毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~ 作:月城 友麻
王宮には、贈り物が毎日届く。
諸侯からの献上品、商会の付け届け、どこかの誰かの「お志」。そして王族の口に入る類のものは、すべて一度、毒見役の卓を通る決まりである。つまり――間食が、職務に含まれる。良い職場だ。
その日の検めの間には、見覚えのある金髪が立っていた。
「や、やあ、ヴィオラ嬢。……奇遇だな」
「先日も伺いました、その台詞」
ユリウス様である。聞けば、ローデン伯爵家から殿下へ、銘酒を献上しに来たのだという。実家の伝手で宮廷に出入りを始めた元婚約者さまは、どうやら次の一手として、王太子殿下ご本人への「顔繋ぎ」を狙っているらしい。狙いどころだけは、いつも一丁前である。
「こ、この献上が通れば、殿下にお目通りが叶うやもしれん。そうなれば、その、なんだ……き、君の職場での立場も、悪いようにはせん」
「献上品は、検めのあとで台帳に載るだけです。お目通りの約束までは、載りませんが」
「い、いいから検めたまえ! 南方の
卓に置かれた酒瓶は、たしかに立派だった。飴色の硝子、金の封蝋、堂々たる銘の焼き印。ただ――その焼き印が、妙に浅い。名のある蔵の焼き印は、樽の香りが移るほど深く
注がれた一杯を、私はいただいた。
……甘い。とろりと、舌に絡みつく甘さ。その奥に――金物の、冷たい後味。
まぶたが、持ち上がる。
「
「な……に?」
「甘味の偽装ですね。安い酒に鉛を溶かし込むと、とろりと甘くなって、高い貴腐酒の味に化けます。昔からある、酒商人の悪い手口です。飲み続ければ、腹と頭をやられます」
検めの間が、静まり返った。ユリウス様の顔から、見る見る血の気が引いていく。芝居ではない。この方は、知らなかったのだ。
「ば、馬鹿な! それは、さる筋から特別に譲り受けた、正真正銘の――」
「お求めの際、相場より、だいぶお安かったのでは?」
「う……そ、それは、その……こ、交渉の成果で……」
語尾が萎んでいく。つまり、そういうことである。見栄で銘酒を贈ろうとして、見栄の値段で偽物を掴まされた。名門の蔵の銘を騙る、鉛入りの酒。買ったご本人だけが、それを本物と信じていた。
「ろ、ローデン家の名で、殿下に毒を献上するところだったと……そ、そういうことか……?」
「未遂です。
「あ、検めてくれて……いや、違う、貴様のせいで私は……いや……」
感謝と面目のあいだで、ユリウス様の言葉は行き場を失っていた。お気の毒だが、整理はご自分でどうぞ。私の職務は、検めるところまでである。
ユリウス様は酒瓶を抱えて、来た時の三倍の速さで検めの間から退場していった。注ぎ残した一杯分だけは、後日の検分用に、栓付きの小瓶へ取り置いておく。献上の記録には、オルデン様が柔和な筆で一行、『ローデン家献上ノ酒、品質不良ニツキ返却』と書き付ける。品質不良。優しい書き方である。優しさが、いっそう恥ずかしい類の。
◇
その晩、殿下の晩餐は平和だった。隠し味は、三品目の付け合わせに眠り草がひとつまみ。この程度だと、最近は挨拶のように感じてしまう。あまり良くない慣れ方だと思う。
「昼間、検めの間で騒ぎがあったと聞いた」
「鉛入りの貴腐酒でした。献上前に止めましたので、被害はありません」
「……鉛を、飲んだのか?」
「一杯だけ。死にはしませんので」
殿下はしばらく黙って、それから、ため息とも呼べない小さな息を吐いた。最近分かってきたのだけれど、これはこの方なりの「心配」の表現である。
「明日、宮廷毒物学者が来る。鉛の酒の検分と……ついでに、君に会いたいそうだ」
「私に、ですか?」
「変わり者だ。……あまり、近づきすぎるな」
殿下が寄越した先触れの手紙には、几帳面とは言い難い、踊るような字が並んでいた。
『鉛ヲ一杯飲ンデ平然トシテイル毒見役殿ヘ。素晴ラシイ! ゼヒ、ソノ舌ノ話ヲ聞カセテ欲シイ。ナンナラ舌ダケデモ』
……舌だけでも、とは?
裏を返すと、几帳面な字の追伸が一行。『追伸。舌ガ駄目ナラ、歯型デモ可』。
……可、とは?
明日が、少しだけ来てほしくない――。