勇者ヒンメルの死から100年前。
エルフの魔法使いエルロンドは魔族の軍勢を引き付けれて魔王城を目指していた。
その数5万。
長く生きた彼にとっても最大規模の軍勢だ。
当然の話だが、彼の魔法は万能ではない。
これだけの軍勢を作るのに数百年かかったし、
維持し続けられる時間も短い。
だからこそ今が最大の好機。
狙うは魔王。
魔族を狩りつくすために、まずは頭を討つ。
そう判断し魔王城へ向かっていた、その時。
「……接敵」
眼前に人間の軍勢が現れた。
1万は超えているだろう。
首のない軍勢だ。
死体を操る魔法。
聞いたことがないが、十中八九魔族によるものだ。
彼も似たような魔法を使うが、彼は特別だ。
似たような境遇の人間がいるはずがない。
魔力を節約するために歩いて進軍していたのだが仕方ない。
彼は軍勢の内100を率いて空を飛んだ。
「悪いが遺体は残さない。
空から蹂躙させてもらう」
魔族の得意な戦法。
上空からの魔法による蹂躙。
これで何人の優秀な戦士が死んでいったか。
エルロンドは心に浮かんだ罪悪感を握りつぶし軍勢に魔法を放たせた。
首のない戦士たちの体が吹き飛んでいく。
後は魔法を使用している魔族を探すのみ。
男は探知魔法を使用した。
すると、
「……やられた」
存在を感知すると同時に背後に控えていた軍勢が蹴散らされた。
背後から奇襲を受けたのだ。
空を飛んだがゆえに陣形の層が薄かった。
攻撃を仕掛けさせていた軍勢を自らの守りにあてる。
相手は人間の魔法使い。
弱い魔族に抱えられて飛んでいる。
恐らくこの軍勢を作った魔族に支配されているのだろう。
魔力を制限しているのか、気配が異常に薄い。
感知魔法を使うまで気づけなかった。
操れるのは死者だけではなかったのか。
エルロンドは自らの魔法の先入観によって誤解してしまっていた。
そして、解呪はできない。
飛んでいる以上取り押さえるのも不可能だ。
殺すしかない。
死者の軍勢への罪悪感で気づくのが遅れてしまった。
撤退……は選べない。
魔王を討てるはずの軍勢なのだ。
ここで引くのは選べない。選びたくない。
「……すまない」
エルロンドは詫びながら軍勢に迎撃をさせる。
すると、
「チェックです父上」
そんな声が聞こえた。
空を飛ぶ軍勢が次々と落とされる。
突然首のない戦士が上空に現れたのだ。
それらは落ちながらエルロンドの軍勢を削る。
瞬間移動の魔法。
ここにきて気づいた。
これはエルロンドを狩るための入念に計画された待ち伏せだったのだと。
それができる存在は、彼の知る限り1人のみ。
「貴様かシュラハト」
その言葉に答えるかのようにフードを被った魔族が出現した。
魔王軍幹部、全知のシュラハト。
未来視の魔法を使う厄介極まりない魔族だ。
「あなたの進軍はここで終わりです。
大人しく引いてください。
今なら見逃しましょう」
「獣が交渉だと?」
「我々は知性ある獣ですので」
「私がそれに乗らないのも知っているだろう」
そうしてエルロンドは後に七崩賢と呼称される全知のシュラハトと断頭台のアウラと交戦した。
結果としてエルロンドは軍勢の多くを失い撤退を余儀なくされた。
魔王を討てる戦力を失ってしまったのだ。
シュラハトたちに敗北したエルロンドは軍勢を切り捨てて敗走していた。
彼の魔法は塵になる寸前の魔物と魔族を維持し、従える魔法。
魔族の保有する魔力が切れれば使役中であっても塵に帰るし、
魔法が途切れてしまっても塵に帰る。
ゆえに魔力切れ寸前まで追い詰められて敗走するエルロンドは、
軍勢を全て失ったのだ。
また一から軍勢を集めて魔王を討つ必要がある。
それまでに数百年。
また犠牲が増える。
罪悪感に潰されてしまいそうだった。
そして数百年かけて軍勢をそろえたとしても、
シュラハトがそれを妨害するだろう。
奴を先にどうにかする必要がある。
……どうやって?
いや、今はいい。
とりあえず追っ手を振り切らなければ。
エルロンドはそう思考し、土にまみれながら走る。
「惨めな姿だなエルロンド」
そんな彼に声をかける存在がいた。
空を飛んでいる。
しかし魔族ではない。
エルフだ。
しかも懐かしい顔だ。
「ゼーリエ」
「その無様さを笑ってやりたいところだが、
お前には借りがある。
今それを返そう」
「あれを貸しだと思ったことはない」
「じゃあお前が私に借りを作ったと思えばいい」
ゼーリエはそう言って追っ手に魔法を放ち、
エルロンドを抱えて飛び去った。
こうしてエルロンドは何とか生きながらえたのだった。