毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~   作:月城 友麻

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2. 面接のお茶は、二煎目が眠い

 王宮というところは、門から面接室まで、歩いて四半刻もかかる。

 

 磨かれた回廊、見上げるほどの天井、等間隔に立つ衛兵の皆さん。靴音がやたらと響くので、あくびを噛み殺すのにも技術が要った。壮麗、というのだろう。けれど私の目に映るこの城は、まず何より「毒見役が三年で三人死んだ職場」である。壁の金彩より、そちらの情報のほうが重い。回廊は蝋と磨き粉の匂いがして、すれ違う衛兵の視線が、一瞬だけこちらで止まる。長生きしなさそうな新入りが来た、という目である。

 

 待合の廊下では、通りすがりの官吏らしき二人組の話し声が耳に入った。「毒見役の面接だとよ」「……ひと月もつかどうか、賭けるか」。賭けの対象にされるのは初めてではないが、掛け金が私の寿命なのは初めてである。ちなみに倍率は、ひと月もつ方が不利らしい。参考になる職場情報だ。

 

 通された面接室は、妙に日当たりが良かった。長椅子はふかふかで、窓からは午後の光。壁際の甲冑だけが物々しいが、総じて、昼寝に向いた良い部屋である。危うく本題の前に、まぶたが落ちるところだった。

 

「これはこれは、よくお出でくださった。侍従長のオルデンと申します」

 

 現れたのは、小柄な老紳士である。丁寧に撫でつけた白銀の髪、柔和な垂れ目、口元の深い笑い皺。皺ひとつない侍従長服の胸元で、磨き込まれた懐中時計の鎖が光っている。孫の自慢話でもしそうな、絵に描いたような好々爺だ。声は低く、湯たんぽのようにぬるく温かい。この声で読み上げられる訃報は、さぞ穏やかに聞こえるのだろうと、なんとなく思った。

 

「アッシェンフェルト家の……いや、これは失礼。ヴィオラ様……で?」

 

「ヴィオラで結構です。家からは、当分顔を見せるなと言われておりますので」

 

「い、いや、貴族様はその……ちょっと……」

 

 オルデンは額の汗を拭きながら目を伏せた。

 

 貴族は特権階級である。たとえ侍従長と言えども、ほんの少しの不敬ですら投獄されかねない。そんな相手を雇うなどありえなかった。

 

「大丈夫ですわ。今は家からは絶縁状態。貴族の特権など使ったりしませんから」

 

「いや、それでも……」

 

「それは差別になりますわよ?」

 

「くっ……。わ、分かりました。それでは不敬は不問にすると一筆いただいてお話を進めましょう」

 

「助かりますわ。ふふっ」

 

 どうなることかと思ったが、面接は無事始まった――。

 

 志望動機を問われたので、正直に答える。

 

「三食と寝床が魅力に感じました。あと、可能であれば昼寝を……」

 

「……勤務の内容は、ご存じかな? 王族の御膳に先んじて口をつける役目。有り体に申せば――死ぬかもしれぬお役目ですぞ」

 

「伺っております。前任の方は、その」

 

「殉職です。……この三年で、三人目でしてな」

 

 オルデン様は、垂れ目を悲しげに伏せた。卓の上の名簿には几帳面な字で名前が並び、そのいくつかに、静かな横線が引かれている。線は定規を当てたようにまっすぐで、インクの色は一本ずつ違う。そのたび墨を新しくして、丁寧に引いたということだ。線を引く手の丁寧さが、かえって生々しい。使い捨ての職、という言葉の輪郭を、私はその横線で理解した。めずらしく、眠気がすっかり引いている。

 

「それでも、と仰るか」

 

「はい。慣れておりますので」

 

「……慣れ?」

 

「舌と胃腸が、人より丈夫なのです」

 

 体質の中身までは言わない。毒が効かないと知れれば、毒の運び屋にでも、生きた解毒瓶の代わりにでも使われかねない――そのくらいの用心は、悪食令嬢の十九年で身についている。

 

 と、そこへ侍女さんがお茶を運んできた。白磁の茶器から湯気と一緒に、上品な香りが立つ――――。

 

 オルデン様がにやりと笑みを浮かべ、勧めてくださる。

 

「まずは一服。……長旅ならぬ長話で、お疲れでしょう」

 

 私はカップをそっと持ち上げ――――。

 

 一口。二口。……ふむ。

 

「眠り草ですね。南方の株を、蜜で渋抜きしてあります。茶葉ではなく湯のほうに、二煎目から出るように仕込んである。量は優しい。眠っても、夕方には覚める程度です」

 

 言いながら、残りも飲み干した。倒れる予定は、ないので。

 

「ほう?」

 

「――採用試験、ですね? これ」

 

 オルデン様はしばらくきょとんと私を見て、それから、声を立ててお笑いになった。笑い皺が、いっそう深くなる。

 

「ほっほっほ! お見事、お見事。飲む前に見抜く方は時折おられるが、飲み干して量まで当てた方は、初めてじゃ」

 

「飲まないと、種類までは分かりませんので」

 

「合格です。……本日只今より、あなたが王宮毒見役。よろしくお願い申しますぞ」

 

 握手された手は、乾いて、温かかった。爪まで手入れの行き届いた、きれいな手である。

 

 その後の話は早かった。給金は望外、個室は狭いが寝台つき、食事は賄いで三食。危険手当について尋ねると、オルデン様は申し訳なさそうに眉を下げた。「出ませんのじゃ。……危険が、お役目の本体ですのでな」。正直な職場である。嫌いではない。

 

 案内された小部屋は、窓が小さく、寝台は固く、壁の向こうから厨房の物音がする。……良い部屋だ。物音は子守唄になるし、毒見役の部屋が厨房に近いのは、理にかなっている。契約書に署名しながら、私は胸の内でひっそりと万歳をした。三食、寝床、そして職務の合間の昼寝。人生に必要なものが、全部ある。

 

 ついでに出された賄いの豆の煮込みは、温かくて、具が多くて、毒が一滴も入っていなかった。……安全とは、少し寂しい味のするものである。この舌の困った癖は、誰にも言わない予定だ。

 

「して、ヴィオラ殿。初仕事ですが」

 

 オルデン様は懐中時計を確かめて、にこりと笑った。

 

「今夜です。――王太子殿下の、晩餐にて」

 

 ……昼寝は、明日からのようだ――。

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