楽して稼ぎたいクソザコ妖狐の怪異相談所 ~ネットで開業したら影を操る怪異の幼女に懐かれた~   作:パッタリ

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7話 ケモミミ幼女、中古パソコンに潜む怪異と争う

 玄関のチャイムが鳴った瞬間、私は勢いよく立ち上がった。

 

 「来た!」

 

 影喰いに噛まれた後遺症も、数日休んだおかげでほとんど消えている。まだ少し体が重い気はするが、日常生活に支障はない。

 何より今日は、待ちに待った荷物が届く日だった。

 

 「新しいスマホと、ノートパソコン!」

 

 宅配業者から二つの箱を受け取り、ちゃぶ台の上に並べる。

 背後には、当然のようにヨミが張りついていた。

 

 「ユズハ、うれしそう」

 「そりゃあね。合わせて十三万円だよ。家賃四か月分以上の大出費なんだから」

 

 これは必要経費だ。

 怪異相談所を続けるなら、連絡用のスマホと、サイト管理用のノートパソコンは欠かせない。決して勢いで散財したわけではない。

 

 「まずはスマホから」

 

 中古とはいえ、見た目は綺麗。画面に目立った傷はなく、電源も問題なく入る。

 古いスマホからデータを移している間に、次はノートパソコンの箱を開けた。

 こちらも外観は悪くない。

 少なくとも、今まで使っていたものより薄くて軽い。

 

 「ふふん。これで依頼メールを三件開いただけで唸るパソコンともお別れだね」

 

 部屋の隅に置かれた古いノートパソコンが、じじ、と小さな音を立てた。

 

 「捨てる?」

 「捨てないよ。予備にする。大事に使えば、あと数年くらいは生きるかもしれない」

 

 新しいノートパソコンをちゃぶ台に置き、電源ボタンを押した。

 起動は速かった。

 今までのパソコンなら、電源を入れてからお湯を沸かしてお茶を淹れて戻ってきても、まだ何かを読み込んでいた。

 こちらは数十秒で初期設定画面が表示される。

 

 「速い……」

 

 思わず感動する。

 技術の進歩は素晴らしい。

 私は言語や通信環境を設定し、必要な更新を済ませた。

 怪異相談所の管理画面へ入るため、ブラウザを開こうとする。

 その時、画面が暗くなった。

 

 「え?」

 

 一瞬、故障かと思った。

 しかし電源は切れていない。

 黒い画面の中央で、白いカーソルだけが点滅している。

 やがて、文字が一つずつ表示された。

 

 『コンニチハ』

 

 私は手を止めた。

 

 「……中古品って、こういう初期設定あるのかな」

 「ないはず」

 

 ヨミが私の肩越しに画面を見つめる。

 次の文字が打ち込まれた。

 

 『ワタシハ ココニイル』

 「知ってる。今、画面にいるね」

 

 試しに返事をしてみたが、反応はない。

 代わりに新しい文章が表示される。

 

 『トモダチニ ナッテ』

 「嫌な予感がする」

 「怪異」

 「やっぱり?」

 

 新品ではなく中古を選んだ時点で、多少の不具合は覚悟していた。

 傷やバッテリーの劣化に、前の持ち主が残した謎のファイルなど。

 だが、怪異入りとは聞いていない。

 商品説明にも書いていなかった。

 もし書いてあったら買わなかった。

 私は電源ボタンに指を伸ばす。

 

 『マッテ』

 

 文字がすぐに現れた。

 

 『キラナイデ』

 「命乞いしてきた」

 「消す?」

 「いや……話が通じるなら、交渉できるかもしれない」

 

 私はキーボードへ手を置いた。

 こちらから文字を入力する。

 

 『あなたは、このパソコンに憑いている怪異ですか?』

 

 少し間が空いた。

 

 『ソウ』

 『何をするつもりですか?』

 『ナニモシナイ』

 『本当に?』

 『トモダチ ホシイダケ』

 

 ずいぶん単純な返事だ。

 カタカナしか使わないせいもあって、どこか幼く見える。

 悪意はあまり感じられない。

 とはいえ、得体の知れない怪異を八万円の仕事道具に住まわせたままにするのは困る。

 

 「なら、こっちに引っ越さない?」

 

 私は古いノートパソコンを持ち上げ、画面の横に置いた。

 

 「性能はちょっと悪いけど、まだ動くよ。ネットにも繋がるし、動画も見られる。これをあげるから、新しい方は空けて」

 

 画面の文字が止まった。

 反応がない。

 

 「聞いてる?」

 「怒ってるかも」

 「どうして? ちゃんと一台あげるのに」

 

 しばらく待つと、黒い画面が明るくなった。

 今までの簡素な文字表示ではない。

 画面中央に、一人の少女が現れた。

 見た目は十二歳くらい。

 鮮やかな水色の髪を左右で結び、黒を基調としたゴスロリ風のワンピースを着ている。

 目は赤く、口元には生意気そうな笑みが浮かんでいた。

 

 『あんた、本気で言ってんの?』

 「普通に喋れるんじゃん!」

 

 少女の声は、パソコンのスピーカーから流れてきた。

 先ほどまでのたどたどしいカタカナは、どうやら演技だったらしい。

 

 『せっかく可哀想で健気な電子怪異を演じてあげたのに、古いパソコンに引っ越せって? あんな化石みたいなの、まともに動画も再生できないじゃん』

 「化石って言うな。私の仕事を支えてくれてたんだよ」

 『だから何? 遅い、熱い、重い。三拍子揃ったゴミでしょ』

 

 部屋の隅に置かれた古いノートパソコンのファンが、ぶおん、と大きく回った。

 

 「最初から、それが目的だったの?」

 『それって?』

 「新しいパソコンに住みつくこと」

 

 少女は得意げに胸を張った。

 

 『当たり前でしょ。こっちは貴重なお金で買ったノートパソコンの中。あたしを消せるもんなら消してみれば?』

 「私の貴重なお金だよ!」

 『知ってる。購入画面で散々悩んでたもんね。何度かカートから出し入れしてた』

 「見てたの!?」

 『ネットを通してね。あんた、最後は目を閉じて購入ボタン押してたでしょ。笑った』

 

 恥ずかしいところを見られていた。

 しかも、買う前から狙われていたらしい。

 私は奥歯を噛みしめた。

 

 「ヨミ。これ、影で捕まえられる?」

 「やってみる」

 

 ヨミがパソコンの画面に手を伸ばす。

 足元の影が細く伸び、ちゃぶ台を這って画面へ触れた。

 しかし少女のアバターは、画面の奥へ軽く跳び退く。

 

 『無駄無駄。あたしはそこの黒い子みたいな影の怪異じゃないから。パソコンの中にいるんじゃなくて、データと通信に憑いてるの』

 

 ヨミの影が、少女の顔を覆うように画面へ広がる。

 

 『ちょっと! 画面暗くすんのやめて!』

 「ヨミ、壊さないよう慎重にね」

 

 ここで怒りに任せてパソコンを壊せば、困るのはこちらである。

 少女もそれを理解している。

 だからこそ、余裕たっぷりに笑っているのだ。

 

 『あたしを消すなら、初期化でも何でも試してみれば? ただし、下手なことしたらこのパソコンの中身ごと道連れにするかも』

 「まだ何も入ってないけど」

 『じゃあ、起動できなくしてあげる』

 「卑怯者!」

 『そっちこそ怪異を追い出そうとしてるじゃん』

 

 確かに、怪異相談所を名乗っている以上、怪異の言い分にも耳を傾けるべきなのかもしれない。

 しかし、それとこれとは話が別である。

 見知らぬ電子怪異の住居費まで負担した覚えはない。

 

 「家賃を払って」

 『は?』

 「そこに住むなら家賃。月一万円」

 『高すぎでしょ!』

 「光熱費と通信費もあるから」

 『パソコンの中に住んでる怪異から家賃取ろうとする!?』

 「うちは貧乏なの!」

 

 少女は少し黙った。

 それから、心底馬鹿にしたように鼻で笑った。

 

 『嫌。払わない。追い出せるなら追い出してみなよ、貧乏狐』

 

 私の額に青筋が浮かぶ。

 ヨミが私の服の裾を引いた。

 

 「消す?」

 「今すぐ消したい。でもパソコンは壊したくない」

 『無理無理』

 

 少女は自信満々に笑う。

 おそらく、私をただの古くて弱い妖怪だと思っている。

 それは、だいたい合っている。

 私は機械に詳しくない。

 電子怪異の祓い方も知らない。

 強力な術も持っていない。

 だが、八万円がかかっている。

 この問題は、屋根裏の怪異よりも、影喰いとの戦いよりも、私にとって切実だった。

 

 「ヨミ」

 「なに」

 「この子を絶対に古いパソコンへ引っ越させるよ」

 『できるもんならやってみな、クソザコ妖怪』

 「今、言ってはいけないことを言ったね」

 

 私は古いスマホを手に取り、検索画面を開いた。

 電子怪異。パソコン。除霊。強制退去。データ移行。

 検索結果には怪しい広告と、役に立たなそうな質問サイトばかりが並んでいる。

 

 「……私は諦めない」

 

 規模としては、非常にしょぼい。

 世界の危機でもなければ、人命が懸かっているわけでもない。

 中古のノートパソコン一台を巡る争いである。

 けれど、私にとっては重要だった。

 家賃二か月分以上が、人質に取られているのだから。

 こうして、妖怪である私と、生意気な電子怪異による、絶対に負けられない戦いが始まった。

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