毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~   作:月城 友麻

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40. 殉死の毒は、味が違う

 侍従長の失脚から、王宮はゆっくりと、呼吸を取り戻していく。

 

 殿下の目の下の隈は一段薄くなり、頬の影も減った。厨房の賄いは大盛りが続き、検めの間の決裁は平和な厚みに戻り、私の昼寝の予定表は、三日に一度は生き残るようになっている。廊下の噂も、毒の話より夜会の話が増えた。復興である。

 

 その朝までは、だった。

 

「府の用度方が、自室で倒れました。枕元に遺書と――空の杯が」

 

 報せの文句に、指先が冷えた。遺書と、空の杯。……読んだことのある台本である。

 

 駆けつけた府の長屋は、狭く、綺麗に片付いた部屋だった。継ぎの当たった夜着、磨かれた靴、窓辺に小さな薬草の鉢。つましい暮らしの真ん中で、見事な筆の遺書だけが場違いに白い。曰く『侍従長様の御恩に殉じ、一連の始末はすべて私めの手にて』。杯の底には毒の名残があり、そして用度方の官吏どのには、まだ息があった。

 

 舐める。……荒い。安い荒毒である。それに、置かれ方が綺麗すぎる。

 

「リヒト様、解毒剤の鞄を。――これは、殉死ではありません」

 

「根拠は」

 

「三つ。まず毒が安すぎます。この方は用度方、府の薬種に触れられる立場です。死ぬと決めた夜に、わざわざ苦しい安毒を選ぶ人はいません。次に、口の中の毒の広がり方。舌の根の奥にだけ濃くて、頬の内にはほとんど回っていない。自分で呷った味ではなく――仰向けに、流し込まれた味です」

 

「三つ目は」

 

「遺書です。縦の画のとめが、形だけで速い。……王太后さまの偽の遺書と、同じ手ですので」

 

 解毒剤の鞄が開いた。「要る人のために、だからね」と、いつかの台詞を早口で言いながら、リヒト様が処置に掛かる。窓の外が白み、薬草の鉢に朝日が差す頃、用度方どのは生きて目を開けた。

 

       ◇

 

 語られたのは、聞き飽きた筋書きの、最後の頁だった。

 

 金貨と、差出人のない文。命じられて、家宅捜索の前夜に私の部屋の床下へ包みを埋めたこと。牢へ上がる粥の盆に、別に渡された包みを忍ばせたこと。そして侍従長が落ちたいま、事情を知る端役の口を、殉死の形で閉じに来る者がいたこと。死人に遺書を書かせれば、調べはあの方と彼のところで綺麗に閉じる。誰かの帳尻としては、上等な仕舞いである。

 

 語り終えた用度方どのは、詫びる相手を探して、しばらく目を泳がせた。視線が私のところで止まったので、頷いておく。恨む筋では、ある。あるが、釣られた魚と竿の主を同じ頁に載せない程度の帳面の付け方は、この四月半で覚えた。

 

 ただ幸い、この網の端役は、揃って物持ちが良い。

 

「文は、焼けと……焼けとありましたが。焼けませんでした」

 

 床板の下から出てきた文の束は、七通。折り方の癖は見慣れたあの折りで、うち一通の封蝋に、判の擦れが残っていた。リヒト様の拡大鏡と監査院の判の台帳が、擦れの主を割り出す。市中で筆耕を生業にする、小さな工房である。

 

 踏み込んだ工房の棚からは、見本帳が出た。練習された「王太后さまの手」。遺書の型紙。指図の文の下書き。他人の筆跡が何十人ぶんも稽古されて並ぶ棚は、毒の棚より、よほど薄ら寒い。そして、依頼の出どころを記した帳面の一行。その名は私の口からではなく、封蝋の下に納まって、監査院から国王陛下の御前へ上がった。

 

 網の竿が、一本ずつ、水から上がっていく。

 

       ◇

 

 数日ののち、触れが出た。国王陛下の名の下、王太子アーベル殿下の継承の宣誓式を、月の変わりに執り行う。疑いは晴れ、証しは固まり、継承の座を巡る調べは監査院の綴りに納まった。三年、毒に揺らされ続けた背骨が、紙の上でまっすぐに戻ったのである。

 

 その晩の夜食は、いつもの書斎だった。二人分の茶と、静かな湯気。窓の外では、式に向けて整えられた庭が、月明かりに青い。向かいの顔色は、出会った頃を思えば別人である。恐れで痩せた頬に、肉と血の色が戻りつつある。毒見役として、誇らしい経過である。……毒見役としては、だが。

 

「宣誓の式には、酒が出る。……誰が検めるのだったか」

 

「私のほかに、どなたか?」

 

「居ない」

 

 即答だった。いつかの医務の間と、同じ速さである。ため息とも呼べない小さな息が、湯気の向こうでひとつ。

 

「式の日は、朝から頼む。それと――式が済んだら、話がある」

 

「契約の更新でしたら、三食昼寝つきの線は譲りませんので」

 

「……その線で、考えておく」

 

 話、の中身に心当たりはない。ないが、言った側の耳が、燭の火のせいでもなさそうな色をしていたので、詮索はやめておいた。耳の色の鑑定は、契約範囲外である。

 

 祝いの席と毒の相性の良さは、この四月半で骨身に染みている。宣誓の式。諸侯参集。祝いの酒。つまり――戦である。

 

 手帳の新しい頁に、書いておいた。

 

『祝イノ席、要警戒。昼寝ハ、式ノ後デ』――。

 

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