そして、いよいよ当日がやってきた。ディヴァリアに渡された招待状を手に、3人で娼館へと向かう。薄暗い路地には、淀んだ空気が漂っている。
サクラはヒカリの手を取って、足早に歩く。近づくにつれて、甘ったるい匂いが強くなった。
たどり着いた娼館は、薄い明かりに包まれている。透けた衣装の女が、何人も見えた。
年老いた女たちが、客らしき男を案内している。いくつかの部屋から、高くて甘い声が響く。俺たちは、みんな身をすくませた。
受付に引き止められ、そこで紹介状を見せる。読み終えてすぐ、姿勢を正した老女に案内されていく。
奥に進むにつれて、甘ったるさを煮詰めたような香りが肺に届く。吸うたびに、別世界へと進んでいるよう。
最奥には、大きな扉があった。案内してくれた人は、ノックだけして去っていく。一度だけ、俺たちに頭を下げた。
開かれた扉の中には、何人かの若い女が立っている。そして、奥にある席に少しシワのある女が座っていた。察するに、オーナーか何か。
俺はまず、頭を下げてから紹介状を手渡した。軽く読んで、目線がこちらを向く。
「ディヴァリア様に聞いていた通りではあるね。さて、娼館なんぞの何を知りたいってんだい?」
俺達を見るオーナーは、パイプをふかしている。値踏みをするような視線が、粘りつくよう。いくらディヴァリアの紹介とはいえ、何もなく信頼はできない様子。当たり前だ。俺は何もしていない。何者でもない、ただの学生に過ぎない。
サクラはじっとオーナーを見返して、軽く息を吸っていた。
「聞きたいことは、ただひとつ。あなた達は、幸せなの?」
質問を受けたオーナーは、一度パイプに口をつける。ため息のように煙を吐き出して、ゆっくりと話し始めた。
「若いね。それに、風体も悪くない。あんたたちがうちに来れば、すぐにでも上客を捕まえられそうなほどだ」
「そ、そういうつもりで来たわけじゃ……」
ヒカリは顔を真っ赤にして、両手を前に出している。オーナーは、じっとりとした目でふたりを見ていた。娼婦たちは、お互いの目を見つめ合っている。
「幸福か、だったね。あたしから見れば、ここは天国さ。だが、当人たちの考えは当人たちに聞くべき。そうだろう?」
ちらりと娼婦の方を見て、合図を出す。すぐに、近くの娼婦が話し始めた。
「嫌なことなんて、好きでもない男に抱かれるってくらい。仕事としては、快適なくらいよ」
「客から聞いた話をまとめて、ディヴァリア様に伝える。それだけで、給料まで増やしてくれるんだから」
「面倒な客がいたら、警備が追い出してくれるし。他だと、そうはいかないよ」
「ディヴァリア様は、心奏遺骸まで用意してくれた。そのおかげで、ここでは病気に恐れることもない。現役の時の私がこんな環境を知っていたらね……」
娼婦もオーナーも、目は揺れていない。ひとまず、本当に仕事と割り切っているようだ。無理やり働かされている感じは、誰からもしない。
孤児院とどう違うのか、ずっと気になっていた。だからといって、娼館を直接見られなかった。ただの学生、しかも男が視察する理由なんて、どこにもなかった。今ようやく納得できて、少しだけ息をつく。
サクラはあごに手を当てて考え込んでいる様子。数秒ほどして、頷いた。
「ふーん。ま、妥当なところね。よくできた仕組みよ、ほんと」
「ディヴァリア様は……この反応は!」
オーナーは急に立ち上がった。顔を苦しげにしかめている。明らかな異常事態だと、見ただけで分かった。
「どうしたってのよ、いったい」
「襲われてるんだよ! 誰かに! 心奏遺骸があるから、少しは耐えられるが……!」
「どこだ!? すぐに向かう!」
「避難口のあたりだ! おい、案内しな!」
「わ、分かりました……。こっち……!」
娼婦の案内に従って、俺たちは駆け出していく。襲われている人たちを、少しでも守るために。
「
「
「
俺の両手に純銀の剣と盾が、サクラの手には黒いグローブが、ヒカリの手には軍用みたいなナイフが現れた。
走りゆく中で、だんだんと甘い香りに錆びた匂いが混ざりだす。案内などなくとも、進むべき方向は分かるくらいに。
ひとつ、曲がり角を超える。その先に、剣を振り下ろされている娼婦がいた。即座に剣を伸ばす。娼婦に敵の剣が当たって、同時に俺の剣が敵を貫いた。
目を逸らしそうになって、気づく。娼婦は、わけがわからないというように目を揺らしている。だが、無事だ。傷ひとつ見当たらない。少しだけ、胸が軽くなった。
客らしき男が、そばに倒れている。もう息はなかった。何らかの形で、娼婦の力が目覚めたのだろうか。
いや、考察は後だ。とにかく、残りの生存者を少しでも助けないと。
「オーナー室の方へ向かってくれ! そっちの方には、敵はいない!」
「わ、わかった!」
娼婦はふらふらと走り出す。近くで、大きな金属音や悲鳴が聞こえる。送り出す余裕はない。振り返りたい気持ちを、息と一緒に飲み込む。
サクラやヒカリと目を合わせて、頷かれた。一緒に先へと進む。
また通路を駆け抜けると、今度は娼婦と老女に剣が振り下ろされている。何度も叩きつけられている様子。そばには、また男が倒れていた。
ひとりはサクラが燃やし、もうひとりにヒカリがナイフを突き立てた。片方は黒焦げになり、片方は意識を失う。
ヒカリは心奏夢幻で攻撃していた様子。娼婦たちが逃げ出すのを確認して、俺は敵に剣を突き立てた。
少しだけ跳ねて、事切れる。肉を裂く感触が、手に残った。
「リオン君……!」
「娼婦たちを守ろうとするなら、悪くない選択よ。目覚めて暴れられたら、厄介よ。拘束する余裕もないもの」
「でも、私は……」
「問答をしている時間はないわ。行くわよ、ヒカリ」
「ああ。後でいくらでも責めてくれ。今は、みんなを守るために!」
まだまだ敵はいる。何らかの形で、娼婦たちは守られている。ひとりではないあたり、心奏具か心奏遺骸だろう。
いや、細かい理由はどうでもいい。とにかく今は無事な人がいることを喜ぼう。そして、一人でも多くを助けるだけ。
そんな気持ちを胸に、目に入る有翼連合に剣を突き立てる。サクラも敵を燃やし、ヒカリはナイフを振って線のようなものを飛ばしていた。当たった敵は、血を出さずに倒れていく。俺とサクラが、とどめを刺す。
ヒカリの能力は、斬撃を飛ばすもの。遠距離攻撃としては、頼りになる。
逃げ遅れた娼婦やスタッフをオーナー室に向かわせながら、ただ有翼連合たちを殺し続ける。胃にたまる重いものは、剣を振りながら切り払って。
そうして進んでいった先、避難通路のような場所。そこに、多くの有翼連合が集まっていた。同時に、複数の娼婦やスタッフも。客らしき男たちは、もう事切れている。
娼婦たちは、ただ震えている。敵はそこに攻撃を仕掛けようとしている。させるものか。
即座に剣を振りながら、伸ばす。数人をまとめて切り裂いて、そこに襲いかかってきた敵兵を盾をぶつけて押しつぶす。
サクラは何人もをまとめて燃やし、ヒカリも斬撃を飛ばして気絶させていく。
しばらくして、一通り片付けられた。娼婦に向けて言葉をかけようとする。
その前に、周囲が青白いものに包みこまれた。娼婦が逃げ出そうとして、阻まれている。おそらく、結界か何か。もっと言えば、学園から奪われたのかもしれない。
かつり、かつりと足音が響く。そちらを見ると、明らかに雰囲気の違う男が歩いてきていた。ゼファーと似たような衣装を着ている、軽薄そうな男。
察するに、敵将だ。淀んだ目を見て、嫌な予感がした。すぐに娼婦たちの前に回り込んで、盾を構える。
「玩弄《もてあそ》べ、
敵の右手に、赤いナイフが現れた。それが振り抜かれると同時に、押しつぶされそうなほどの衝撃が走る。足を踏ん張って、なんとか耐えた。
ゼファーの衝撃より、数段強い。そう思わされるほどの一撃。
地面はえぐれて、床は原型をとどめていない。娼婦たちが心奏遺骸か何かで守られていても、直撃すれば厳しいはず。
なら、俺にできることは守り抜くことだけ。何があっても、娼婦たちの前から離れられない。後ろから、引きつったような声が聞こえた。
「俺の後ろから、決して離れないでくれ! そこにいる限り、絶対に守り抜いてみせる!」
「わ、分かりました……」
みんな、不安そうな顔をしている。そばにいる人は、こちらに手を伸ばしていた。だが、握ったりして安心させる余裕はない。俺はマリクだけを見る。
盾を拡大して、腰を踏ん張って両手で支えていく。決して、後ろにまで攻撃を届かせないように。
敵は憎々しげにしながら、俺をじっと見ている。
「リオン・ブラッド・アインソフか。ゼファーの弔い合戦といこうや。この左席のマリクが、薄汚い娼婦ごと殺してやるよ!」
「させるとでも、思ってるの!?」
遠くから、サクラは拳を振り抜いて炎を飛ばす。轟々と燃え盛りながら、火球がマリクに向かっていく。振り払うように、ナイフが振り抜かれた。激しい音がして、火球は消え去る。
初撃は、届かなかったらしい。分かることは、俺の盾に強い衝撃を与えて、サクラの炎を打ち消せるということ。どんな能力だというのか。
サクラは顔をしかめている。マリクは嘲笑うような顔をした。
「聖女様の偽善には、呆れたもんだよなあ」
「ふざけるな! ディヴァリアと違って、お前は誰かを傷つけているだけだ!」
感情のままに、盾の外から剣を伸ばす。短剣を合わせられて、剣とぶつかる。轟音とともに、右腕がねじりきれそうなほどの衝撃が走った。
体勢を崩しそうになって、全力で踏ん張る。舌打ちをしそうになって、抑えた。娼婦たちには、とても聞かせられない。不安にさせたら終わりだ。
せっかく、ディヴァリアが安心できる職場を作ったんだ。奪わせて、たまるものか。
そうだな。俺が攻撃に出てしまえば、隙になる。今回は剣を飛ばされかけるだけで済んだ。
ただ、俺が倒れでもすれば娼婦たちを守れない。サクラもヒカリも、攻撃特化の能力なのだから。
なら、サクラとヒカリがなんとかしてくれることを祈るしかない。できるとしても、盾を分厚くしての攻撃程度。
くそっ。自分で決められないことが、ここまで心苦しいとは。土なんて比較にならないほど、苦い。歯ぎしりの音が、喉の奥へと飲み込まれていった。
「薄汚い娼婦なんぞ、よく守ったものだよなあ!」
笑いながら、こちらにナイフを振ってくる。また衝撃が走り、足まで響く。娼婦たちへの恨みが、強く込められているよう。
だが、娼婦たちが何をした。ただ必死に生きていただけだ。すすり泣きの声が聞こえる。歯が噛み合わずに鳴っている音も。そこまでされるほどの罪なんて、あるはずがない。
マリクは明らかにゼファーより強い。だからといって、負けていられるか。盾を両手で握って、腰を低くした。
できることは、観察することだけだ。よく考えろ。ゼファーとは違って、ナイフが触れていない場所にも衝撃が飛ばせる様子。別の能力である可能性は高い。
俺が果たすべき役割は、少しでも攻撃を引き付けること。
娼婦たちが後ろにいることを考えても、サクラやヒカリを狙われるよりはマシだ。仲間の無事を祈るということを抜きにしても、攻撃役が消えてしまえば娼婦たちは守れないのだから。
なら、もう一つできることがある。挑発だ。軽く、息を吸い込んだ。
「誰かを愛する心すら知らないから、この人たちを笑えるんだろう!」
「ふざけるんじゃねえ! よりにもよって、愛する心を知らないだと!」
渋面を浮かべて、吐き捨ててくる。サクラは炎を飛ばし、ヒカリも斬撃を飛ばしている。鬱陶しそうに払いながら、また俺にナイフを振ってきた。感情が漏れ出るように、何度も何度も。その度に、全身に衝撃が走った。
両手で盾を支えて、足で耐える。腹の奥あたりまで痛む。足を踏みしめて、また息を吸った。
「違うというのなら、言ってみろ! 娼婦たちを殺すだけの、御大層な理由があるのなら!」
「奪われたんだよ! 結婚の約束までしていた! それを、心奏の民に! 娼館にまで売られた! 見つけた頃には、手遅れだった! 分かるか!?」
吐き捨てるように、こちらに叫ぶ。勢いそのまま、十字を切るようにナイフを振ってくる。二連続で衝撃が叩き込まれた。腕を通して、全身が震えるよう。腕がきしむ音が、耳に染み込んでいく。
マリクの言う手遅れというのは、死んだという意味なのか。誰かを憎む理由としては、十分だ。
俺だって、琴葉を殺されていたら復讐に走った。間違いない。
だからといって、娼婦たちには何の罪もありやしない。この人たちを、傷つけさせるものか。
決意を込めて、盾をしっかりと握りしめる。震えそうになる体に、鞭を打ちながら。
合わせるように、サクラが火球を飛ばす。すぐに打ち消される。ヒカリが斬りかかる。ナイフを合わせようとするマリクに、もう一度火球が飛んでいく。
マリクはふたつを見て、サクラの方にナイフを振っていた。ヒカリのナイフは、飛んでかわす。そこに向けて、炎と斬撃が飛んでいく。相手は崩れた体勢のままナイフを振る。
サクラの炎だけが、打ち消された。斬撃が、マリクを貫いた。
だが、気にした様子もなく俺の方に向けてナイフを振ってくる。また、全力で耐える。音と衝撃が、全身に響いた。後ろの方で、後ずさるような足音が聞こえた。
いくら心奏夢幻とはいえ、痛みも顔に出さないとは。それだけの意志が込められているということ。どこまで、マリクは娼婦を憎んでいるというんだ。
その答えかのように、歪みきった顔が見えた。
「ゼロ様だけが、俺の手を取ってくれた! 心奏の民が支配する世界を壊すと! なら、やってやる!」
飛び出しそうになった娼婦の方を向いて、マリクはナイフを振る。一直線上に入るように、盾を拡大させる。また衝撃と爆音が襲いかかる。盾を構える両手の皮がめくれていく。同時に、ぬかるんだ感触が広がっていった。
血が、出ている。このまま握り続けて、どれだけ耐えられる。声を出しそうになって、抑えるために頬を噛む。俺だけは、弱っている姿を見せられない。後ろに不安を伝播させるな。
余裕を持て。ハッタリでもなんでも良い。みんなに希望を見せるんだ。そうだ。笑え。どれだけ苦しかろうと、顔に出したら負けなんだ。
マリクの能力の情報は、十分に出揃っている。
サクラの炎を打ち消せて、遠くまで飛ばせて、激しい音が響く。そんなもの、多くはない。
同時に、今の段階で俺や娼婦を殺せていないのなら、選択肢は限られてくる。答えなんて、単純なもの。
ありふれたものだろうが、当たっているはずだ。
たどり着いた回答を、全力で叫んでいく。
「みんな、爆発だ! それも、空間だけ! 直接俺たちを爆発させられるのなら、もうとっくに終わっている!」
マリクは顔をしかめていた。どうやら、当たりらしい。苦々しい顔をしながら、勢いよくナイフを振ってきた。
「なら、あたしの炎で打ち消すだけよ! 爆発の火種ごと、焼き尽くしてやるわ!」
ナイフが振られた先に、サクラが火球を飛ばす。俺にまでは、衝撃は届かなかった。こうなってしまえば、後は対応策を考えるだけ。いける。
後ろを見ると、娼婦たちがわずかに口を開いていた。希望が見えてきたようだ。
マリクに向けて、サクラは炎を何発も撃つ。何度も反撃を仕掛けてくる。炎に打ち消されて、誰にも攻撃が届かない。その隙に、剣を伸ばす。マリクは転がるが、一手遅い。
左肩を、大きく切り裂いた。血が吹き出ていく。これなら、勝てる。
サクラが炎を飛ばす。もう一度剣を伸ばそうとすると、マリクは炎を無視してこちらに何度もナイフを振ってくる。俺は両手で盾を構えた。浮かび上がりそうな衝撃が走るが、ただ耐える。
飛んでいった炎が敵の左肩あたりに直撃して、マリクの左半身が焼けただれている。それでも、立ったまま。強く激しく、俺をにらみつけてきていた。
「そんなに売女どもが大事なら、まとめて地獄に送ってやるよ! 心奏現出、
地獄から飛び出たような叫び声とともに、マリクのナイフが赤い剣へと変化していく。それを見た瞬間、サクラはヒカリの手を取って俺の後ろに潜り込む。
ほぼ同時に、マリクは剣を俺に向けて振り抜いた。隕石が落ちたかのような衝撃が、全身に襲いかかる。
左腕から、高い音が響く。ジンジンする痛みが、左腕の全体にまで広がっていく。盾がうまく握れない。
これは、折れたな。背中から、汗が吹き出てくる。口が変に乾きだした。涙すらこぼれてくる。
ただの一撃で、底まで追い詰められた。それが、現実。心奏現出とやらは、シャーナ先生の言っていた切り札なのだろう。それほどに、絶大な力を秘めている。
どうすれば良い。どうすれば、ここから勝てる。みんなを守り切れる。顔がゆがむのを、抑えきれない。
マリクは俺を見て、鼻で笑う。そして、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「売女どもを見捨てるのなら、お前の命は助けても良い。どうするんだ、リオン?」
「このままじゃ、私たちは……」
後ろの娼婦から、震えた声が聞こえる。続いて、泣き声。うわ言や、叫び声も。恐怖が伝染しているのが、後ろを見ずとも伝わってきた。
両腕のどちらからも、痛みしか伝わってこない。汗が吹き出て止まらない。今の俺は、焼かれるような苦痛を味わっている。
それでも、逃げたりしない。できるわけもない。俺の後ろには娼婦たちがいる。サクラとヒカリもいる。みんなを見捨てた未来に、何も残ったりしない。ただ後悔を抱えて生きるだけ。分かりきった答え。
ディヴァリアなら、ただの一撃で終わらせただろう。今みたいに追い詰められることもなく。
だからどうした。情けなかろうと、俺にだって誰かを守れるはずだ。絶対に、やり遂げてみせる。
そう。死んでも守り抜くだけだ。足を踏みしめろ。絶対に、後ろに攻撃を通すな。血を吐き出そうが腕が折れようが、絶対にだ。
両手を強く握って、盾を支えていく。腹の底まで息を吸って、全力で叫んだ。
「安心してくれ! たとえ俺がどうなろうとも、絶対に守り抜いてみせる!」
「そこまでする価値が、売女どもにあるってのか!? リオン、命は助けてやるって言ってるんだぞ!?」
まだ、追撃は飛んでこない。視界がかすんできた。だが、踏ん張れ。死んでも守り抜くと決めたはずだ。
考えろ。少しでも問答をしながら、何か勝つための策をひねり出すんだ。
「マリク、お前はなぜ娼婦を傷つけようとする! お前の恋人みたいに、なにか理由があるかもしれないじゃないか!」
「聖女様の娼館も、そういう人間がいると? 良いねえ、それは!」
一瞬、言葉に詰まった。マリクは嫌な笑みを浮かべてくる。
振り払うように、全身が痛みで染まるくらいに盾を握って叫んだ。
「仮定の話だと、なぜ分からない! お前と違って、確かに誰かを救っているんだ、ディヴァリアは! なぜ、恋人と同じ悲劇を生み出そうとするんだ!」
「娼館なんてものが存在したから、あいつは! こんなくだらない場所があるから!」
マリクは剣を振り抜いてくる。左肩を盾に押し付けて、全身で耐える。また、嫌な音がする。意識が断絶するほどの痛みが、全身に広がった。
俺はただ、盾を握り続ける。それしか、できない。
「くだらない八つ当たりも、あったものね。結局あんたは、反撃してこない相手を痛めつけようとしているだけ。バカバカしい」
マリクはサクラの方をにらんでいる。嫌な予感がして、盾を構え直す。だが、まだ剣を振ってこない。
盾が何度も震えて、ガタガタという音を出す。まともに力が入っていない。それでも、ただ盾を握り続けた。
「リオン、良いことを教えてやるよ! こいつは、有翼連合に誘われたことがある。そういうやつなんだよ!」
「敵の言葉を、真に受けるとでも!?」
「両親が死ぬきっかけになった忌み子に、よくもまあ言ったものだよなあ! 褒めてやろうじゃないか!」
サクラは無表情だ。つまり、事実だということ。なら、俺だけでもサクラに寄り添ってみせる。
喉が張り裂けようと、叫べ。ちょっと血の味がするくらい、なんてことない。
今すぐ言葉にできないのなら、俺の口が存在する意味なんてない。
「ふざけるな! サクラは俺の友達だ! まっすぐに努力できる、輝ける人なんだ!」
「サクラも娼婦どもも、望まれて生まれちゃいねえ! 今の現実こそ、証だろ!」
「それがどうした! 生きてほしいと、俺は望む! 望み続ける! 戦う理由なんて、それだけで十分だ!」
「リオン……。ありがとう。あんたみたいな人がいるから、あたしは前を向けるの」
サクラは穏やかな声を出して、俺の盾から出ていく。そして、まっすぐにグローブを構えた。
「サクラ……何を!?」
「ノコノコと出てきたもんだなあ! これで、終わりだ!」
マリクはサクラに向けて剣を振る。目をつぶりそうになって、抑えた。せめて、見届けるだけは。それしかできないとしても。
サクラは、ふわりと笑っていた。
「任せなさい、リオン。いつも心に灯火を! 心奏現出、
爆発音が響いて、煙が広がっていく。よく知っている言葉に、頭が一杯になりそうだった。
だが、今は考えてなんていられない。わずかに首を振って、ただサクラの方だけを見る。
煙の先に、影が浮かんでいた。だんだん煙が払われていくと、真っ黒な炎が燃え盛っているのが見えた。
火元は、サクラの両手。そこにあるグローブが、黒い炎の原点。
声も出せないでいくと、サクラはこちらに笑いかけてくる。そして、マリクへと向き直った。
「燃えたぎる復讐心は、あたしがもらった優しさを奪うやつに叩きつけるだけ。それだけよ」
ぎゅっと拳を握って、真っ直ぐに前を見る姿。それが、どうしようもなく輝いて見えた。物語のヒーローのよう。前世の子供のころ、まだ未来に希望を持って生きていたころ。その時に憧れていたような。
サクラは漆黒の炎を飛ばし続ける。マリクは何度も剣を振って相殺しているが、しかめっ面をしている。爆発ごと燃やし尽くすように、ただ空間が焼かれていた。
「サクラァ……! お前、ごときに……」
「あたしにはヒカリがいた。リオンがいた。感謝しているわ。本当の気持ちに気づかせてくれて」
マリクはサクラの方だけを見ている。俺はそっと、剣を向けた。まだ、気づかない。サクラは炎を放つ。合わせて、一気に剣を伸ばす。炎を打ち消そうとするマリクの胸に、深く突き刺さる。
血が吹き出て、後ろへと倒れていく。ドサリという音が、静かに響いた。
「リオン……! 哀れなもんだぜ……。何も知らずに……。お前の過去が追いついてくるのが、楽しみなもんだ……」
息も絶え絶えに、俺を見ている。マリクに語る言葉など、何もなかった。
「ゼロ様……もうしわけ、ありません……」
マリクの目から、光が消えた。周囲を見回すと、ゆっくりと青白い結界が薄れていく。心奏遺骸の効果が消えたようだ。
サクラは堂々と立っている。ヒカリもしなやかに立っている。娼婦たちも、傷ひとつない。
それだけ確認したら、全身に痺れるほどの痛みが襲いかかってきた。体のどこにも、力が入らない。
気づけば視界が横になっていて、だんだん真っ白に染まっていった。
「リオンさん……!」
そんな声が、最後に聞こえたんだ。