『英雄の器は俺じゃない ~世界最強の盟主になった一般人は、人類最後の希望を演じ続ける~』 作:マスターBT
──やはり、アリッサさんは早々に力を掴みましたか。
メタリカの力でメタリカを燃やす程の力になるとは、予想していませんでしたがイメージが重要である以上、俺に向ける狂信はあまりに有用。
描いては欲しくありませんが宗教画など信仰心が無から有を生み出す実例は豊富ですからね。
「クソッ」
「逆にユズリハ君の様に平穏に生きてきた者ほど掴むのは難しいのは当然ですか」
碌に喧嘩もした事がないのでしょうね、腰が入っていない気持ちに振り回される拳や蹴りは体力の消耗も大きい。
「はぁ……はぁ……」
「休憩しますか?」
「まだ!!」
「分かりました」
この世界は気合だけで乗り越えることが出来るほど甘くないとは重々、理解していますが汗水を流して何度も挑もうとする子供の姿はやはり良いものです。
アマルガメイトと言えど、無手で金属の塊を殴り続けるのは危険ですから、俺の方で限界を見極め適切に辞めさせれば良いでしょう。
「このっ!!」
「ユズリハ君、もっとグッと込めてガッ!!って感じでドンだよ!!」
「効果音!!!」
アリッサさんには今度、他者へ説明する時のコツというものを教えた方が良さそうですね。
「ユズリハ君。闇雲に殴っても意味はありません、自分が何を出来るのか何をしたいのかそれをもっとイメージするんです」
「それはっ!!分かってるけど!!イメージが難しい!!!!!」
「少し痛いですよ」
「まずは考える余力を奪い、剥き出しの本能を曝け出していただきましょうか」
「……あの、アルタ様?その……もしかしたらなんですが……えっと……」
「どうかしましたか?アリッサさん」
俺に対して言い淀むとは珍しい。
何か言い辛そうにしている彼女の視線の先を追っていくと、そこには壁に背中を預けて力無く手足を伸ばし切っているユズリハ君の姿が……
「あっ」
メタリカに適合してるからと完全にやり過ぎましたね、これは反省しないと。
「んんっ。今日はここまで!!ゆっくりと休んでください」
アリッサさんの気まずそうな視線から逃げる様に俺は訓練室を出て行った。
記憶に従って頑丈だからと狙う場所を急所に絞り過ぎましたね……幾らアマルガメイトと言えど相手は戦闘訓練も積んでいない子供という事を失念していました。
「ふん。本部がまたアマルガメイトを増やしたか。英雄サマを擁しているのに随分と戦力増加に余念がない様だな」
『お言葉ですが、あくまでアルタ様は人類の存続の為にアマルガメイトを増やしています。その様に野心があると捉えられるのは少々』
「貴様らがそうであっても付き従う連中まで同じとは限らん。そも、世界は未だ混乱の最中……人民が世界中に散ったままでは抵抗もままならん」
モニターに映っている仏頂面の女──ライラを見ながら、筋骨隆々の男は傷だらけの片手で酒瓶を捻り開けると中身を水の様に大口を開け飲み干す。
その姿は着崩し、胸元が露出している人甲連指定の軍服も相まって男の印象を粗雑の一言に片付けるには十分過ぎた。
「貴様ら本部はたかが、成功率3.1%の手術のためにどれだけ多くの人民を犠牲にした?そんなものより、メタリカ共に効く兵器を開発する方が有意義だろうに」
『未だ試作品すら出来ていない兵器よりも、人を生かす手術の方が確実です』
「ふん。今は、だろうが」
『その今こそが人類には大切なのです』
沈黙が訪れるが両者の解答が一致することはない。
ライラはアルタの施策、つまり手術によるアマルガメイトを増やす事こそが人類の繁栄に繋がると信じているし、男は悪戯に数を減らしているだけだと確信しているのだから。
「……まぁ良い。我らユーラシア支部の考えは変わらん。手術を受けるのは重罪を犯した犯罪者のみだ」
『畏まりました。その意向、アルタ様にお伝えします
ライラの言葉を聞き届けるかどうかというタイミングで通信を切るスラブィク。
体重を乗せた椅子の軋む音だけが、栄光を示す様に飾られたトロフィーや賞状、そして幾つもストックされている酒が並ぶ部屋に響き渡るとスラブィクの苛立ちを表す様に握られていた酒瓶が強靭的な握力によって砕け散る。
「試作品すら出来ていないだと……一番、人を抱えている貴様らが下らぬ手術に時間をかけているからだろうが!!!」
中国やロシアと言った大陸の共産圏の国々が一つとなり、生まれた人甲連ユーラシア支部を預かるスラブィク・イヴァノヴィッチ・スミルノフはこの世界でも珍しいメタリカに適合せずとも、アマルガムを退けた実績を持つ軍人だ。
「連中は決して銃弾で殺せぬ相手ではない……膨大な数を使うが、我らの弾丸は金属共を貫ける!!なぜ、それをもっと有効活用せんのだアルタ・ミカエール!!」
乱暴に立ち上がった事で、椅子が吹き飛び音を立てるが彼は全く気にした素振りを見せない。
「人民を結集しろ!!叡智を掻き集めれば、連中を滅ぼすのに連中を宿すなどという狂った事をせずとも人民は生き残れる!!」
「失礼します!!!」
「なんだぁ!!!」
部屋の外に響き渡る程のスラブィクの声に緊張していたのであろう部下は、身体を強張らせるが役割を果たすべく声を張る。
「西方よりアマルガムの接近を確認!!守備隊が三両の戦車にて迎撃を開始しましたが、十分間の交戦ののち、撃破されました!!」
「……直ちにありったけの弾薬と兵器を集めろ!!良いか、決して本部から出向してるアマルガメイトに出番をくれてやるな!!」
「はっ!!!」
タイミングが悪いとはこの事かと言わんばかりの報告にスラブィクの血管が二、三本、切れるが怒号と共に発した指令により集められた十両の戦車と二百人と歩兵隊はその二割を損失しながら、一体の熊に寄生したアマルガムを撃破するのだった。
「……ボク、一人で片付いたよ?」
「黙れ」
「スラブィクは怖いねぇ〜」
全てが終わってからゆっくりと起きてきたぱっと見少女にしか見えない女性の緩い声が、スラブィクの神経を逆撫でる。
「……やはり人民が一つにならなければ足りん。何故、これを理解せぬアルタ・ミカエール……!!」
バキッと力んだ瞬間にボールペンが手の中で折れ、インクが机を汚す。
正に苛立ちの頂点と言った様子のスラブィクであったが、そんな彼の端末にメールを告げる知らせが入り目を通すとそこには驚くべき内容が書かれていた。
『親愛なるユーラシア支部長殿、貴殿の実力を見込み一人の少年を鍛えて欲しい』
飾り切った挨拶を省けばそう書かれている内容と共に添付されていた写真は、ユズリハのものだった。
「ミリネに続き……俺のユーラシアは託児所ではないぞアルタ・ミカエール!!」
「うえ?ボク、子供じゃないんだけどぉ〜」
「ええい、黙れ!!」
「ひどぉーい」
態とらしく泣き真似をするミリネを他所にスラブィクは大きく溜息を吐くのだった。
生粋の武人であるスラブィクに預けられることになったユズリハ……彼の運命の分岐点、これはその一つになる事を今はまだ誰も知らない。