毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~ 作:月城 友麻
王太后さまの茶会は、離宮の
昼下がりの光の中、刈り込まれた生垣が幾何学の影を落とし、白いレースの天蓋の下で銀器が眩しい。薔薇は盛りで、赤と白が壁のように咲き誇り、風が回るたび香りが濃く薄く波を打つ。毒見役の鼻には、少々騒がしい庭である。香りの強い庭は、毒の匂いを隠すのにも向くので。
招かれたのは殿下と、名のある貴婦人が六人。その中心に、黒があった。
豊かな白髪を高く結い上げ、喪服めいた黒絹をまとった老婦人である。黒曜石の瞳が、庭に入った私を、値踏みするように一往復した。噂の王太后さま――先の国王の妃にして、殿下の祖母君である。手の中の黒い扇が、ぱち、と鳴った。祝宴の夜、帷の隙間から聞いたのと、同じ音だった。
「そなたが、噂の毒見役か」
「ヴィオラと申します」
「毒の効かぬ舌、毒を言い当てる舌。……気味の悪い娘よの」
貴婦人たちが、扇の陰で息を呑む。私は頭を下げた。
「よく言われます。おかげさまで、職にありつけました」
「……ふん」
扇が、また鳴る。機嫌を損ねたのか、そうでないのか、読みにくい音である。毒なら量まで読めるのに、人の機嫌は難しい。
「昼寝が好きだと聞いたが」
「はい。職務の次に、大切にしております」
「茶会は退屈であろう。眠うなったら、遠慮なく寝や。……その代わり、わたくしの茶で寝たら、毒見役の名折れと心得よ」
「肝に銘じます」
貴婦人たちが、扇の陰で慌てて笑いを畳んだ。冗談なのか試しなのか、これも読みにくい。読みにくいお方である、徹頭徹尾。
◇
茶会は、私の検めを挟みながら進んだ。王太后さまは「無粋な」と一度だけ仰ったが、止めはなさらなかった。茶は白。菓子も白。薔薇の香りの中で、貴婦人たちの世間話だけが、砂糖菓子より甘く回っていく。天蓋の裾が風をはらむたび、香りが一段濃くなって、銀器の光が揺れた。
異変は、二巡目の茶で出た。
東の伯爵夫人の茶碗。ひと口検めて、舌の底に、灰の気配。――灰銀花。ごく微量の、遅効毒である。
「この茶碗、下げさせていただきます」
短くそれだけ申し上げたのに、天蓋の下の空気は、一瞬で張り詰めた。伯爵夫人の顔から血の気が引き、持ち上げかけた手が宙で止まる。女主人の膝元で出た毒である。視線が、音もなく黒い扇へ集まっていく。庭の薔薇だけが、何も知らない顔で香っていた。
王太后さまは眉一つ動かさず、静かに命じられた。
「検めよ。……全部じゃ」
その声には、慌ても、取り繕いもなかった。疑われることに慣れた人の声、というものがあるなら、あれである。
全部、検めた。他は白。毒は伯爵夫人の一碗きり、量は病にも至らない微量である。妙な毒だった。殺すには薄すぎ、隠すには雑すぎる。まるで――見つかりたがっている毒である。
「殺すより、噂を立てたい毒です」
小声でそう耳打ちすると、王太后さまの黒曜石の目が、初めてまっすぐ私を見た。
「……そなた、毒の作法が分かるのか」
「作法の悪い毒ほど、よく喋りますので」
「面白い娘」
ぱち。扇の音は、それきりだった。
◇
だが、噂は扇より速かった。
その日のうちに、宮廷雀たちがさえずり始めた。曰く、王太后さまの茶会で毒が出た。曰く、王太后さまは大公殿下を可愛がっておられる。曰く、継承の順で殿下の次は――大公殿下である。
慈母の顔をした黒幕。筋書きとしては、たしかに読みやすい。黒衣で、目つきが鋭くて、扇の音が怖い。絵に描いたように、怪しいお方である。夜の執務室でも、この話は出た。殿下は書類から目を上げずに、短く仰った。「祖母上は、俺が幼い頃……いや、いい。君は、どう読む」。言いかけて仕舞われた言葉のほうが、気になる夜だった。
……絵に描いたように、怪しすぎる。それが、私の読みである。
毒は、女主人の顔をしてやって来た。けれど毒の顔と、盛った手は、いつも別の生き物である。手帳には、こう書いておいた。『茶会ノ毒。見ツカリタガル毒。誰ノ得カ、未ダ読メズ』。得をする者を数え始めると、この宮廷では指が足りない。数えるのは監査と衛兵の職分に譲り、私は私の帳簿をつけるだけである。
三日後――王太后さまの名で貴婦人たちに配られた引き菓子から、毒が出たという報せが、三つの家から同時に届いた――。