毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~   作:月城 友麻

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35. 濡れ衣は、完食いたします

 七日目の大広間は、初日より人が多かった。

 

 監査院の長机。諸侯の列。王太后さまの黒と、殿下の青灰。空の玉座の脇には、国王陛下の名代の錫杖(しゃくじょう)。朝の光が高窓から白く落ちる。私の立ち位置の白い線も初日のまま――違うのは、線の内側に検めの卓が出ていることだった。

 

 卓の上には、封印の壺が五つ。監査院が今朝、無作為の順に並べ替え、中身の並びは封をした監査官しか知らない。リヒト様の器具の判定は、先に書面にして封がしてある。舌が書面と食い違えば、その場で詰む。……つまり、ようやく、いつもの職場である。

 

「毒見役ヴィオラ。申し開きに代えて、検めを行います」

 

 一の壺。粉を匙の先に、ひと舐め。

 

「兜草。若い株、日向の平干し、王都近郊の畑土。市場の品です。……私の部屋から出た、という品ですね」

 

 二の壺。「兜草。玄人の精製、北の黒土、風の通る日陰の長い陰干し。牢の粥に入っていた品」

 

 三の壺は、灰だった。「同じ陰干し。薬種蔵の焼け残りです」

 

 四の壺。「同じ陰干し。王太后さまの薬湯の残り」

 

 五の壺で、まぶたが、上がった。

 

「これは……今朝あたり、東市場で求めた品ですね。一の壺と同じ畑、同じ干し手。対照用まで、几帳面なことです」

 

 封が切られ、書面が読み上げられる。五たび、器具と舌は同じことを言った。ざわめきが、一度ごとに質を変えていく。疑いの音から、算盤の音へ。

 

 次席監査官が、立った。

 

「検めを、有効と認める。……被疑者に問う。この結果は、何を示すか」

 

「三つです。一つ。手帳に数えてきた同じ干し手の毒は、薬種蔵の灰と牢の粥まで入れて、八件。二つ。私の部屋から出た毒だけが、その筋と無縁の、市場の品。隠した覚えがないので当然ですが、申し立てだけでは軽いので、土に喋らせました。三つ――」

 

 一拍、置く。毎晩の膳で使ってきた、報告の間である。

 

「八件目は、私が塔にいる間に、口封じの膳として牢へ届きました。盛る手は、私ではない。……今もこの王宮のどこかで、判を持って歩いています」

 

 牢の若い衛兵も、証人に立った。家宅捜索の前夜、金貨と文に命じられ、明けの巡回で北棟の廊下を一巡飛ばしたこと。その一巡の間に、誰かが床下へ筋書きを埋めたこと。使いの済んだ己を、口封じの粥が片付けに来たこと。……端役を釣っては使い捨てる、あの手配網の手癖である。

 

 残りは、紙だった。匿名の訴状は、三年前に廃された古い綴り方で、透かしは侍従長府の官用紙と同じ()き。私の床下の油紙は、月替わりの店判の今月の印――店に出たのは、薬種蔵に監査の検めが決まった日より後である。売り帳には火事の翌日、兜草と白鈴を小口で求めた名無しの客がひとり。発煙玉の払いは『防虫燻蒸ノ用』、府の経費の判付き。……矢印が、揃って同じ方角を向いていく。

 

 最後に私は、検めの卓の一の壺を引き寄せた。

 

「疑いの品は、検分が済めば処分される決まりです。この品の処分は、毒見役の様式で」

 

 匙を取り、粉の残りを全部、ゆっくりいただいた。皿に直せば一皿ぶん、あの夜の三皿には遠く及ばない。広間中の目の前で飲み下して、一礼する。

 

「――完食です。検めの通り、これは私の毒ではありません。私の毒なら、私が知っていますので」

 

 静まり返った広間で、誰かが息を呑む。続くざわめきは、もう恐れの音ではない。潮の変わる音である。

 

 次席監査官は、長いこと手元の綴りを見ている。やがて上げた顔から、初日と同じ硬さの声が、初日と逆のことを言った。

 

「監査院は、毒見役ヴィオラへの疑いを取り下げる。……並びに、侍従長府の帳簿と人事について、全面の検めを請う」

 

 黒い扇が、ぱち、と鳴った。

 

「毒を盛られた者として、言わせてもらいますえ。この娘の舌は、わたくしの命の恩人や。……疑うなら次は、そなたらがわたくしの薬湯を検めや」

 

 恩人、のひと言が、広間の空気の目方を変える。オルデン様が進み出て、深々と頭を垂れた。

 

「府の名の下に疑いの品が出たること、老骨、慙愧(ざんき)に堪えませんのじゃ。検めには府を挙げて助力し……審らかになるまで、身どもは謹慎をお許し願いたい」

 

 責めを負う顔で指図の届く場所から半歩だけ退がり、検めには「助力」の名で手を添える。作法の美しい退き方である。頭を上げた、その一瞬――深い笑い皺はそのままで、目だけが、笑っていなかった。人の顔をこれほど検めたのは、生まれて初めてである。

 

 沙汰はその場で下りた。疑いの取り下げ、職務の復帰、押収品の返還。麻紐の解かれた手帳が掌に戻り、頭の中の帳面から溜めていた行を書き移す。『同ジ干シ手、八度目マデ。次デ、仕舞イ』。

 

 広間を出ると、殿下が待っておられた。隈は、まだ深い。深いまま、口元だけが少し、緩んでいる。

 

「……戻ったか」

 

「はい。検めていない膳が、七日ぶん、たまっておりますので」

 

 廊下の先では、腕組みのグレゴールさんが「賄い、大盛りだ」とだけ言って厨房へ消えた。あの人なりの、祝辞である。

 

       ◇

 

 その夜、七日ぶりの検めの間で、溜まった決裁を繰っていて、指が止まった。

 

 謹慎に入る前、オルデン様が最後に判を捺した一件である。国王陛下の名の下、宮廷の騒擾(そうじょう)を鎮め、王家の健在を内外に示す――大宴の触れ。日取りは、十日後。仕出しも酒も飾りも、手配の判は謹慎の前に捺し終えてある。添え書きの筆は今日も柔和に、皺ひとつなく整っていた。『最後ノ御奉公』。

 

 ……検めの卓で毒を完食したとき、秤の分銅を誰より熱心に見ていた目が、ひとつだけあった。

 

 十日後。皿の川のいちばん深いところで、あの方の膳が待っている――。

 

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