楽して稼ぎたいクソザコ妖狐の怪異相談所 ~ネットで開業したら影を操る怪異の幼女に懐かれた~   作:パッタリ

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2話 ケモミミ幼女、厄ネタ幼女を助手にする

 「……重い」

 

 目が覚めた瞬間、私は自分の尻尾に違和感を覚えた。

 具体的には、何かが抱きついている。

 布団の中からもぞもぞと顔を出すと、私のふわふわ尻尾を両腕でぎゅっと抱きしめたヨミが、すぐ横で眠っていた。

 その目が、ぱちりと開く。

 

 「おはよう、ユズハ」

 「おはようじゃない。なんで私の尻尾を抱いて寝てるの」

 「おちつく」

 「私は落ち着かない」

 

 ヨミは無表情だった。

 けれど、腕の力は緩まない。

 むしろ、少し強くなった。

 

 「ヨミ。離して」

 「いや」

 「即答しないで」

 「ふわふわ」

 「感想はいいから」

 

 私は尻尾を引っ張ろうとした。

 すると、床に広がっていた影がぬるりと動き、私の尻尾を補助するように包み込んだ。

 

 「影で固定しない!」

 「逃げるから」

 「尻尾は私の一部なの!」

 

 朝から影に拘束されるとは思わなかった。

 昨日まで一人暮らしだった私のワンルームは、すでに半分くらいヨミの領域になっている。

 床の影は濃い。

 部屋の隅はやたら暗い。

 冷蔵庫の下から、たまに知らない目がこちらを見る。

 

 「ヨミ」

 「なに」

 「同居するなら、ルールを決めます」

 「うん」

 「一つ。部屋を勝手に深淵にしない」

 「わかった」

 「二つ。相手を勝手に影で包まない」

 「わかった」

 「三つ。私の尻尾を許可なく抱きしめない」

 「わかった」

 「今すぐ実行して」

 「それは難しい」

 

 何が難しいのか。

 私はため息をつきながら、ノートパソコンを開いた。

 画面には昨夜届いた依頼メールが残っている。

 

 『最近、家の鏡に知らない女の人が映ります。相談できますか?』

 

 朝になったら、追加で何通もメールが来ていた。

 

 『昨夜、鏡の中の女が少し近づいていました』

 『目が合いました』

 『今朝、鏡の前に濡れた髪の毛が落ちていました』

 

 「うわ、行きたくない」

 「行く」

 「ヨミはやる気だね」

 「ユズハと行く」

 「仕事へのやる気じゃなかった」

 

 とはいえ、報酬は大事だ。

 私は顔を洗い、パーカーを羽織り、狐耳と尻尾を妖術で隠した。

 ヨミは私の袖を掴んだまま、じっと見上げてくる。

 

 「ヨミ、その手は?」

 「迷子になる」

 「影の中からでも私を追跡できそうだけど」

 「できる」

 「じゃあ離して」

 「いや」

 

 無表情なのに、べったりだった。

 

 ***

 

 依頼人の部屋は、駅から少し離れた古いマンションの三階にあった。

 出迎えてくれたのは、二十代半ばくらいの女性。

 顔色が悪く、寝不足なのがすぐわかる。

 

 「あの、本当に来てくれたんですね」

 「もちろんです。ゆずは怪異相談所ですから」

 「その子は?」

 「助手のヨミです」

 

 ヨミは淡々と頭を下げた。

 依頼人は少し不安そうだったが、昨日の私よりはよほど落ち着いている。

 たぶん、怪異に悩まされすぎて、幼女が二人来たことに疑問を持つ余裕がないのだろう。

 

 「こちらです」

 

 案内された部屋の奥には、大きな姿見が置かれていた。

 古い木枠の鏡だ。

 中古家具店で一目惚れして買ったらしい。

 昼間だというのに、鏡面だけが妙に暗い。

 部屋の中を映しているはずなのに、その奥にもう一つ、薄暗い廊下のようなものが見える。

 

 「いる」

 

 ヨミが鏡を指差した。

 次の瞬間、鏡の中の暗がりに、女性の顔が浮かんだ。

 濡れた髪。青白い肌。虚ろな目。

 依頼人が小さく悲鳴を上げる。

 私は一歩下がった。

 

 「ユズハ、手が震えてる」

 「こ、これは武者震いだから」

 

 鏡の中の女性が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 ずるり。

 鏡の奥にあるはずの暗い廊下を、濡れた足音だけが這うように響いた。

 

 「出てきたらどうなるんですか……?」

 「状況によります」

 「専門家ですよね?」

 「誠実な表現です」

 

 まずい。

 私は鏡系の怪異に詳しくない。

 そもそも私はクソザコ妖怪であり、できることといえば気配を消すことと、ちょっと人を驚かせることくらいだ。

 しかし、今日はヨミがいる。

 

 「ヨミ、いけそう?」

 「いける」

 「本当に?」

 「うん」

 

 ヨミが鏡の前に立つ。

 そして、無表情のまま言った。

 

 「出てこないなら、鏡の向こうを影で埋める」

 「それは交渉じゃなく脅し」

 

 鏡の中の相手が、びくっとしながら止まった。

 怖がっている。

 依頼人も怖がっている。

 私も怖がっている。

 この部屋で一番怖いのは、たぶんヨミだった。

 鏡面に黒い影が広がる。

 ヨミの足元から伸びた影が、鏡の中へ指を差し込むように入り込んでいく。

 すると、鏡の女性が慌てたように口を開いた。

 

 『まって』

 

 かすれた声だった。

 依頼人が私の後ろに隠れる。

 私は内心、依頼人の後ろに隠れたかった。

 

 「待ちます。話し合いましょう」

 「ユズハ、えらい」

 「今は褒めなくていい」

 

 私は咳払いをした。

 

 「あなたは、この鏡に憑いているんですか?」

 『……わからない』

 「この人を怖がらせたい?」

 『ひとりに、しないでほしかった』

 「なるほど」

 

 話を聞くと、彼女は悪霊というより、鏡に残った念のようなものだった。

 昔、この鏡を持っていた誰かの寂しさ。

 捨てられたくない、忘れられたくないという気持ち。

 それが夜の疲れた依頼人に反応して、形を持ってしまったらしい。

 もちろん、半分くらい勘である。

 

 「鏡を捨てるだけだと、別の人のところに行くかもしれません」

 「じゃあ、どうすれば……」

 「きちんと区切りをつけましょう」

 

 私は台所から小皿を借り、温かいお茶を入れてもらった。

 それを鏡の前に置く。

 

 「長く使われてきた物には、気持ちみたいなものが残ります。だから、怖がるだけじゃなくて、終わりを伝えてあげてください」

 

 依頼人は震える声で、鏡に向かって言った。

 

 「……寂しかったんですね。でも、私はあなたの寂しさを背負ってはあげられません。ここで終わりにしましょう。長い間、お疲れ様でした」

 

 鏡の中の女性が、じっと依頼人を見る。

 ヨミの影が、静かに鏡の縁を包んだ。

 脅すでもなく、押し潰すでもなく、逃げ道を示すように。

 

 『……そう』

 

 女性の姿が薄れていく。

 最後に、鏡の奥の暗い廊下も消えた。

 部屋が普通に戻ると、依頼人はその場にへたり込んだ。

 

 「消えた……」

 「はい。解決です」

 「すごいです、ユズハさん」

 「まあ、専門家なので」

 

 私は胸を張った。

 横からヨミが袖を引く。

 

 「ユズハ、ほとんど喋ってただけ」

 「それが大事なの」

 

 報酬は無事に支払われた。

 基本料金、出張費、危険手当、助手手当。

 助手手当という項目には依頼人も首をかしげていたが、ヨミが鏡をじっと見たら、すぐ納得してくれた。

 

 ***

 

 仕事終わりの帰り道。

 私は奮発して、ヨミをファミレスへ連れていった。

 

 「今日は働いたからね。特別です」

 「ファミレス」

 「現代社会の楽園だよ。安くて、長居できて、ドリンクバーもある」

 

 席に座ると、ヨミは私の隣にぴったりくっついた。

 向かいではなく、隣である。

 

 「ヨミ、狭い。私の肩に当たってる」

 「当ててる」

 「わざとか!」

 

 私が注文する料理を決めると、ヨミは無表情のままメニューを見つめた。

 

 「これ」

 「ハンバーグ?」

 「ユズハと同じのがいい」

 

 表情は変わらない。

 声も淡々としている。

 けれど、その一言で私は負けた。

 ハンバーグを二つ頼み、ついでにポテトも頼んだ。

 さらにドリンクバーもつけた。

 完全に奮発である。

 料理が来ると、ヨミは小さな口でハンバーグを食べた。

 

 「どう? 味とか?」

 「熱くておいしい」

 「そっか」

 

 ヨミは少しだけ、ほんの少しだけ目を細めた。

 それだけなのに、なぜか私は報酬の半分くらいを使ってもいい気分になった。

 いや、よくない。

 楽してお金が欲しい私が、稼いだ日に散財してどうする。

 

 「ユズハ。今日、役に立った?」

 「かなりね」

 「じゃあ、明日もいっしょにいていい?」

 「……最初から離れる気ないでしょ」

 「ない」

 

 ヨミはそう言って、私の袖を掴んだ。

 無表情で淡々と。

 私はため息をつき、ポテトを一本つまんだ。

 

 「まあ、助手としてならね」

 

 ヨミは答えず、私の肩にこつんと頭を預けた。

 窓の外は、まだ昼前の明るさだった。

 現代社会は残酷だ。

 家賃はあるし、怪異は怖いし、楽してお金を稼ぐのは難しい。

 でも、ドリンクバーのメロンソーダは甘い。

 隣には、厄ネタの塊みたいな助手がいる。

 

 「ヨミ。帰ったら、部屋の深淵は片付けてね」

 「考える」

 「そこは約束して」

 

 こうして、ゆずは怪異相談所には正式に助手ができた。

 無口で、無表情で、私にべったり甘えてきて、その辺の怪異よりもたまに怖い助手が。

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