※小説ではない※専門書 要約資料集 為替(換算)3.9万円でもらう 紐解集生成 専門 初入門 資料   作:{作者名}

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# BOOK-0377 自転車効率走行の力学

> 学問の宇宙・応用の軌道ステーション群『身体技能と操縦技術シリーズ』所収。ガイド役: Fable 5 監修 / Sonnet 5 執筆(脚本班)。
> **値札**: なぜペダルを漕ぐと自転車は進むのかという力の伝達の基礎から、空気抵抗・ケイデンス・ギア比・姿勢という四つの物理量を軸に、効率的な走行を支える科学を一冊で貫く。空気抵抗が速度の何乗に比例するかという物理法則から、姿勢・ドラフティング・ギア比という三つの実践解の検算つき比較、UCI(国際自転車競技連合)の競技区分、そして理論上のメタ的推移として「なぜ現在のロードバイクの姿勢・機材がこの形になったか」までを扱う。
> **安全枠(必須遵守)**: 本書は競技・トレーニング科学としての効率工学を扱う一般知識の読み物であり、個別の医療的助言・整備助言は行わない。「このフォームなら疲れない」「この機材を使えば絶対に速くなる」といった誇張・断定的な保証表現は用いず、公表値・物理法則に基づく相対比較(何倍・何割)にとどめる。公道走行時の交通法規については、本書は主題として扱わず、触れる場合も一般常識の範囲にとどめ、特定の法令の断定的な解釈は行わない。実在するUCIの競技区分・技術規定は、本書では公表されている一般的な知見として引用するものであり、唯一絶対の基準として断定するものではなく、細部は時代とともに改定されうる点に留意されたい。
> 水準: 一〜十二。シリーズ共通の難易度表示規約に沿えば、水準一〜三=初心者、水準四〜七=熟練者、水準八〜十=上級専門家、水準十一〜十二=講師級に相当する。本書はこの一冊で水準一から水準十二までを通貫する。
> 接続先: 同シリーズ『乗り物工学入門(陸上車両)』(BOOK-0375、車輪・懸架・構造の一般工学)とは扱う焦点が異なり、本書は自転車という一つの乗り物の「効率」に的を絞る。

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# BOOK-0377 自転車効率走行の力学

# BOOK-0377 自転車効率走行の力学

 

> 学問の宇宙・応用の軌道ステーション群『身体技能と操縦技術シリーズ』所収。ガイド役: Fable 5 監修 / Sonnet 5 執筆(脚本班)。

> **値札**: なぜペダルを漕ぐと自転車は進むのかという力の伝達の基礎から、空気抵抗・ケイデンス・ギア比・姿勢という四つの物理量を軸に、効率的な走行を支える科学を一冊で貫く。空気抵抗が速度の何乗に比例するかという物理法則から、姿勢・ドラフティング・ギア比という三つの実践解の検算つき比較、UCI(国際自転車競技連合)の競技区分、そして理論上のメタ的推移として「なぜ現在のロードバイクの姿勢・機材がこの形になったか」までを扱う。

> **安全枠(必須遵守)**: 本書は競技・トレーニング科学としての効率工学を扱う一般知識の読み物であり、個別の医療的助言・整備助言は行わない。「このフォームなら疲れない」「この機材を使えば絶対に速くなる」といった誇張・断定的な保証表現は用いず、公表値・物理法則に基づく相対比較(何倍・何割)にとどめる。公道走行時の交通法規については、本書は主題として扱わず、触れる場合も一般常識の範囲にとどめ、特定の法令の断定的な解釈は行わない。実在するUCIの競技区分・技術規定は、本書では公表されている一般的な知見として引用するものであり、唯一絶対の基準として断定するものではなく、細部は時代とともに改定されうる点に留意されたい。

> 水準: 一〜十二。シリーズ共通の難易度表示規約に沿えば、水準一〜三=初心者、水準四〜七=熟練者、水準八〜十=上級専門家、水準十一〜十二=講師級に相当する。本書はこの一冊で水準一から水準十二までを通貫する。

> 接続先: 同シリーズ『乗り物工学入門(陸上車両)』(BOOK-0375、車輪・懸架・構造の一般工学)とは扱う焦点が異なり、本書は自転車という一つの乗り物の「効率」に的を絞る。

 

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## 第1章 なぜペダルを漕ぐと進むか — 力の伝達の基礎(水準一)

 

### 1-1 入口: 足の力が、なぜ地面を押す力に変わるのか

 

自転車は、人間が自分の脚力だけで生み出せる移動効率のうち、最も高い部類に入る乗り物だとされる。同じ距離を歩くのに比べ、自転車に乗ったほうがはるかに少ないエネルギーで速く進めるのはなぜか。その答えの出発点は、ペダルを踏む力が、どのような経路を通って後輪を回す力に変わっているかという、力の伝達の仕組みにある。本章では、この伝達経路を一つずつ分解しながら、自転車の運動を支える最初の物理――**トルク(torque、水準一: 回転軸のまわりに物体を回そうとする力の働きの大きさ。力の大きさと、回転軸から力の作用点までの距離〈レバーアーム〉の積で表される)**――を導入する。

 

### 1-2 階段: クランク・チェーン・後輪という伝達経路

 

ペダルを踏む力は、まず**クランク(crank、水準一: ペダルの軸から自転車のボトムブラケット〈車体側の回転軸〉までを結ぶ、てこの役割を果たす腕状の部品)**によってトルクに変換される。クランクは一種のてこであり、同じ踏力でもクランクが長いほど、生み出せるトルクは大きくなる。このトルクは、クランクの回転軸に固定された**チェーンリング(chainring、水準一: クランク側に取り付けられた、歯のついた円盤。チェーンを介して後輪側のスプロケットへ力を伝える)**へ伝わり、チェーンリングの歯にかみ合った**チェーン(chain、水準一: 多数の金属コマを連結した輪状の部品で、チェーンリングの回転をスプロケットへ機械的に伝達する)**を介して、後輪の車軸に取り付けられた**スプロケット(sprocket、水準一: 後輪側の歯車。チェーンからの力を受け取り、後輪を回転させる)**へと届く。この一連の経路――ペダル→クランク→チェーンリング→チェーン→スプロケット→後輪――が、人間の脚の力を推進力に変える伝達系の全体像である。

 

後輪が回転すると、タイヤの接地面が地面を後方へ蹴るように押す。前巻(前提となる物理として)で扱われる作用・反作用の法則そのままに、地面はこれと同じ大きさで逆向きの力――前方への力――をタイヤに返す。これが自転車を前進させる推進力の正体である。つまり自転車の推進は、脚の力→クランクのトルク→チェーンの張力→後輪のトルク→タイヤと地面の間の摩擦力という、五段階の力の変換を経て初めて成立している。

 

### 1-3 ペダリング1周期の中の「死点」

 

クランクは円運動をするため、ペダルに同じ大きさの力を加え続けても、実際に伝わるトルクは一定にならない。クランクが真上または真下に位置する瞬間――**死点(dead point、水準一: クランクが最上点・最下点に位置し、踏力の向きとクランクの回転方向がほぼ一致してしまうため、有効なトルクを生み出しにくい局面)**――では、踏力の大部分がクランクを押し縮める・引き伸ばす方向に働いてしまい、回転に寄与する成分が小さくなる。逆に、クランクが水平に近い位置(3時・9時の方向)にあるときは、踏力のほぼ全てが回転方向に働くため、最も効率よくトルクを生み出せる局面になる。この「力を込めやすい局面」は**パワーフェーズ(power phase、水準一: ペダリング1周期のうち、踏力が最も効率よく回転トルクに変換される局面)**と呼ばれる。

 

### 1-4 検算: クランクのトルクを計算する

 

ペダリングの物理を、具体的な数値で確かめておこう。クランク長を0.17m(170mm、成人用ロードバイクで広く採用されている代表的な寸法)とし、パワーフェーズの瞬間に踏力400N(体重の一部を乗せてペダルを強く踏み込んだ際の代表的な力の大きさ)がクランクにほぼ垂直にかかったと仮定する。

 

```

トルク = 力 × クランク長

= 400N × 0.17m

= 68 N·m(検算成立)

```

 

この68N·mという値は、あくまでパワーフェーズという最も力を込めやすい瞬間の**瞬間的なピークトルク**であり、ペダル1回転を通じた**平均トルク**とは異なる点に注意が必要である。死点付近ではトルクが大きく下がるため、1回転を平均すると実際のトルクはこれよりかなり小さくなる。この「瞬間のピーク」と「1周期の平均」の違いは、第4章でケイデンスとパワーの関係を扱う際にあらためて重要になる。

 

### コラム: セーフティバイシクルとチェーン駆動の登場

 

現在広く見られる、前後輪がほぼ同じ大きさでチェーン駆動を用いる自転車の基本形は、19世紀後半に登場した**セーフティバイシクル(safety bicycle、水準一: 前後輪がほぼ同径で、チェーン駆動を採用した自転車の基本形式。転倒の危険が大きかった前輪の極端に大きい旧式〈オーディナリー型〉に代わって普及したとされる)**にさかのぼるとされる。それ以前に広く使われていた前輪が極端に大きい自転車は、ペダルが前輪の車軸に直接取り付けられており、1回転で進む距離を稼ぐには前輪そのものを大きくするしかなかった。チェーン駆動の登場により、前後輪の大きさを変えずとも、チェーンリングとスプロケットの歯数比――第3章で扱うギア比――を変えるだけで進む距離を調整できるようになり、これが現代の変速機付き自転車の技術的な出発点になったとされる。

 

### コラム: 駆動効率という視点――チェーンはどれくらいロスが少ないか

 

自転車のチェーン駆動は、動力伝達の方式としてきわめて高い効率を持つことが広く知られている。良好に整備された状態のチェーン駆動は、ペダルに入力したパワーのうち、90%台後半――多くの場合97〜99%程度――が後輪に伝わるとされる。これは、ベルト駆動や軸駆動(シャフトドライブ)といった他の動力伝達方式と比べても高い水準だとされ、チェーンとスプロケットの歯がかみ合う際の摩擦損失がきわめて小さいことに起因する。ただし、この高い効率は、チェーンの潤滑状態や汚れの有無、**チェーンライン(chain line、水準一: チェーンリングとスプロケットの位置関係が、どれだけ一直線に近いかを表す度合い)**によって変動するとされ、整備状態が悪化したり、チェーンリングとスプロケットの組み合わせが大きく斜めになったりすると効率は低下する。1-2で見た力の伝達経路(クランク→チェーンリング→チェーン→スプロケット→後輪)のうち、チェーンという部品そのものが持つロスの小ささが、自転車という乗り物全体の高い効率を支える土台になっている。

 

### 1-5 休憩所: まとめ箱――第1章のポイント

 

- 自転車の推進は、脚の力→クランクのトルク→チェーンの張力→後輪のトルク→タイヤと地面の摩擦力という、五段階の力の変換を経て生まれる

- クランクは一種のてこであり、トルク=力×クランク長(レバーアーム)の関係で、踏力を回転力に変換する

- ペダリング1周期の中には、力を込めやすいパワーフェーズと、力が伝わりにくい死点が存在する

- クランク長0.17m・踏力400Nの検算では、パワーフェーズの瞬間的なピークトルクはおよそ68N·mとなるが、これは1回転を通じた平均トルクとは異なる

 

力がどう伝わるかが分かったところで、次はその力に対して自転車の前進を妨げる側――走行抵抗という「壁」の物理に目を向けよう。

 

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## 第2章 走行抵抗の物理 — 空気抵抗・転がり抵抗・勾配抵抗(水準二)

 

### 2-1 入口: 漕ぐのをやめると、なぜ自転車は止まるのか

 

平坦な道で自転車を漕ぐのをやめると、自転車はすぐには止まらないものの、徐々に速度を落として最後には止まる。第1章で見た推進力がなくなった以上、自転車には前進を妨げる何らかの力が働き続けているはずである。この力の正体を三つに分解して理解することが、本章の目的である。

 

### 2-2 階段: 三種類の走行抵抗

 

自転車の前進を妨げる抵抗は、大きく三つに分類できる。第一に、空気を押しのけながら進むことで生じる**空気抵抗(aerodynamic drag、水準二: 物体が流体〈ここでは空気〉の中を進む際に、その流体から受ける、進行方向と逆向きの力)**。第二に、タイヤが地面と接触しながら変形を繰り返すことで生じる**転がり抵抗(rolling resistance、水準二: タイヤが地面との接触によって変形し、そのエネルギーの一部が熱として失われることで生じる、進行方向と逆向きの力)**。第三に、坂道を上る際に重力の一部が進行方向の逆向きに働く**勾配抵抗(grade resistance、水準二: 坂道を上る際に、重力の分力が進行方向と逆向きに働くことで生じる抵抗。下り坂では逆に推進側に働く)**である。この三つの抵抗の合計に打ち勝つだけの力を、脚の力でペダルに与え続けなければ、自転車は前進を続けられない。

 

空気抵抗は、次の式で表されることが広く知られている。

 

```

空気抵抗力 F = 0.5 × Cd × A × ρ × v²

```

 

ここでCdは**抗力係数(drag coefficient、水準二: 物体の形状がどれだけ空気の流れを乱しにくいかを表す、無次元の係数)**、Aは進行方向から見た物体の**前面投影面積(frontal area、水準二: 物体を進行方向の正面から見たときの面積)**、ρ(ロー)は空気の密度(海面付近・気温15℃程度でおよそ1.225 kg/m³とされる)、vは速度である。この式の中でとりわけ重要なのは、抵抗力が速度vの**2乗**に比例している点である。

 

転がり抵抗は、次の式で近似的に表される。

 

```

転がり抵抗力 F = Crr × m × g

```

 

Crrは**転がり抵抗係数(coefficient of rolling resistance、水準二: タイヤと路面の組み合わせによって決まる、無次元の係数)**、mは自転車と乗員を合わせた質量、gは重力加速度(およそ9.8 m/s²)である。転がり抵抗は速度に依存しない(少なくとも通常の走行速度域では、速度による変化が小さいとされる)点が、空気抵抗との大きな違いである。

 

勾配抵抗は、坂の傾斜角をθとすると、次の式で表される。

 

```

勾配抵抗力 F = m × g × sin θ

```

 

一般的な道路の勾配が10%(角度にしておよそ5.7度)程度までの範囲では、sinθの値は勾配の割合(たとえば8%なら0.08)にごく近い値になるため、実務上はsinθを勾配の割合でそのまま近似して計算されることが広く行われている。

 

### 2-3 検算: 速度が2倍になると、空気抵抗は何倍になるか

 

空気抵抗が速度の2乗に比例するという法則を、具体的な数値で確かめてみよう。抗力係数と前面投影面積の積(CdA、詳しくは第5章で扱う)を、一般的な自転車走行の代表値としてCdA=0.40 m²と仮定し、空気密度ρ=1.225 kg/m³を用いる。

 

時速20km(秒速に換算すると20 ÷ 3.6 ≈ 5.556 m/s)で走行する場合の空気抵抗力は、次のようになる。

 

```

F(20km/h) = 0.5 × 0.40 × 1.225 × 5.556²

= 0.5 × 0.40 × 1.225 × 30.87

≈ 7.56 N(検算成立)

```

 

速度を2倍の時速40km(秒速11.111 m/s)にすると、次のようになる。

 

```

F(40km/h) = 0.5 × 0.40 × 1.225 × 11.111²

= 0.5 × 0.40 × 1.225 × 123.44

≈ 30.24 N(検算成立)

```

 

```

30.24 N ÷ 7.56 N ≈ 4.0倍(検算成立)

```

 

速度をちょうど2倍にしたところ、空気抵抗力はおよそ4.0倍――2の2乗にほぼ一致する結果となった。これは式の中のv²という項がそのまま効いていることの直接的な確認であり、「速度を2倍にするには、空気抵抗だけを見ても4倍の力が必要になる」という関係を具体的な数値で裏付けている。

 

### コラム: なぜ2乗で効いてくるのか――直感的な理解

 

空気抵抗がなぜ速度の2乗に比例するのかは、二つの要因が同時に速度に比例して増えることから直感的に理解できる。第一に、速度が上がるほど、単位時間あたりに自転車が押しのける空気の量そのものが速度に比例して増える。第二に、その押しのけられた空気1個あたりが受け取る運動量の変化も、速度に比例して大きくなる。「押しのける空気の量」と「その空気に与える速度変化」の両方が速度に比例して増えるため、両者の積である抵抗力全体は速度の2乗に比例することになる、という説明が広く紹介されている。この二重の効き方こそが、高速域になるほど空気抵抗が急激に支配的になっていく理由である。

 

### 2-4 三つの抵抗の速度依存性の違い

 

三種類の抵抗を並べて比較すると、それぞれの速度に対する依存の仕方が異なることが分かる。空気抵抗は速度の2乗に比例し、転がり抵抗はほぼ速度に依存せず一定、勾配抵抗も速度そのものには依存しない(ただし坂の勾配には依存する)。この違いは、低速域では転がり抵抗や勾配抵抗の影響が相対的に大きく、高速域になるほど空気抵抗が全体の抵抗のうちを占める割合が急激に増えていくことを意味する。一般的な平地巡航速度(時速30km前後)を超えるあたりから、空気抵抗が支配的な抵抗要因になるとされ、この事実が第5章で扱う姿勢の工夫や、第6章で扱うドラフティングが、高速走行において特に大きな意味を持つ理由につながっている。

 

### コラム: 高地では空気抵抗が小さくなる

 

空気密度ρは、標高が高くなるほど小さくなることが、大気の一般的な物理モデル(国際標準大気)から知られている。海面付近ではおよそ1.225 kg/m³とされる空気密度は、標高が上がるにつれて気圧が下がることに伴い減少し、標高2000m前後ではおよそ1.0 kg/m³程度、海面付近のおよそ80%程度にまで下がるとされる。2-2で見た空気抵抗の式(F = 0.5 × Cd × A × ρ × v²)にこの関係を当てはめると、同じ速度・同じ姿勢であっても、標高の高い場所を走るほうが空気抵抗は小さくなる計算になる。この物理的な性質は、第12章で扱うアワーレコードの歴史において、選手たちがしばしば標高の高い競技用トラック(ベロドローム)を記録更新の舞台に選んできたこととも関係しているとされる。もっとも、標高が高い場所は空気中の酸素分圧も同時に下がるため、身体的にはより大きな負荷がかかりやすいという、物理的な有利さと生理的な不利さがせめぎ合う場所でもある。

 

### 2-5 休憩所: まとめ箱――第2章のポイント

 

- 自転車の走行抵抗は、空気抵抗・転がり抵抗・勾配抵抗の三種類に分類できる

- 空気抵抗 F = 0.5 × Cd × A × ρ × v² は速度の2乗に比例し、転がり抵抗・勾配抵抗は速度そのものには依存しない

- 検算の結果、速度を2倍(時速20km→40km)にすると、空気抵抗力はおよそ4.0倍(2の2乗)になることが確かめられた

- 高速域になるほど空気抵抗が全体の抵抗のうちを占める割合が急激に増えていく

 

抵抗の正体が分かったところで、次はこの抵抗に対抗するための、変速という仕組みの基礎に踏み込もう。

 

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## 第3章 ギア比とデベロップメントの基礎(水準三)

 

### 3-1 入口: 同じ脚の動きで、なぜ速度を変えられるのか

 

自転車には、脚の動かし方(1分間に何回ペダルを回すか)を大きく変えなくても、変速機を切り替えるだけで進む速度や必要な力を大きく変えられるという特徴がある。この仕組みを支えているのが、チェーンリングとスプロケットの歯数の組み合わせ――**ギア比(gear ratio、水準三: チェーンリングの歯数をスプロケットの歯数で割った比率)**である。

 

### 3-2 階段: ギア比とデベロップメントの計算

 

ギア比は、次の式で求められる。

 

```

ギア比 = チェーンリングの歯数 ÷ スプロケットの歯数

```

 

ギア比が分かれば、ペダルを1回転させたときに自転車が実際に進む距離――**デベロップメント(development、水準三: ペダルを1回転させたときに、自転車が実際に前進する距離)**を計算できる。

 

```

デベロップメント = ギア比 × タイヤの周長

```

 

タイヤの周長は、一般的なロードバイクで広く使われる700×25cというサイズのタイヤの場合、公表されている代表的な値としておよそ2.105m(2105mm)とされる。

 

### 3-3 検算: 平地用ギアと登坂用ギアのデベロップメント比較

 

具体的な数値でギア比とデベロップメントを計算してみよう。平地巡航でよく使われる組み合わせとして、チェーンリング50T(歯数50)・スプロケット17T(歯数17)を仮定する。

 

```

平地用ギア比 = 50 ÷ 17 ≈ 2.941(検算成立)

```

 

```

平地用デベロップメント = 2.941 × 2.105m ≈ 6.191 m/回転(検算成立)

```

 

このギアで、ケイデンス(第4章で詳しく扱う、1分間あたりのペダル回転数)90rpmで漕いだ場合の速度を求めると、次のようになる。

 

```

速度 = デベロップメント × ケイデンス ÷ 60

= 6.191m × 90 ÷ 60

= 9.286 m/s

≈ 33.4 km/h(検算成立、9.286 × 3.6 = 33.43)

```

 

一方、登坂用に広く使われる組み合わせとして、コンパクトクランクのインナーリング34T・ワイドレンジカセットの28Tを仮定する。

 

```

登坂用ギア比 = 34 ÷ 28 ≈ 1.214(検算成立)

```

 

```

登坂用デベロップメント = 1.214 × 2.105m ≈ 2.556 m/回転(検算成立)

```

 

```

平地用ギア比 ÷ 登坂用ギア比 = 2.941 ÷ 1.214 ≈ 2.42倍(検算成立)

```

 

平地用ギアは、登坂用ギアのおよそ2.42倍のデベロップメントを持つ。同じケイデンスで漕いだ場合、平地用ギアのほうがはるかに速く進める一方、地面から受ける抵抗(とりわけ坂道での勾配抵抗)に打ち勝つために必要な力もそれだけ大きくなる。この「速く進めるが力が要る」ギアと「ゆっくりだが力が要らない」ギアの使い分けが、変速機の存在意義そのものである。この二つのギア比を使った登坂時の必要パワーの具体的な比較は、第8章の検算であらためて取り上げる。

 

### コラム: ギアインチという伝統的な表記法

 

ギア比とは別に、自転車の世界には**ギアインチ(gear inch、水準三: 前輪が極端に大きかった旧式自転車〈オーディナリー型〉の車輪径に換算して、ギアの「重さ」を表す伝統的な単位)**という表記法も存在する。これは、第1章コラムで触れたチェーン駆動以前の自転車――ペダルが前輪の車軸に直接付いていた時代――の名残で、「このギア比は、前輪の直径が何インチの旧式自転車に相当するか」という形で、ギアの重さ・軽さを表現する慣習だとされる。現在のロードバイクの世界でも、地域や文化によってはギアインチでギアの重さを語る慣習が今なお残っているとされ、歴史的な計算方法が現代の技術用語の中に生き続けている一例といえる。

 

### コラム: 外装変速機と内装変速機(ハブギア)という二つの方式

 

本章で扱ったギア比の切り替えは、チェーンをスプロケット間で移動させる**外装変速機(derailleur、水準三: チェーンを複数のスプロケット〈またはチェーンリング〉の間で移動させることで変速する方式)**を前提としている。これに対し、後輪のハブの内部に歯車機構を組み込み、チェーンの掛け替えを行わずに変速する**内装変速機(internal gear hub、水準三: 後輪ハブの内部に組み込まれた歯車機構によって変速する方式)**という方式も存在する。内装変速機は、雨天や泥はねの多い環境でも変速機構が外部にさらされないため汚れに強く、停止中でも変速できるといった利点があるとされる一方、外装変速機に比べて機構内部の歯車のかみ合いによる伝達効率がわずかに低くなる傾向があるとされ、選べるギア比の幅や軽量性でも外装変速機に劣る場合が多いとされる。ロードレースの競技用自転車では、軽量性と伝達効率の高さから外装変速機がほぼ例外なく採用されているが、日常用途や悪天候での使用が想定される自転車では、内装変速機が広く選ばれる傾向があるとされる。

 

### 3-4 休憩所: まとめ箱――第3章のポイント

 

- ギア比(チェーンリング歯数÷スプロケット歯数)と、デベロップメント(ギア比×タイヤ周長=ペダル1回転で進む距離)が、変速の物理を支える二つの基本量である

- 検算の結果、50T/17Tの平地用ギア(ギア比≈2.941)は、34T/28Tの登坂用ギア(ギア比≈1.214)のおよそ2.42倍のデベロップメントを持つ

- 平地用ギア比・ケイデンス90rpmでの速度検算では、時速およそ33.4kmとなった

 

ギア比という「変換の比率」が分かったところで、次はこの比率とセットで語られるべきもう一つの変数――ケイデンスと、それが体にもたらす負担の関係に踏み込もう。

 

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## 第4章 ケイデンスとパワー・疲労の生理学(水準四)

 

### 4-1 入口: 軽く速く回すか、重くゆっくり踏むか

 

同じ速度で走るにも、ケイデンスを高くして軽いギアで速く回す走り方と、ケイデンスを低くして重いギアでじっくり踏み込む走り方の、二つの戦略がありうる。どちらが「効率的」なのかは、単純な優劣では決まらない。本章では、この二つの戦略の違いを、パワーという物理量を軸に整理する。

 

### 4-2 階段: パワーとケイデンスの関係式

 

自転車のペダリングにおける仕事率(パワー)は、トルクと角速度の積で表される。

 

```

パワー P = トルク T × 角速度 ω

```

 

角速度ωは、1分間あたりの回転数である**ケイデンス(cadence、水準四: 1分間あたりのペダル回転数〈rpm〉)**から、次のように換算できる。

 

```

角速度 ω = 2π × ケイデンス ÷ 60

```

 

この式が示すのは、同じパワーを生み出すのであれば、ケイデンスを上げればトルクは小さくて済み、ケイデンスを下げればより大きなトルクが必要になる、という関係である。

 

### 4-3 検算: 同じパワーを異なるケイデンスで出す

 

具体的な数値で確かめよう。目標パワーを250W(競技志向のアマチュア選手が持続的に出せる代表的な水準の一例として、あくまで一つの仮定値)とし、ケイデンス90rpmで出す場合と、ケイデンス60rpmで出す場合を比較する。

 

```

角速度(90rpm) = 2π × 90 ÷ 60 ≈ 9.425 rad/s(検算成立)

必要トルク(90rpm) = 250W ÷ 9.425 rad/s ≈ 26.53 N·m(検算成立)

```

 

```

角速度(60rpm) = 2π × 60 ÷ 60 ≈ 6.283 rad/s(検算成立)

必要トルク(60rpm) = 250W ÷ 6.283 rad/s ≈ 39.79 N·m(検算成立)

```

 

```

39.79 N·m ÷ 26.53 N·m ≈ 1.50倍(検算成立)

```

 

同じ250Wというパワーを出すのに、ケイデンス60rpmではケイデンス90rpmのおよそ1.50倍のトルクが必要になる。トルクを大きくするということは、一かきごとに筋肉により大きな力を発揮させることを意味し、これは主に太もも・お尻まわりの大きな筋肉に負担を集中させる。逆にケイデンスを上げてトルクを小さくする走り方は、一かきあたりの筋負担は小さくなるものの、単位時間あたりの心拍数・呼吸数が増え、心肺循環系への負担が大きくなる傾向があるとされる。

 

### 4-4 「筋疲労型」と「心肺負荷型」というトレードオフ

 

この検算が示すのは、ケイデンスの選択が「筋肉への負担」と「心肺循環系への負担」という、性質の異なる二種類の疲労の間でのトレードオフになっている、という構造である。低ケイデンス・高トルクの走り方は、筋肉のグリコーゲン(筋肉内に蓄えられた糖のエネルギー源)を素早く消費し、筋疲労が先に訪れやすい傾向があるとされる。高ケイデンス・低トルクの走り方は、心拍数が上がりやすく、有酸素性の代謝(酸素を使って持続的にエネルギーを生み出す経路)への依存が高まる傾向があるとされる。どちらが優れているかは一概には言えず、選手の筋線維の構成(瞬発力に強い速筋線維の割合と、持久力に強い遅筋線維の割合のバランス)や、レースの局面(平地の巡航か、坂道の踏み込みか、ゴール前のスプリントか)によって、最適なケイデンスは変化するとされる。

 

### コラム: 競技選手のケイデンスの一般的な傾向

 

トラック競技やロードレースの映像分析では、競技志向の選手は平地の巡航でおよそ90〜100rpm前後のケイデンスを好む傾向があると広く紹介されている。これは、高いケイデンスのほうが一かきあたりの筋負担を抑えられ、長時間のレースでの筋疲労の蓄積を遅らせやすいという考え方に基づくとされる。ただし、これはあくまで一般的な傾向であり、個々の選手の体格・筋線維構成・走行スタイルによって最適なケイデンスは異なる。坂の急な登坂区間では、体重を支えながら踏み込む必要があるため、平地よりもやや低いケイデンス(60〜80rpm程度)が選ばれる傾向があるともされる。この傾向は、第10章で扱う登坂力学とも関係している。

 

### コラム: 心拍数とパワー、二つのペース管理指標

 

本章で見たパワー(仕事率)が普及する以前から、トレーニングのペース管理には**心拍数(heart rate、水準四: 1分間あたりの心臓の拍動回数)**が広く用いられてきた。心拍数はパワーメーターよりも安価な機器で計測でき、心肺循環系への負荷を直接反映するという利点があるとされる。一方で、心拍数は気温・体調・興奮度・カフェイン摂取などさまざまな要因の影響を受けやすく、同じパワーを出していても日によって心拍数が変動することがあるとされる。また、心拍数はパワーの変化に対して数十秒程度遅れて反応する傾向があるとされ、瞬間的な出力の変化を捉えるにはパワーのほうが適しているとされる。この二つの指標は競合するものではなく、パワーが「今どれだけの仕事をしているか」という即時的な物理量を、心拍数が「体がその仕事にどれだけ順応しているか」という生理的な応答を、それぞれ異なる角度から示す指標として、現在のトレーニング科学では併用することが広く推奨されているとされる。

 

### 4-5 休憩所: まとめ箱――第4章のポイント

 

- パワー(仕事率)は、トルク×角速度(ケイデンスから換算)の積で表される

- 検算の結果、同じ250Wというパワーを出す場合、ケイデンス60rpmはケイデンス90rpmのおよそ1.50倍のトルクを必要とする

- 低ケイデンス・高トルクは筋疲労を、高ケイデンス・低トルクは心肺循環系への負担を、それぞれ相対的に大きくする傾向があるとされ、両者はトレードオフの関係にある

- 競技志向の選手は平地の巡航でおよそ90〜100rpm前後のケイデンスを好む傾向があるとされるが、これはあくまで一般的な傾向である

 

> **定着量の目安(第1〜4章)**: ここまでの四つの章は、力の伝達(トルク)・走行抵抗(空気抵抗・転がり抵抗・勾配抵抗)・ギア比(デベロップメント)・ケイデンス(パワーとトルクの関係)という、自転車の効率を理解するための四つの基礎変数を扱ってきた。これらはいずれも第5章以降で繰り返し組み合わされる部品であり、特に「パワー=トルク×角速度」「空気抵抗=速度の2乗に比例」という二つの関係式は、この先の全ての検算の土台になる。数値そのものよりも、この二つの式の形を覚えておくことが、次章以降の理解を大きく助ける。

 

四つの基礎変数がそろったところで、ここからは「熟練者」の水準――姿勢という、もう一つの重要な変数に踏み込んでいく。

 

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## 第5章 姿勢とエアロダイナミクス — CdAという指標(水準五)

 

### 5-1 入口: 同じ脚力でも、フォームで速さが変わる

 

同じパワーを出せる二人の選手がいたとしても、走る速度が同じになるとは限らない。その差を生む最大の要因の一つが、**姿勢(ポジション)**である。第2章で見た空気抵抗の式には、抗力係数Cdと前面投影面積Aという二つの項があったが、この二つは実務上、まとめて一つの指標として扱われることが多い。

 

### 5-2 階段: CdAという統合指標

 

**CdA(シーディーエー、水準五: 抗力係数Cdと前面投影面積Aを掛け合わせた値。空気抵抗の大きさを、姿勢や装備の違いによってどれだけ変えられるかを表す統合指標)**は、Cdの正確な値とAの正確な値を個別に測定しなくても、風洞実験やフィールドテストによってまとめて測定できる、実務上とても扱いやすい指標である。CdAが小さいほど、同じ速度を出すために必要な空気抵抗を克服するパワーが小さくて済む。

 

自転車競技のポジションによって、公表されている一般的な範囲のCdAの目安には、大きな差があるとされる。ハンドルの上部(トップ)を持って上体を起こした**アップライト姿勢(upright position、水準五: 上体を起こし、ハンドルの上部を握る姿勢)**では、CdAはおよそ0.4〜0.6 m²程度の範囲にあるとされる。ドロップハンドルの下部(ドロップ部)を握り、上体を前傾させた**ドロップ姿勢(drops position、水準五: ドロップハンドルの下部を握り、上体を深く前傾させる姿勢)**では、CdAはおよそ0.3〜0.35 m²程度の範囲にあるとされる。タイムトライアル(個人での独走を競う種目)で用いられる、専用のエアロバーに前腕を乗せて上体を極限まで低くする**エアロポジション(aero position、水準五: エアロバーに前腕を乗せ、上体を深く前傾させて空気抵抗を最小化する姿勢)**では、CdAはおよそ0.20〜0.25 m²程度の範囲にあるとされる。これらはいずれも、公表されている一般的な範囲の代表値であり、個々の選手の体格や柔軟性によって実際の値は変動する。

 

### 5-3 検算: 姿勢によって必要パワーはどれだけ変わるか

 

第2章のコラムで確認したとおり、空気抵抗によって消費されるパワーは、抵抗力に速度を掛けたものになる。

 

```

空気抵抗パワー P = 0.5 × CdA × ρ × v³

```

 

速度の**3乗**に比例するこの式を使って、時速40km(秒速11.111 m/s)で走行する場合の、三つの姿勢それぞれの必要パワーを比較してみよう。CdAの代表値として、アップライト=0.50 m²、ドロップ=0.32 m²、エアロポジション=0.23 m²を用いる(いずれも5-2で示した範囲の中間に近い代表値)。空気密度ρ=1.225 kg/m³とする。

 

```

v³ = 11.111³ ≈ 1371.74

```

 

```

P(アップライト) = 0.5 × 0.50 × 1.225 × 1371.74 ≈ 420.2 W(検算成立)

P(ドロップ) = 0.5 × 0.32 × 1.225 × 1371.74 ≈ 268.9 W(検算成立)

P(エアロ) = 0.5 × 0.23 × 1.225 × 1371.74 ≈ 193.2 W(検算成立)

```

 

この三つの結果を比較すると、次のようになる。

 

```

アップライト ÷ エアロ = 420.2 ÷ 193.2 ≈ 2.18倍(検算成立)

ドロップ ÷ エアロ = 268.9 ÷ 193.2 ≈ 1.39倍(検算成立)

アップライト ÷ ドロップ = 420.2 ÷ 268.9 ≈ 1.56倍(検算成立)

```

 

同じ時速40kmという速度を出すのに、アップライト姿勢はエアロポジションのおよそ2.18倍もの空気抵抗パワーを要する。裏を返せば、姿勢を変えるだけで、同じ脚力・同じパワーでも到達できる速度は大きく変わりうるということである。これが「フォームが速さを決める」と広く言われる所以であり、姿勢の工夫が第8章で扱う三つの実践解の一つ目に位置づけられる理由でもある。

 

### コラム: 自転車全体の抵抗のうち、人体が占める割合

 

風洞実験に基づく一般的な知見として、平地を巡航する自転車全体が受ける空気抵抗のうち、乗り手の体そのものが占める割合はおよそ三分の二から四分の三程度に達するとされる。残りは、フレーム・ホイール・ハンドルなどの機材が占めるとされる。この事実は、第11章で扱うエアロフレームやディスクホイールといった機材面の工夫がもちろん重要である一方、まず姿勢という「体の使い方」そのものを最適化することが、空気抵抗を減らすうえで最も影響の大きい変数の一つであることを裏付けている。もっとも、この割合は選手の体格やポジションによって幅があり、常に一定の数値が当てはまるわけではない点には留意が必要である。

 

### 5-4 休憩所: まとめ箱――第5章のポイント

 

- CdA(抗力係数×前面投影面積)は、姿勢によって空気抵抗の大きさがどれだけ変わるかを表す統合指標である

- アップライト・ドロップ・エアロポジションのCdAの代表値は、公表されている一般的な範囲でそれぞれおよそ0.50・0.32・0.23 m²程度とされる

- 検算の結果、時速40km走行時、アップライト姿勢はエアロポジションのおよそ2.18倍の空気抵抗パワーを要する

- 自転車全体の空気抵抗のうち、乗り手の体そのものが占める割合はおよそ三分の二から四分の三程度に達するとされる

 

姿勢という変数を検算したところで、次はもう一つの主要な抵抗要因――転がり抵抗とタイヤの科学に目を向けよう。

 

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## 第6章 転がり抵抗とタイヤの科学(水準六)

 

### 6-1 入口: なぜロードバイクのタイヤは細く、高圧なのか

 

ロードバイクのタイヤは、マウンテンバイクのタイヤに比べて細く、空気圧も高く設定される傾向が広く見られる。これは長らく「細くて高圧なタイヤほど転がり抵抗が小さい」という考え方に基づいてきたとされるが、近年のタイヤ工学の知見では、この単純な図式には修正が加えられつつある。本章では、転がり抵抗の物理と、その現代的な理解を扱う。

 

### 6-2 階段: 転がり抵抗係数Crrとその要因

 

第2章で導入した転がり抵抗の式を、あらためて確認する。

 

```

転がり抵抗力 F = Crr × m × g

```

 

転がり抵抗係数Crrは、タイヤの構造(ケーシングの薄さ・ゴムの配合)、空気圧、路面の粗さなど複数の要因によって決まる。良質なロードバイク用タイヤの場合、公表されている一般的な範囲としてはおよそ0.003〜0.005程度、太めのタイヤやオフロード向けの凹凸のあるタイヤでは、路面や条件によってはこれより大きく、およそ0.006〜0.010程度になることがあるとされる。

 

### 6-3 検算: Crrの違いによる必要パワーの比較

 

転がり抵抗によって消費されるパワーは、転がり抵抗力に速度を掛けたものになる。良質なロードタイヤの代表値としてCrr=0.004、条件の異なるタイヤの代表値としてCrr=0.008を仮定し、自転車と乗員の合計質量を75kg、重力加速度g=9.8 m/s²、速度を時速30km(秒速8.333 m/s)として比較する。

 

```

F(Crr=0.004) = 0.004 × 75 × 9.8 ≈ 2.94 N(検算成立)

F(Crr=0.008) = 0.008 × 75 × 9.8 ≈ 5.88 N(検算成立)

```

 

```

P(Crr=0.004) = 2.94 N × 8.333 m/s ≈ 24.5 W(検算成立)

P(Crr=0.008) = 5.88 N × 8.333 m/s ≈ 49.0 W(検算成立)

```

 

```

49.0 W ÷ 24.5 W = 2.0倍(検算成立)

```

 

転がり抵抗係数がちょうど2倍になると、必要パワーもちょうど2倍になる。これは、転がり抵抗の式が速度の1乗にしか比例しない(Crr自体には速度は含まれず、パワー=力×速度の関係でも速度は1乗のまま)ため、係数の変化がそのまま比例的にパワーへ反映されることを示している。第2章・第5章で見た空気抵抗が速度の2乗・3乗という形で急激に効いてくるのとは対照的に、転がり抵抗は係数にも速度にも「素直に」比例するという、性質の異なる抵抗であることが、この検算からも確認できる。

 

### コラム: 太いタイヤは本当に遅いのか

 

かつては「タイヤは細く、空気圧は高いほど転がり抵抗が小さい」という考え方が広く信じられていたが、近年のタイヤ工学の研究では、実際の路面(完全に滑らかではない、微小な凹凸を持つ実路)では、ある程度太いタイヤをやや低めの空気圧で使うほうが、細く高圧なタイヤよりも転がり抵抗が小さくなる場合があると報告されているとされる。これは、タイヤが路面の細かな凹凸に追従して変形することで、逆に車体全体の上下方向の振動(路面から車体へ伝わる微小な衝撃)を減らし、そのぶんのエネルギー損失を抑えられるためだと考えられている。この知見を受けて、近年のロードレース用タイヤの主流の幅は、以前よりもやや太い方向へ移り変わってきているとされる。ただし、この関係は路面の状態やタイヤの構造に大きく依存するため、「太ければ太いほど常に有利」という単純な結論には至らない点に注意が必要である。

 

### コラム: 空気圧と転がり抵抗の関係

 

タイヤの空気圧は、転がり抵抗係数Crrに影響を与える要因の一つである。一般に、空気圧を高くするほどタイヤの変形量が減り、転がり抵抗は小さくなる傾向があるとされる。ただし、6-3のコラムで見たとおり、実際の路面には微小な凹凸があるため、空気圧を上げすぎるとタイヤが路面の凹凸に追従できず、かえって車体全体の振動が増えてエネルギー損失が生じる場合があるとされる。この振動によるロスは、路面が粗いほど、また速度が高いほど大きくなる傾向があるとされ、滑らかな室内トラックのような路面では高圧が有利に働きやすい一方、荒れた舗装路では、ある程度空気圧を下げたほうが総合的な転がり抵抗は小さくなる場合があるとされる。適切な空気圧は、体重・タイヤ幅・路面状況によって異なり、「高ければ高いほど良い」という単純な関係にはならない点が、現代のタイヤ工学における重要な理解の一つになっている。

 

### 6-4 休憩所: まとめ箱――第6章のポイント

 

- 転がり抵抗力 F = Crr × m × g は、速度に依存しない(速度の1乗にも含まれない)点が空気抵抗と大きく異なる

- 良質なロードタイヤのCrrはおよそ0.003〜0.005程度、条件の異なるタイヤではおよそ0.006〜0.010程度になることがあるとされる

- 検算の結果、Crrが2倍になると、必要パワーもちょうど2倍になる(転がり抵抗のパワーは速度の1乗にしか比例しないため)

- 近年のタイヤ工学の知見では、ある程度太いタイヤのほうが実路では転がり抵抗が小さくなる場合があると報告されているとされる

 

転がり抵抗という「熟練者」水準の物理まで確認したところで、次はいよいよ実在する競技の枠組み――UCIの競技区分に目を向けよう。

 

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## 第7章 UCIの競技区分と実走行のカテゴリ(水準七)

 

### 7-1 入口: 「プロ」とはどういう区分を指すのか

 

自転車競技の世界には、アマチュアの草レースから、テレビ中継されるような国際的なステージレースまで、幅広いレベルの競技が存在する。この階層を統括しているのが、**UCI(ユーシーアイ、Union Cycliste Internationale、国際自転車競技連合、水準七: 自転車競技全般を統括する国際競技団体)**である。本章では、UCIが定めるとされる競技区分の大枠を、実在する体系として(ただし細部は改定されうる点に留意しつつ)紹介する。

 

### 7-2 階段: UCIが統括する種目とチーム区分

 

UCIは、ロードレースだけでなく、トラック競技(専用の走路〈ベロドローム〉で行う競技)、マウンテンバイク、シクロクロス(未舗装路や障害物を含むコースを走る冬季競技)、BMXなど、自転車競技の複数の種目を横断して統括しているとされる。

 

ロードレースの世界では、プロチームがおおむね**ワールドツアー(UCI WorldTour、水準七: 最上位に位置づけられるとされるプロチームの区分。年間を通じて主要なステージレースへの出場権を持つとされる)**、**プロチーム(UCIプロチーム、水準七: ワールドツアーに次ぐ位置づけとされるプロチームの区分)**、**コンチネンタルチーム(UCIコンチネンタルチーム、水準七: 大陸ごとに登録される、地域レベルのプロ・セミプロチームの区分)**という階層に区分されるとされる。この区分は、チームの実力や実績、財政規模などの基準に基づいて定められているとされ、上位の区分に所属するチームほど、主要な国際レースへの出場機会が多くなる傾向があるとされる。

 

年齢による区分としては、**ジュニア(Junior、水準七: おおむね17〜18歳の選手を対象とする年齢区分とされる)**、**U23(アンダー23、水準七: おおむね19〜22歳の選手を対象とする年齢区分とされる)**、**エリート(Elite、水準七: 年齢上限のない、最上位の一般カテゴリとされる)**、**マスターズ(Masters、水準七: 一定年齢以上の選手を対象とする年齢区分とされる)**といった区分が広く用いられているとされる。

 

### 7-3 UCI技術規定の一例 — 最低重量規定

 

UCIは、選手・チームの区分だけでなく、競技用自転車そのものの技術規定も定めているとされる。よく知られる規定の一つに、UCI公認レースで使用される自転車の**最低重量規定(水準七: UCIの技術規定で定められている、競技用自転車が満たすべき最低重量の基準)**があり、公表されている一般的な情報では6.8kgとされている。この規定が定められた背景には、素材工学の進歩によって自転車の軽量化が過度に進んだ場合、強度や安全性が損なわれる懸念があったためだと考えられている。この規定は、第12章で扱う「工学的制約と規則的制約のせめぎ合い」の一つの具体例として位置づけられる。

 

### コラム: 実在の格付け体系としてのUCIポイント制度

 

UCIは、選手やチームの実績を数値化する**UCIランキングポイント(水準七: 選手が主要なレースでの成績に応じて獲得する、実績を数値化したポイント)**という制度も運用しているとされる。このポイントは、選手個人のランキングだけでなく、チームがワールドツアーへの出場資格を維持できるかどうかにも関わる、実務上重要な指標だとされる。本シリーズの他巻で扱うVスケール(ロッククライミング)やYDS(登攀グレード)が、個々のルートやムーブの技術的難度を格付けする体系であるのに対し、UCIポイントは選手・チームの実績の蓄積を格付けする体系であり、性格の異なる「格付け」の一例として対比できる。

 

### コラム: 市民レースとカテゴリ分けの一般的な考え方

 

UCI公認の国際レースとは別に、各国・各地域では、一般のサイクリストが参加できる市民レース(グランフォンドと呼ばれる長距離の参加型イベントや、地域のロードレースなど)が広く開催されているとされる。こうした市民レースでは、UCIの公式カテゴリとは別に、主催団体が独自に定める級・カテゴリ(初心者向け、中級者向け、上級者向けといった区分)によって出走グループを分ける運用が広く行われているとされる。この運用は、本シリーズ共通の難易度表示規約――水準一〜十二による四段階区分――とも似た発想であり、競技経験や実力に応じて段階的にレベルを分けるという考え方が、公式のグレード体系を持たない裾野の広い競技活動においても自然に採用されていることを示している。

 

### 7-4 休憩所: まとめ箱――第7章のポイント

 

- UCI(国際自転車競技連合)は、ロード・トラック・マウンテンバイク・シクロクロス・BMXなど複数の自転車競技種目を統括する国際団体だとされる

- ロードレースのプロチームは、おおむねワールドツアー・プロチーム・コンチネンタルチームという階層に区分されるとされる

- 選手の年齢区分としては、ジュニア・U23・エリート・マスターズといった区分が広く用いられているとされる

- UCIの技術規定の一例として、競技用自転車の最低重量が6.8kgと定められているとされる

 

実在する競技区分を確認したところで、いよいよ「上級専門家」の水準――本書の中心的な柱である、検算つきの三つの実践解に進もう。

 

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## 第8章 検算でみる効率化の実践知 — 姿勢・ドラフティング・ギア比という三つの実践解(水準八)

 

### 8-1 入口: 三つの実践解を、一つの土台の上に並べる

 

ここまでの章で、空気抵抗・転がり抵抗・勾配抵抗という三つの抵抗、ケイデンスとパワーの関係、ギア比とデベロップメント、そしてCdAという姿勢の指標を、それぞれ個別に検算してきた。本章では、これらの部品を組み合わせ、実際の走行効率を左右する三つの実践的な工夫――**姿勢の最適化**・**ドラフティング(風よけ)**・**ギア比の使い分け**――を、あらためて一つの土台の上に並べて比較する。この三つは目的も実行の仕方もまったく異なる工夫だが、いずれも「同じ脚力・同じパワーで、どれだけ効率よく前進できるか」という同じ問いに対する、異なる角度からの答えである。

 

なお、以下の検算は、公表されている一般的な仕様値・研究知見の代表値を用いた試算であり、特定の選手・特定の状況における効果を保証するものではないことを、あらためて断っておく。

 

### 8-2 階段: 実践解1 — 姿勢による空気抵抗パワーの比較(再掲と整理)

 

第5章で検算したとおり、時速40km走行時の姿勢別の空気抵抗パワーは、次のとおりであった。

 

```

アップライト姿勢の空気抵抗パワー ≈ 420.2 W(CdA=0.50 m²と仮定)

ドロップ姿勢の空気抵抗パワー ≈ 268.9 W(CdA=0.32 m²と仮定)

エアロポジションの空気抵抗パワー ≈ 193.2 W(CdA=0.23 m²と仮定)

```

 

姿勢だけの工夫で、必要パワーがアップライトからエアロポジションへおよそ2.18倍(420.2 ÷ 193.2)も変わりうるという事実は、道具を新たに購入せずとも(あるいは既存の自転車のハンドルの持ち方を変えるだけでも)得られる効率化の余地がいかに大きいかを示している。

 

### 8-3 階段: 実践解2 — ドラフティングによる抵抗軽減率の検算

 

**ドラフティング(drafting、水準八: 先行する走者・車両のすぐ後方に位置することで、前方の物体が作る空気の乱れを利用し、自身が受ける空気抵抗を減らす技術)**は、集団走行(グループライドやロードレースの集団)において広く用いられる戦術である。先行する走者は空気を切り開きながら進むため、その後方には、空気の流れが乱され、相対的に空気抵抗の小さい領域が生まれる。この領域に入り込むようにして走ることで、後続の走者は、単独で走る場合より少ないパワーで同じ速度を維持できるとされる。

 

先行走者のすぐ後方(数十cm〜1m程度の車間距離)に位置する場合、公表されている一般的な範囲として、空気抵抗のおよそ25〜30%程度が軽減されるとされる。ここでは、その範囲の中間に近い代表値として27%を用いる。8-2で求めたドロップ姿勢の単独走行時の空気抵抗パワー(268.9W)を基準に、ドラフティング時のパワーを試算する。

 

```

ドラフティング時の空気抵抗パワー = 268.9 W × (1 − 0.27)

= 268.9 W × 0.73

≈ 196.3 W(検算成立)

```

 

```

軽減されたパワー = 268.9 W − 196.3 W ≈ 72.6 W(検算成立)

```

 

同じドロップ姿勢・同じ時速40kmという条件でも、先行走者のすぐ後方について走るだけで、空気抵抗パワーはおよそ72.6W、率にしておよそ27%軽減される。なお、大人数の集団(ペロトン)の内部、とりわけ集団の中盤より奥に位置する場合には、これよりもさらに大きな軽減率が報告される研究例もあるとされるが、集団内の位置取りや車間距離によって効果には幅があり、常に一定の軽減率が保証されるわけではない。

 

### 8-4 階段: 実践解3 — ギア比による登坂・平地の使い分けの検算

 

第3章で求めた二つのギア比――平地用(50T/17T、ギア比≈2.941)と登坂用(34T/28T、ギア比≈1.214)――を使い、同じケイデンス70rpmで勾配8%の坂を上ろうとした場合の必要パワーを比較する。自転車と乗員の合計質量を75kg、重力加速度g=9.8 m/s²とする。

 

登坂用ギアでのデベロップメントと速度は、次のとおりである。

 

```

登坂用デベロップメント = 1.214 × 2.105m ≈ 2.556 m/回転

登坂用速度(70rpm) = 2.556m × 70 ÷ 60 ≈ 2.982 m/s(検算成立)

```

 

平地用ギアで同じケイデンス70rpmを保った場合の速度は、次のとおりである。

 

```

平地用デベロップメント = 2.941 × 2.105m ≈ 6.191 m/回転

平地用速度(70rpm) = 6.191m × 70 ÷ 60 ≈ 7.223 m/s(検算成立)

```

 

勾配抵抗によって消費されるパワーは、勾配抵抗力(m × g × 勾配)に速度を掛けたものになる。

 

```

P(登坂用ギア) = 75 × 9.8 × 0.08 × 2.982 ≈ 175.4 W(検算成立)

P(平地用ギア) = 75 × 9.8 × 0.08 × 7.223 ≈ 424.9 W(検算成立)

```

 

```

424.9 W ÷ 175.4 W ≈ 2.42倍(検算成立)

```

 

同じケイデンス70rpmを保ったまま、平地用の重いギアで8%の坂を上ろうとすると、登坂用ギアのおよそ2.42倍――ギア比の比率とほぼ一致する倍率――のパワーが、勾配抵抗を克服するためだけに必要になる。これは、坂道で軽いギアに変速する意味が、単に「脚が回しやすくなる」という感覚的な話ではなく、同じケイデンスを維持しながら必要パワーを現実的な範囲に抑えるための、物理的に裏付けられた選択であることを示している。

 

### 8-5 三つの実践解の比較 — 何倍・何割

 

8-2・8-3・8-4の検算結果を並べると、次のようになる。

 

```

姿勢の最適化(アップライト→エアロ) : 空気抵抗パワーが約2.18倍の差

ドラフティング(単独→追走) : 空気抵抗パワーが約27%軽減(約0.73倍)

ギア比の使い分け(平地用→登坂用ギア) : 同ケイデンスでの勾配抵抗パワーが約2.42倍の差

```

 

この三つの実践解は、いずれも「体力そのものを増やさなくても、工夫だけで到達できる速度や、同じ速度を維持するために必要な力を大きく変えられる」という共通の性格を持っている。姿勢の最適化は主に高速域での空気抵抗に、ドラフティングは集団走行という状況依存の戦術に、ギア比の使い分けは坂道という地形条件に、それぞれ最も強く効いてくる。三者はいずれか一つだけを選ぶものではなく、状況に応じて同時に組み合わせて用いられるべきものであり、この組み合わせの巧拙こそが、同じ脚力の選手同士の間でも走行効率に差を生む実践的な要因になっている。

 

### 8-6 休憩所: まとめ箱――第8章のポイント

 

- 姿勢の最適化(アップライト→エアロポジション)は、時速40km走行時の空気抵抗パワーをおよそ2.18倍変える

- ドラフティング(先行走者のすぐ後方に位置する)は、空気抵抗パワーをおよそ27%(公表されている一般的な範囲の代表値)軽減するとされる

- ギア比の使い分け(平地用→登坂用ギア)は、同じケイデンスで勾配8%の坂を上る場合の必要パワーをおよそ2.42倍変える

- 三つの実践解はいずれも「体力を増やさずに工夫だけで効率を変える」という共通の性格を持ち、状況に応じて組み合わせて用いられる

 

> **定着量の目安(第8章)**: 本章の三つの検算は、いずれも第2章・第3章・第4章・第5章で導入した基本式(空気抵抗の式、パワー=力×速度、ギア比とデベロップメント、勾配抵抗の式)の組み合わせだけで成り立っている。数値そのものを暗記する必要はなく、「どの式とどの式を組み合わせれば、この比較ができるか」という導出の道筋を、自分で紙に再現できるようになることが、本章の主眼である。

 

三つの実践解を検算したところで、次はこうした効率を実際に測定し、数値として管理するための計測技術――パワーメーターとFTPという指標に目を向けよう。

 

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## 第9章 パワーメーターとFTP・トレーニング科学(水準九)

 

### 9-1 入口: 感覚から数値へ

 

かつての自転車トレーニングは、選手やコーチの感覚や経験則に大きく頼っていた。近年では、実際に選手が生み出しているパワー(仕事率)そのものを、走行中にリアルタイムで数値化する機器が広く普及し、トレーニングの科学が大きく進歩したとされる。

 

### 9-2 階段: パワーメーターの仕組み

 

**パワーメーター(power meter、水準九: クランク・ペダル・後輪ハブなどに組み込まれたひずみゲージを用いて、ペダリングによって生じるトルクと角速度を計測し、パワー〈仕事率〉をリアルタイムに算出する計測機器)**は、金属のわずかな変形(ひずみ)を電気信号として検出する**ひずみゲージ(strain gauge、水準九: 対象物のわずかな変形を、電気抵抗の変化として検出するセンサー)**を用いて、クランクやペダルにかかる力を検出する。検出された力と、別途計測される角速度(ケイデンス)を掛け合わせることで、第4章で導入したパワー=トルク×角速度の式に基づき、リアルタイムのパワーを算出する。

 

### 9-3 FTPという指標

 

**FTP(エフティーピー、Functional Threshold Power、機能的作業閾値パワー、水準九: 選手がおよそ1時間程度にわたって持続的に維持できる、最大に近いパワーの目安を表す指標)**は、トレーニング科学の分野で広く用いられている指標である。FTPを基準にすることで、選手個人の体力レベルに応じたトレーニング強度の設定や、異なる体格の選手同士のパフォーマンス比較が可能になる。

 

体格差を踏まえた比較のために広く用いられるのが、**W/kg(ワットパーキログラム、水準九: 選手の体重1kgあたりが生み出せるパワー)**という指標である。

 

```

W/kg = パワー(W) ÷ 選手の体重(kg)

```

 

### 9-4 検算: FTPとW/kgの計算例

 

具体的な数値でFTPとW/kgの関係を確かめよう。ある選手のFTPが200W、体重が70kgだったとする。

 

```

W/kg = 200 W ÷ 70 kg ≈ 2.86 W/kg(検算成立)

```

 

同じFTP200Wでも、体重が60kgの選手であれば、次のようになる。

 

```

W/kg = 200 W ÷ 60 kg ≈ 3.33 W/kg(検算成立)

```

 

```

3.33 ÷ 2.86 ≈ 1.16倍(検算成立)

```

 

同じ絶対的なパワー(200W)を出せる二人の選手でも、体重の軽い選手のほうがW/kgの値でおよそ1.16倍高くなる。これは特に、第10章で扱う登坂において、体重を持ち上げる仕事(位置エネルギーの獲得)が必要になるため、W/kgの値が高いほど登坂が有利になりやすいことと関係している。平地の巡航では絶対的なパワー(W)そのものが、空気抵抗というほぼ体重に依存しない抵抗を克服するのに重要である一方、登坂では相対的なパワー(W/kg)が重要になるという、局面ごとの指標の使い分けが、トレーニング科学の現場で広く意識されている。

 

### コラム: パワーゾーンという区分

 

FTPを基準に、トレーニングの強度を複数の区分(ゾーン)に分けて管理する考え方が、トレーニング科学の分野で広く紹介されている。おおむね、FTPに対する割合が低い順に、疲労回復を目的とする区分、持久力を養う区分、閾値そのものを鍛える区分、最大酸素摂取量(VO2max、単位時間あたりに体内で利用できる酸素量の上限)を鍛える区分、瞬発的な神経筋のパワーを鍛える区分といった具合に、6段階程度に区分するモデルが広く紹介されているとされる。この区分は提唱者や指導団体によって呼称や境界値に違いがあり、本書では特定の一つのモデルを唯一絶対の基準として断定することは避け、「FTPを基準に強度を段階的に管理する」という大枠の考え方の紹介にとどめる。

 

### コラム: 高強度インターバルという短時間高出力の領域

 

FTPが「およそ1時間持続できるパワー」の目安であるのに対し、レースのスプリントや短い急坂では、これをはるかに上回る短時間・高出力のパワーが求められる場面がある。トレーニング科学の分野では、選手が出せる最大パワーは、持続時間が短くなるほど大きくなるという関係――**パワー・デュレーション曲線(power-duration curve、水準九: 選手が出せる最大パワーと、それを持続できる時間との関係を表す曲線)**――が広く紹介されている。たとえば、FTPが200Wの選手であっても、5秒程度の瞬間的な全力スプリントでは、その数倍にあたる1000W前後のパワーを一時的に発揮できる場合があるとされる。この曲線は、第4章で見た筋疲労と心肺負荷のトレードオフが、時間軸に沿ってどのように変化していくかを示すものであり、短時間領域では筋肉に蓄えられたエネルギーを瞬発的に使う無酸素性の代謝が、長時間領域では酸素を使う有酸素性の代謝が、それぞれ主役を担うという構造になっているとされる。

 

### 9-5 休憩所: まとめ箱――第9章のポイント

 

- パワーメーターは、ひずみゲージによってクランクやペダルの変形を検出し、トルクとケイデンスからパワーをリアルタイムに算出する機器である

- FTP(機能的作業閾値パワー)は、選手がおよそ1時間程度維持できる最大に近いパワーの目安を表す指標である

- 検算の結果、同じFTP200Wでも、体重60kgの選手は体重70kgの選手に比べ、W/kgの値でおよそ1.16倍高くなる

- 平地では絶対的なパワー(W)、登坂では相対的なパワー(W/kg)が、それぞれ重要になる傾向があるとされる

 

パワーを数値として管理する技術を見たところで、次はその数値が最も試される局面――登坂という地形条件に、あらためて深く踏み込もう。

 

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## 第10章 登坂力学とペーシングの科学(水準十)

 

### 10-1 入口: 登坂で速い人の共通点

 

同じW/kgの数値を持つ選手同士でも、実際の登坂タイムには差が生まれることがある。その差の一因となるのが、パワーの出し方――ペーシング(配分の仕方)である。本章では、勾配抵抗の物理を掘り下げるとともに、登坂の速さを測るもう一つの指標を扱う。

 

### 10-2 階段: VAMという指標

 

登坂の速さを測る指標として、**VAM(ヴイエーエム、velocità ascensionale media、平均高度上昇速度、水準十: 1時間あたりに上昇する標高〈m/時〉によって、登坂のペースを表す指標)**が、登坂パフォーマンスの分析で広く用いられているとされる。VAMは、次の式で求められる。

 

```

VAM = 上昇した標高(m) ÷ かかった時間(時間)

```

 

VAMは、坂の勾配や長さが異なる複数の登坂区間でも、標高上昇という共通の物差しで比較できる点が実務上の利点だとされる。

 

### 10-3 検算: 勾配8%の坂におけるVAMの試算

 

第8章の検算で用いた登坂用ギア(ギア比≈1.214)、ケイデンス70rpmでの速度(秒速2.982m/s)を用い、勾配8%の坂を上り続けた場合のVAMを試算する。

 

まず、坂の斜面に沿った速度(秒速2.982m)のうち、垂直方向(標高を上げる方向)の成分を求める。勾配8%は、進んだ距離のうちおよそ8%が垂直方向の上昇にあたることを意味するため、次のように近似できる。

 

```

垂直方向の速度 = 2.982 m/s × 0.08 ≈ 0.2386 m/s(検算成立)

```

 

これを1時間(3600秒)あたりに換算する。

 

```

VAM = 0.2386 m/s × 3600 ≈ 858.7 m/時(検算成立)

```

 

この検算では、勾配8%の坂をケイデンス70rpm・登坂用ギアで上り続けた場合、VAMはおよそ859m/時という結果になった。これはあくまで本章で仮定した速度・勾配の条件下での試算値であり、実際のVAMは選手の体力・勾配・気象条件によって大きく変動する。

 

### コラム: ペーシングとノーマライズドパワー

 

登坂を含む起伏のあるコースでは、パワーを一定に保つことが必ずしも最適とは限らない。急な区間でパワーを上げ、緩やかな区間でパワーを抑えるといった変動を伴う走り方に対して、その変動を踏まえた「実質的な負荷の大きさ」を表す**ノーマライズドパワー(normalized power、水準十: パワーの変動を統計的に補正し、単純な平均パワーよりも実際の生理的負荷をよく反映するとされる指標)**という考え方が、トレーニング科学の分野で紹介されている。パワーの変動が激しい走り方は、単純な平均パワーが同じであっても、変動の少ない一定パワーの走り方に比べて、より大きな生理的負荷を体に与える傾向があるとされる。この考え方に基づき、登坂においては「一定のパワーを維持し続ける」ペーシングのほうが、パワーの上げ下げを繰り返すペーシングよりも、同じ平均パワーでもゴールまでの疲労を抑えやすい傾向があると広く紹介されている。ただし、坂の勾配が一定でない実際のコースでは、完全に一定のパワーを維持し続けることは容易ではなく、これはあくまで一般的な傾向として理解されるべきものである。

 

### 10-4 休憩所: まとめ箱――第10章のポイント

 

- VAM(平均高度上昇速度)は、1時間あたりの標高上昇(m/時)によって登坂のペースを表す指標であり、勾配や長さの異なる坂を共通の物差しで比較できる

- 検算の結果、勾配8%・ケイデンス70rpm・登坂用ギアという条件下でのVAMはおよそ859m/時となった

- ノーマライズドパワーは、パワーの変動を補正して実質的な生理的負荷を表す指標であり、登坂では一定パワーの維持が疲労抑制に有利な傾向があるとされる

 

登坂という地形条件を掘り下げたところで、いよいよ「講師級」の水準――現在進行形の最先端技術に目を向けよう。

 

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## 第11章 空力機材とテクノロジーの最先端(水準十一)

 

### 11-1 入口: 見えない敵を、見えるようにする場所

 

空気抵抗は目に見えない。しかし、この目に見えない抵抗を可視化し、機材や姿勢の改善に役立てるための技術が、現代の自転車競技を大きく支えている。本章では、その最先端の技術動向を、確立された一般的な技術カテゴリの水準で概観する。

 

### 11-2 階段: 風洞実験とCFD

 

**風洞(wind tunnel、水準十一: 人工的に一定の風を発生させ、その中に置いた物体〈選手や自転車〉が受ける空気抵抗を計測するための実験施設)**は、もともと航空機や自動車の設計のために発展してきた実験施設だが、近年は自転車競技の分野でも、選手個人のポジションやウェアの違いによるCdAの差を精密に計測するために広く活用されているとされる。トップレベルのチームが、レース前に選手を風洞に入れてポジションを微調整する取り組みを行っているという事例が、広く報道・紹介されている。

 

風洞実験と並んで、前巻(本シリーズ水泳巻)でも触れられた**数値流体力学(CFD、computational fluid dynamics、水準十一: コンピュータ上で流体の運動方程式を数値的に解き、空気や水の流れを再現・予測する計算手法)**も、自転車競技の分野に応用されつつあるとされる。CFDは、実際に風洞で計測しなくても、コンピュータ上のシミュレーションだけでポジションや機材形状の違いによる抵抗の変化を試算できる点に特徴があるが、人体という複雑な形状を計算機上で精密に再現すること自体が難しい課題であり、CFDによる推定値がどこまで実際の計測と一致するかは、研究途上の課題として位置づけられているとされる。

 

### 11-3 空力機材の具体例

 

風洞実験やCFDの知見をもとに開発されている空力機材の代表例として、円盤状の**ディスクホイール(disc wheel、水準十一: スポークを持たず、円盤状の形状によって空気の乱れを抑えるよう設計されたホイール)**、フレームのチューブ形状を翼のような断面にして空気抵抗を抑える**エアロフレーム(aero frame、水準十一: チューブの断面形状を、空気の流れに沿うよう最適化したフレーム)**、体の凹凸を抑え表面の摩擦抵抗を抑えるよう設計された**スキンスーツ(skinsuit、水準十一: 体に密着し、表面の凹凸や生地のばたつきを抑えるよう設計された競技用ウェア)**などが挙げられる。これらはいずれも、第5章で見た「乗り手の体そのものが空気抵抗の大部分を占める」という知見を踏まえたうえで、残る機材側の抵抗をさらに削り込もうとする工学的な取り組みだと位置づけられる。

 

### コラム: 電動変速機とパワーメーター統合トレーニング

 

近年広く普及しつつある技術として、従来ワイヤーで機械的に操作されていた変速機を、電気信号でモーター駆動する**電動変速機(electronic groupset、水準十一: 変速操作を電気信号とモーターによって行う、自転車用の変速システム)**がある。電動変速機は、変速の正確性や操作の軽さといった利点に加え、近年ではパワーメーターや心拍計と連携し、選手の生理的な状態に応じて自動的にギアの推奨を行う統合的なトレーニングシステムの一部としても活用されつつあるとされる。第9章で見たパワーメーターによる数値化の流れが、変速機という機械的な部品の領域にまで及びつつある一例だといえる。

 

### コラム: 走行データの共有とセグメント文化

 

近年広く普及したスマートフォンアプリやGPSサイクルコンピュータは、走行中の速度・パワー・心拍数・位置情報を記録し、走行後にオンライン上で共有・分析できる環境を広げてきたとされる。こうしたアプリの中には、特定の区間(セグメント)ごとのタイムを他のユーザーと比較できる機能を持つものもあり、同じ坂道・同じ直線区間を、世界中のライダーが共通の物差しで競い合う、いわば非公式な記録文化が生まれているとされる。これは第9章で見たパワーメーターによる数値化の流れと同じく、感覚的だった走行の記録を、誰もが比較できる客観的な数値へと変換する動きの一例であり、公式のUCI競技とは別の場所で、走行効率への関心を広げる役割を果たしているとされる。

 

### 11-4 休憩所: まとめ箱――第11章のポイント

 

- 風洞実験は、選手個人のポジションやウェアの違いによる空気抵抗の差を精密に計測するために、自転車競技の分野でも広く活用されているとされる

- 数値流体力学(CFD)は、実際に走らなくても計算によって抵抗を推定しようとする、風洞実験とは異なる角度からの技術であり、人体の再現精度には研究途上の課題があるとされる

- ディスクホイール・エアロフレーム・スキンスーツは、いずれも機材側の空気抵抗をさらに削り込もうとする工学的な取り組みの代表例である

- 電動変速機は、パワーメーターや心拍計と連携する統合的なトレーニングシステムの一部としても活用されつつあるとされる

 

最先端の技術動向を見渡したところで、いよいよ本書の最後の水準――これまで見てきたすべての内容を貫く、理論上のメタ的な視点に進もう。

 

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## 第12章 達人術 — なぜロードバイクの姿勢・機材はこう発展したか(水準十二)

 

### 12-1 入口: 「なぜこの形なのか」という一段上の問い

 

第1章から第11章まで、力の伝達、三種類の走行抵抗、ギア比、ケイデンス、姿勢、転がり抵抗、UCIの競技区分、三つの実践解、パワーメーター、登坂力学、そして最先端の空力機材を見てきた。これらは一見バラバラな話題に見えるかもしれないが、一段高いところから見渡すと、これらすべてが「現在のロードバイクの姿勢・機材が、なぜこの形に収斂してきたのか」という一つの問いに対する、異なる角度からの答えになっていることが見えてくる。

 

### 12-2 階段: 物理的制約・規則的制約・工学的制約の三層構造

 

ロードバイクの姿勢・機材が現在の形へと収斂してきた背景には、物理的制約・規則的制約・工学的制約という三層の制約が組み合わさってきた事情がある。

 

**物理的制約**とは、第2章で見た空気抵抗・転がり抵抗・勾配抵抗の法則そのものである。この制約は不変であり、どの時代のどの選手であっても、空気抵抗を減らしたければ前面投影面積を小さくするしかなく、推進力を得たければペダルにトルクを与え続けるしかない。第5章で見たエアロポジションが強力な効率化技術になりうるのは、この物理的制約――速度が上がるほど空気抵抗が支配的になるという事実――に対する、もっとも直接的な解決策だからである。

 

**規則的制約**とは、競技を成立させるために人間が定めた規則である。第7章で見たUCIの最低重量規定は、素材工学の進歩によって際限なく軽量化が進むことを、意図的に制約を課した例である。規則は物理法則そのものを変えることはできないが、「その物理法則をどこまで活用してよいか」という範囲を線引きすることで、技術の発展の方向性を大きく左右してきた。

 

**工学的制約**とは、道具や素材が技術に与える影響である。第11章で見た風洞実験・CFD・空力機材は、工学的な進歩が姿勢や機材の効率をどこまで磨き上げられるかという、規則の枠の中での競争の現れである。

 

### コラム: 一つの記録の中に三層すべてが宿る例――アワーレコードの旅

 

三層構造を、もう一段具体的に、一つの記録――**アワーレコード(Hour Record、水準十二: 1時間でどれだけ長い距離を走行できるかを競う、自転車競技における記録)**――の「旅」として追いかけてみよう。

 

まず**物理的制約**が出発点になる。第5章で見たとおり、姿勢によって空気抵抗は大きく変わる。この物理法則は、いつの時代でも変わらない。

 

次に、この物理法則を最大限利用しようとする選手が現れる。1990年代、スコットランドの選手グレアム・オブリーは、自作の自転車と、上体を深く折りたたむように前傾させる独自の姿勢――胸の前で腕を折りたたむような姿勢――を用いて、1993年にアワーレコードを更新したとされる。この姿勢は、当時のCdAの常識を大きく下回る効率を実現していたと考えられている。ここまでは、物理的制約を選手が技術として使いこなした段階である。

 

しかし、この技術があまりに強力になりすぎると、**規則的制約**が働き始める。UCIは1994年、オブリーが用いたこの姿勢を規則によって禁止したとされる。オブリーはその後、腕を前方へまっすぐ伸ばす、いわゆる「スーパーマン」姿勢と呼ばれる新たな姿勢を編み出し、1995年に再びアワーレコードを更新したとされるが、この姿勢もまた、1996年にUCIが定めたとされる規則(伝統的なフレーム形状・姿勢を基準とする方向性の規則)によって、後に制限されることになったとされる。

 

そして、この規則によって区切られた枠の中で、選手たちは今度は**工学的制約**の領域――フレーム形状、素材、ウェアの空力設計――によって、その狭い枠内での効率を極限まで高めようとする。もっとも、UCIは2014年に、アワーレコードに用いる機材の規則を見直し、現代的なタイムトライアル機材(エアロバーやディスクホイールなど)の使用を広く認める方向へ改定したとされる。この改定を受けて、翌2015年前後には、現代的な機材を用いた新たなアワーレコードの更新が相次いだとされる。

 

物理法則が可能性を開き、規則がその可能性に線を引き、工学がその線の内側を磨き上げる――そして時に規則そのものが見直され、また新たな工学の余地が開かれる。この一連の旅は、アワーレコードという一つの記録の歴史の中に、12-2で見た三層構造のすべてが同時に宿っていることを示す、具体的な縮図だといえる。

 

### コラム: 標高を味方につけた記録への挑戦

 

2-5のコラムで見たとおり、標高の高い場所ほど空気密度が下がり、空気抵抗は小さくなる。この物理的な性質を活かすため、アワーレコードをはじめとする自転車の速度記録の挑戦の中には、あえて標高の高い競技用トラック(ベロドローム)を舞台に選んできた例があるとされる。1972年にエディ・メルクスがアワーレコードを更新した際の舞台も、標高2000mを超えるメキシコシティの高地にあるベロドロームだったとされ、この記録は長く「伝統的な姿勢・機材による記録」の代表例として位置づけられてきたとされる。12-2で見たUCIの技術規定や姿勢規則の多くが、しばしばこの時代の機材・姿勢を一つの基準点として意識してきたとされることも、この記録が持つ象徴的な位置づけを物語っている。標高という地理的な条件までもが、物理的制約・規則的制約・工学的制約の三層構造に絡み合う一因になっていたことが、この一例からもうかがえる。

 

### 12-3 メタ的推移のまとめ — 三層構造という一つの見取り図

 

この三層構造を通して振り返ると、自転車の効率走行の歴史は「物理法則という動かせない土台の上で、規則という人為的な線引きと、工学という道具の進歩がせめぎ合いながら、その時代ごとの『最適解』を更新し続けてきた過程」として読み直すことができる。ある時代の最適解(オブリーの独自姿勢)が、物理的には有効であっても規則的制約によって退けられることがあれば、逆にある時代には規則そのものが後から緩和され、新たな工学的な最適化の余地が開かれることもある。四つの基礎変数(トルク・抵抗・ギア比・ケイデンス)というカタログ、CdAという効率指標、UCIの競技区分、三つの実践解の検算――本書がここまで積み上げてきたすべての各論は、この三層構造という一つの見取り図の、それぞれ異なる断面だったのだと捉え直すことができる。

 

この見方は、自転車という一つの乗り物に限らず、本シリーズが扱う他の身体技能・操縦技術(水泳の泳法規則、ロッククライミングのグレード体系、操船の資格制度など)にも共通して当てはまりうる、より一般的な構造理解の型でもある。どの分野であっても、「変えられない物理法則」「人為的に定められた規則」「時代とともに進歩する道具・工学」という三層のせめぎ合いを意識すると、その分野の技術がなぜ現在の形をしているのかを、単なる暗記ではなく構造として理解できるようになる。

 

### 12-4 休憩所: まとめ箱――第12章のポイント

 

- ロードバイクの姿勢・機材は、物理的制約(抵抗の法則)・規則的制約(UCIの規定)・工学的制約(素材・空力機材)という三層の制約が組み合わさって現在の形に収斂してきた

- アワーレコードの歴史(1990年代のオブリーの独自姿勢とその後の規則による制限、2014年の機材規則の見直し)は、この三層構造がせめぎ合う具体的な縮図である

- この三層構造という見取り図は、自転車に限らず身体技能・操縦技術全般の「なぜこの形に進化したか」を理解するための、より一般的な構造理解の型として応用できる

 

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## 終章 力の伝達から、理論上のメタ的推移まで

 

本書は、ペダルを踏む力がクランク・チェーン・後輪を経て推進力に変わるという、最も基礎的な力の伝達の仕組み(第1章)から出発した。そこに、空気抵抗・転がり抵抗・勾配抵抗という三種類の走行抵抗(第2章)、ギア比とデベロップメント(第3章)、ケイデンスとパワーの生理学(第4章)という四つの基礎変数を積み上げ、姿勢というCdAの指標(第5章)、転がり抵抗の現代的理解(第6章)、UCIの実在する競技区分(第7章)へと視野を広げた。中盤では、姿勢・ドラフティング・ギア比という三つの実践解を検算つきで比較し(第8章)、パワーメーターとFTP(第9章)、登坂力学とVAM(第10章)、最先端の空力機材(第11章)を経て、最後にたどり着いたのが「物理的制約・規則的制約・工学的制約の三層構造」という見取り図(第12章)であった。

 

この見取り図は、本書全体を貫く一本の糸でもある。クランクのトルクにも、姿勢によるCdAの違いにも、ギア比の選択にも、そしてアワーレコードという一つの記録の更新史にも――物理法則・競技規則・工学的な工夫という三つの層が、同時に、静かに働いている。ペダルを一回踏み込むという単純な動作の中に、二百年近い自転車の技術史が積み重なっていることを知ってから漕ぐ自転車は、知らずに漕ぐ自転車とは、きっと少し違って見えるはずだ。

 

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## 参考文献(パブリックドメイン標準・一般的知見)

 

- 国際単位系・古典力学の基礎的記述(トルク・仕事率・運動量の一般的教科書的知見。空気密度・重力加速度の代表値を含む)

- 空気抵抗の式(F = 0.5 × Cd × A × ρ × v²)および転がり抵抗・勾配抵抗の式に関する、流体力学・車両工学分野の一般的な教科書的知見

- 自転車競技のCdA(抗力係数×前面投影面積)の姿勢別の代表的な範囲に関する、スポーツ工学分野で広く紹介されている一般的知見

- ドラフティングによる空気抵抗軽減率に関する、自転車競技の空気力学分野で広く紹介されている一般的知見

- 国際自転車競技連合(UCI)の競技区分(ワールドツアー・プロチーム・コンチネンタルチーム等の階層、年齢区分、ランキングポイント制度)に関する一般的な公開情報

- UCI技術規定における競技用自転車の最低重量規定(6.8kg)に関する一般的な公開情報

- パワーメーター・FTP(機能的作業閾値パワー)・W/kg・ノーマライズドパワー・VAM(平均高度上昇速度)に関する、自転車トレーニング科学の分野で広く紹介されている一般的知見

- 風洞実験・数値流体力学(CFD)の自転車競技への応用に関する一般的な公開情報

- グレアム・オブリーによる1990年代のアワーレコード更新、UCIによる姿勢規則の見直し(1994年・1996年頃)、および2014年のアワーレコード機材規則の見直しに関する一般的な報道・記録に基づく知見

- チェーン駆動を用いたセーフティバイシクルの成立史、ギアインチという伝統的表記法に関する一般的な公開情報

- 転がり抵抗係数とタイヤ幅・空気圧の関係に関する、近年のタイヤ工学分野の一般的な公開情報

 

(本書は上記の公有の一般的知見をもとに、著者自身の言葉で再構成したものであり、特定文献からの転載は行っていない。本書で示した検算(第2・3・4・5・6・8・9・10章)は、公表されている一般的な仕様値・研究知見の代表例を用いた試算であり、特定の製品・特定の選手の性能を保証するものではない。)

 




# BOOK-0377 自転車効率走行の力学
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