「大丈夫やて。ちょっと手と心臓が吊ってしまっただけや。」
病院でのはやての開幕一言がこれである。
心臓が吊るってどういう感じなんだろうか?
そんなことはさておき。
守護騎士達は心配げにはやてを見る。
着実に進む闇の書の侵食。
それがついに足だけではなく体全体に広がりつつあるということだ。
そして入院。
誰かと共に居ることを望んでいた、一人寂しく居ることを嫌っていた彼女にとってこれほど辛いことも無いだろう。
かといってそれが嫌だからとわがままを言ってどうなるはずもなく。
ゆえにこそはやては何も言わない。
もちろんそのことは付き合いが一年に満たないと言えども、守護騎士達に、もちろん響にも伝わっている。
だからこそ笑んでいるはやてが痛ましい。
強がっているのが見なくても分かるほどに。
その場を後にする守護騎士達。
「シグナム・・・ページはあといくつだ?」
「・・・あと30だ。」
「間に合うかしら・・・あの侵食率だとあと半月も持たない。」
「間に合わせるんだよ。いくぞザフィーラ。」
「ああ。」
「シグナム、今回は私も・・・」
「いや、シャマル、オマエは主と一緒にいてやれ。私たちはこれからしばらくここには戻らない。」
「・・・どうして?」
「もはや、管理局にはこの世界に私たちの主がいると気づいているだろう。いちいち戻っていては捕捉される可能性があがる。
次に戻るのは50ページ分を稼いだ時のみ。ヴィータもそれでいいな。」
「異論はねぇ。」
「それと響達にも協力してもらいたい。頼めるか?」
「始めからそのつもりだよ。・・・そう、誤解だ。誤解が増えるだけ。そう増えるだけ。ふふ・・・ふふふふ。」
「ん?ど、どうした?何か怖いぞ?」
「気にしないで。自己暗示をかけてるだけだから。文香ちゃんにどう説明しようかな・・・」
各々がリンカーコア稼ぎに動く。
☆ ☆ ☆
「すいません、リンディ提督。」
「気にしないでいいのよ、フェイトさん。こっちのサーチャーでも捉えられない相手の不意打ちですもの。仕方ないことだわ。」
アースラ艦医務室にて、リンディとフェイトがいた。
フェイトはリンカーコアを奪われたことでしばらく魔法が使えない。
「あの・・・母さんとなのはは・・・」
「大丈夫。あなたよりも遥かに軽症・・・というよりも何の怪我も無いわ。」
「それは・・・どういう・・・」
「ただバインドで締め上げた・・・それだけなの。なかなか出来る相手が居るようね。」
戦いに置いて無傷で相手を捕らえる。
それがどれだけ難しいことか。
あの銀髪の女の子はそれをいとも簡単にやり遂げたということ。いや、簡単ではないが。
思わぬ強敵に身が強張るフェイト。
次に会った時に勝てるかどうか。
それを考え、自分ならどう戦うかを頭の中で組み立てる。
自分とやりあった時は近接戦メインで自分と同等、もしくはそれ以上のスピードを持っていた。
ならばそのスピードを殺しつつ相手にダメージを与えるような魔法を用いないといけない。
もちろん経験の浅いフェイトにそれが思い浮かぶはずも無く、ついと拳に力が入る。
そんなフェイトを見て、手に手を置くリンディ。
「あ、」
「今はゆっくり体を休めて。ね?」
「は、はい・・・」
少し顔を赤くするフェイト。
実の母であったプレシアにやさしくされたことが無く。
大人の女性に優しくされたことで埋め込まれた記憶上の昔を思い出すフェイト。
こういうのは久しく、頬を赤らめる。
どこか気恥ずかしい。
そのままリンディ提督が去っていくのを見送った後、フェイトはため息を吐く。
結局母さんを、なのはを助けることが出来なかった。そんな気負いでもって。
守ることが出来なかった。
自分が魔法を手にしたのは何のためだったのか?
純粋な少女は自分の無力を嘆く。
普通ならば考えすぎ、気負いすぎと一笑にできることなのであるが。
プシューと機械音が鳴り、次の来訪者。
プレシアテスタロッサがやってきた。
「か、かあーーー」
「私は貴方の母ではない。何度言わせるのかしら?」
プレシアとしては普通に接しているつもりなのだが語気が荒いのは自分の過去の失敗をーーーもっとありていに言えば黒歴史を目の前にしてるためだ。
別にフェイトが悪いのではなく、フェイトに悪いことをしてしまった罪悪感、自責感から自分に対する苛立ちが出てしまった結果がこれである。
「・・・ご、ごめんなさい。」
フェイトがそれを聞き、PT事件の時のクセで自分が悪いことをしたとすぐに思い込んでしまい、すぐに謝る。
それを見てまたプレシアはかわいそうなことをしたと自分を責め、再度苛立つと言う悪循環が出来るのだがこれは時間をかけてどうにかするしかないことだろう。
そしてプレシアの横には山田君のレアスキルで生き返ったという白目の部分も含めて目が赤いアリシアテスタロッサがいる。これは彼が使った外法忍術、穢土転生の副作用ともいえる。また定期的に山田君から魔力(チャクラ)を受け取らないとすぐに塵芥と化し、素体であるアリシアの遺体がむき出しになると言う制限がある。
そのアリシアというと、自分と同じ姿をしたフェイトに不気味さを抱いているようで若干居づらそうにしている。9歳児としては仕方の無い反応と言えよう。
「フェイト、大丈夫?」
とはいえやはりアリシアはフェイトの元であるだけあり、その純粋さは似る。
他意の無い気遣いをフェイトに見せた。
「うん、ありがとう・・・アリシア。」
最初はアリシアの後に姉さんと言う言葉がついていたものの、プレシアに母ではないといわれてからは姉と言うのもおかしいだろうということで、自分から直した。
「フェイト・・・今回は貴方に大事な話があるの。」
「何?・・・か・・・プレシアさん。」
記憶上はあくまでも母さん。
それは今も変わらない。
そんなフェイトからすると今の他人行儀な呼び方しか許されないことの現状たるや、なんと辛いことか。
しかし、プレシアとてそこは妥協できない。
もちろんこのままではフェイトがかわいそうに過ぎるというのは理解できている。が、自分の母である気持ちに嘘は付きたくない。
いまや成りを潜めてこそいるものの、いまだ彼女の中で死んだ娘をも生き返らそうとした狂った親バカ愛は消えてなくなったわけではない。その愛が自分の娘でないものを娘と、母と、呼ぶことを呼ばせることを許さない。
自分がフェイトを作ったのだから責任を持って娘とするのが筋なのだろうが、そんな奇麗事はクソくらえだ。
人としての筋よりも母としての筋を通す。それがプレシアテスタロッサ。その人である。
とはいえ。
とはいえだ。
このままではフェイトも辛かろうとプレシアが考えたのが。
「貴方の記憶を消すための魔法を作ったわ。」
「え?」
植え込んだ部分の記憶だけを消すという都合の良い魔法。
そんな魔法をプレシアは作り出した。
もちろんだがそんな都合の良い魔法は今までに存在しなかった。
フェイトのためだけにそれを1から作り出したのだ。
その労がどれほどのものか。
もちろん不可能ではない。
埋め込む手段があるのだから逆に取り除く手段もあって当然。しかし、フェイトを使い捨てるつもりだったプレシアはそっちの手法については微塵も知らなかった。
一夜ニ夜の徹夜ではこの短期間に作り出すなどということは不可能であろう。
属託魔導師としての勤務の傍らに素人目に見ても難しいであろう魔法技術を新たに生み出すなど並大抵のことではない。
それを赤の他人のためにするだろうか?
否。
プレシアは自分で言ってるほどフェイトを他人と感じているわけでないことがここから読み取ることが出来る。
が、幸か不幸か本人であるプレシア自身もフェイトもそのことに気づかなかった。
「記憶を・・・?」
「ええ、今のまま・・・アリシアの記憶があったところで所詮ソレは借り物。
ただ辛いだけでしょう?
だからこそ、この魔法を作ったの。安心して。今はもう貴方と言う人格が出来ている。
記憶を失ったからといって、貴方が変わることは無い。私としては強く勧めるわ。」
「・・・私が煩わしいんですか?」
「・・・いいえ。貴方のためよ、フェイト。原因である私がこういうのもーーーおこがましいとは思うけれど、貴方がーーーフェイトがアリシアの記憶に縛られることは無いの。」
フェイトからボロボロと涙が零れ落ちる。
誰か他の人間に言われるならば良い。
だが。
プレシア本人から。
自分が母親だと思う人からこのセリフを貰うとは思わなかった。
まるで「自分の母親への“愛情”も植え込まれたもの」といわれているようで。
いや、現にそうなのだろう。
今までの記憶は正しくアリシアのものなのだから。
だからといって。
到底納得できるものではない。
しかし、純粋で優しいフェイトは。
魔法の知識があるがゆえに。
記憶を都合よく弄る魔法。そんな物が簡単にできるはずもないことを理解し。
目の前の母親であるーーー自分にとっていまだかけがえの無い人が。
手間隙をかけて自分のためにしてくれた施しを拒否できるはずも無く。
本当の欲ーーー傍にいてくれるだけでよかったーーーを内に秘め。
プレシアの望むところが何なのか?
それを考えることも無く、ただ母親のためにという終始変わらない信念の元。
「・・・はい、お願いします・・・プレシアさん。」
選択した。
こうしてPT事件以来、一度もまともに母を母と呼ぶことなくフェイトの母親とのいざこざは、幕を閉じた。
これが良かったのかどうかはフェイトとプレシアの胸の内に。
プレシアはただフェイトの幸せのために。
フェイトはただプレシアの幸せのために。
お互いにお互いのことを思うがゆえにすれ違い、すれ違ったままこの物語は幕を閉じたのであった。
たった一言のわがままを言えばなんとかなったのではないだろうか?
そう思わせる形で。
一緒にいたかっただけなのに
「?
何か言ったかしら?」
改めて自己紹介とアリシアを紹介し、部屋を発とうとしたプレシアにぼそりとした言葉が聞こえた気がした。
「え?いえ、何も言ってないと思います。」
「・・・そう?」
「えと、じゃあね?フェイト。」
「うん、アリシア、またね。」
フェイトの記憶が戻ることは無いのだろう。
おそらく。