毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~ 作:月城 友麻
「招かれざる手」の正体探しは、厨房の熊との共同作業になった。
夜の仕込みが終わった厨房は、昼間の戦場が嘘のように静かである。熾火の匂いと、磨かれた銅鍋の鈍い光。その隅の作業台で、ここ数日の隠し味を帳面に並べてみた。砒素、兜草、灰銀花、そして昨夜の煮込みに出た痺れ茸。行儀よく並べてみると、どこか品書きめいて見える。我ながら、嫌な帳面である。出どころの見当がつかないのは、痺れ茸だけだった。
「痺れ茸は、生で口にすれば舌が痺れるだけの半端な毒だ。乾かして粉にして、火を入れて初めて本性が出る」
グレゴールさんが、太い指で香辛料の棚を指す。壺の一つから、私は例の味を見つけていた。挽いた胡椒に、同じ茶色の粉がひとつまみ。匂いは胡椒が隠し、見た目では、まず分からない。
「妙なんです。昨夜の煮込み、痺れ茸の毒の出方が中途半端でした。火が通り切っていない味。……この粉、鍋で煮込まれていません。仕上げの振りかけで入っています」
「仕上げの胡椒は、配膳直前だ。振るのは配膳係だけ。厨房の人間は、あの段階じゃ鍋に触らん」
「では、配膳係の中に、手が一つ」
熊と、顔を見合わせる。容疑者は一気に、五人まで絞れた。
さて、ここからが問題である。五人を並べて問い詰めたところで、白状するような手ではない。粉の混入は一瞬、目撃者はなし。……ただ、痺れ茸には、一つだけ癖がある。
「グレゴールさん。今夜の配膳、皿を一枚ずつ、手渡しにしていただけますか?」
「手渡し?」
「素手では持てない熱さの皿を、順々に」
痺れ茸の粉は、じわじわと指先の感覚を奪う。粉を扱った手であれば――熱い皿の熱さに、気づけない。
その夜。配膳の間には、湯気の立つ皿が並んだ。グレゴールさんが一枚ずつ、焼き立ての皿を配膳係へ手渡していく。芝居っ気のない仏頂面が、こういう罠には、かえって頼もしい。配膳の間は湯気で白く、静けさだけが濃い。皿が手から手へ渡るたび、自分の心の臓が柄にもなく数を数えているのに気づく。眠気と無縁の夜というのも、たまにはある。
四人目までは、熱さに顔をしかめ、布巾を替えながら、皿を危なげなく運んでいく。五人目の侍女さんだけが――音を立てて、皿を取り落としたのである。熱かったからではない。逆だ。素手では耐えられない熱さの皿を平然と受け取って、指がもう熱さを感じていないことに気づかないままだったのだ。結果、いうことを聞かない指は皿を保持できなかった。
砕けた皿の白いかけらが、床に散る。静まり返った配膳の間で、彼女は自分の両手を、初めて見るもののように見下ろしていた。
「……その指、検めさせていただいても?」
「えっ!? いや……その……」
指先から痺れ茸の粉末の成分が出た。
毒で人を害そうとする手は、まず自分が痺れる。世の中の帳尻は、案外そういう風にできているらしい。
連行の間際、侍女さんは折れるように白状した。曰く、気づけば部屋に金貨の袋が置かれていて、文には差出人の名がなく、指示はいつも一方通行だったという。……つまり、雇い主の顔を、本人も知らない。
「トカゲの尻尾にも、なれていませんね。指の先です」
「だが、これで終わりって話じゃあ、ないんだろうな」
グレゴールさんが、散った皿を掃きながら低く唸った。同感である。砒素、兜草、灰銀花、痺れ茸。出どころも質もばらばらの毒が、こう毎晩律儀に届くのは、発注元がよほど手広いか、よほど諦めが悪いか――たぶん、両方だ。
翌朝、廊下で行き合った侍従長のオルデン様は、事の次第をお聞きになると、垂れ目をいっそう深く下げて笑った。
「いやはや、怖い方が来てくださった。……悪い手も、次からは出しにくくなりますなあ」
「出してくだされば、見つけますので」
「ほっほ。頼もしい限りじゃ」
好々爺の世辞である。真に受けず、ありがたく頂戴しておいた。
――数日後の午後。回廊の柱の陰で一服の昼寝を試みていた私は、聞き覚えのある声に起こされた。
「や、やあ、ヴィオラ嬢。き、奇遇だな?」
見上げれば、念入りに巻かれた金髪。ガラス玉の指輪。場違いに張り切った襟飾り。元婚約者さまが、実家の伝手とやらで、宮廷に出入りを始めたらしい。
「き、聞いたぞ。王宮で毒見役をしているそうだな? く、苦労しているのだろう。……その、なんだ。昔のよしみで、相談に乗ってやらんことも」
「間に合っております」
あの夜会から、まだひと月も経っていない。よしみの在庫があるとすれば、兜草の根の干し残りくらいのものだと思う。
奇遇なものか。この宮廷、招かれざるものばかりが、本当によく届く――。