毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~ 作:月城 友麻
大広間に、卓はひとつも出ていなかった。
祝宴の夜に千の蝋燭が灯った床へ、いまは監査院の長机と、諸侯の椅子の列と、私の立ち位置を示す白い線だけが引かれている。高窓から差す朝の光は上等なのに、広間の空気は蔵の底より冷たい。同じ部屋でも、催しでこうも変わる。
読み上げは、若い次席監査官だった。声は硬いが、筋は通っている。通っているからこそ、質が悪い。
「毒見役ヴィオラの着任以来、宮廷の毒物沙汰は、監査の綴りに載るだけで三十を超える。そのいずれの場にも、当人がいた」
「当人は毒に倒れぬ体質を公言し、毒の種類、産地、手口を言い当てる技を持つ」
「当人の私室より、兜草および白鈴の毒物が発見された。押収の手帳には、毒の出納と思しき符牒が並ぶ」
一つずつなら、笑って返せる話である。三十の現場にいたのは、毒見役だからだ。手帳の符牒は職務の控えで、体質は雇われた理由そのものである。……ところが、束ねてリボンを掛けると、こうなる。
「以上より監査院は、一連の毒物沙汰を、毒見役がみずから盛り、みずから言い当ててみせた自作自演と疑う」
自作自演。
毒婦、という囁きが、諸侯の席の縁をさざ波に走った。一年前の夜会で、ガラス玉の指輪の人が使った言葉である。あのときは盛った側の負け惜しみだった。いまは、盛られた側の顔をして戻ってきている。言葉は毒に似る。効き目は量と、盛る場所で決まる。
ちなみに、面接の間にいたのは、オルデン様と私のふたりだけである。絶縁の申し立てが誰の手で監査の卓に載ったのか、考えるともなく、考えた。
「申し開きは」
「舌の検めを、この場で。私室から出た毒と、一連の毒とでは、干し手が違います。検めれば、分かります」
「被疑者の舌は、証拠たり得ない」
返事は、早かった。もとより、承知の上である。私の舌は、私の申し立てである。私を疑う場では、いちばん軽い紙切れだ。リヒト様が器具の検分を、と声を上げ、被疑者の同僚である、の一言で座らされた。器具は嘘をつかない。ただ、器具を信じるかどうかは、人が決める。
殿下は、一度だけ口を開かれた。
「毒見役の舌は、俺が信じる。疑う者は、俺の食卓ごと疑うことになる」
いつか、逆ねじの噂を三日で鎮めた言葉である。……今日は、鎮まらなかった。広間のどこかで、囁きが返る。曰く、殿下は籠絡されておられる。曰く、だからこそ検めが要る。三年、毒と戦い抜いた人が、言葉の毒には剣も抜けずにいる。目の下の隈は、この三日で三年ぶん、戻ってしまっていた。
「殿下」
白い線の内側から、申し上げた。
「法の道から、お願いします。ここで道を曲げれば、殿下の三年が、毒に負けますので」
「……君は、自分の心配をしろ」
「しています。牢の枕は、寝心地が悪そうですので」
笑う人は、広間にひとりもいなかった。私の商売道具は、毒の効かない体質と、脱力の口上の二枚である。その二枚目が、まるで効かない場所というものを、初めて知った。
沙汰。審問の日まで、北の塔にて幽閉。毒見役の職務は、停止。
地下の牢でないのは、皮肉なことに、抜かれていなかった侯爵家の籍のおかげだという。経歴詐称と詰られた紙が、寝床の高さを二階ぶん上げた。世の中の帳尻は、こういうときだけ手回しが良い。
退出の背中に、オルデン様の声が追いついてきた。
「面接をしたのは、このワシですのじゃ。見抜けなんだ老いぼれの不覚。……せめて府を挙げて、事の検めに助力いたしますじゃ」
悔いの顔で頭を下げながら、検めの手綱は、しっかり府の手の内である。つくづく、作法の美しい人だ。
塔への石段を上りながら、扉の陰の宮廷雀の声を、ひとつ拾った。
曰く――毒見役が、毒を盛った側だった――?
噂は毒に似て、解毒剤は証拠だけである。ならば、煎じるまでだ。手帳は取り上げられても、舌は一枚、連れて行けるので――。