ひぐらしのなく頃に〜もう1つの欠片〜   作:Sabs(S)

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久しぶりの更新です笑


第2話 Part3

部活の罰ゲームで魅音の特製おはぎを平らげ、部室を出た後の帰り道だった。

村の外から来た「よそ者」の俺を、雛見沢分校のみんなは驚くほど自然に受け入れてくれた。年齢も学年もちがう子どもたちが、当たり前のように同じ空間で笑い合っている。よそ者を排除するどころか親切で温かいこの村の空気に、どこか毒気を抜かれていたのは事実だ。

 

梨花ちゃんの後ろをなんとなくついて歩いていたはずだったが、気付けばその姿を見失っていた。

立ち止まり、周囲を見回す。その時一一橋の向こうに、茜色の夕日を背に佇む、見慣れたシルエットが視界に入った。

心臓が、跳ねるように脈打つ。

 

「ーー礼奈」

 

思わず言葉が漏れていた。

 

人影がぴたりと止まる。そして、緩慢な動作でこちらへ振り返った。

竜宮礼奈だった。

彼女も俺に気づいたらしい。金色の瞳を大きく見開いたまま、その場で固まっている。

二人を繋ぐ橋の上で、時が止まったかのようだった。川のせせらぎと、山々に響きわたるひぐらしの鳴き声だけが、嫌に大きく耳に届く。

やがて、礼奈が小さく唇を戦がせた。

 

「駿ー......くん」

 

声が、微かに震えている。

さっきまで教室で「レナ」として笑っていたはずなのに、今の彼女の佇まいは、まるで遠い過去の惨劇を引きずっているかのようだった。その温度差に強烈な違和感を覚えつつも、俺は精いっぱいの言葉を紡ぐ。

 

「えっと、その.....本当に久しぶりだな」

 

自分でも驚くほど、声は自然に出た。

だが、礼奈は笑わなかった。ただ、すがりつくような、あるいは拒絶するような瞳で俺を見つめ返してくる。

 

「うん.......」

 

重い沈黙のあと、彼女はポツリと溢した。

 

「どうして.....どうしてここに……雛見沢にいるのかな、かな......」

 

戸惑いと、隠しきれない動揺。俺は自嘲気味に口元を緩めた。

 

「会いに来たんだ」

 

礼奈の華奢な肩が、びくりと跳ねる。

 

「会いに.....?」

 

「ああ。嘘じゃない」

 

君に会うため。あの事件の真実を知るため。俺はこんなところまでやってきた。

礼奈は何も言わなくなり、視線を足元の川の流れへと落とした。夕暮れの朱線が、彼女の横顔を赤く染め上げていく。

その横顔に、あの日の光景が重なった。

屋上のベンチで、一人静かに泣いていた礼奈。

 

俺と過ごす中で、柔らかく笑うようになった礼奈。

 

そして一一金属バットを握り締め、惨劇の中で俺を見下ろしていた礼奈。

 

「俺......」

 

口を開いたものの、言葉が上手くつながらない。

責めたいわけじゃない。問い詰めて怒りをぶつけたいわけでもない。ただ、知りたいのだ。

 

「.....レナに、一体何があったのかを知りたいんだ」

 

礼奈の身体が、明確な拒絶を示すように強張った。

痛いほどの静寂。どれくらいそうしていたるだろうか。やがて彼女は、ゆっくりと首を横に振った。

 

「知らない方がいいよ」

 

その声は、恐ろしいほど静かだった。

 

「え......?」

 

「駿一くんは、何も知らない方がいい」

 

礼奈は微笑んだ。いつもの、あの優しい笑顔で。

けれどその瞳には、深く重い悲しみがえられていた。

 

「どうしてだよ」

 

「だって.....」

 

礼奈は言葉を呑み込み、少しだけ俯く。

 

「駿一くんは......優しいから」

 

意味が分からなかった。優しいから知らない方がいい?それがどうして拒絶の理由になるんだ。

問い返そうと一歩踏み出した、その時だった。

礼奈の手が、すっと自身の首元へと伸びた。

ーーガリ。

爪が皮膚を掻く、嫌な音が聞こえた。

一度。また一度。

まるで、皮膚の裏側に蠢く痒みに耐えかねているかのように、不自然な強さで首筋を引っ掻いてい

る。

息が止まった。

 

記憶がフラッシュバックする。

あの日。意識を失う直前に見た彼女も、まったく同じ手つきで、狂ったように首を掻きむしっていた。

 

「レナ......!?」

 

悲鳴に近い声をかけると、彼女はハッとしたように手を滑り込ませ、身体から離した。

 

「あ......ご、ごめんね?」

 

誤魔化すように、ふふっと笑う。けれどその笑顔は歪み、ひきつっていた。

 

「最近ちょっと、首元が痒くてかな、かな.......」

 

明らかな嘘だった。礼奈自身、それが苦しい言い訳だと分かっているのだろう。それ以上は何も語ろうとせず、口を閉ざしてしまった。

俺もまた、追及することができなかった。これ以上踏み込んではいけないという本能的な恐怖と、彼女の痛々しさに胸が締め付けられたからだ。

 

夕日が完全に沈みかけ、山影が濃い闇を落とし始める。

 

「......もう帰るね」

 

礼奈がぽつりと言った。

 

「また、会えるよな?」

 

去ろうとする背中に声をかけると、彼女は一瞬だけ驚いたように目を丸くした。そして、ほんの少しだけ、救われたような表情で頷いた。

 

「うん。きっと......また会えるよ」

 

振り返ることなく、彼女は歩き出した。

静かに、一歩一歩、闇に溶け込むように。

俺はその背中を、ただ見送ることしかできなかった。

聞きたいことの何一つ聞けず、真相の入口にすら立てていない。

けれど、一つだけ確かなことがあった。

竜宮礼奈は、今もなお「何か」に苛まれ、苦しんでいる。

 

そして彼女は、その苦しみに俺を巻き込みたくないと願っているのだ。

橋の上に一人取り残された俺は、深く暗くなった空を見上げた。ひぐらしの合唱が、頭の奥に直接響くかのようにしかった。

礼奈の姿は、すでに夕闇の向こうへと消えていた。

立ち尽くす俺の胸に去来するのは、悔しさと、そしてーー

 

「助けたい」

 

という、シンプルで強い感情だけだった。

 

「......見つけたのですよ」

 

不意に、背後から幼い声が届いた。

振り返ると、そこに梨花ちゃんが立っていた。

 

「探したのですよ」

 

「すまん、梨花ちゃん」

 

「会えたのですね」

 

すべてを見透かしているかのような口ぶりだった。

 

「......ああ」

 

「何か、分かりましたですか?」

 

「いや……」

 

俺は自嘲気味に息を吐く。

 

「余計に分からなくなった」

 

梨花ちゃんは責めることもなく、ただ寂しそうに目を細めた。

 

「そうですか......」

 

風が吹き抜け、田んぼの稲穂がざわめく。

俺は意を決して尋ねた。

 

「昔から、あんな感じなのか?」

 

梨花ちゃんはすぐには答えなかった。小さな身体で橋の欄干にもたれ、暗くなりゆく村を見つめている。

 

「難しい質問なのです」

 

やがて、ぽつりと呟いた。

 

「昔の礼奈を知っている人と、今の礼奈を知っている人では......答えが違うのですよ」

 

意図の測りかねる言葉だった。

 

「昔の.....礼奈?」

 

「みー」

 

梨花ちゃんは小さく首を傾げ、話題を逸らすように言った。「礼奈は、とても優しい子なのですよ」

 

「それは、知ってる」

 

即答だった。

梨花ちゃんが少しだけ目を見開く。

 

「.....知っているのですか?」

 

「ああ。俺が知ってる礼奈は、誰かが困っていたら自分を後回しにする奴だった。自分が辛くても無理して笑うような.....そういう、お人好しで優しい奴だったんだ」

 

梨花ちゃんは黙って俺の言葉を聞いていた。そして、小さく頷く。

 

「そうなのです。それが.......本当の礼奈なのですよ」

 

梨花ちゃんの表情がふっと和らいだ。しかし次の瞬間には、冷たい影がその顔を覆う。

 

「だからこそ......壊れやすいのです」

 

胸に、冷たい釘を刺されたような感覚がした。

学校で見た惨劇。病院で刑事から聞かされた奇行。そしてさっきの、首を掻く不気味な仕草。すべてが頭の中で悪魔的な繋がりを見せ始める。

 

「なあ、梨花ちゃん。礼奈に一体何があったんだ?」

 

梨花ちゃんは静かに首を振った。

 

「今は、言えないのです」

 

「どうしてだよ」

 

「駿ーは、まだ知らない方がいいのですよ」

 

礼奈と同じ拒絶。俺は思わず眉をひそめた。

 

「誰も彼も......そればっかりだな」

 

「だって、本当のことなのですから」

 

梨花ちゃんは淡々と言い、それからまっすぐに俺の目を見た。その眼光の強さに、思わず息を呑む。

 

「ですがーー礼奈のそばにいてあげてほしいのです」

 

「俺が......?」

 

「そうです」

 

梨花ちゃんは迷いなく言った。

 

「今の礼奈には、駿ーが必要なのです」

 

風が吹き、梨花ちゃんの紫色の髪が揺れる。その瞳は到底十歳前後の子供のものとは思えなかった。何百年もの孤独を生き抜いてきたかのような、深い諦念と凄みが宿っている。

 

「どうして......そんなことを俺に頼むんだ?」

 

梨花ちゃんは言葉を一度区切り、静かに、噛みしめるように言った。

 

「あの惨劇を経てもなお......礼奈を怖がらなかったからなのです」

 

言葉が出なかった。

怖くなかったわけがない。今でも暗闇に立つと、あのバットの重みと血の匂いが蘇って震えそうになる。

それでも一一惨劇の恐怖以上に、泣いていた彼女の顔が耳から、目から離れないのだ。

 

「帰るのです」

梨花ちゃんがくるりと背を向け、歩き出す。

 

「入江も、夕飯を待っているのですよ」

 

「......ああ」

 

俺は後を追った。

村へ続く緩やかな坂道を登りながら、ふと胸騒ぎがして振り返る。

 

夕闇に沈んだ橋の袂。

ほんの一瞬だけ、そこに「黒い人影」が立って、じっとこちらを見下ろしているような気がした。

だが、瞬きをした時には何もいなかった。ただの街灯の影だったのかもしれない。

 

「どうしたのです?」

 

梨花ちゃんが足を止め、振り返る。

 

「.....いや、なんでもない」

 

俺は首を振り、歩調を早めた。

けれど、背筋を這い上がる不気味な悪寒だけは消えなかった。まるで、これから逃れようのない惨劇の歯車が、静かに回り始めたかのようなーーそんな予感がしていた。




前書きでも書いたけどすごく久しぶりの投稿だった。
自分がどう描こうかすら忘れちゃってる……。
また不定期ですけど投稿頑張ります笑
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