※小説ではない※専門書 要約資料集 為替(換算)3.9万円でもらう 紐解集生成 専門 初入門 資料 作:{作者名}
> 学問の宇宙・生命の惑星群 第1章(続の続の続の続の続の続の続の続の続)。
> トーン規約: GAKUMON_UNIVERSE.md準拠。専門用語は初出で必ず説明する。
> 重要注記: 本冊は学問の読み物であり、**研究計画書の雛形でも、倫理審査の手引きでもない**。実際の研究は、倫理審査委員会の承認と、適用される指針・法令に基づいて行うものである。
> 数値注記: 本冊の数値は**考え方を示すための代表値**である。実際の値は対象集団・時代・定義によって変わる。
> 第3冊は「数字で読む集団の健康」として疫学の**読み方**を扱った。本冊は**その数字を作る側**——誰を、いつから、どれだけ見れば言えるのか——を扱う。
> **語の衝突についての断り**: 本シリーズは「検定」を**読者検定**(独立した読み手が本を読めたかを確かめる仕組み)の意味で使っている。統計の意味で使うときは本冊以降、必ず**統計的仮説検定**と書く。同じ札を二つの概念に立てないための措置である(第12冊で本格的に扱う)。
----------------------------------------ΩΩΩ あっ流れ星!
# BOOK-0011j 衛生学 — 誰を見れば分かるのか、という設計 第10冊
> 学問の宇宙・生命の惑星群 第1章(続の続の続の続の続の続の続の続の続)。
> トーン規約: GAKUMON_UNIVERSE.md準拠。専門用語は初出で必ず説明する。
> 重要注記: 本冊は学問の読み物であり、**研究計画書の雛形でも、倫理審査の手引きでもない**。実際の研究は、倫理審査委員会の承認と、適用される指針・法令に基づいて行うものである。
> 数値注記: 本冊の数値は**考え方を示すための代表値**である。実際の値は対象集団・時代・定義によって変わる。
> 第3冊は「数字で読む集団の健康」として疫学の**読み方**を扱った。本冊は**その数字を作る側**——誰を、いつから、どれだけ見れば言えるのか——を扱う。
> **語の衝突についての断り**: 本シリーズは「検定」を**読者検定**(独立した読み手が本を読めたかを確かめる仕組み)の意味で使っている。統計の意味で使うときは本冊以降、必ず**統計的仮説検定**と書く。同じ札を二つの概念に立てないための措置である(第12冊で本格的に扱う)。
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## 入口の物語 — 同じ問いに、四通りの答え方がある
「この工場の近くに住むと、ぜんそくになりやすいのか。」
素朴な問いである。そして、この問いに答える方法は一つではない。少なくとも四通りある。
**一つ目。** 工場の近くに住む人と遠くに住む人を、いま集めて、両方のぜんそくの有無を数える。**今日一日で終わる。**
**二つ目。** 工場の近くに住む人と遠くに住む人を、いま集めて、**十年待つ。** 十年後、どちらの群でぜんそくが何人発生したかを数える。
**三つ目。** すでにぜんそくになった人を集め、同じくらいの年齢と性別でぜんそくでない人を集め、**過去にさかのぼって**両者の住所を調べる。
**四つ目。** ——これはできない。「工場の近くに住む群」と「遠くに住む群」に人を**くじで割り振る**ことは、倫理的に許されない。
この四つは、どれも「同じ問い」に答えようとしている。しかし**答えの強さが違い、かかる時間が違い、間違え方が違う。** そして決定的なことに、**四つ目ができない**という事実が、残りの三つの限界を決めている。
> **疫学**(第3冊で定義済み)**の設計とは、「くじを引けないときに、何をもって代わりにするか」という技術である。**
第3冊は出来上がった数字の読み方を扱った。**本冊は、その数字がどの設計から出てきたのかを見分ける。** 同じ「2.1倍」という数字が、コホート研究から出たのか横断研究から出たのかで、意味が変わる。
> **一. 誰を、いつ、どれだけ見るのか。** ——**四つの設計**。
> **二. 「何人」を数えるのか、「どれだけの時間」を数えるのか。** ——**罹患率と人時**。
> **三. 追いかけていた人が消えたら、その人はどう数えるのか。** ——**打ち切り**。
> **四. なぜケースコントロール研究はオッズ比を使うのか。** ——**設計が使える指標を決める**。
> **五. くじを引けるとき、何が変わるのか。** ——**無作為化**。
> **六. どの設計を選ぶのか。** ——**まれな病気か、まれな曝露か**。
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## 第一章: 四つの設計 — 時間の向きで分ける
### 観察と介入の分かれ道
疫学の設計は、まず二つに割れる。
**観察研究(かんさつけんきゅう、observational study、水準三: 研究者が曝露の有無に手を加えず、すでに起きている状態を記録して比べる研究)**と、**介入研究(かいにゅうけんきゅう、interventional study、水準三: 研究者が曝露の有無を自分で割り振って比べる研究)**である。
この違いは些細ではない。**手を加えないなら、二つの群は最初から違っている可能性が常に残る。** 工場の近くに住む人は、遠くに住む人より所得が低いかもしれない。喫煙率が高いかもしれない。家が古いかもしれない。**ぜんそくの差が、工場のせいなのか、それら全部のせいなのかを、観察研究は原理的に切り離せない。**
これが**交絡**(第3冊で定義済み)の問題であり、第11冊がまるごとこの問題に充てられる。本冊ではまず、**設計そのものの形**を見る。
### 時間の向きという軸
観察研究は、**時間の向き**で分けると見通しがよい。
```
過去 ←──────── 現在 ────────→ 未来
横断研究 曝露と結果を [同時に測る]
●
コホート研究 曝露を測る ──────→ 結果を待つ
● ●
ケースコントロール研究 曝露をさかのぼる ←──── 結果を持つ人を集める
● ●
```
**横断研究(おうだんけんきゅう、cross-sectional study、水準三: ある一時点で、曝露と結果の両方を同時に測って比べる研究)**は、いま撮った一枚の写真である。
**コホート研究(こほーとけんきゅう、cohort study、水準三: 曝露の有無で分けた集団を、時間の前向きに追いかけて、結果の発生を数える研究)**は、動画を先から撮る。
**ケースコントロール研究(けーすこんとろーるけんきゅう、症例対照研究、case-control study、水準三: 結果を持つ人〈症例〉と持たない人〈対照〉を集めてから、過去の曝露をさかのぼって比べる研究)**は、結末を知ってから巻き戻す。
「**コホート**」という語は、もともとローマ軍の一部隊を指す語で、**同じ時期に同じ条件で括られた人の群れ**という意味で疫学に入った。**コホート(cohort、水準二: 同じ性質や同じ時期で括られ、まとまって追いかけられる人の集まり)**。
### 第四の形: 生態学的研究
四つ目の観察の形がある。**生態学的研究(せいたいがくてきけんきゅう、ecological study、水準四: 個人ではなく、地域や国などの集団を一単位として、集団ごとの平均値どうしを比べる研究)**である。
「県ごとの食塩摂取量の平均」と「県ごとの脳卒中死亡率」を散布図に並べる。四十七点が並び、右上がりの傾向が見える。データが手に入りやすく、費用がかからない。
**そして、ここに特有の落とし穴がある。**
> **生態学的誤謬(せいたいがくてきごびゅう、ecological fallacy、水準五: 集団どうしの関係が個人にも当てはまると決めつける誤り)**
県の平均食塩摂取量が高い県で脳卒中が多い——これは**県についての事実**である。**その県の中で、塩をたくさん摂った個人が脳卒中になったとは、このデータは一言も言っていない。** 塩を摂らない人ばかりが脳卒中になっている県でも、同じ散布図は描ける。
これは第9冊で見た「会計上の区分であって物理の状態ではない」と同じ形の混同である。**単位が違うものを、同じ話として読んでしまう。**
生態学的研究は「仮説を作る」には非常に有用で、「仮説を確かめる」には弱い。**入口としては優れ、結論としては弱い**——この位置づけを覚えておけばよい。
### 記述と分析
設計を分ける、もう一つの軸がある。
**記述疫学(きじゅつえきがく、descriptive epidemiology、水準三: 誰に・どこで・いつ起きているかを、比較せずに並べて示す営み)**と、**分析疫学(ぶんせききがく、analytic epidemiology、水準三: 二つ以上の群を比べて、曝露と結果の関係を測る営み)**である。
記述は「人・場所・時間」の三軸で書く。**年齢別の発生数、地域別の分布、月ごとの推移。** 比較をしていないので「原因」は言えない。しかし**記述を飛ばして分析に入ると、比べるべき二群を間違える。**
記述の最小形は**症例報告(しょうれいほうこく、case report、水準二: 一人の患者について、経過と所見を詳しく記録して公表するもの)**であり、それが複数集まると**症例集積(しょうれいしゅうせき、case series、水準二: 同じ特徴を持つ症例を複数まとめて記述したもの)**になる。比較群を持たないので因果は言えないが、**新しい病気は必ずここから見つかる。** 1981年に報告された数例の症例集積が、後天性免疫不全症候群の最初の記述だった。
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## 第二章: 何を数えるのか — 罹患率と有病率は別のもの
### 「何人いるか」と「何人なったか」
第3冊は**有病率**(第3冊で定義済み)を扱った。本冊はその対になる量を立てる。
**罹患率(りかんりつ、incidence、水準三: ある期間に、新しく病気になった人の数を、なりうる人の数で割った値)**である。
二つの違いは決定的である。
```
有病率 = ある時点で病気を持っている人 ÷ 全体 … 「いま何人いるか」
罹患率 = ある期間に新しくなった人 ÷ なりうる人 … 「何人なったか」
```
すでに病気の人は、**新しくなることはできない**ので、罹患率の分母から外す。この「分母に入れてよい人」を**危険曝露人口(きけんばくろじんこう、population at risk、水準四: 新しくその病気になりうる人だけを集めた分母)**と呼ぶ。盲腸を取った人は虫垂炎の分母に入らない。
### 二つの罹患率
罹患率には、分母の取り方で二通りある。
**累積罹患率(るいせきりかんりつ、cumulative incidence、水準四: 一定期間の始めにいた人数を分母にして、期間中の新規発生を割った値)**——「1000人を5年追って、50人発症した。5年累積罹患率5%」。
**罹患率密度(りかんりつみつど、incidence rate、水準四: 一人一人が実際に観察された時間を合計した量を分母にして、新規発生を割った値)**——分母が人数ではなく**時間**になる。
この分母に使う量が**人時(じんじ、person-time、水準四: 観察された人数と時間を掛け合わせた量。一人を1年観察すれば1人年、二人を半年ずつ観察しても1人年)**である。
### なぜ人時が要るのか — 検算
1000人を5年追う研究を考える。全員が5年いてくれれば、分母は 1000 × 5 = 5,000人年。簡単である。
しかし現実はそうならない。
```
最後まで5年いた人 700人 × 5年 = 3,500人年
3年目に引っ越した人 200人 × 3年 = 600人年
1年目に発症した人 50人 × 1年 = 50人年
2年目に他の病気で死んだ人 50人 × 2年 = 100人年
───────────────────────────────────────────────────
合計 = 4,250人年
```
累積罹患率で数えると、分母は1000人。発症50人なら 50 ÷ 1000 = **5.0%**。
罹患率密度で数えると、分母は4,250人年。発症50人なら 50 ÷ 4,250 = **0.0118/人年 = 11.8/1000人年**。
**この二つは違う量である。** 累積罹患率は「引っ越した200人も5年いたこと」にしてしまっている。**追跡が不完全なときは、人時のほうが正直である。**
### 罹患率と有病率をつなぐ式
二つは独立ではない。病気が定常状態にあるとき、
```
有病率 ≒ 罹患率 × 平均有病期間
```
という近い関係が成り立つ。**これが効くのは、有病率の解釈が二方向に開くからである。**
> ある病気の有病率が上がった。**罹患率が上がったのか、それとも治りにくく(長生きに)なったのか。**
治療が進んで死亡が減ると、**罹患率が一定でも有病率は上がる。** 「患者が増えた」という報道が、新しくなる人が増えたことなのか、亡くならなくなったことなのかは、**有病率だけでは区別できない。** この区別は、第3冊で扱った「その数字は何と何を比べたのか」の問いの、分母側の姿である。
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## 第三章: コホート研究 — 前から撮る
### 前向きと後ろ向き
コホート研究は、**研究を始めた時点が、結果の発生より前か後か**で二つに分かれる。
**前向きコホート研究(まえむきこほーとけんきゅう、prospective cohort study、水準四: 曝露を先に測り、結果が起きるのをこれから待つ形のコホート研究)**。
**後ろ向きコホート研究(うしろむきこほーとけんきゅう、retrospective cohort study、歴史的コホート研究、水準四: 過去の記録から曝露を読み取り、そこから現在までに起きた結果を追う形のコホート研究)**。
後ろ向きコホートは、**ケースコントロール研究と混同されやすい。** 見分け方は一つである。
> **人を集めた基準が「曝露」ならコホート、「結果」ならケースコントロールである。** 時間の向きではなく、**入口の基準**で決まる。
過去の健康診断票から「1990年に喫煙していた群/していなかった群」を作り、2026年までの発症を数えるなら、時間は過去から読んでいても**コホート研究**である。
### コホート研究が出せる指標
コホートは**分母を持っている**ので、罹患率をそのまま出せる。だから比も差も両方出せる。
**リスク比(りすくひ、相対危険、risk ratio、relative risk、水準四: 曝露群の罹患率を、非曝露群の罹患率で割った値)**——「何倍になるか」。
**リスク差(りすくさ、risk difference、水準四: 曝露群の罹患率から、非曝露群の罹患率を引いた値)**——「何人増えるか」。第3冊の**寄与危険**(第3冊で定義済み)と同じ量である。
**この二つを混同すると、判断を誤る。** 検算する。
```
まれな病気: 非曝露 1/10,000 曝露 3/10,000
リスク比 = 3.0(3倍!) リスク差 = 2/10,000(1万人に2人)
よくある病気: 非曝露 100/1,000 曝露 300/1,000
リスク比 = 3.0(3倍!) リスク差 = 200/1,000(1000人に200人)
```
**リスク比はどちらも3.0で同じである。** しかし1万人に2人増えるのと、1000人に200人増えるのとでは、対策に使う金額の桁が違う。
> **「3倍」は、そのままでは大きさを表さない。** 元がいくらかを訊かなければ、判断材料にならない。
> これは第6冊で扱った「IARCの分類をリスクの大きさとして使っていないか」と同じ構造の注意である。
実務では、リスク差の逆数もよく使う。**必要治療数(ひつようちりょうすう、number needed to treat、NNT、水準五: 一人の結果を変えるために、何人に介入すればよいかを表す数。リスク差の逆数)**。リスク差が 2/10,000 なら、NNT は 5,000——**5,000人に介入して、やっと一人分の差が出る。**
### 集団は閉じているのか、開いているのか
コホートには二つの形がある。
**固定コホート(こていこほーと、fixed cohort、水準四: 追跡を始めた時点で構成員が確定し、その後は誰も加わらない集団)**——ある年の入社者、ある事故の被災者。
**動的コホート(どうてきこほーと、open cohort、dynamic cohort、水準四: 追跡の途中でも構成員が出入りする集団)**——ある市の住民、ある工場の従業員全体。
**動的コホートでは、人数を分母にできない。** 誰が何年いたかが人によって違うので、**人時でしか数えられない。** 第二章で人時を先に立てたのは、この形を扱うためである。
### 曝露は一つの値ではない
曝露を「あった/なかった」の二値で扱うと、多くの問いが答えられなくなる。
**累積曝露(るいせきばくろ、cumulative exposure、水準四: 曝露の強さと、それを受けた期間を掛け合わせて足し上げた量)**——喫煙の「箱年」、騒音の「等価騒音レベル×年数」。第6冊で扱った曝露評価の考え方が、ここで設計の側に入ってくる。
**時間依存曝露(じかんいぞんばくろ、time-varying exposure、水準五: 追跡の途中で曝露の有無や強さが変わる状況)**——禁煙した人、配置転換で曝露が止まった人。**この人を「喫煙者」に数えるか「非喫煙者」に数えるかで、答えが変わる。** 扱い方は第12冊の生存時間解析で述べる。
そして**曝露と結果の間には時間差がある。**
**潜伏期間(せんぷくきかん、latency period、水準三: 曝露を受けてから、結果が現れるまでにかかる時間)**。
**誘導期間(ゆうどうきかん、induction period、水準五: 曝露が作用して病気の過程が始まるまでにかかる時間。潜伏期間の前半にあたる)**。
アスベストと中皮腫のように潜伏期間が数十年ある組み合わせでは、**追跡が短いと何も見えない。** 「10年追って差が無かった」は、潜伏期間が20年なら「まだ見えていない」と読むのが正しい。
### 働いている人は健康である、という罠
職業のコホート研究には、特有の偏りがある。
**健康労働者効果(けんこうろうどうしゃこうか、healthy worker effect、水準五: 働いている人は一般人口より健康である傾向があるため、職業曝露群を一般人口と比べると、曝露の害が打ち消されて見えにくくなる現象)**。
重労働に就ける人は、そもそも健康である。**だから「工場労働者の死亡率は全国平均より低い」という結果は普通に出る**——その工場が安全だからではなく、病弱な人が最初から雇われていないからである。
対策は**比べる相手を変えること**で、同じ会社の中の曝露が低い部署と比べる。第11冊の選択バイアスの一族に入る話である。
### 追跡という仕事
コホート研究のいちばん重い仕事は、**待つこと**ではなく**見失わないこと**である。
**追跡(ついせき、follow-up、水準三: 対象者の結果が起きたかどうかを、期間を通じて確認し続けること)**。
そして必ず起きるのが**脱落(だつらく、loss to follow-up、水準四: 対象者と連絡が取れなくなり、その後の結果が分からなくなること)**である。
脱落が問題なのは、数が減ることではない。**脱落の理由が結果と関係していると、残った人だけを数えた答えが偏る。** 具合が悪くなった人が来なくなるなら、残った人は健康な人ばかりになる。これは第11冊で扱う**選択バイアス**の代表例である。
> **脱落率は、研究の質を測るいちばん簡単な目印である。** 「追跡率95%」と書いてあれば読み進めてよく、「追跡率60%」なら、残った60%が誰なのかを訊かなければならない。
### 打ち切り — 消えた人を、消さずに数える
脱落した人を捨ててしまうと、その人が観察されていた期間の情報も捨てることになる。3年観察できたなら、**その3年は使える。**
**打ち切り(うちきり、censoring、水準四: 観察が終わった時点までは結果が起きていないと分かっているが、その後は分からない、という扱い)**。
打ち切りが起きる理由は三つある。
```
一. 研究期間が終わった … 全員に等しく起きる。素直な打ち切り
二. 対象者が脱落した … 理由が結果と関係していると危ない
三. 別の原因で死亡・除外された … 競合リスク。下で述べる
```
一つ目は問題ない。二つ目は上で述べたとおり。三つ目には名前が付いている。
**競合リスク(きょうごうりすく、competing risk、水準五: 目的の結果が起きる前に、それを起こしえなくする別の出来事が起きること)**。心筋梗塞の発症を追っている最中に、交通事故で亡くなった人は、**もう心筋梗塞になれない。** これを単なる打ち切りとして扱うと、「いずれ発症したはず」と仮定したことになり、発症率を高く見積もる。
**打ち切りの扱いは、第12冊の生存時間解析の土台になる。** ここでは「消えた人を消さない」という考え方だけ持っておけばよい。
---
## 第四章: ケースコントロール研究 — 結末から巻き戻す
### なぜこの設計が要るのか
**まれな病気を、コホート研究で調べるのは非現実的である。** 検算する。
年間発生率が 10万人に1人の病気を考える。コホート研究で曝露群に10人の発症を見たいなら、
```
必要な人年 = 10人 ÷ (1 / 100,000人年) = 1,000,000人年
→ 10万人を10年追う、あるいは100万人を1年追う
```
**100万人年。** これを非曝露群にも用意しなければならない。ほとんどの問いには、この規模の研究は組めない。
ケースコントロール研究は、この壁を**分母を作らないことで**回避する。すでに発症した人を集めれば、まれさは問題にならない。
### 症例と対照
**症例(しょうれい、case、水準三: 研究している結果をすでに持っている人)**と**対照(たいしょう、control、水準三: 同じ母集団に属しながら、その結果を持っていない人)**を集める。
**症例定義(しょうれいていぎ、case definition、水準四: 誰を症例として数えるかを、あらかじめ文章で定めた基準)**が先に要る。第4冊で扱ったサーベイランスの定義と同じ考え方で、**定義を決めずに集め始めると、集めながら基準が動く。**
そして**対照の選び方が、この設計のいちばん難しいところである。**
> **対照は「症例と同じ母集団から来ていなければならない」。**
> 言い換えると——**もしその対照の人が発症したら、この研究の症例として集められていたはずか。** これに「はい」と言えない対照を混ぜると、比較が崩れる。
病院で症例を集め、同じ病院の別の病気の患者を対照にすると、**病院に来る人特有の偏りが両群に共通して入る**(これはむしろ利点になることもある)。一方で、対照の病気が曝露と関係していると壊れる——**肺がんの症例に対し、慢性気管支炎の患者を対照にすれば、両群とも喫煙者が多くなり、喫煙の効果が消える。**
### なぜオッズ比なのか
ケースコントロール研究は、**分母を持っていない。** 症例と対照を何人ずつ集めるかは研究者が決めたので、集団の中での病気の割合は分からない。
**だから罹患率が出せない。リスク比も出せない。**
出せるのは**オッズ比**(第3冊で定義済み)である。その理由を四分割表で見る。
```
発症あり(症例) 発症なし(対照)
曝露あり a b
曝露なし c d
コホートなら: リスク比 = [a/(a+b)] ÷ [c/(c+d)] ← 行で割る(分母が要る)
ケースコントロール: オッズ比 = (a/c) ÷ (b/d) = ad/bc ← 列の中だけで比を作る
```
**オッズ比は列の中だけで計算できる。** 症例と対照を何人集めたかに左右されない。だから、分母を持たない設計でも出せる。
そして**まれな病気では、オッズ比はリスク比に近づく。** 検算する。
```
発症率が低いとき: a ≪ b、c ≪ d なので a+b ≒ b、c+d ≒ d
リスク比 = [a/(a+b)] ÷ [c/(c+d)] ≒ (a/b) ÷ (c/d) = ad/bc = オッズ比
```
これを**まれな病気の仮定(rare disease assumption、水準五: 発症率が十分低いとき、オッズ比がリスク比の近い値になるという前提)**と呼ぶ。
**逆に言えば、よくある病気ではオッズ比とリスク比は離れる。** 実際に離れる大きさを数字で見る。
```
曝露群のリスク 0.50、非曝露群のリスク 0.25 の場合
リスク比 = 0.50 / 0.25 = 2.0
オッズ比 = (0.50/0.50) ÷ (0.25/0.75) = 1.0 ÷ 0.333 = **3.0**
```
**リスク比2.0が、オッズ比では3.0になる。** 1.5倍に膨らんでいる。**オッズ比を「何倍になる」と読み替えると、よくある病気では大きく言い過ぎる。**
> **商談でも論文でも、オッズ比が出てきたら訊くこと: その病気は、この集団でどのくらいの割合で起きるのか。**
> 割合が大きければ、オッズ比は「倍率」として読めない。
### 症例をどこから集めるか
対照の難しさは、**症例をどこから集めたか**で決まる。
**集団基盤ケースコントロール研究(population-based case-control study、水準五: ある地域や登録簿に含まれる症例を全部集め、同じ地域の住民から対照を選ぶ設計)**——対照の母集団がはっきりしているので、いちばん素直である。
**病院基盤ケースコントロール研究(hospital-based case-control study、水準五: ある病院を受診した症例を集め、同じ病院の別の患者から対照を選ぶ設計)**——集めやすいが、**その病院に来る人特有の偏りが入る。** 上で述べた「対照の病気が曝露と関係していると壊れる」問題が、ここで起きる。
**対照は一人でなくてよい。** 症例が少ないとき、**対照を症例の2倍・3倍集めると精度が上がる。** ただし4倍を超えると効きが薄くなるので、費用との釣り合いで2〜4倍が目安として使われる。
### 過去を訊くという弱点
ケースコントロール研究には、原理的な弱点が一つある。**曝露を、記憶か記録に頼って再構成する。**
**想起バイアス(そうきばいあす、recall bias、水準四: 結果を持っている人と持っていない人で、過去の記憶の思い出し方や詳しさが違うために生じる偏り)**。
子どもに障害があった母親は、妊娠中に飲んだ薬を必死に思い出す。健康な子の母親は思い出さない。**同じ量飲んでいても、報告される量が違う。** これは情報の偏りなので第11冊の情報バイアスの一族だが、**設計の段階でしか対策できない**——診療記録や処方記録のように、結果が出る前に書かれた資料を使う。
> **だから「結果を知る前に書かれた記録があるか」は、ケースコントロール研究の質を測る要点になる。**
### 二つの折衷案
コホートとケースコントロールの利点を組み合わせる形が二つある。
**ネステッドケースコントロール研究(nested case-control study、水準五: 追跡しているコホートの中から、発症した人を症例とし、同じコホートの未発症者から対照を選ぶ設計)**。
**ケースコホート研究(case-cohort study、水準五: コホート全体から最初に無作為に部分集団を取り出しておき、それを対照群として、発症者全員と比べる設計)**。
どちらも、**高価な測定(血液の保存検体の分析など)を全員にやらず、必要な人にだけやる**ための工夫である。対照が確実に同じ母集団から来ているので、対照選びの難しさもほぼ消える。
---
## 第五章: 介入試験 — くじを引けるとき
### 無作為化が何をするのか
**介入試験(かいにゅうしけん、intervention study、clinical trial、水準三: 研究者が介入の有無を割り振って、結果を比べる研究)**の中核が、これである。
**無作為化(むさくいか、ランダム化、randomization、水準四: 対象者をどちらの群に入れるかを、偶然だけで決めること)**。
**なぜこれが強いのか。** 理由は「群が等しくなるから」ではない。より正確には——
> **無作為化は、研究者が知らない要因まで含めて、二群に同じ割合で振り分ける。**
年齢や喫煙は、測って揃えることができる。**しかし測っていない要因、名前も知らない要因は、揃えようがない。** くじだけが、それを平均的に等しくする。**これが観察研究には原理的にできないことで、四つ目の設計が特別である理由である。**
「平均的に」という限定は重要で、**一回のくじで完全に等しくなるわけではない。** 人数が少なければ偶然の偏りは残る。無作為化は**偏りを消す装置ではなく、偏りの期待値をゼロにする装置**である。
### 割り付けを守る仕組み
**割り付け(わりつけ、allocation、水準四: どちらの群に入れるかを決めて記録すること)**は、**決め方だけでなく、決めた後に変えられないことも要る。**
**割り付けの隠蔽(わりつけのいんぺい、allocation concealment、水準五: 次の人がどちらの群に入るかを、登録する担当者に事前に知らせない仕組み)**。これが無いと、担当者が「重症の人を治療群に入れたい」と思った時点で、くじは壊れる。**善意でも壊れる**ところが厄介である。
**盲検化(もうけんか、blinding、masking、水準四: 誰がどちらの群に入っているかを、関係者に知らせないこと)**。
```
単盲検 … 対象者が知らない
二重盲検 … 対象者と、評価する人が知らない
三重盲検 … さらに解析する人も知らない
```
**盲検化と割り付けの隠蔽は別のものである。** 隠蔽は**割り付ける瞬間**の話、盲検化は**その後ずっと**の話。隠蔽はどんな試験でも原理的に可能だが、盲検化は不可能な場合がある(手術と薬の比較など)。
**プラセボ(placebo、偽薬、水準三: 見た目や味を本物に似せて作った、効く成分を含まない対照用のもの)**は盲検化の道具である。同時に、**プラセボ効果**——効かないものでも効いたように見える現象——を差し引くための基準にもなる。
### 解析の入口で二つに割れる
試験を始めたあと、必ずこうなる。**割り付けたのに、そのとおりにやらない人が出る。** 薬を飲まない、途中でやめる、間違って反対の群の処置を受ける。
ここで解析が二通りに割れる。
**ITT解析(intention-to-treat analysis、治療意図解析、水準五: 実際に何をされたかに関わらず、最初に割り付けられた群のまま全員を解析する方法)**。
**per-protocol解析(ぱーぷろとこるかいせき、水準五: 計画どおりに介入を受けた人だけを取り出して解析する方法)**。
**どちらが正しいか。原則はITTである。** 理由は二段ある。
一段目——**やめた理由が、介入と関係していることが多い。** 副作用がつらくてやめた人を除くと、その薬は「副作用に耐えられた人だけ」で評価されることになり、実際より良く見える。
二段目——**per-protocolは無作為化を壊す。** 「計画どおりにできた人」は、くじで選ばれた群ではない。そこを取り出した瞬間、二群は**くじで作った群ではなくなり、観察研究に戻る。**
> **ITT は「効くか」ではなく「使ったらどうなるか」を測っている。**
> 実務で欲しいのは後者のことが多い。飲み続けられない薬は、効いても役に立たない。
### 試験の形の名前
**優越性試験(ゆうえつせいしけん、superiority trial、水準五: 新しい介入が既存のものより優れていることを示そうとする試験)**と、**非劣性試験(ひれっせいしけん、non-inferiority trial、水準五: 新しい介入が既存のものより著しく劣らないことを示そうとする試験)**。
非劣性試験には**あらかじめ「どこまで劣ってよいか」の幅を決めておく**必要があり、その幅の決め方が結論を左右する。**幅を広く取れば、ほとんどの介入が「非劣性」になる。** 数字を読む前に、幅がいくつだったかを訊く。
**クロスオーバー試験(crossover trial、水準五: 同じ対象者に、期間を分けて両方の介入を順に受けてもらう試験)**は、一人が両群を兼ねるので個人差の影響が小さい。ただし**前の介入の影響が次の期間に残る**(持ち越し効果)場合には使えない。
**クラスター無作為化試験(cluster randomized trial、水準五: 個人ではなく、学校や地域などの集団を単位として割り付ける試験)**は、手洗い指導のように介入が集団に及ぶ場合に要る。**同じ集団の中の人は似ているので、人数をそのまま数えると有効数を多く見積もる**(第12冊で扱う)。
### 自然実験
くじを引けないが、**くじに近いものが偶然起きることがある。**
**自然実験(しぜんじっけん、natural experiment、水準五: 研究者が割り振ったのではないが、割り振りに近い偶然によって群が分かれた状況を利用する研究)**。
法律の施行日、行政区画の境界、抽選による住宅の割り当て。**1854年のロンドンで、ジョン・スノウが二つの水道会社の給水区域が入り混じった地域を利用したのが、この形の古典である。** 同じ通りの隣の家が別の会社から水を得ていた——住民は自分で選んでいない。
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## 第六章: いつ決めるのか — 結果を見た後に決めてはいけないもの
### 同じデータから、いくつもの答えが出る
ここまでの五章は「誰を見るか」の話だった。本章は**いつ決めるか**の話である。そして、これは設計の中でいちばん見落とされる軸である。
一つの研究には、決めることが山ほどある。**主要アウトカム(しゅようあうとかむ、primary outcome、水準四: その研究が答えを出したい、あらかじめ一つに決めた結果の指標)**をどれにするか。**副次アウトカム(ふくじあうとかむ、secondary outcome、水準四: 主要でないが併せて測る結果の指標)**をいくつ置くか。どの部分集団を分けて見るか。いつ解析を打ち切るか。
**これらを「データを見た後に」決められるなら、ほとんどどんな結論でも作れる。**
検算で示す。有意水準を5%として、互いに無関係な指標を20個測ったとする(第12冊で詳しく扱うが、ここでは「偶然で差が出てしまう確率が5%」と読めばよい)。
```
20個すべてで偶然の差が出ない確率 = 0.95 ^ 20 ≒ 0.358
→ **少なくとも1個で偶然の差が出る確率 ≒ 64%**
```
**何も効いていなくても、3回に2回は「効いた指標」が見つかる。** 20個測って、差が出た1個だけを主要アウトカムとして報告すれば、その研究は「成功」に見える。
この操作に名前が付いている。
> **アウトカムの差し替え(outcome switching、水準五: あらかじめ主要アウトカムとして定めた指標を、結果を見た後で別の指標に取り替えること)**
>
> **選択的報告(せんたくてきほうこく、selective reporting、水準五: 測った指標のうち、都合のよいものだけを報告し、残りを伏せること)**
### 事前登録 — 答えを見る前に手を挙げる
対策は一つで、しかも単純である。**始める前に、何を主要アウトカムにするかを公開の場に書いておく。**
**事前登録(じぜんとうろく、prospective registration、水準四: 研究を始める前に、目的・対象・主要アウトカム・解析計画を公開の登録簿に記録しておくこと)**。
**登録簿(とうろくぼ、registry、水準四: 研究計画を受け付けて公開しておく、誰でも閲覧できる仕組み)**が各国・国際機関に置かれており、多くの医学雑誌は**登録されていない介入試験の論文を受け付けない**という方針を取っている。
登録があると、後から照らし合わせられる。**登録時の主要アウトカムと、論文の主要アウトカムが違っていれば、それは見える。** 見えるだけで、かなり抑止が働く。
### 研究者の善意では防げない
ここで強調しておきたいことがある。**アウトカムの差し替えは、悪意がなくても起きる。**
データを見て「この指標のほうが臨床的に意味がある」と気づくことは、実際にある。気づいた後では、**その判断が結果に影響されていないと自分でも確かめられない。**
```
決める順序 何が起きるか
────────────── ──────────────────────────────────────
決める → 測る 答えは一つ。外れたら「外れた」と分かる
測る → 決める 答えはいくつでも作れる。外れたことが見えない
```
これを**HARKing(はーきんぐ、hypothesizing after the results are known、水準六: 結果を知った後で仮説を立て、あたかも最初からその仮説だったように書くこと)**と呼ぶ。
> **この構造は、研究に限らない。**
>
> 本シリーズ自身で実例が起きている。読者検定の記録を調べたところ、**答案が書かれた後に問題の選択肢が並べ替えられていた冊が19あり、そのうち8冊が「当てずっぽう並みの点」として記録されていた。** 読み手は説明文に正解を書いていたのに、番号だけが別の文を指していた——**測った後に測定器を動かした**のである。
>
> 対策も同じ形になった。**問題の指紋**を答案に写させ、指紋が合わなければ採点しない。**「答えを見る前に手を挙げる」ことの、道具側の姿である。**
> (`gakumon/KENTEI_記録の所見_20260917.md`)
### 何人集めるかも、先に決める
「何人集めればよいか」は、費用の問題に見えて、実は**設計の問題**である。
**標本規模(ひょうほんきぼ、sample size、水準四: 研究に組み入れる対象者の数)**が小さすぎる研究には、固有の害がある。**差があっても見つけられない。** そして見つけられなかったことを「差が無かった」と書いてしまう。
**検出力(けんしゅつりょく、power、水準五: 本当に差があるとき、その差を見つけられる確率)**が、この「見つけられるか」を表す量である。計算の式は第12冊に置くが、**向きだけは先に押さえておく。**
```
検出力が上がる向き: 人数が多い / 差が大きい / ばらつきが小さい / 結果が起きやすい
検出力が下がる向き: 人数が少ない / 差が小さい / ばらつきが大きい / 結果がまれ
```
**まれな結果を追う研究は、必ず大きくなる。** 第四章で「100万人年」と計算したのは、この向きの帰結である。
> **「差は認められなかった」を見たら、検出力を訊く。** 検出力40%の研究で差が出ないのは、**差が無い証拠ではなく、測れていない証拠**である。第9冊で立てた**通/落/測れず**の三分の、測れずにあたる。
### 人を対象にすることの制約
設計の自由は、倫理で先に制限される。**本冊の設計の議論は、すべてこの制限の内側にある。**
**インフォームドコンセント(informed consent、水準三: 研究の目的・方法・予想される利益と不利益を説明し、対象者が自分の意思で参加を決め、いつでもやめられることを保証する手続き)**。
**倫理審査(りんりしんさ、ethical review、水準三: 研究計画を、研究者とは独立した委員会が審査し、承認しなければ開始できないとする仕組み)**。
**臨床的均衡(りんしょうてききんこう、equipoise、水準六: 比べる二つの介入のどちらが優れているか、専門家の間で本当に分かっていない状態。無作為化が倫理的に許されるための条件)**。
この最後の一つが、入口の物語の「四つ目ができない」の正体である。
> **どちらが良いか分かっているなら、くじを引いてはいけない。** 劣ると分かっている側に人を割り当てることになる。
> **逆に、本当に分かっていないなら、くじを引かないほうが不誠実である。** 根拠のない判断で人を振り分け続けることになる。
>
> **無作為化が許されるのは、「分かっていない」という状態が本物であるときだけである。**
### 出版されない結果という穴
もう一つ、研究者個人では防げない偏りがある。
**出版バイアス(しゅっぱんばいあす、publication bias、水準五: 差が出た研究のほうが論文になりやすく、差が出なかった研究が世に出ないために、集めた文献全体が偏ること)**。
20の研究のうち1つだけで偶然の差が出たとする。**差が出なかった19が論文にならず、出た1つだけが載れば、文献を読む人には「効く」ように見える。** 一人一人の研究者は何も不正をしていない。
だから事前登録は**二重の役目**を持つ。一つは差し替えの抑止。もう一つは、**登録されたのに報告されていない研究を数えられるようにすること**である。登録簿に100件あって論文が60件なら、**残り40件がどうなったか**を問える。
### 説明的試験と実用的試験
もう一つ、「いつ決めるか」に関わる区別がある。**何を測ることに決めるか**である。
**説明的試験(せつめいてきしけん、explanatory trial、水準五: 理想的な条件のもとで、その介入が原理的に効くかを調べる試験)**と、**実用的試験(じつようてきしけん、pragmatic trial、水準五: 実際の診療に近い条件のもとで、その介入を使ったら現場でどうなるかを調べる試験)**。
前者は対象者を厳しく選び、服薬を厳しく管理する。**効くかどうかを一番きれいに測れるが、その結果が現場に当てはまるとは限らない。** 後者は対象者を広く取り、管理を緩める。**現場に近いが、効果は薄く出る。**
> **「効きます」という言葉は、どちらの試験から出たかで意味が違う。**
> 説明的試験の結果を実用の期待値として読むと、必ず期待外れになる。
### 止めるときも、決めておく
長い試験では、途中で結果を覗く必要が出てくる。効きすぎているなら早く全員に渡すべきだし、害が出ているなら早く止めるべきである。
**中間解析(ちゅうかんかいせき、interim analysis、水準五: 試験が終わる前に、途中までのデータで解析を行うこと)**。
そしてこれにも罠がある。**何度も覗けば、そのうち偶然の差に当たる。** 上の「20個測れば64%」と同じ計算が、回数について起きる。
だから中間解析は**回数と、止める基準を、始める前に決めておく。** そして覗く役は、研究をしている本人ではなく**独立した委員会**が担う——**データ安全性モニタリング委員会(data and safety monitoring board、DSMB、水準六: 試験の途中データを研究者から独立して閲覧し、継続・中止を助言する委員会)**。
**研究者が自分の試験の中間結果を見てしまうと、その後の運営が無意識に変わる。** 見ない仕組みを作るのが、盲検化と同じ発想である。
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## 第七章: 設計を選ぶ — 二つの「まれ」で決まる
### 選び方の骨
設計の選択は、突き詰めると二つの問いで決まる。
```
病気がまれ 病気がよくある
曝露がまれ ┌──────────────────┬──────────────────┐
│ どちらも苦しい │ コホートが向く │
│ (曝露で集める) │ (曝露で集める)│
├──────────────────┼──────────────────┤
曝露がよくある │ ケースコントロール │ どちらでもよい │
│ が向く │ (費用で決める)│
└──────────────────┴──────────────────┘
```
**まれな病気にはケースコントロール、まれな曝露にはコホート。** 理由は同じ一つで、**まれなものを入口にすれば、無駄に集める人が減る**からである。
職業性の特殊な曝露(ある化学物質を扱う工場)は、その工場を入口にすればコホートが組める。まれな先天異常は、症例を入口にするしかない。
### 時間と費用と強さ
| 設計 | 時間 | 費用 | 因果の強さ | 出せる指標 |
|---|---|---|---|---|
| 症例報告・症例集積 | 最短 | 最小 | 言えない | なし(記述のみ) |
| 生態学的研究 | 短い | 小 | 弱い(誤謬あり) | 相関 |
| 横断研究 | 短い | 中 | 弱い | 有病率比・オッズ比 |
| ケースコントロール研究 | 中 | 中 | 中 | オッズ比 |
| 後ろ向きコホート研究 | 中 | 中 | 中〜強 | 罹患率・リスク比 |
| 前向きコホート研究 | 長い | 大 | 強 | 罹患率・リスク比 |
| 無作為化比較試験 | 長い | 最大 | 最強 | リスク比・リスク差 |
**この表を階段として読んではいけない。** 下が上より常に優れているのではない。
> **無作為化比較試験でできないことがある。** ——害の研究(人を害に割り付けられない)、長い潜伏期の研究(三十年待てない)、まれな結果の研究(規模が届かない)、すでに標準治療があるものとの比較(倫理審査が通らない)。
>
> **喫煙と肺がんの因果は、無作為化比較試験では一度も証明されていない。** それでも確立している。コホート研究と症例対照研究の一致、用量反応関係、禁煙で下がること、生物学的機序——**別の道を複数重ねたからである。**
### 横断研究の固有の弱点
横断研究には、他の設計にない弱点が一つある。**どちらが先か分からない。**
**時間的前後関係(じかんてきぜんごかんけい、temporality、水準四: 原因が結果より前に起きているという、因果に不可欠な条件)**が確かめられない。
運動量の少ない人に腰痛が多い——**運動しないから腰痛になったのか、腰痛だから運動できないのか。** 一時点の写真では区別できない。
さらに、横断研究が捕まえるのは**有病例**であって**新規発症例**ではない。**すぐ治る人と長く続く人がいるとき、写真には長く続く人ばかりが写る。** これを**有病‐罹患バイアス(prevalence-incidence bias、ニーマンバイアス、水準六: 一時点で集めると、経過が長い症例ばかりが集まり、短命な症例や急速に治る症例が抜け落ちる偏り)**と呼ぶ。第11冊で扱うバイアスの一族の一つである。
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## 第八章: 商談と査読の席で何を訊くか
第2冊から積み上げてきた問いに、本冊が五つを足す。
> **問い二十四: これはどの設計から出た数字か。** ——横断研究なら、どちらが先かは言えていない。
>
> **問い二十五: ケースコントロール研究なら、対照はどこから来たのか。** ——「もしこの対照が発症したら、この研究の症例になっていたか」に答えられるか。
>
> **問い二十六: オッズ比が出ているなら、その病気の割合はいくらか。** ——割合が大きければ、オッズ比は倍率として読めない(0.50対0.25でリスク比2.0がオッズ比3.0になる)。
>
> **問い二十七: コホート研究なら、追跡率はいくらか。脱落した人は誰か。** ——60%なら、残った60%が誰なのかを訊く。
>
> **問い二十八: 無作為化比較試験なら、ITT解析かper-protocol解析か。** ——per-protocolだけを見せてくるなら、ITTの結果も訊く。
そして**データの見方**に一つ足す。
> **「3倍」を見たら、元がいくらかを訊く。** 1万人に1人が3人になるのと、1000人に100人が300人になるのは、同じ「3倍」である。
**商談の問いは、これで二十八になった。**
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## 次に待っている風景 — 第11冊への矢印
本冊は「誰を見るか」を扱った。設計を選び、罹患率を数え、打ち切りを扱い、無作為化の意味を見た。
**しかし、設計を正しく選んでも、数字は外れる。**
第一章で触れた交絡の問題を、本冊は**先送りにした**。工場の近くに住む人が、所得も低く、喫煙率も高いとき、ぜんそくの差は何のせいなのか——**この問いに本冊は答えていない。**
> **第11冊は「どう外れるか」を扱う。** ——選択バイアス・情報バイアス・交絡の三つを区別し、有向非巡回グラフで曝露と結果と第三の変数の関係を描き、層別と標準化で交絡を取り除く。本冊で出てきた**脱落**と**有病‐罹患バイアス**は、そこで一族として並べ直される。
>
> その次の**第12冊は「どう数えるか」**——点推定と区間推定、統計的仮説検定とp値の意味、回帰、そして本冊で入口だけ示した**打ち切り**を本格的に扱う生存時間解析。
>
> **第13冊は「どう判断するか」**——第3冊と本冊で何度も出てきた感度・特異度・陽性的中率を、尤度比とROC曲線という形に組み直す。
>
> **第14冊は「どう先を読むか」**——SIRモデル、基本再生産数と実効再生産数、閾値定理。第2冊で出した「集団免疫閾値 = 1 − 1/R₀」が、どこから来た式なのかがそこで分かる。
**この五冊がそろうと、関門二(開発に入れる)が閉じる。**
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## 章末: 疫学の設計の階段図
```
分かることの強さ ──────────────────────────────────────────────────
最強 ┤ **無作為化比較試験** … 測っていない要因まで振り分ける。
│ くじだけが持つ力。ただし害の研究には使えない。
│ ▲
│ 無作為化・盲検化・ITT
│ ▲
強 ┤ **前向きコホート研究** … 分母を持つので罹患率が出る。リスク比・リスク差。
│ 時間と費用が最大。追跡率が質を決める。
│ ▲
│ 人時・打ち切り・競合リスク
│ ▲
中 ┤ **ケースコントロール研究** … まれな病気に届く唯一の道。分母が無いのでオッズ比。
│ 対照の選び方が設計の要。
│ ▲
│ 症例定義・対照の母集団
│ ▲
弱 ┤ **横断研究** … 一時点の写真。どちらが先か言えない。
│ 経過の長い症例ばかりが写る。
│ ▲
│ 有病率・時間的前後関係
│ ▲
言えず ┤ **症例報告・生態学的研究** … 仮説を作る入口。結論には使えない。
│ 新しい病気は必ずここから見つかる。
```
**横の広がり(同じ層にある姉妹の考え):**
```
数える側: 罹患率(何人なったか) ←(分子は同じ / 分母が違う)→ 有病率(何人いるか)
比べる側: リスク比(何倍か) ←(同じ表から / 別の読み)→ リスク差(何人増えるか)
折衷 : ネステッドケースコントロール ←(コホートの中に)→ ケースコホート
くじ : 割り付けの隠蔽(その瞬間) ←(時点が違う)→ 盲検化(その後ずっと)
```
**現在のフロンティア(年号つき):**
- **1854年** ジョン・スノウがロンドンの水道会社の給水区域を利用した調査は、**自然実験**の古典として現在も引かれる。住民が水道会社を選んでいなかったことが、くじの代わりになった。
- **1948年** 英国のストレプトマイシン試験が、**無作為化と割り付けの隠蔽**を明示的に組み込んだ初期の臨床試験として知られる。「くじを引く」ことが技術として定式化された時点である。
- **1950年代**から積み上がった喫煙と肺がんの研究は、**無作為化比較試験を一度も使わずに因果を確立した**例として、設計の階段が一本道でないことを示している。
- 設計自体のフロンティアは**自然実験と、観察データから介入効果を推定する手法**である。無作為化できない問いに、どこまで近づけるか——ここは**第37冊(因果推論)**の領域で、現在も更新が続いている。
**次の一手 ─────▶** 第11冊(バイアスと交絡)。本冊が先送りにした「差は何のせいなのか」に答える冊である。
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## 参照文献(定番教科書・一般書)
1. Rothman KJ, Greenland S, Lash TL, *Modern Epidemiology* — 設計分類・人時・打ち切り・オッズ比とリスク比の関係の標準的記述。
2. Gordis L, *Epidemiology* — 四つの設計と選び方の入門的定番。図表による設計比較。
3. Hulley SB et al., *Designing Clinical Research* — 研究設計の実務的手引き。対照の選び方・標本規模の考え方。
4. Friedman LM et al., *Fundamentals of Clinical Trials* — 無作為化・割り付けの隠蔽・盲検化・ITT解析の標準的記述。
5. 日本疫学会(編)疫学の標準的教科書分野 — 日本語の用語対応(罹患率/有病率、症例対照研究の訳語)。
6. Medical Research Council, ストレプトマイシン試験(1948)に関する医学史の一般的記述 — 無作為化の定式化の経緯。
7. Snow J, *On the Mode of Communication of Cholera* (1855) — 給水区域を利用した自然実験の原典的記述。
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(本冊子は現代学問宇宙図鑑シリーズ BOOK-0011j(衛生学 第10冊)。第3冊 BOOK-0011c が疫学の読み方、本冊が設計、第11冊が偏りと交絡を扱う。次冊は BOOK-0011k(衛生学 第11冊: バイアスと交絡)を予定。GAKUMON_UNIVERSE.md 進捗台帳を参照。)
# BOOK-0011j 衛生学 — 誰を見れば分かるのか、という設計 第10冊