一人ぼっちにならずに済んだ……」
「それは単に幸運であったと思うべきですね。今の世界はその安全が永遠に続くほど優しくはありません」
ユズリハ君の言葉一つ一つが胸に刃を突き立てられ、その度に抉られていると錯覚する程に痛いがそれでも俺は現実を突きつけ続ける。
きっと、彼は何処に居たとしても家族と共に笑い合って過ごせる日々が続くと信じ続けていたのだろう。
アリッサさんとは違い、優しい人々に囲まれて育ったことが容易に察せられる程に彼の心は無垢で穢れがないこの世界では本当に稀有な子だと思いますよ。
「ッッ……」
「……それだけ睨みつけるだけの気概があるのなら力を身に付ける事ですね。俺に復讐をするにしても、アマルガムを相手取るにしろ君はまだ弱い」
良い子だからこそ、こんなところで生きる希望を失い自ら命を断つ様な結末は阻止しなければなりません。
その為なら例え、俺自身が恨まれる事になろうとも。
「力って、アンタが使ってたみたいな」
「はい。メタリカに適合した者だけが持つ力『
「なんで」
「はい?」
「なんで、そんな事が言えるんだよ!!僕は……アンタを殴ったんだぞ!!どうして怒るどころかそんな辛そうに僕を見るんだよ!!」
そうですか、君の目から見て俺は今辛そうに見えるんですね。
ここにライラさんを連れて来なくて正解でしたね、彼女が居ればアルタ・ミカエールとしてあまり相応しくない姿を見せていたでしょうから。
「さぁ?なんででしょうね」
彼に寄り添う態度を見せる訳にはいかない。
もう手遅れかもしれませんが、君なんか興味ありませんと示すために質問には答えず肩をすかしておきましょうか。
「ああもぅ……なんなんだよ……」
「兎に角今は身体を休めてください。バイタルに何一つ問題なく、メタリカが完全に馴染んだのを確認次第、もう一人の適合者と共に
「えっ!?そんなの聞いて」
「今、言いましたからね」
一先ずこれだけ話ができるほどに落ち着いたのであれば俺の出番は終わりで良いでしょう。
俺をジト目で睨みつけているユズリハ君に一言、失礼しますと告げて部屋を出る。
「……はぁ、疲れましたね」
ただの一般人メンタルに子供とはいえ、ずっと怒りの感情をぶつけられ続けるのはしんどいものがある。
こういう時は無性に甘い物を食べたくなりますが、この世界に甘味を作る余力ってあるんですかね?……うん、本当に肉体の記憶って便利ですね。
「ライラさんに頼んでケーキを一つ、持って来て貰いましょうか。それもたっぷりとクリームの乗せた物を」
「なんだよ。調子狂うな」
本当はお父さんとお母さんの仇を取るため、気が済むまで殴り続けるつもりだったのにアルタ様……いや、アルタでいいや。
殴った瞬間に僕を見るアルタの目が、お父さんやお母さんと同じくらい優しくて結局、一回しか殴れなかった。
「
この世界は優しくない、単に僕は幸運なだけだったのだから力をつけろとアルタは言っていた。
難しいことは僕にはさっぱり分からないけど、きっと僕が今まで生きて来れたのはお父さんやお母さん、住んでいた集落のみんなが守ってくれていたからなんだろうね。
「……あれこれと考えるのは苦手だなぁやっぱり。今はとりあえず、アルタが言っていた様に休むとしよう」
一発殴ったからなのか、それともアルタの優しい目のせいか僕の胸の中でグルグルとしていた怒りが少しだけ治まったような気がする。
それでも、お父さんを殺したアルタを素直に許すつもりはないし、これで認めるのもなんか違う気がするんだよね。
「力を身に付けたら何をしよう」
僕はこの日、少しだけ未来を考えるようになった──それだけはアルタのお陰だと認めてあげる事にしよう。