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## はじめに――あなたが今この瞬間も行っている「燃焼」
# BOOK-0035 酸素の作り方 第1冊
## はじめに――あなたが今この瞬間も行っている「燃焼」
この文章を読んでいる間にも、あなたの体の中では小さな炎が燃え続けている。もちろん実際に赤い炎が見えるわけではない。だが化学的に見れば、あなたが食べた炭水化物や脂肪を、あなたが吸い込んだ酸素が少しずつ酸化し、そのエネルギーで心臓が動き、脳が働いている。これは「呼吸」と呼ばれる、ゆっくりとした燃焼である。
一方、キャンプファイヤーで薪が燃えるのも、ロウソクの炎が揺れるのも、鉄が長い年月をかけて赤茶色の錆になるのも、根本は同じ現象だ。物質が酸素と結びつき、エネルギーを放出しながら別の物質に変わる。速く激しく起これば「燃焼」、体の中でゆっくり起これば「呼吸」、もっとゆっくりなら「錆びる」と呼ばれているだけで、化学の目で見れば地続きの現象なのである。
つまり、酸素は「消費される」ことに関しては大量の需要がある。地球上の生き物のほとんどは、絶えず酸素を吸い込み、消費し続けている。ところが不思議なことに、大気中の酸素濃度はこの数億年、おおむね一定の割合(約21パーセント)を保ち続けてきた。誰かが、あるいは何かが、消費される分と同じだけの酸素を「作り続けて」いるからだ。
この図鑑冊では、「酸素はどうやって作られるのか」という問いを軸に、地球の歴史をさかのぼり、生命が酸素を生み出す仕組みを発見していく物語をたどる。そして現代の私たちが工業的・化学的にどうやって酸素を作り出しているかを見た上で、最後に酸素という気体が持つ「もろ刃の剣」としての性格――生命に不可欠でありながら、時に毒にも刃にもなるという二面性――について触れる。
酸素は、宇宙的な視点で見てもかなり特異な気体である。太陽系の他の惑星の大気を見渡しても、地球のように酸素が20パーセント以上を占める大気は見つかっていない。火星の大気は二酸化炭素が主成分で酸素はごくわずか、金星も同様である。地球の大気に酸素がこれほど豊富にあること自体が、生命が長い年月をかけて作り上げた「異常事態」なのだ。この異常事態がどうやって生まれたのかを知ることは、生命とは何か、地球とは何かを知ることでもある。
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## 第1章 酸素が「消費」される現場――燃焼と呼吸
### 1-1 燃焼という化学反応
物が燃えるとは、化学的に言えば「急激な酸化反応」である。木材や紙、ロウソクの芯にしみ込んだロウ(パラフィン)は、炭素と水素を主成分とする有機物だ。これらが酸素と反応すると、炭素は二酸化炭素に、水素は水になる。このとき反応の前後でエネルギーの状態が大きく変化し、余ったエネルギーが熱と光として放出される。これが炎の正体である。
燃焼が起こるためには、一般に三つの要素がそろう必要があるとされる。燃料(燃えるもの)、酸素(酸化剤)、そして熱(反応を開始させ、持続させるきっかけ)である。この三つがそろって初めて燃焼という現象が持続する。逆に言えば、このどれか一つを取り除けば火は消える。水をかければ熱を奪い、毛布をかぶせれば酸素の供給を断つ。消火とは、この三要素のバランスを崩す行為にほかならない。
### 1-2 呼吸という「ゆっくりした燃焼」
私たちヒトを含む多くの生物は、体内で栄養素(主にブドウ糖などの糖質)を酸素で酸化し、生きるためのエネルギーを取り出している。これを細胞呼吸と呼ぶ。燃焼と違って炎は上がらないが、反応の全体像――有機物が酸素と結びついて二酸化炭素と水になり、エネルギーが放出される――という点では、燃焼と本質的に同じ枠組みに収まる。
違いは「速度」と「制御のされ方」である。薪が燃えるときは反応が一気に進み、熱と光が急激に放出される。一方、細胞の中では、酵素と呼ばれるタンパク質の触媒によって反応が何段階にも細かく分けられ、エネルギーが少しずつ、体が使いやすい形で取り出される仕組みになっている。もし体内で薪のような急激な酸化が起きれば、生物の体はその熱に耐えられず壊れてしまうだろう。生命は、燃焼という激しい化学反応を、極めて精密に「小分け」にして飼いならす仕組みを進化させてきたのだ。
### 1-3 消費されるだけでは大気は保たない
ヒトは一日に体重や活動量にもよるが、数百リットル規模の酸素を消費すると言われる。地球上には何十億もの人間がいて、さらに無数の動物、微生物、そして燃焼という現象(森林火災、内燃機関、暖房など)が絶えず酸素を消費している。もし酸素を「作る」仕組みがどこにもなければ、大気中の酸素はいずれ枯渇してしまうはずだ。
実際には枯渇していない。それどころか、地球の大気の酸素濃度はここ数億年、比較的安定した水準を保ってきたと考えられている。ということは、消費と釣り合うだけの「酸素を作る」プロセスが、地球のどこかで絶えず働き続けているということになる。次の章では、その「酸素を作る主役」がいつ、どうやって地球に登場したのかを見ていこう。
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## 第2章 酸素のない世界――大昔の地球
### 2-1 「酸素ゼロの惑星」だった地球
現在の私たちにとって、空気とは酸素を含んでいて当たり前のものだ。しかし地球が誕生した約46億年前から、しばらくの間、地球の大気にはほとんど酸素が含まれていなかったと考えられている。当時の大気は、火山活動によって噴き出した二酸化炭素、窒素、水蒸気、メタン、硫化水素などが主成分だったと推定されている。
もし現代人がタイムマシンでその時代の地表に降り立ったなら、一呼吸もできずに倒れてしまうだろう。それほどまでに、初期の地球は今とは全く異なる大気に覆われた惑星だった。太陽系の中で地球だけがなぜ「酸素の惑星」になったのかを理解するには、まずこの「酸素ゼロだった時代」を出発点に据える必要がある。
### 2-2 生命は酸素なしで始まった
生命の起源についてはまだ解明されていない部分が多く、正確な時期や場所は未確定である。ただし、最初期の生命体は、酸素をほとんど、あるいは全く必要としない代謝の仕組みを持っていたと考えられている。酸素がなかった環境で生まれた以上、それは当然のことだ。
こうした「酸素を使わない」代謝は、今日でも地球の各所――たとえば深海の熱水噴出孔の周辺や、酸素の届かない土壌の深部、動物の腸内など――に生きる微生物に受け継がれている。酸素を必要としない生物を嫌気性生物と呼ぶ。私たちのように酸素なしでは生きられない生物(好気性生物)が主役に見える現代だが、生命の歴史全体で見れば、酸素を使わない生き方の方がずっと古株なのである。
もし宇宙的なスケールで考えるなら、初期の地球は、今の私たちが火星や金星の大気を眺めるときと同じような「酸素のない世界」だったと言える。違うのは、地球にはやがてその状況を根本から変えてしまう生命が誕生した、という一点である。同じ材料(水、二酸化炭素、窒素、そして太陽のエネルギー)から出発しながら、なぜ地球だけがこれほど大きく姿を変えたのか。その分かれ道の鍵こそが、次に見る光合成という化学反応だった。
### 2-3 光合成の登場という転換点
そんな「酸素なしの世界」に大きな転換をもたらしたのが、光合成を行う微生物、シアノバクテリア(藍藻とも呼ばれる)の出現である。シアノバクテリアは、太陽の光エネルギーを使って水(H₂O)を分解し、そこから得た電子と水素を使って二酸化炭素を糖に変える――光合成という反応を行う。この反応の副産物として、酸素が大気中に放出される。
ここで重要なのは、シアノバクテリアにとって酸素は「目的」ではなく、あくまで水を分解した際に出てくる「おまけ」だったという点だ。生命はエネルギーを得るために光合成という仕組みを進化させたのであり、酸素はいわばその副産物として、いわば意図せず大気に排出され続けることになった。しかしこの「おまけ」が、後の地球史を大きく塗り替えることになる。
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## 第3章 大酸化イベント――地球史上最大級の環境激変
### 3-1 シアノバクテリアが世界を変えた
シアノバクテリアが光合成によって酸素を作り出し始めても、最初のうちは大気中の酸素濃度はすぐには上昇しなかったと考えられている。海水中や地殻に含まれる鉄などの物質が酸素と結びつき(酸化され)、酸素を「吸収」する側に回っていたためだ。この時期、海底には酸化鉄を含む縞模様の岩石――縞状鉄鉱層と呼ばれる地層――が大量に堆積したことが分かっている。これは、当時の海に溶けていた鉄分が、シアノバクテリアの作った酸素と反応して酸化鉄となり、沈殿していった記録だと考えられている。
いわば、当時の地球には酸素を吸収する「スポンジ」のような役割を果たすものが大量にあり、酸素はそのスポンジに吸われ続けていた。しかし、吸収できる鉄や還元的な物質にも限りがある。スポンジが飽和点に近づくにつれ、行き場を失った酸素が少しずつ大気中に蓄積し始めた。
### 3-2 大酸化イベント(約24億年前〜21億年前)
そしてついに、大気中の酸素濃度が急激に――地質学的な時間スケールで見れば急激に――上昇する出来事が起きた。これを大酸化イベント(グレート・オキシデーション・イベント)と呼ぶ。研究者たちの見積もりでは、おおよそ24億年前から21億年前にかけての期間に起きたとされている。正確な年代や進行の速さについては研究が今も続いており、細部は未確定な点も残っている。
この出来事は、地球の歴史上でも最大級の環境激変の一つに数えられる。それまで数億年、あるいはそれ以上の長きにわたって「酸素のほとんどない世界」に適応してきた生命にとって、大気中に酸素が蓄積していくことは、住み慣れた星が突然、別の惑星に変わってしまうかのような出来事だったと言える。
### 3-3 惑星規模のテラフォーミングとしての光合成
この大酸化イベントを、SF的な言葉を借りて表現するなら「生命自身による、意図せざる惑星改造(テラフォーミング)」と呼ぶこともできるだろう。人類は将来、火星のような惑星に大気を送り込み、人が住める環境に変えることを夢想することがある。だが地球では、約24億年前から21億年前にかけて、シアノバクテリアという目に見えないほど小さな生命が、気の遠くなるような時間をかけて、惑星全体の大気組成を作り替えるという「テラフォーミング」を、誰に命じられるでもなく実行していたのである。
しかもこのテラフォーミングは、その主役であるシアノバクテリア自身のためではなく、後に登場する数えきれない好気性生物――酸素を使う生物たち――のための舞台を整える結果になった。これほど壮大でありながら、意図されたものではなく、化学反応の積み重ねの果てに起きた「結果」に過ぎないという点に、生命史のドラマがある。
縞状鉄鉱層のような岩石は、現代の地質学者にとって、目には見えない過去の大気の記録を読み解くための貴重な手がかりになっている。当時、酸素という気体を測定する機械があったわけではない。しかし海底に積もった鉄の縞模様という「証拠」が地層として残されたことで、私たちは数十億年前の大気の変化を、間接的にではあるが読み取ることができる。岩石という無機物の記録が、生命が起こした大事件の目撃者になっている――これもまた、地球科学という学問の面白さの一つである。
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## 第4章 酸素は「毒」だった――酸素の毒性史
### 4-1 増えすぎた酸素という災厄
現代の私たちからすれば、酸素は生きるために不可欠なありがたい気体である。しかし大酸化イベントが起きた当時、酸素は多くの生物にとって「毒ガス」だったと考えられている。
なぜ毒なのか。酸素は化学的に反応性が高い気体で、細胞の中の様々な分子――DNAやタンパク質、脂質など――を酸化し、傷つけてしまう性質を持つ。当時の生命の多くは、酸素のない環境で進化してきた嫌気性生物であり、酸素から自分の細胞を守る仕組みを持ち合わせていなかった。そこへ突然(地質学的なスケールでの「突然」だが)酸素濃度が上昇したのだから、身を守る術のない生物にとっては、まさに大気そのものが毒ガスで満たされていくような事態だったと言える。
この時代に酸素の増加によって多くの嫌気性生物が生存の危機に追い込まれたと考えられており、この出来事を指して酸素の毒性、あるいは酸素による大量絶滅と呼ぶ研究者もいる。地球史上、生命がこれほど根本的な環境変化に見舞われた例は多くない。
### 4-2 酸素と戦い、酸素を利用する側へ
しかし生命はここで終わらなかった。酸素という「毒」に対処する仕組みを進化させた生物たちが現れたのである。酸素によって生じる有害な化学種(活性酸素と呼ばれるものを含む)を分解する酵素を持つようになったり、酸素を細胞の外に締め出す仕組みを持ったりする生物が、この時代を生き延びていったと考えられている。
さらに一部の生物は、単に酸素から身を守るだけでなく、酸素の高い反応性を逆手にとって、効率よくエネルギーを取り出す仕組み――酸素呼吸――を発達させるに至った。酸素を使わない代謝に比べ、酸素を使った呼吸は同じ栄養素からずっと多くのエネルギーを取り出せる。「毒」だったはずの気体を、いわば「強力な燃料の相棒」として飼いならすことに成功した生物たちが、その後の複雑な生命――多細胞生物や、私たち動物へとつながる系統――の土台を築いていったのである。
### 4-3 危機は進化のエンジンでもある
この章で見てきた酸素の毒性史は、「環境の激変は、多くの生物にとって危機であると同時に、新しい生き方を切り開いた生物にとってはチャンスにもなり得る」という、生命史に繰り返し現れるパターンの、最初期にして最大級の一例だと言える。もし大酸化イベントが起きていなければ、酸素を利用する高効率な代謝を持つ生物は現れず、後の動物や植物、そして人類の登場もなかったかもしれない。私たちは今、かつて多くの生物を苦しめた「毒ガス」を、当たり前のように吸って生きている。
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## 第5章 現代の酸素の作り方――化学と工業のレシピ集
ここまで、地球の歴史における「酸素の起源」を見てきた。この章では視点を現代に移し、実際に酸素を「作る」方法として知られているものを、化学反応の仕組みとともに紹介する。
### 5-1 植物・藻類・シアノバクテリアによる光合成
現代でも、地球の酸素供給の主役は光合成である。植物の葉緑体、あるいは水中の藻類やシアノバクテリアが、太陽光のエネルギーを使って水(H₂O)を分解し、そこから引き抜いた水素と電子を二酸化炭素の固定(糖への変換)に使う。この過程で水の分解によって生じた酸素が、副産物として大気中や水中に放出される。
大酸化イベントの主役だったシアノバクテリアの子孫たちや、進化的に光合成の仕組みを受け継いだ植物・藻類は、今この瞬間も地球規模で酸素を「製造」し続けている。私たちが吸っている酸素の多くは、突き詰めれば太陽光のエネルギーを起源とし、光合成という化学反応工場によって作られたものなのである。
### 5-2 水の電気分解
実験室や工業の現場で酸素を作るもっとも直接的な方法の一つが、水の電気分解である。水(H₂O)に電極を差し込み、電流を流すと、陰極側で水素が、陽極側で酸素が発生する。これは化学の授業でもおなじみの反応で、電気エネルギーを使って水を酸素と水素という二つの気体に分解する仕組みだ。
光合成が太陽光のエネルギーを使って水を分解するのに対し、電気分解は電気のエネルギーを使って同じように水を分解する。エネルギー源は違うが、「水を分解して酸素を取り出す」という発想そのものは共通している。近年では、再生可能エネルギーで発電した電力を使って水を電気分解し、水素と酸素を作る技術が、クリーンなエネルギー源の候補として注目されてもいる。
### 5-3 過酸化水素の分解
過酸化水素(H₂O₂)は、消毒液としても知られる身近な化学物質だが、これを分解すると水と酸素に分かれる。過酸化水素は本来ゆっくりとしか分解しないが、触媒(反応を促進する物質)を加えると急速に反応が進む。中学・高校の理科の実験で、過酸化水素水に二酸化マンガンを加えて酸素を発生させる実験を行ったことがある人も多いだろう。あの泡は、まさに発生した酸素の気体である。
生物の体内にも、過酸化水素を分解する酵素(カタラーゼなど)が備わっている。これは代謝の過程で生じてしまう有害な過酸化水素を、水と無害な酸素に変えて処理するための仕組みであり、第4章で触れた「酸素の害から身を守る仕組み」の一例でもある。
### 5-4 工業的な空気の分留(液体空気の蒸留)
工業的に大量の酸素を作る場合には、まったく異なるアプローチが使われる。それが空気の分留(分別蒸留)である。
大気にはもともと酸素が体積で約21パーセント含まれている。であれば、酸素を新たに「合成」する必要はなく、すでに存在する空気から酸素を「分離」すればよい、という発想だ。具体的には、空気を圧縮し、非常に低い温度まで冷やして液体にする(液体空気)。空気の主成分である窒素と酸素は沸点が異なり、窒素の沸点(セ氏マイナス196度前後)は酸素の沸点(セ氏マイナス183度前後)よりも低い。つまり窒素の方が酸素より先に、より低い温度で気体に戻ろうとする。
この沸点の違いを利用し、液体空気の温度をゆっくり上げていくと、先に窒素が気体として分離していき、後に酸素の濃度が高い液体が残る。この操作を何度も繰り返すことで、高純度の酸素や窒素をそれぞれ取り出すことができる。これが工業的な酸素製造の主力方式であり、病院で使う医療用酸素や、製鉄所で使う大量の工業用酸素の多くは、この空気分留という方法で作られている。
光合成が「化学反応によって酸素を新たに生み出す」のに対し、空気の分留は「すでに大気に存在する酸素を、混合物から選り分けて取り出す」という、発想の異なるアプローチだという点は押さえておきたい。
余談だが、この「沸点の違いを利用して混合物を分離する」という発想そのものは、決して特殊なものではない。原油からガソリンや灯油、軽油を分離する石油の蒸留も、基本的な原理は同じである。空気という気体の混合物を、いったん液体にまで冷やしてしまうことで、普段は気体同士で混ざり合ってしまうものを、沸点という「個性の違い」を手がかりに選り分けられるようにする。液体空気を使った酸素の分離は、気体を液体という扱いやすい状態に変換してから分離するという、化学工学の基本戦略の好例だと言える。
### 5-5 まとめ――酸素を作る四つの道
ここまで紹介した現代の酸素の作り方を整理すると、次のようになる。
- 光合成:太陽光のエネルギーで水を分解し、副産物として酸素を得る(生物学的プロセス)
- 水の電気分解:電気エネルギーで水を強制的に酸素と水素に分解する(化学的プロセス)
- 過酸化水素の分解:触媒によって過酸化水素を水と酸素に分解する(化学的プロセス)
- 空気の分留:大気中にすでにある酸素を、沸点の違いを利用して分離する(物理的プロセス)
「新たに酸素を作り出す」のか「すでにある酸素を取り出す」のかという軸で見ると、光合成と電気分解・過酸化水素の分解は前者(化学反応によって酸素分子を生成する)、空気の分留は後者(物理的な分離操作)に分類できる。目的や必要な純度、規模に応じて、これらの方法が使い分けられている。
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## 第6章 酸素は多すぎても危険――もろ刃の剣としての酸素
### 6-1 「多ければ多いほど良い」わけではない
ここまで酸素の大切さを見てきたので、「酸素は多ければ多いほど良いものだ」という印象を持つかもしれない。しかし実際にはそうではない。酸素の濃度が高すぎる環境は、生物にとっても、また安全上の観点からも危険を伴う。
### 6-2 酸素中毒
生物にとって、通常よりもはるかに高い濃度・高い圧力の酸素にさらされ続けると、細胞や組織が損傷を受けることが知られている。これを酸素中毒と呼ぶ。たとえば潜水や医療の現場では、高圧の酸素を扱う場面があるが、その際には濃度や曝露時間が厳密に管理される。第4章で触れたように、酸素そのものが本来、生体分子を酸化し傷つける性質を持つ気体である以上、「濃度が高すぎる酸素」もまた、生命にとって害になり得るということは、酸素の毒性史を踏まえれば納得しやすい話だろう。
### 6-3 可燃性の増大という物理的リスク
もう一つの重要な危険は、酸素濃度が高い環境では、物が非常に燃えやすくなるという点である。第1章で触れたように、燃焼には燃料・酸素・熱の三要素が必要だと述べた。酸素濃度が通常の大気(約21パーセント)よりも高くなると、同じ燃料・同じ熱源であっても、着火しやすくなったり、燃焼の勢いが激しくなったりすることが知られている。
このため、高濃度の酸素を扱う医療現場や工業現場では、火気の管理や静電気対策など、通常の環境以上に厳重な安全対策が取られている。純粋な酸素や、酸素濃度を高めた環境の近くで裸火やスパークを扱うことは、重大な火災事故につながりかねない。酸素は生命を支える気体であると同時に、扱いを誤れば大きな災厄をもたらす気体でもある。この二面性を正しく理解しておくことは、化学や医療、防災に関わる上での基本的な素養だと言える。
### 6-4 「ちょうど良い濃度」という奇跡
こうして見ると、私たちが暮らす大気の酸素濃度――約21パーセント――は、決して「多ければ多いほど良い」がゆえに落ち着いた数字ではなく、生命が呼吸に使うには十分でありながら、可燃性が過度に高まらない、ある種の絶妙なバランスの上に成り立っている数字だと言える。この濃度がどのように長期的に維持されてきたのか、その調整メカニズムの詳細については、まだ研究途上の部分も多く、未確定な点が残る。だが少なくとも、地球の大気が「たまたま」現在の組成に落ち着いているわけではなく、生命の活動(光合成による酸素の供給と、呼吸・燃焼による酸素の消費)の綱引きの結果として、この均衡が保たれてきたという見方は、多くの研究者の間で共有されている。
この綱引きの構図を惑星規模で想像してみると、地球という星そのものが、光合成という「酸素を作る力」と、呼吸・燃焼という「酸素を消費する力」の二つの巨大な力が釣り合う、一つの精密な天秤のような存在に見えてくる。片方の力だけが際限なく強くなれば、天秤は傾き、大気の組成は今とはまったく違うものになっていただろう。人類が現在のような文明を築き、酸素を吸って当たり前のように暮らせているのは、この天秤が数億年という長い時間、大きく崩れることなく釣り合い続けてきた結果なのである。
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## おわりに――酸素という物語をふりかえって
この図鑑冊では、「酸素はどうやって作られるのか」という一見シンプルな問いから出発し、地球規模の壮大な物語をたどってきた。
酸素のなかった惑星に、シアノバクテリアという小さな生命が現れ、光合成という仕組みで大気を作り替えた。それは多くの生物にとって「毒」であり、大量絶滅にも近い危機だったが、その危機を乗り越えた生物たちが、酸素を利用する新しい生き方――私たち動物にもつながる道――を切り開いた。そして現代の私たちは、光合成だけでなく、電気分解や過酸化水素の分解、空気の分留といった、様々な方法で酸素を作り出し、あるいは取り出す技術を手にしている。同時に、酸素は多すぎれば毒にも刃にもなるという、もろ刃の剣としての性格も併せ持つ。
酸素をめぐるこの物語は、化学(物質がどう反応するか)、生物学(生命がどう適応し進化してきたか)、地球科学(惑星規模で大気がどう変化してきたか)という複数の学問分野が交差する場所に立っている。次の冊では、この土台の上に、さらに一歩踏み込んだ酸素の科学――たとえば酸素同位体や、酸素をめぐる産業技術の最前線――へと歩みを進めていきたい。
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### 章末図:酸素の循環(模式図)
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太陽光
│
▼
[シアノバクテリア/藻類/植物]
│ 光合成:H2O + CO2 → 有機物 + O2
▼
┌───────────────┐
│ 大気中の酸素 (O2) │←── 空気の分留で分離・利用
└───────────────┘
│
│ 呼吸・燃焼:有機物 + O2 → CO2 + H2O + エネルギー
▼
[動物・微生物・燃焼現象]
│
▼
CO2 が大気へ戻る
│
└──── 再び光合成の材料へ(循環)
```
### 章末図:大酸化イベントまでの主な流れ(簡易年表)
```
地球誕生(約46億年前)
│ 酸素のほとんどない大気
▼
生命の起源(時期は未確定)/嫌気性代謝が中心
│
▼
シアノバクテリアによる光合成の獲得
│ 酸素は海水中の鉄などに吸収され続ける(縞状鉄鉱層の形成)
▼
大酸化イベント(約24億年前〜21億年前)
│ 大気中の酸素濃度が上昇/多くの嫌気性生物に「酸素の毒性」の危機
▼
酸素を利用する代謝(好気呼吸)を持つ生物の台頭
│
▼
現代:大気の酸素濃度が約21%で推移
```
*本冊の執筆にあたっては、大気化学、地球史・先カンブリア時代の地質学、微生物学・進化生物学、燃焼化学、産業ガス工学といった分野で確立されている一般的な知見を参考にしている。個別の論文引用は行わず、教科書レベルで広く共有されている知見のみを扱った。年代・数値については地質学的な見積もりの幅があるため、本文中で「約」「〜」等の表現を用いている箇所は、確定した単一の数値ではなく研究上の推定範囲であることを示す。*
# BOOK-0035 酸素の作り方 第1冊
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ΩΩΩ あっ流れ星!