毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~   作:月城 友麻

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3. 本日の晩餐、三品目に砒素

 王宮の厨房は、戦場のような匂いがした。

 

 火と、油と、香草と、怒号。竈の熱気が頬を炙り、天井の梁からは銅鍋がずらりと下がって、熾火の色を映している。その真ん中に、熊が立っていた。糊のきいた純白の帽子をかぶった、料理長のグレゴールさんである。丸太のような前腕には古い火傷の痕、前掛けには年季の入った焦げ跡。睨まれているのかと思ったら、それが普通のお顔らしい。

 

「新入りか。……言っておくが、俺の料理はうまいぞ。うまいのに、毎晩どこかの阿呆が余計な隠し味を足しやがる」

 

「存じています。それを見つけるのが、私の仕事ですので」

 

「前の三人も……そう言った……くっ」

 

 重い言葉を、熊は皿を磨きながら言う。この人なりの、弔いの手つきに見えた。

 

 毒見のやり方については、一つだけ我儘を通させてもらう。各料理から取り分けた「毒見皿」を、品ごとに、全量食べ切ること。

 

「一口で済ませるのが作法だろうが。全部食う毒見役があるか」

 

「一口では、遅効の毒や、複数の皿に分けた毒を見逃します。全部いただけば、見逃しません」

 

「……死ぬぞ」

 

「死なない自信だけは、あります」

 

 熊はしばらく私を眺め、それから、ふん、と鼻を鳴らした。「変な女だ」。褒め言葉として受け取っておく。

 

 ――晩餐の間は、静かだった。

 

 燭台の火が長い食卓に等間隔の光の輪を落とし、給仕たちは壁際に、置物のように控えている。その静けさは、上品というより、葬列に似ていた。誰も、この食卓で何かが起きることに慣れすぎている。銀器が皿に触れる小さな音さえ、ここでは事件のように響くのだ。

 

 食卓の向こうに、王太子殿下がお一人。癖のない黒髪に、消えない目の下の隈。冬空みたいな色の目がこちらを一瞥して、すぐ書類へ戻っていく。長身の輪郭は上着の仕立てでうまく隠してあるけれど、たぶん、ずいぶんお痩せだ。食卓に着いているのに、食卓からいちばん遠い顔をした人だった。

 

「新しい毒見役か」

 

「ヴィオラと申します。本日より――」

 

「手短に頼む。……どうせ、長くは続かん」

 

 名前を覚える気のない言い方である。なるほど、三人も前任者を見送れば、そうもなる。

 

 配膳に先立ち、私は品目を帳面に書き出し、毒見皿を並べさせてもらう。判定は品ごとに、毒の有無、種類、量、手口まで口頭で申し上げます――と様式を告げると、殿下は書類から目も上げずに「好きにしろ」と仰った。好きにさせていただく。この様式は、私の命綱ではなく、この方の食卓の帳尻を合わせるための手順である。

 

 一品目から、順にいただいていく。給仕たちの視線が、私の匙の先に集まるのが分かった。

 

 一品目、白身魚の冷菜。……問題なし。二品目、豆のスープ。……問題なし。

 

 三品目、仔牛の煮込み。――まぶたが、持ち上がる。

 

「三品目に、砒素(ひそ)です」

 

 室内の空気が、一段冷えた。給仕の誰かが小さく息を呑み、燭台の火が揺れる。私は続きを口へ運んだ。舌の根に、鉄気のない白い痺れ。ソースの奥で、粒の粗さが砂のように触る。量、質、混ぜ方。飲み下すたび、輪郭がはっきりしていく。

 

「量は致死の半分ほど。粒が粗く、ソースに溶け切っていません。古い鉱山筋の、質の悪い品です。それから――」

 

 五品目の薬草の汁物で、二度目にまぶたが上がった。

 

「こちらには兜草。植物毒です。砒素とは別の皿に、わざわざ分けて」

 

「……分けると、何か分かるのか?」

 

 殿下が、初めて書類から顔を上げた。

 

「二種類の毒を別々の皿に盛るのは、片方が見つかっても片方が通ればいい、という考え方です。手際は素人、けれど執念深い。おそらく単独の手配。……本日の隠し味は、以上二品です」

 

 グレゴールさんが無言で三品目と五品目を下げ、瞬く間に別の皿を組み直す。安全と確認できた品だけが、あらためて殿下の膳に並んだ。

 

 殿下は、しばらく膳を見下ろしていらした。フォークを持つ手が、癖のように一度止まる。警戒が染みついた、その止まり方だった。それから、一口。もう一口。……手が、止まらなくなる。冬空色の目が、皿と私の間を二度、往復した。壁際の給仕たちが、そっと顔を見合わせている。半分残して下げられる皿ばかりを、この人たちも並んで見てきたのだ。

 

 やがて、綺麗に空になった皿の前で、殿下がぽつりと言う。

 

「……残さず食べたのは、いつぶりか」

 

 その声があまりに静かだったので、私は返事の代わりに、頭だけを下げた。壁際で、グレゴールさんが帽子のつばを少し下げて、目元を隠すのが見える。三年間、この人の「うまいのに」は、ずっと手つかずで下げられてきたのだ。

 

「毒見役。名を、もう一度」

 

「ヴィオラです」

 

「……ヴィオラ。明日も、頼む」

 

 覚える気がない、はずではなかったのか。まあ、いい。契約範囲内である。

 

 ――やりがい、という嫌な予感のする言葉が、胸の隅をよぎった夜である。三食昼寝つき。それ以上は、受け取らない予定なのだけれど――。

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