毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~   作:月城 友麻

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12. 祝宴の毒は、数で来る

 祝宴一夜目の大広間は、光の洪水だった。

 

 千の蝋燭、磨かれた金銀、綺羅(きら)を尽くした諸侯の衣装。楽団の音が高い天井に反響して、光ごと降ってくる。雛壇(ひなだん)の玉座には国王陛下。その一段下の卓に、王太子殿下。――三年ぶりだそうだ。殿下が公の卓に着くのは。

 

 もっとも、私の持ち場からその眺めは、(とばり)の隙間ひと筋ぶんしかない。

 

 毒見役の戦場は、大広間の裏の配膳前室である。湯気で頬が湿り、皿の触れ合う音が絶え間なく、給仕の靴音が床を叩く。運ばれてくる大皿から毒見皿へ、グレゴールさんの丸太の腕が次々に取り分けていく。私はそれを、品ごとに、全量。食べては告げ、食べては告げる。舌が読み、口が告げ、熊の腕が差し替える。三拍子の仕事歌のような夜である。

 

「七皿目、白。八皿目――猪の香草焼きに砒素。粒が粗い、古い鉱山筋。挨拶のような品です。差し替えを」

 

「九皿目、白。十皿目、白。十一皿目、川魚の凍らせ寄せに痺れ茸。生の粉のまま、仕上げに振ってあります。手癖が雑」

 

 差し替えの皿が飛び、帳面が埋まり、皿の川が流れていく。グレゴールさんは毒の報告のたび、太い眉ひとつ動かさずに新しい皿を組み直す。焦げ跡だらけの前掛けの下で、その手際だけが、静かに怒っている。一夜目、王族の卓に上がる皿は四十二。隠し味は、五品出た。

 

 ――そのうち二品が、月影草の根である。

 

 豆の煮込みにひとつまみ。香草のソースにひとつまみ。単体では毒にならない、涼しい苦み。手帳の『理由ナシ』の行は、二行増えて三行になった。根ばかりが、先回りして卓に染み込んでいく。実は、まだ来ない。

 

 もう一つ、見過ごせない味があった。兜草が一品――その乾燥の癖に、覚えがある。日向を使わず、風の通る日陰で、時間をかけた陰干し。白鈴の実で一度、運び屋の薬包で二度。手帳の頁を繰って、書き足す。『同ジ干シ手。三度目』。

 

 別々の家の献上、別々の毒、同じ干し手。この王宮に流れ込む毒の川の、上流のどこかに、同じ岸辺がある。

 

 それから、もっと妙なのは、毒の「質」だった。

 

 砒素は粗く、痺れ茸は生、灰銀花は量が半端。どれも、殺すには詰めの甘い毒ばかりである。三年で三十一度の毒殺未遂が起きた宮廷にしては、雑すぎる。……いや。雑なのではない。

 

 まぶたが、上がる。ぞっとしない答えと、一緒に。

 

 これは、観察だ。何皿目で私の舌が鈍るか。どの毒の報告に、何拍かかるか。毒見役という関所の、通行の癖を測っている。皿の川の向こう岸で、誰かが帳面をつけている――私がつけているのと、同じように。湯気の暖かい部屋で、首の後ろだけが、すっと冷えた。

 

 夜半、帷の隙間から、広間を覗いた。

 

 殿下が、食べていた。

 

 毒見を終えた皿を、順に、迷いなく。三年ぶりに公の卓へ着いた王太子が匙を置かずにいる――ただそれだけのことが、諸侯の卓へ、さざ波のように伝わっていくのが分かる。扇の陰のひそひそ声は、今夜は毒の噂ではない。「殿下が、あんなに召し上がるとは」。会食の卓は、政の卓である。空いた皿の数だけ、殿下の椅子の脚は太くなる。湯気の匂いの中で、私は給金以外の何かを、少しだけ受け取ってしまった気がした。……帳簿には、載せない。

 

 ふと横を見れば、グレゴールさんも取り分けの手を止めないまま、横目で同じ隙間を覗いていた。目が合うと、熊は何も言わずに、次の大皿を寄越してくる。……見ていない振りが、下手な人である。

 

 雛壇の脇では、王太后様が黒い扇を広げたまま、その様子を眺めておられた。豊かな白髪を高く結い上げた、黒衣の貴婦人である。黒曜石の目が見ているのは、孫の顔か、皿の中身か、ここからでは分からない。ぱち、と扇の閉じる音だけが、楽の合間に一度、妙に通った。あの音を、覚えておくことにする。理由は、自分でもまだ分からない。

 

 夜更け。四十二皿目の報告を終えた頃、湯気の立つ椀が、そっと検め卓に置かれた。

 

「蜂蜜の白湯ですじゃ。……今宵はじめての、毒見の要らぬ一杯、ということで」

 

 オルデン様である。侍従長が自ら、である。恐縮しつついただくと、蜂蜜は本物で、毒は本当に入っていなかった。温かさが、喉から胃の腑へ、ゆっくり落ちていく。強張っていた肩が、湯気と一緒にほどけていくのが、自分でも分かった。

 

「明日も明後日も、この調子ですじゃ。お眠りなされ。……舌は、毒見役の剣ですのでな」

 

「剣は、研いでおきます」

 

「ほっほ。頼もしい」

 

 好々爺の足音が遠ざかる。今夜口に入れた四十二皿の中で、いちばん優しい一杯が、いちばん最後に来た。世の中の帳尻は、たまにこういう配剤(はいざい)をする。

 

 寝床で手帳を閉じる。根は、壺一つに皿二つ。実は、留め置いた甘露のひと瓶きり。三枚目の札は、まだ切られない。

 

 残り、二夜――。

 

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