毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~   作:月城 友麻

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6. 贈り物のワインは、甘すぎる

 王宮には、贈り物が毎日届く。

 

 諸侯からの献上品、商会の付け届け、どこかの誰かの「お志」。そして王族の口に入る類のものは、すべて一度、毒見役の卓を通る決まりである。つまり――間食が、職務に含まれる。良い職場だ。

 

 (あらた)めの間は、貯蔵庫の隣の細長い部屋である。北向きの窓から入る乾いた光の下、贈答品の棚がずらりと並び、記録係の老官吏が帳面を構えて座っている。酒、菓子、香油、干し肉。棚の品書きだけ見れば結構な宴だが、ここにある物はすべて「まだ疑われている」身分だ。疑いが晴れて、初めて王宮の品になる。

 

 その日の検めの間には、見覚えのある金髪が立っていた。

 

「や、やあ、ヴィオラ嬢。……奇遇だな」

 

「先日も伺いました、その台詞」

 

 ユリウス様である。聞けば、ローデン伯爵家から殿下へ、銘酒を献上しに来たのだという。実家の伝手で宮廷に出入りを始めた元婚約者さまは、どうやら次の一手として、王太子殿下ご本人への「顔繋ぎ」を狙っているらしい。狙いどころだけは、いつも一丁前である。

 

「こ、この献上が通れば、殿下にお目通りが叶うやもしれん。そうなれば、その、なんだ……き、君の職場での立場も、悪いようにはせん」

 

「献上品は、検めのあとで台帳に載るだけです。お目通りの約束までは、載りませんが」

 

「い、いいから検めたまえ! 南方の貴腐酒(きふしゅ)だ。う、うちの蔵の……い、いや、さる蔵の最上のものでな。殿下もお喜びになるだろう」

 

 卓に置かれた酒瓶は、たしかに立派だった。飴色の硝子、金の封蝋、堂々たる銘の焼き印。ただ――その焼き印が、妙に浅い。名のある蔵の焼き印は、樽の香りが移るほど深く()すものだ。給仕が栓を抜くと、検めの間に、干した果実のような甘い香りがふわりと広がる。香りだけなら、たしかに上物の顔をしている。

 

 注がれた一杯を、私はいただいた。

 

 ……甘い。とろりと、舌に絡みつく甘さ。その奥に――金物の、冷たい後味。

 

 まぶたが、持ち上がる。

 

(なまり)です」

 

「な……に?」

 

「甘味の偽装ですね。安い酒に鉛を溶かし込むと、とろりと甘くなって、高い貴腐酒の味に化けます。昔からある、酒商人の悪い手口です。飲み続ければ、腹と頭をやられます」

 

 検めの間が、静まり返った。ユリウス様の顔から、見る見る血の気が引いていく。芝居ではない。この方は、知らなかったのだ。

 

「ば、馬鹿な! それは、さる筋から特別に譲り受けた、正真正銘の――」

 

「お求めの際、相場より、だいぶお安かったのでは?」

 

「う……そ、それは、その……こ、交渉の成果で……」

 

 語尾が萎んでいく。つまり、そういうことである。見栄で銘酒を贈ろうとして、見栄の値段で偽物を掴まされた。名門の蔵の銘を騙る、鉛入りの酒。買ったご本人だけが、それを本物と信じていた。

 

「ろ、ローデン家の名で、殿下に毒を献上するところだったと……そ、そういうことか……?」

 

「未遂です。(あらた)めましたので」

 

「あ、検めてくれて……いや、違う、貴様のせいで私は……いや……」

 

 感謝と面目のあいだで、ユリウス様の言葉は行き場を失っていた。お気の毒だが、整理はご自分でどうぞ。私の職務は、検めるところまでである。

 

 ユリウス様は酒瓶を抱えて、来た時の三倍の速さで検めの間から退場していった。注ぎ残した一杯分だけは、後日の検分用に、栓付きの小瓶へ取り置いておく。献上の記録には、オルデン様が柔和な筆で一行、『ローデン家献上ノ酒、品質不良ニツキ返却』と書き付ける。品質不良。優しい書き方である。優しさが、いっそう恥ずかしい類の。

 

       ◇

 

 その晩、殿下の晩餐は平和だった。隠し味は、三品目の付け合わせに眠り草がひとつまみ。この程度だと、最近は挨拶のように感じてしまう。あまり良くない慣れ方だと思う。

 

「昼間、検めの間で騒ぎがあったと聞いた」

 

「鉛入りの貴腐酒でした。献上前に止めましたので、被害はありません」

 

「……鉛を、飲んだのか?」

 

「一杯だけ。死にはしませんので」

 

 殿下はしばらく黙って、それから、ため息とも呼べない小さな息を吐いた。最近分かってきたのだけれど、これはこの方なりの「心配」の表現である。

 

「明日、宮廷毒物学者が来る。鉛の酒の検分と……ついでに、君に会いたいそうだ」

 

「私に、ですか?」

 

「変わり者だ。……あまり、近づきすぎるな」

 

 殿下が寄越した先触れの手紙には、几帳面とは言い難い、踊るような字が並んでいた。

 

『鉛ヲ一杯飲ンデ平然トシテイル毒見役殿ヘ。素晴ラシイ! ゼヒ、ソノ舌ノ話ヲ聞カセテ欲シイ。ナンナラ舌ダケデモ』

 

 ……舌だけでも、とは?

 

 裏を返すと、几帳面な字の追伸が一行。『追伸。舌ガ駄目ナラ、歯型デモ可』。

 

 ……可、とは?

 

 明日が、少しだけ来てほしくない――。

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