毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~ 作:月城 友麻
審問の二日前、私は鎖の代わりに監査官を二人提げて、リヒト様の研究室へ出かけた。
被疑者の申し立てた証拠は、審問に先立って検分の手続きを踏むことができる――王太后さまの名代が置いていった作法の一枚が、その扉を内側から開けてくれたのである。籍と作法は、まったく、使いようだ。
七日ぶりの研究室は、硝子の森のままである。主は、伸びた無精髭で現れた。
「やあ、毒見役殿。ひどい顔だ、と言いに来たんだが……僕のほうがひどいらしい」
「お互い、職業柄ですので」
卓の上に、封印の山が並ぶ。私の部屋から出た包み。牢へ来た粥と菓子と、巡回飛ばしの指図の文。薬種蔵の灰。王太后さまの薬湯の残り。北の棚の麻袋の繊維と黒土。着任からの事件がそっくり封蝋の列になって、行儀よく着席している。壮観というより、少々胃にもたれる眺めである。毒でもたれない胃が、である。
リヒト様の器具が、ひとつずつ裏書きをしていった。牢の粥の兜草は、薬種蔵の灰の兜草と、繊維の癖まで同じ。王太后さまの薬湯とも同じ。そして私の部屋の包みだけが、別の畑の子である。土が違い、干しが違い、株の歳が違う。
「君の舌の言うとおりだ。ついでに、部屋の包みの油紙は、東市場の薬種商が使う判付きの紙だよ。あの店の判は、蔵出しの月ごとに刷りが変わる。これは今月の印――店に出たのは、薬種蔵に監査の検めが決まった日より後だ。折り目にも、まだ張りが残ってる」
「隠し持っていたはずの歳月ごと、若いわけですね」
「そういうこと。
老官吏は、写しの綴りを三冊、胸に抱えて現れた。一冊目は、その東市場の薬種商の売り帳の写しである。火事の翌日の行に、兜草と白鈴を小口で購った、名の無い頭巾の客がひとり載っていた。名の無い客というものは、それだけで少し、名乗っている。
残る二冊が、本命だった。曰く、発煙玉を組める材料屋は城下に二軒。うち一軒の売り帳に、この半年で四度、王宮向けの払いがある。名目は――『防虫燻蒸ノ用』。侍従長府の、経費の判付きである。
「……防虫、ですか」
「薬種蔵の焼けた棚も、台帳の上では『南方産香料、樟脳、防虫ノ類』でしたのじゃ。防虫のひと言は、便利な蓋ですのでな」
枯れた指が、綴りの三箇所に几帳面な付箋を貼っていく。この方の几帳面は、将棋仲間の弔いである。急がず、休まず、一手ずつ詰めていく。
◇
夜半だった。
閉め切った研究室の換気窓の外で、こと、と素焼きの鳴る音がして、白いものが床を這った。唐辛子の辛み、痺れ草の青さ。……三度目まして、の調合である。
「リヒト様。息を止めて、廊下へ」
言いながら、私は封印の山を毛布ごと胸に抱えた。煙は目に染みるが、それだけである。効かないので。窓の外で足音がひとつ、闇へ走り去る。追うより、抱えている物のほうが重い。リヒト様を押し出し、検体を廊下へ運び出し、それから戻って、煙の源の欠片を火挟みで摘まみ上げた。
「夜分に、証拠の差し入れとは」
巻きの手際に、花火師の癖。売り帳のあの店の品である。防虫燻蒸の払いと、同じ棚の子だ。妨害というものは、それ自体が上等な裏書きなのである。燃やしに来るのは、その紙が本物だと、燃やす側がいちばんよく知っているからだ。
「命より検体を抱えて逃げる被疑者は、初めて見たよ」
「依頼主ですので。それに命のほうは、煙では取れませんので」
「……頼もしくて、涙が出るね。煙のせいかな」
◇
審問の前夜、塔の部屋に、湯気の立つ盆が届いた。蜂蜜の白湯と――皺ひとつない侍従長服、である。侍従長みずから、である。塔の螺旋の石段は、老いの膝に優しくないはずなのだが。
「明日は、冷えますのじゃ。……ヴィオラ殿。老婆心を、ひとつだけ」
垂れ目が、深く深く、下がる。
「病を理由に、静かにお下がりなされ。籍のあるお家で療養なさる分には、誰も追いはしませんのじゃ。審問というものは、勝っても負けても、傷が残る。若い方の傷は……ワシには、見るに忍びない」
「ご忠告、痛み入ります」
白湯は、検めた。白である。この方の盆は、いつも白い。白いまま、いつも静かに、こちらの背中だけを押してくる。
「ですが、明日の膳は、逃げませんので」
「……ほっほ。それでこそ、ですのじゃ」
扉が閉まり、懐中時計の鎖の音が、螺旋の石段を細く長く降りていく。あの音が聞こえなくなるまで、私は白湯の椀を、両手で持ったままでいた。
温かい。温かいのに、今夜もあの夜のようには、喉を通らない――。