楽して稼ぎたいクソザコ妖狐の怪異相談所 ~ネットで開業したら影を操る怪異の幼女に懐かれた~ 作:パッタリ
「あー、働きたくない……」
私は、ちゃぶ台に突っ伏しながら現代社会に対する率直な感想を述べた。
「楽してお金が欲しい」
現代社会は残酷だった。
山にいれば開発業者が来る。
神社にいれば観光客が来る。
人里に降りれば家賃が発生する。
信仰も畏怖も薄れたこの時代、妖怪もまた口座残高に怯えながら生きていかなければならない。
そこで私、ユズハは考えた。
「妖怪なのを生かして稼ぐ。これだ!」
見た目は、長い亜麻色の髪と淡い琥珀色の瞳を持つ十歳くらいの幼女。
しかしその正体は、狐耳とふわふわ尻尾を持つ由緒正しき妖怪。
まあ、普段は耳と尻尾を隠してるけど。
***
とりあえず、私はネット上に小さな怪異相談所を開いた。
サイト名は【ゆずは怪異相談所】。
キャッチコピーは、怪異、呪い、心霊現象、お困りごとはご相談ください。値段は要交渉。
ぶっちゃけ、胡散臭い。
「まあ、胡散臭いくらいのほうが逆に本物っぽいでしょ」
私はノートパソコンの画面を見ながら、うんうんと頷いた。
相談フォームには、今日も迷惑メールが届いている。
『霊感商法ですか?』
『本当に除霊できますか?』
『呪ってほしい上司がいます。成功報酬でお願いします』
私は真剣に返信しようとして、やめた。
呪いは専門外だし、そもそも呪えない。
そんな私のところに珍しくまともそうな依頼が届いたのは、深夜一時を少し過ぎた頃だった。
『妹の影がおかしいです。助けてください』
「おっ」
これは、いかにも怪異相談所っぽい案件である。
送信者は大学生くらいの女性。
内容によれば、数日前から妹の周囲だけ影が濃くなり、夜になると部屋の隅から誰かの声がするらしい。
さらに昨日、妹が眠っている間に、彼女の影だけが起き上がって歩いたという。
「うわ、ガチっぽい」
私は顔をしかめた。
ガチ案件は困る。
なぜなら、私は力のないクソザコ妖怪だからだ。
とはいえ、依頼文の最後にはこう書かれていた。
『報酬は十万円までなら出せます』
「行きます」
即決だった。
私は狐耳や尻尾が隠れてるか確認したあと、パーカーを羽織って家を出た。
夜の住宅街は静かだ。
街灯の下を歩きながら、私は何度も自分に言い聞かせる。
「大丈夫。影くらいどうにかなる。たぶん。無理そうなら、原因不明ですって言って帰ればいい」
我ながら最低である。
依頼人の家は、古い二階建ての一軒家だった。
チャイムを鳴らすと、やつれた顔の女性が出てきた。
「あの、怪異相談所の方ですか?」
「はい。ゆずは怪異相談所のユズハです。怪異のことなら、そこそこお任せください」
「そこそこ……?」
「誠実な表現です」
依頼人は不安そうだったが、もう他に頼る先がなかったのだろう。私を家の中へ入れてくれた。
案内されたのは二階の奥の部屋。
扉の前に立った瞬間、私は帰りたくなった。
部屋の隙間から、黒いものが漏れていた。
影だ。
ただの影ではない。
濃く、重く、冷たい。
人間の悪意や恐怖や後悔を、ぐちゃぐちゃに煮詰めて固めたような気配がする。
「……ちなみに、報酬って前払いできます?」
「え?」
「冗談です」
半分本気だった。
私は深呼吸してから扉を開けた。
部屋の中には、小さな女の子が座っていた。
年齢は、見た目だけなら九歳くらい。
長い黒髪に白い肌。
闇を溶かしたような黒い瞳。
その足元から伸びる影が、部屋中を覆っている。
壁も、天井も、床も、すべてが黒い。
そして、その黒の中から無数の目がこちらを見ていた。
「うわあ」
私は素直に声を漏らした。
女の子が、ゆっくりとこちらを見る。
「……だれ」
「怪異相談所の者です。お困りですか?」
「困ってない」
「そうですか。では私はこれで」
「ユズハさん!?」
廊下から依頼人の悲鳴が飛んだ。
仕方なく私は踏みとどまる。
女の子は首をかしげた。
「狐のにおいがする」
「鼻がいいね、君」
私は笑顔を作った。
内心は全力で逃げたい。
この子は、ただの取り憑かれた人間ではない。
人間の形をしている怪異だ。
しかも、影を操る。
影の奥に、何かもっと大きなものがいる気配すらある。
厄ネタの塊だった。
「名前は?」
「……ヨミ」
「そっか。ヨミちゃん。私はユズハ。話し合いに来ました」
「話し合い?」
「そう。現代社会ではね、怪異も対話の時代なの」
私はその場に正座した。
立っていると、足が震えているのがバレそうだったからである。
「ヨミちゃんは、この家にいたいの?」
「わからない」
「この家の人たちを怖がらせたい?」
「わからない」
「じゃあ、何がしたい?」
ヨミは少し黙った。
部屋の影が、ゆらゆら揺れる。
壁に浮かぶ目がまばたきする。
精神に悪いからやめてほしい。
「さみしい」
ぽつりと、ヨミが言った。
その瞬間、部屋の影が少しだけ薄くなった。
「……さみしい?」
「ずっと、暗いところにいた。誰も見なかった。誰も呼ばなかった。ここに出たら、みんな怖がった」
「まあ、見た目がね。ちょっと演出過剰だからね」
「かじょう?」
「目をいっぱい出すの、怖いからやめようか」
ヨミはきょとんとしたあと、こくりと頷いた。
すると壁の目がすっと消える。
「あ、素直」
私は少しだけ安心した。
ものすごく危険ではある。
けれど、少なくとも話は通じるらしい。
「じゃあ、次。影を部屋中に広げるのもやめよう。人間はそういうの見ると心臓がきゅっとなるから」
「きゅっと」
「そう。きゅっと」
ヨミは自分の胸に手を当てた。
そして、足元の影を少しずつ縮めた。
黒に飲まれていた部屋が、元の部屋に戻っていく。
ぬいぐるみ。学習机。床に落ちた絵本。
普通の部屋だ。
ただ、その中央に座るヨミだけが普通ではない。
「できた」
「偉い」
私が思わず言うと、ヨミは目を丸くした。
「えらい?」
「うん。ちゃんと話を聞けた。偉い」
「……えらい」
ヨミは小さく繰り返した。
その顔に、ほんの少しだけ表情が浮かぶ。
まずい。
私の直感が叫ぶ。
これは懐かれる流れだ。
「ユズハ」
「はい」
「いっしょにいて」
「嫌です」
即答したらヨミの影がぶわっと膨らんだ。
「ごめん、言い方が悪かった。要相談です」
影が少し縮んだ。
私は冷や汗をかきながら、廊下の依頼人を振り返る。
「えーと、結論から言いますと、この子は悪霊というより、寂しさで暴走しているタイプの怪異です」
「妹は……妹は大丈夫なんですか?」
「あ、妹さん本人は?」
「一階で寝ています。この子は、妹の影から出てきて……」
「なるほど。影経由で迷い込んだ感じですね」
私はそれっぽく頷いた。
半分くらい勘である。
ただ、ヨミがこの家に留まれば、また影が暴走する可能性は高い。
依頼人の妹にも悪影響が出るかもしれない。
つまり、解決策は一つ。
ヨミをここから離すこと。
問題は、誰が引き取るか。
私はゆっくりと視線を逸らした。
「ユズハ」
ヨミが私の袖を掴んだ。
「いっしょにいく」
「いや、家は狭いし」
「影のなかで寝る」
「それは住環境としてどうなの?」
「ご飯、いらない」
「食費ゼロ……?」
私は揺れた。
食費がかからない同居人。
しかも、影を操れる強力な怪異。
怪異相談所の仕事にも使えるかもしれない。
たとえば心霊写真の鑑定とか、呪物の保管とか、脅し……ではなく安全確認とか。
だが、相手は厄ネタの塊である。
家に置いた瞬間、事故物件になるかもしれない。
「お金、ほしいんでしょ」
ヨミが言った。
「なぜそれを」
「影が聞いてた」
「プライバシー!」
ヨミは私の袖を握ったまま、真剣な顔で告げた。
「わたし、手伝う。だから、いっしょにいて」
私は沈黙した。
絶対に断るべきだ。
だが、依頼人は怯えた顔でこちらを見ている。
ヨミは私の袖を離さない。
そして私の頭の中では、報酬十万円と、今後の怪異相談所の売上予想が踊っていた。
「……追加料金、いただけます?」
「払います!」
「よし」
私は立ち上がり、ヨミの手を取った。
「では、ゆずは怪異相談所が責任を持って、この怪異をお預かりします」
「ユズハ」
「何?」
「よろしく」
ヨミがほんの少し笑った。
その瞬間、足元の影が私の尻尾みたいに揺れる。
私は思った。
あ、これ絶対面倒なことになる。
***
帰宅後、私のワンルームの床一面が、黒い影で埋まっていた。
「ヨミ」
「なに」
「部屋の中で深淵を広げないで」
「おちつく」
「私が落ち着かない」
ちゃぶ台の上には、ノートパソコン。
画面には、新しい依頼メールが届いている。
『最近、家の鏡に知らない女の人が映ります。相談できますか?』
私は画面を見て、ヨミを見た。
ヨミは無表情で首をかしげる。
「鏡、影でふさげる」
「採用。向かうのは一眠りしてから」
こうして、クソザコ妖怪の私と、厄ネタ幼女のヨミによる怪異相談所は、本格的に営業を始めた。
値段は要交渉。
ただし、危険手当は別料金である。