毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~ 作:月城 友麻
七日目の大広間は、初日より人が多かった。
監査院の長机。諸侯の列。王太后さまの黒と、殿下の青灰。空の玉座の脇には、国王陛下の名代の
卓の上には、封印の壺が五つ。監査院が今朝、無作為の順に並べ替え、中身の並びは封をした監査官しか知らない。リヒト様の器具の判定は、先に書面にして封がしてある。舌が書面と食い違えば、その場で詰む。……つまり、ようやく、いつもの職場である。
「毒見役ヴィオラ。申し開きに代えて、検めを行います」
一の壺。粉を匙の先に、ひと舐め。
「兜草。若い株、日向の平干し、王都近郊の畑土。市場の品です。……私の部屋から出た、という品ですね」
二の壺。「兜草。玄人の精製、北の黒土、風の通る日陰の長い陰干し。牢の粥に入っていた品」
三の壺は、灰だった。「同じ陰干し。薬種蔵の焼け残りです」
四の壺。「同じ陰干し。王太后さまの薬湯の残り」
五の壺で、まぶたが、上がった。
「これは……今朝あたり、東市場で求めた品ですね。一の壺と同じ畑、同じ干し手。対照用まで、几帳面なことです」
封が切られ、書面が読み上げられる。五たび、器具と舌は同じことを言った。ざわめきが、一度ごとに質を変えていく。疑いの音から、算盤の音へ。
次席監査官が、立った。
「検めを、有効と認める。……被疑者に問う。この結果は、何を示すか」
「三つです。一つ。手帳に数えてきた同じ干し手の毒は、薬種蔵の灰と牢の粥まで入れて、八件。二つ。私の部屋から出た毒だけが、その筋と無縁の、市場の品。隠した覚えがないので当然ですが、申し立てだけでは軽いので、土に喋らせました。三つ――」
一拍、置く。毎晩の膳で使ってきた、報告の間である。
「八件目は、私が塔にいる間に、口封じの膳として牢へ届きました。盛る手は、私ではない。……今もこの王宮のどこかで、判を持って歩いています」
牢の若い衛兵も、証人に立った。家宅捜索の前夜、金貨と文に命じられ、明けの巡回で北棟の廊下を一巡飛ばしたこと。その一巡の間に、誰かが床下へ筋書きを埋めたこと。使いの済んだ己を、口封じの粥が片付けに来たこと。……端役を釣っては使い捨てる、あの手配網の手癖である。
残りは、紙だった。匿名の訴状は、三年前に廃された古い綴り方で、透かしは侍従長府の官用紙と同じ
最後に私は、検めの卓の一の壺を引き寄せた。
「疑いの品は、検分が済めば処分される決まりです。この品の処分は、毒見役の様式で」
匙を取り、粉の残りを全部、ゆっくりいただいた。皿に直せば一皿ぶん、あの夜の三皿には遠く及ばない。広間中の目の前で飲み下して、一礼する。
「――完食です。検めの通り、これは私の毒ではありません。私の毒なら、私が知っていますので」
静まり返った広間で、誰かが息を呑む。続くざわめきは、もう恐れの音ではない。潮の変わる音である。
次席監査官は、長いこと手元の綴りを見ている。やがて上げた顔から、初日と同じ硬さの声が、初日と逆のことを言った。
「監査院は、毒見役ヴィオラへの疑いを取り下げる。……並びに、侍従長府の帳簿と人事について、全面の検めを請う」
黒い扇が、ぱち、と鳴った。
「毒を盛られた者として、言わせてもらいますえ。この娘の舌は、わたくしの命の恩人や。……疑うなら次は、そなたらがわたくしの薬湯を検めや」
恩人、のひと言が、広間の空気の目方を変える。オルデン様が進み出て、深々と頭を垂れた。
「府の名の下に疑いの品が出たること、老骨、
責めを負う顔で指図の届く場所から半歩だけ退がり、検めには「助力」の名で手を添える。作法の美しい退き方である。頭を上げた、その一瞬――深い笑い皺はそのままで、目だけが、笑っていなかった。人の顔をこれほど検めたのは、生まれて初めてである。
沙汰はその場で下りた。疑いの取り下げ、職務の復帰、押収品の返還。麻紐の解かれた手帳が掌に戻り、頭の中の帳面から溜めていた行を書き移す。『同ジ干シ手、八度目マデ。次デ、仕舞イ』。
広間を出ると、殿下が待っておられた。隈は、まだ深い。深いまま、口元だけが少し、緩んでいる。
「……戻ったか」
「はい。検めていない膳が、七日ぶん、たまっておりますので」
廊下の先では、腕組みのグレゴールさんが「賄い、大盛りだ」とだけ言って厨房へ消えた。あの人なりの、祝辞である。
◇
その夜、七日ぶりの検めの間で、溜まった決裁を繰っていて、指が止まった。
謹慎に入る前、オルデン様が最後に判を捺した一件である。国王陛下の名の下、宮廷の
……検めの卓で毒を完食したとき、秤の分銅を誰より熱心に見ていた目が、ひとつだけあった。
十日後。皿の川のいちばん深いところで、あの方の膳が待っている――。