楽して稼ぎたいクソザコ妖狐の怪異相談所 ~ネットで開業したら影を操る怪異の幼女に懐かれた~ 作:パッタリ
「猫案件なら、勝ったね」
私はノートパソコンの画面を見ながら、自信満々に言った。
家計簿の上には、猫又のミケが差し入れてくれた惣菜の空きパックが残っている。
唐揚げもコロッケも、すでに私とヨミの胃袋に消えた。
「勝った?」
「だって猫だよ? こっちには猫又の知り合いがいるし、私は妖怪だし、ヨミは影を操れる。負ける要素がない」
「ミケ、もういない」
「……まあ、いないけど」
ミケは惣菜を置いて、私をからかってから帰った。
猫動画で稼ぐ成功者は忙しいらしい。
私は依頼メールを読み返す。
『夜になると、屋根裏から猫の鳴き声がします。飼っていないはずなのに、天井裏を何かが歩いています』
いかにもな依頼だ。
ここ最近、影を操る厄ネタ幼女を助手にし、鏡の怪異を解決し、さらに猫又の成功者から現代妖怪ビジネスの話も聞いた。
つまり、私は流れに乗っている。
「ふふん。ゆずは怪異相談所、いよいよ軌道に乗ってきたかも」
「ユズハ、油断してる」
「してない。これは自信」
ヨミは無表情で私を見た。
その視線が少し痛い。
「屋根裏でにゃあにゃあ言うだけでしょ。可愛いものだよ」
「そう」
「何その、全部わかってますみたいな顔」
ヨミは答えず、私の袖を掴んだ。
私は依頼人に返信し、さっそく向かうことにした。
***
依頼人の家は古さを感じる和風な家で、庭は少し薄暗い。
「……雰囲気あるね」
「怖い?」
「歴史を感じるって意味」
出迎えてくれたのは、四十代くらいの男性。
やつれた顔で、何度も天井を見上げている。
「本当に来ていただいて助かりました。昨夜も、ずっと鳴いていて……」
「お任せください」
私は自信満々に胸を張る。
案内された居間は、畳敷きの古い部屋だった。
天井には四角い板があり、そこが屋根裏へ通じる点検口らしい。
最初は静かだったが、私たちが部屋の中央に座って少し待っていると、天井の奥から音がした。
とん、ととん。
何かが梁の上を歩いている。
「足音ですね」
「はい……毎晩これが」
次の瞬間、天井裏から猫の鳴き声が響いた。
「にゃあああああああああ」
いや、猫というには妙だった。
赤ん坊の泣き声にも似ている。
それでいて、喉の奥に砂利を詰めたような、ざらざらした響きが混じっていた。
私は固まった。
「……ヨミ」
「なに」
「猫って、ああいう鳴き方する?」
「しない」
「もう少し希望のある返事をして」
また鳴き声が響く。
「にゃあああああ」
今度は、すぐ真上からだった。
依頼人が青ざめる。
私はもっと青ざめたい気持ちを抑えた。
「だ、大丈夫です。こういうのは、原因を見つければだいたい何とかなります」
「本当ですか?」
「たぶん」
私は立ち上がり、点検口を見上げた。
正直、上がりたくない。
しかし依頼人の前で逃げるわけにはいかない。
私は一応、ゆずは怪異相談所の所長なのである。
「ヨミ、影で中を探れる?」
「やってみる」
ヨミの足元から、黒い影がすっと伸びた。
畳の上を滑り、壁を登り、点検口の隙間へ入り込もうとする。
しかし、影は途中で弾かれたように縮んだ。
「届かない」
「え」
「上に、古い札がある。影、入りにくい」
「そんなことある?」
「ある」
「じゃあ、誰が上がるの?」
「ユズハ」
「そんなことある?」
ヨミは無表情で私を見ている。
依頼人も私を見ている。
逃げ場がない。
私は懐中電灯を借り、脚立に足をかけた。
「ふ、ふふん。こういう狭くて暗い場所は、むしろ探すのが楽ってものだし」
「ユズハ、声がふるえてる」
「寒いだけです」
「いま、夏」
「精神的な寒さです」
点検口を押し上げると、むわっと古い木と埃の匂いがした。
私は涙目になりながら、屋根裏へ頭を突っ込む。
暗い。狭い。
そして、どこかから何かがこちらを見ている気配がする。
「ユズハ、どう?」
「だ、大丈夫。ここは慎重に、ゆっくりと」
私は屋根裏へよじ登った。
懐中電灯の光が、古い梁を照らす。
その奥で、何かが光った。
猫の目のような光が、屋根裏のあちこちに浮かんでいる。
「ひゃっ」
思わず声が出た。
下からヨミの声がする。
「ユズハ?」
「今のは威嚇です」
「悲鳴に聞こえた」
「威嚇です!」
私は四つん這いで奥へ進んだ。
足元を何かがささっと走った。
「ひゃあっ」
「ユズハ」
「二回目の威嚇!」
涙目になりながら光を向けると、そこには壊れた招き猫の置物があった。
右手が欠け、片目が割れている。
白い陶器の表面には、黒ずんだ染みが広がっていた。
その周囲に、猫の形をした黒い影が何匹も集まっている。
「「「にゃあああああ」」」
鳴き声が重なった。
私は腰が抜けそうになった。
「話し合いましょう!」
まず叫んだ。
怪異相手に力で勝てない私は、だいたい話し合うしかない。
「私はゆずは怪異相談所のユズハです。猫又の知り合いもいます。だから、えーと、猫関係には理解があります」
「にゃああああ」
「ごめんなさい。ちょっと盛りました。猫又の知り合いがいるだけで、私は狐寄りです」
黒い猫影が、じりじりと近づいてくる。
私は懐中電灯を握りしめた。
怖い、帰りたい。
今すぐ布団に戻って、ヨミに尻尾を抱かれていたほうがまだマシだ。
でも、下には困っている依頼人がいる。
「ここにいたら、この家の人が困るの」
私は震える声で言った。
「夜に鳴かれたら眠れないし、天井裏を歩かれたら怖い。怖がらせるのは妖怪の仕事かもしれないけど、生活を壊すのは違うでしょ」
猫影たちの動きが止まる。
私は少しだけ息を吸った。
「私も、家賃とか光熱費とかで困ってるから、困ってる相手をこれ以上困らせたくない」
何を言っているのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、必死だった。
「家がほしいなら、屋根裏じゃなくて、ちゃんと置いてもらおう。招き猫なんだから、家を怖がらせる側じゃなくて、守る側になればいい。ね?」
壊れた招き猫の片目が、ぼんやり光った。
その時、足元に影が伸びてきた。
ヨミの影だ。
点検口までは届かなかったはずの影が、細く、頼りなく、それでも私の足元だけを支えている。
「ユズハ」
「ヨミ?」
「おちないように、支える」
「……ありがと」
私は壊れた招き猫を、持ってきた布でそっと包んだ。
猫影たちは、それ以上近づいてこなかった。
「にゃあ」
最後に一度だけ、小さな鳴き声がした。
今度は、少しだけ普通の猫に近い声だった。
***
屋根裏から降りた私の足は震えていた。
「だ、大丈夫です。原因はこの招き猫でした」
「それが……」
「捨てられたり、忘れられたりした猫の気配が集まっていたみたいです。壊れていても、ちゃんと居場所を作れば落ち着くと思います」
私は依頼人に、玄関に小さな台を作ってもらうよう頼んだ。
水と、少しのご飯。
それから、たまに声をかけること。
怖いものとして押し込めるのではなく、家を守るものとして扱う。
そう説明すると、依頼人は真剣に頷いた。
「わかりました。やってみます」
「お願いします。あと、天井裏の古い札は無理に剥がさないでください」
玄関に置かれた招き猫は、欠けたままでも不思議と穏やかに見えた。
その夜から、屋根裏の鳴き声は止まったらしい。
代わりに、玄関に小さな猫の足跡が一つだけ残っていたと、依頼人からお礼のメールが来た。
報酬もちゃんと振り込まれた。
***
家の中、私はちゃぶ台に突っ伏した。
「勝った……」
「泣いてた」
「泣いてない」
「悲鳴、二回」
「威嚇です」
ヨミは私の隣に座り、無表情で袖を掴んだ。
「ユズハ、えらかった」
「まあね」
「怖いのに、行った」
「怖くないってば」
「怖いのに、逃げなかった」
「……そういうの言わないで」
ちょっとだけ恥ずかしくなり、私は顔を逸らす。
ノートパソコンを開くと、ゆずは怪異相談所のサイトが表示される。
私は新しい文章を打ち込む。
『怪異相談、できる範囲で頑張ります。危険な案件は要相談』
ヨミが画面を見て、こくりと頷いた。
「正直」
「誠実な商売って大事だから」
現代社会は残酷だ。
家賃の支払いは着々と近づいてるし、怪異は普通に怖い。調子に乗ると、屋根裏で涙目になる。
「ユズハ。次も、いっしょに行く」
「はいはい。助手だからね」
こうして私は、ほんの少しだけ身の程を知った。
どんな怪異でもお任せ、とは言わない。
けれど、できる範囲で頑張るくらいなら、まあ言ってもいい気がした。