楽して稼ぎたいクソザコ妖狐の怪異相談所 ~ネットで開業したら影を操る怪異の幼女に懐かれた~ 作:パッタリ
「家賃、三万円……」
私はちゃぶ台の前で、家計簿を見つめていた。
数字というものは、残酷である。
山にいた頃は、木の実を拾って食べても誰にも怒られなかった。
神社にいた頃は、供え物をつまんでも、まあ妖怪だしで済んだ。
だが、都会ではそうはいかない。
家賃。光熱費。通信費。食費。その他諸々の税金。
人間社会は、妖怪からも容赦なくお金をむしり取ってくる。
「働きたくない……」
「ユズハ、昨日も言ってた」
私の隣で、ヨミが淡々と言った。
今日は部屋の床を深淵にしていない。
偉い。
ただし、私の尻尾は抱きしめている。
「ヨミ、尻尾」
「ふわふわ」
「感想じゃなくて、離してって意味」
「いや」
ヨミは無表情のまま、私の尻尾を抱きしめ直した。
昨日、鏡の怪異を解決して、そこそこの報酬をもらった。数万円くらい。
だから少しは余裕ができたはずだった。
だが、家計簿をつけた瞬間、現実が見えた。
「家賃三万円。光熱費が……まあ、今月はちょっと高いね」
私は電卓を叩いた。
古いスマホなのでバッテリーが一日持たない。
ノートパソコンも怪しい。依頼メールを開くだけで、たまに唸り声を上げる。
「スマホを買い替えたい。ノートパソコンも買い替えたい。でも、家賃払ったらそっちの分までは無理」
「お金、ふやす?」
「増やしたい」
「影で財布をふやす」
「それはたぶん犯罪か怪異災害」
ヨミは少し考えたあと、私の袖を掴んだ。
「じゃあ、仕事する」
「したくない」
「お金ほしい?」
「欲しい」
「仕事する」
「正論で追い詰めないで」
厄ネタ幼女に生活指導されるとは思わなかった。
私が家計簿の前でぐったりしていると、窓の外で「にゃあ」と声がした。
続いて、ベランダの窓が勝手に開く。
「お邪魔するわよー」
三毛猫が入ってきた。
普通の猫ではない。
尻尾が二股に分かれている。
つやつやの毛並みに、妙に人を見下すような目。
猫又である。
「ミケ」
「やっほー、ユズハ。相変わらず貧乏くさい部屋ね」
「第一声がそれ?」
三毛猫は部屋の中をとことこと歩き、ちゃぶ台の前で座った。
次の瞬間、ぼふんと白い煙が立つ。
煙が晴れると、そこには三毛猫柄の髪飾りをつけた、若い女性が座っていた。
ゆるく巻いた茶色い髪に、余裕たっぷりの笑み。
猫又のミケ。
昔からの知り合いで、性格はだいぶ悪い。
悪いが、差し入れを持ってくる程度には面倒見がいい。
「はい、これ。商店街のお惣菜」
「ようこそ、ミケ様」
「急に媚びるじゃない」
ミケが差し出した袋の中には、唐揚げ、コロッケ、ひじき煮、ポテトサラダが入っていた。
私は思わず手を合わせる。
「ありがたや……」
「本当に貧乏してるのね」
「家賃三万円は重いんだよ」
「都会でそれは、安い方じゃない?」
「妖怪には、家賃の概念がある時点で重い」
ヨミが無言でミケを見つめていた。
ミケもヨミを見る。
「で、この黒い子は?」
「ヨミ。拾った」
「拾った?」
「影を操る厄ネタの塊みたいな怪異」
「何拾ってるのよ、あんた」
ヨミは私の尻尾を抱いたまま、淡々と言った。
「ユズハの助手」
「へえ」
「ユズハの」
「そこ強調するんだ」
ミケはにやにや笑った。
「ふーん。いいじゃない。クソザコ妖怪にも、ついに保護者属性がついたのね」
「誰がクソザコ妖怪だ」
「昔、野犬に追いかけられて泣いてたくせに」
「それは野犬が強かっただけ!」
ヨミが私の尻尾を強く抱いた。
「ユズハをいじめるな」
「おっと」
ミケの目が細くなる。
その足元に、ヨミの影が静かに伸びていた。
部屋の空気が少し冷える。
私は慌てて手を振った。
「はいはい、喧嘩しない。うちでは敷金が戻らなくなるような戦闘は禁止」
ミケは肩をすくめ、惣菜のパックを開けた。
「それで? 怪異相談所だっけ。儲かってるの?」
「ぼちぼち」
「家計簿の顔が死んでるけど」
「ぼちぼち死んでる」
私はコロッケを箸でつまみながら、ふと気になった。
そういえば、ミケはいつも余裕がある。
服もいいものを着ている。
差し入れも持ってくる。
以前はボロい神社の床下で寝ていたくせに、最近はかなり羽振りがいい。
「ミケ、そういえば何で稼いでるの?」
「猫動画」
「猫動画?」
ミケは得意げに胸を張った。
「私、可愛い三毛猫になれるでしょ?」
「まあ、猫姿は可愛いね」
「猫姿は、って何?」
「お姉さん姿は性格がにじみ出てる」
「失礼な狐ね」
ミケは悪びれもせず笑った。
「退魔師の女の子がいてね。真面目な子だったの。最初は私を祓おうとしてきた」
「普通はそうなる」
「だから耳元でささやいたの。手を組まない? 私、可愛い猫の姿になれるよ。動画撮れば稼げるよって」
「悪魔のささやきじゃん」
「一緒にしないで。こちとら妖怪よ」
ミケは悪びれもせず続ける。
「最初は拒否された。『人に仇なす妖怪と手を組むなど退魔師の名折れです』って」
「おお、ちゃんとしてる」
「でも、試しに一本だけ撮ったら十万再生」
「陥落早そう」
「三本目で収益化を調べ始めた」
「終わりだよ、その退魔師」
ヨミが首をかしげる。
「猫動画、もうかる?」
「儲かるわよ。可愛いは強いの」
「ヨミもかわいい?」
「うん、危険な方向に可愛いわね」
「ユズハ、ヨミかわいい?」
「えっ」
ヨミがじっと私を見る。
無表情で、無言。
でも、尻尾を抱く力だけが少し強い。
「……まあ、可愛いんじゃない?」
「そう」
ヨミはそれだけ言って、私の尻尾に顔を埋めた。
耳が少しだけ赤い気がした。
ミケがにやにやする。
「あらあら」
「その顔やめて」
「ユズハ、いつの間にか懐かれてるじゃない」
「懐かれてるというか、捕獲されてる」
「同じようなものよ」
私は唐揚げを食べながら、ミケの話を聞いた。
退魔師の女の子は、最初こそミケを警戒していた。
けれど、動画が伸びる。
広告収益が入る。
猫用のおもちゃや高級フードが企業案件で届く。
そして今では、退魔師なのにミケの動画撮影、編集、投稿スケジュール管理までしているらしい。
「それ退魔師じゃなくてマネージャーでは?」
「最近は本人もそう言ってる」
「終わりだよ、本当に」
ミケは箸でポテトサラダをつつきながら言った。
「で、あんたもやれば?」
「何を」
「動画。ケモミミ幼女妖怪と、影を操る無表情幼女。需要あるわよ」
「ありそうなのが嫌だな」
「怪異相談所の宣伝にもなるじゃない」
「顔出しはちょっと……」
「じゃあ尻尾だけ」
ヨミが私の尻尾を抱いたまま、ぽつりと言った。
「ユズハの尻尾は、見せない。わたしの」
「いや、私のだけど」
ミケは楽しそうに笑った。
「まあ、考えておきなさい。現代妖怪はね、怖がらせるより、見られて稼ぐ時代よ」
「嫌な時代だ……」
けれど、その言葉は少しだけ胸に残った。
見られて稼ぐ。
怪異相談所だけでは、依頼がない日は収入ゼロだ。
でも、ネットで何かを発信すれば、宣伝になるかもしれない。
スマホやノートパソコンを買い替えるためにも、収入源は多い方がいい。
「ユズハ。動画、とる?」
「まだ撮らないけど、何をする気?」
「影で、すごいことする」
「炎上しそうだから待って」
その時、ノートパソコンがぴこんと鳴った。
新しい依頼メールだった。
『夜になると、屋根裏から猫の鳴き声がします。飼っていないはずなのに、天井裏を何かが歩いています』
私は画面を見た。
それからミケを見た。
ミケは両手を上げる。
「私じゃないわよ」
「本当に?」
「本当。私はもっと上品に歩くもの」
「猫又の上品さって何?」
ヨミが私の袖を掴む。
「仕事?」
「そうそう」
私は家計簿を閉じた。
家賃三万円。それに加えて光熱費と食費に、スマホとノートパソコンの買い替えも。
考えるだけで頭が痛い。
しかも、猫又の成功者は目の前でにやにやしている。
「よし。今日も働きますか」
「えらい」
「ヨミに褒められると、なんか逃げ道を塞がれた気分になる」
「ふさぐ」
「塞がないで」
こうして私は、猫又のミケに煽られながら、現代妖怪の稼ぎ方について考え始めた。
怖がらせて稼ぐ時代は終わった。
これからは、たまに怪異案件を解決するだけでなく、見られて稼ぐ時代なのかもしれない。
嫌な時代である。