楽して稼ぎたいクソザコ妖狐の怪異相談所 ~ネットで開業したら影を操る怪異の幼女に懐かれた~   作:パッタリ

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4話 ケモミミ幼女、屋根裏の鳴き声に挑む

 「猫案件なら、勝ったね」

 

 私はノートパソコンの画面を見ながら、自信満々に言った。

 家計簿の上には、猫又のミケが差し入れてくれた惣菜の空きパックが残っている。

 唐揚げもコロッケも、すでに私とヨミの胃袋に消えた。

 

 「勝った?」

 「だって猫だよ? こっちには猫又の知り合いがいるし、私は妖怪だし、ヨミは影を操れる。負ける要素がない」

 「ミケ、もういない」

 「……まあ、いないけど」

 

 ミケは惣菜を置いて、私をからかってから帰った。

 猫動画で稼ぐ成功者は忙しいらしい。

 私は依頼メールを読み返す。

 

 『夜になると、屋根裏から猫の鳴き声がします。飼っていないはずなのに、天井裏を何かが歩いています』

 

 いかにもな依頼だ。

 ここ最近、影を操る厄ネタ幼女を助手にし、鏡の怪異を解決し、さらに猫又の成功者から現代妖怪ビジネスの話も聞いた。

 つまり、私は流れに乗っている。

 

 「ふふん。ゆずは怪異相談所、いよいよ軌道に乗ってきたかも」

 「ユズハ、油断してる」

 「してない。これは自信」

 

 ヨミは無表情で私を見た。

 その視線が少し痛い。

 

 「屋根裏でにゃあにゃあ言うだけでしょ。可愛いものだよ」

 「そう」

 「何その、全部わかってますみたいな顔」

 

 ヨミは答えず、私の袖を掴んだ。

 私は依頼人に返信し、さっそく向かうことにした。

 

 ***

 

 依頼人の家は古さを感じる和風な家で、庭は少し薄暗い。

 

 「……雰囲気あるね」

 「怖い?」

 「歴史を感じるって意味」

 

 出迎えてくれたのは、四十代くらいの男性。

 やつれた顔で、何度も天井を見上げている。

 

 「本当に来ていただいて助かりました。昨夜も、ずっと鳴いていて……」

 「お任せください」

 

 私は自信満々に胸を張る。

 案内された居間は、畳敷きの古い部屋だった。

 天井には四角い板があり、そこが屋根裏へ通じる点検口らしい。

 最初は静かだったが、私たちが部屋の中央に座って少し待っていると、天井の奥から音がした。

 とん、ととん。

 何かが梁の上を歩いている。

 

 「足音ですね」

 「はい……毎晩これが」

 

 次の瞬間、天井裏から猫の鳴き声が響いた。

 

 「にゃあああああああああ」

 

 いや、猫というには妙だった。

 赤ん坊の泣き声にも似ている。

 それでいて、喉の奥に砂利を詰めたような、ざらざらした響きが混じっていた。

 私は固まった。

 

 「……ヨミ」

 「なに」

 「猫って、ああいう鳴き方する?」

 「しない」

 「もう少し希望のある返事をして」

 

 また鳴き声が響く。

 

 「にゃあああああ」

 

 今度は、すぐ真上からだった。

 依頼人が青ざめる。

 私はもっと青ざめたい気持ちを抑えた。

 

 「だ、大丈夫です。こういうのは、原因を見つければだいたい何とかなります」

 「本当ですか?」

 「たぶん」

 

 私は立ち上がり、点検口を見上げた。

 正直、上がりたくない。

 しかし依頼人の前で逃げるわけにはいかない。

 私は一応、ゆずは怪異相談所の所長なのである。

 

 「ヨミ、影で中を探れる?」

 「やってみる」

 

 ヨミの足元から、黒い影がすっと伸びた。

 畳の上を滑り、壁を登り、点検口の隙間へ入り込もうとする。

 しかし、影は途中で弾かれたように縮んだ。

 

 「届かない」

 「え」

 「上に、古い札がある。影、入りにくい」

 「そんなことある?」

 「ある」

 「じゃあ、誰が上がるの?」

 「ユズハ」

 「そんなことある?」

 

 ヨミは無表情で私を見ている。

 依頼人も私を見ている。

 逃げ場がない。

 私は懐中電灯を借り、脚立に足をかけた。

 

 「ふ、ふふん。こういう狭くて暗い場所は、むしろ探すのが楽ってものだし」

 「ユズハ、声がふるえてる」

 「寒いだけです」

 「いま、夏」

 「精神的な寒さです」

 

 点検口を押し上げると、むわっと古い木と埃の匂いがした。

 私は涙目になりながら、屋根裏へ頭を突っ込む。

 暗い。狭い。

 そして、どこかから何かがこちらを見ている気配がする。

 

 「ユズハ、どう?」

 「だ、大丈夫。ここは慎重に、ゆっくりと」

 

 私は屋根裏へよじ登った。

 懐中電灯の光が、古い梁を照らす。

 その奥で、何かが光った。

 猫の目のような光が、屋根裏のあちこちに浮かんでいる。

 

 「ひゃっ」

 

 思わず声が出た。

 下からヨミの声がする。

 

 「ユズハ?」

 「今のは威嚇です」

 「悲鳴に聞こえた」

 「威嚇です!」

 

 私は四つん這いで奥へ進んだ。

 足元を何かがささっと走った。

 

 「ひゃあっ」

 「ユズハ」

 「二回目の威嚇!」

 

 涙目になりながら光を向けると、そこには壊れた招き猫の置物があった。

 右手が欠け、片目が割れている。

 白い陶器の表面には、黒ずんだ染みが広がっていた。

 その周囲に、猫の形をした黒い影が何匹も集まっている。

 

 「「「にゃあああああ」」」

 

 鳴き声が重なった。

 私は腰が抜けそうになった。

 

 「話し合いましょう!」

 

 まず叫んだ。

 怪異相手に力で勝てない私は、だいたい話し合うしかない。

 

 「私はゆずは怪異相談所のユズハです。猫又の知り合いもいます。だから、えーと、猫関係には理解があります」

 「にゃああああ」

 「ごめんなさい。ちょっと盛りました。猫又の知り合いがいるだけで、私は狐寄りです」

 

 黒い猫影が、じりじりと近づいてくる。

 私は懐中電灯を握りしめた。

 怖い、帰りたい。

 今すぐ布団に戻って、ヨミに尻尾を抱かれていたほうがまだマシだ。

 でも、下には困っている依頼人がいる。

 

 「ここにいたら、この家の人が困るの」

 

 私は震える声で言った。

 

 「夜に鳴かれたら眠れないし、天井裏を歩かれたら怖い。怖がらせるのは妖怪の仕事かもしれないけど、生活を壊すのは違うでしょ」

 

 猫影たちの動きが止まる。

 私は少しだけ息を吸った。

 

 「私も、家賃とか光熱費とかで困ってるから、困ってる相手をこれ以上困らせたくない」

 

 何を言っているのか、自分でもよくわからなかった。

 ただ、必死だった。

 

 「家がほしいなら、屋根裏じゃなくて、ちゃんと置いてもらおう。招き猫なんだから、家を怖がらせる側じゃなくて、守る側になればいい。ね?」

 

 壊れた招き猫の片目が、ぼんやり光った。

 その時、足元に影が伸びてきた。

 ヨミの影だ。

 点検口までは届かなかったはずの影が、細く、頼りなく、それでも私の足元だけを支えている。

 

 「ユズハ」

 「ヨミ?」

 「おちないように、支える」

 「……ありがと」

 

 私は壊れた招き猫を、持ってきた布でそっと包んだ。

 猫影たちは、それ以上近づいてこなかった。

 

 「にゃあ」

 

 最後に一度だけ、小さな鳴き声がした。

 今度は、少しだけ普通の猫に近い声だった。

 

 ***

 

 屋根裏から降りた私の足は震えていた。

 

 「だ、大丈夫です。原因はこの招き猫でした」

 「それが……」

 「捨てられたり、忘れられたりした猫の気配が集まっていたみたいです。壊れていても、ちゃんと居場所を作れば落ち着くと思います」

 

 私は依頼人に、玄関に小さな台を作ってもらうよう頼んだ。

 水と、少しのご飯。

 それから、たまに声をかけること。

 怖いものとして押し込めるのではなく、家を守るものとして扱う。

 そう説明すると、依頼人は真剣に頷いた。

 

 「わかりました。やってみます」

 「お願いします。あと、天井裏の古い札は無理に剥がさないでください」

 

 玄関に置かれた招き猫は、欠けたままでも不思議と穏やかに見えた。

 その夜から、屋根裏の鳴き声は止まったらしい。

 代わりに、玄関に小さな猫の足跡が一つだけ残っていたと、依頼人からお礼のメールが来た。

 報酬もちゃんと振り込まれた。

 

 ***

 

 家の中、私はちゃぶ台に突っ伏した。

 

 「勝った……」

 「泣いてた」

 「泣いてない」

 「悲鳴、二回」

 「威嚇です」

 

 ヨミは私の隣に座り、無表情で袖を掴んだ。

 

 「ユズハ、えらかった」

 「まあね」

 「怖いのに、行った」

 「怖くないってば」

 「怖いのに、逃げなかった」

 「……そういうの言わないで」

 

 ちょっとだけ恥ずかしくなり、私は顔を逸らす。

 ノートパソコンを開くと、ゆずは怪異相談所のサイトが表示される。

 私は新しい文章を打ち込む。

 

 『怪異相談、できる範囲で頑張ります。危険な案件は要相談』

 

 ヨミが画面を見て、こくりと頷いた。

 

 「正直」

 「誠実な商売って大事だから」

 

 現代社会は残酷だ。

 家賃の支払いは着々と近づいてるし、怪異は普通に怖い。調子に乗ると、屋根裏で涙目になる。

 

 「ユズハ。次も、いっしょに行く」

 「はいはい。助手だからね」

 

 こうして私は、ほんの少しだけ身の程を知った。

 どんな怪異でもお任せ、とは言わない。

 けれど、できる範囲で頑張るくらいなら、まあ言ってもいい気がした。

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