「答えは、決まってる。お断りだ、スール!」
スールはきょとんとした顔をした後、苦々しげに顔を歪めた。そして、憎悪を煮詰めたような顔でにらみつけてくる。
「なっ……! また、わたくしを否定するのですか!? リオンさん、あなたは……!」
「お前には、あの子たちを大事にする気はない! 隠しきれてないんだ!」
全力で、剣を振り下ろす。左手を、即座に後ろに回せるようにしながら。
スールの盾に剣が叩きつけられると、すぐに重い感触が消える。その瞬間、左手を動かす。なんとか、間に合った。
やれる。やってみせる。そうしなければ、俺は誰も守れないんだ。たとえ俺ひとりでだって、勝ってやる。
「そんな、くだらない理由で……!」
「くだらないわけがない! あの子たちを傷つけるというのなら、お前を殺してでも……!」
渾身の力を込めて、飛び出すように剣を突き出す。そして、一気に伸ばす。くるくると回って避けられる。それと同時に、横から盾が飛んでくる。
また、なんとか左手が間に合った。大きな音がして、それからスールの手元に戻る。苦悶の顔が、見て取れた。いけるはずだ。
「どうして、あなたは嘆いてばかりなのです! そんな苦しそうな顔で!」
「お前は、ただ自分を傷つけているだけじゃないか……!」
もう一度、突き通すように剣を伸ばす。相手が回って避ける前に、一気に太くする。盾で受けられ、また手応えが消える。すぐに後ろに盾を回すと、同じように防げた。
なにか、見えてきた気がする。そうか。盾で防ぐことと攻撃は、同時のように見える。だが、厳密には違う。後は、活かす道さえ見つけられるかどうかだ。
もう少しだ。もう少し手がかりがあれば、きっと勝てる。
スールは目を揺らしていた。きっと、追い詰められている。だから、あと少しなんだ。
「知ったような口を! 何も知らないではありませんか! わたくしを、なにひとつとして!」
「だったら、教えてくれ! 何も語らないのに、分かるはずない!」
今度は盾を膨れ上がるほどに分厚くして、スールに押し付けていく。防いでいる盾は、転移してこない。
そうか。スールが避けられない大きさの攻撃をすれば、受けているしかない。なら、分かった気がする。
顔に出すな。まだ、追い詰められているふりをしろ。何も考えていないふりをするんだ。
「言えるはず、ない! あなたにだけは! そんなことも、分からないの!?」
泣き出しそうな顔で、スールは叫ぶ。お嬢様らしい言葉も、消え去っていた。そこに本音があるのだろう。
説得に乗ってさえくれるのなら、殺したくなんかない。だが、きっと。予感だけを、強く感じていた。
「どんな過去でも、受け止める! お前が、俺の手を取ってくれるのなら!」
「手をつかもうともせずに、よくも! あなただけは、わたくしの手で……!」
スールは鋭く眉間にシワを寄せて、勢いよく盾を振り下ろしてきた。避けながら、上に盾を構える。転移はしてこない。殴りかかってくるのを、剣で受けた。
これで、決める。ノエルたちを、守ってみせる。たとえ手を汚そうとも。スールの嘆きを捨て去ろうとも。
「決して、許さなくて良い。お前は、せめて俺の手で……!」
スール目がけて、盾を全力で分厚くしていく。狙った通りに、受けられる。押し付けながら、少しずつ盾を薄くして近寄っていく。
そして、空いている右側に剣を振り抜く。盾は、動かない。これで、終わりだ。
「ダメ、リオン君! まだ、心奏遺骸しか……!」
そんな言葉が、聞こえてきた。スールの体に当たる直前、黄色い壁のようなものに剣が弾き返された。
体勢を乱した瞬間、スールは笑いながら盾を振り抜く。避けることもできずに、直撃する。
吹き飛ばされる中、右肩が黄色い壁のようなものにぶつかる。そして同時に、スールは俺を殴り飛ばした。
衝撃が全身に響くと同時に、状況が理解できた。ヒカリの言葉からして、転移は心奏遺骸の能力。そして、結界こそがスールの能力だったということ。
よく考えてみれば、サクラの心奏現出は元と同じ炎。マリクの爆発も同じ。転移の心奏現出が、防御の能力であるはずがないんだ。
もっと言えば、マリクの出した結界は青白かった。同じ心奏遺骸だというのなら、色が同じだったはずだ。俺が見落としていただけ。
そんな簡単なことにも、気付けなかったのか。情けないな、俺は。
最初から、スールには騙されていたということ。食虫植物に絡め取られただけ。大きく口を開いていることに、気付きすらせず。甘酸っぱい香りに引き寄せられた哀れな獲物。それが俺。
剣を振ろうとして、持ち上げた瞬間に手首に結界がぶつかる。一瞬固まって、盾で殴り飛ばされて、吹き飛んだ先で結界に叩きつけられる。腹に拳を叩きつけられる。
何度も何度も拳と盾と結界の乱打を浴びせかけながら、どこか冷静に考えられていた。
スールは手元からナイフを取り出す。そして、俺の盾をつかんでくる。
心臓めがけて、ナイフを突き立てようとしてくる。盾を離して振り払おうとして、スールの乱れた髪とギラつく瞳が目に入った。
目の前に、真っ黒な髪を振り乱す女がよぎる。ぎゅっと、盾を握りしめてしまった。
もう、終わったな。そんなことを、他人事のように考えていた。
「終わりですわ、リオンさん! 永遠に、わたくしのものになりなさい! 哀れな運命から、解放して差し上げますわよ!」
何もできないままでいると、一条の光がスールのナイフにぶつかった。軌道がズレて、肩に刺さる。
スールに続けて斬撃が飛んでいく。ひとつは頬を裂き、もうひとつは盾で受けられた。
「そんな死に方だけは、二度とさせない! どれほど血にまみれようと、絶対に!」
「なら、そこで自分の血にでも浸っていなさいな!」
低い叫び声を出しながら、スールはナイフを引き抜く。そして、ヒカリへと振り回していた。
俺の肩から血が流れて、冷たい感触が広がっていく。ふらついて、膝をつく。
立ち上がる前に、ヒカリはスールに斬りかかる。スールは忌々しそうに顔を歪めて、盾で受けていた。
「いいえ! 私は、後悔を振り払ってみせます! そう、いつも心に灯火を! 心奏現出、
決意を秘めた目で、叫んでいる。
ヒカリのナイフが、見覚えのあるアーミーナイフへと変化していく。いつか、俺を突き刺したものに。あの言葉といい、ヒカリは前世の俺を知っているようだ。いったい、どうして。
いや、どうでもいい。とにかく、俺にできることをしないと。剣を杖にして、立ち上がる。
畳まれたアーミーナイフから、刃がゆっくりと飛び出る。そこからまっすぐにスールの元へと光がいくつも飛んでいく。
顔を歪めながら、スールは盾と結界で防いでいた。
「わたくしたちの逢瀬を、邪魔するんじゃありませんわよ!」
「あなたのそれは、愛なんかじゃない。私には、誰よりも分かります!」
ひどく顔を歪めながら、スールは盾をヒカリに叩きつけようとした。アーミーナイフからいくつも放たれる斬撃が、盾代わりになる。
「ふざけたことを! リオンさんは、わたくしのものになるべき人ですわよ!」
「いいえ! 私が、証明してみせます! この、力で!」
「ヒカリ! お前ひとりに、戦わせるものか……!」
ヒカリがスールを見据えて斬撃を飛ばすのに合わせて、俺も剣を振り下ろす。スールはもう、盾と結界で防ぐことしかできていない。
あと少し。ほんの少しで、勝てるんだ。剣を握る手に、力が戻っていく。
「リオンさん、あなたは……!」
「ヒカリ、結界は同時に出せない! 手分けを!」
「分かりました!」
いくつもの斬撃が、ヒカリの一振りから同時に飛んでいく。いくつかが結界をすり抜け、スールの肌を割いた。
「なら、こうするだけですわよ!」
スールの全身を、結界が包み込む。数で攻められないように、防御に徹したようだ。なら、対処法は単純。
「終わりにしよう、スール。みんなのために、お前を……! 一点集中だ、ヒカリ!」
「はい! これで、決めます!」
ヒカリはアーミーナイフを握りしめていた。光が刃に集まっていき、本体ごとスールの元へと飛んでいく。当然、結界で防がれる。
ギリギリという音が鳴って、拮抗している。俺は、盾を一気に分厚くしてアーミーナイフを押し付けていく。
10秒ほど拮抗して、結界が千々に砕けていった。そして、胸にアーミーナイフが突き刺さる。スールは、ゆっくりと倒れた。
「こんな、こと……。リオンさんの手にすら、かかれないなんて……」
「あなたは、本当に悲しい人。手を伸ばしてさえいれば、きっとリオン君は……」
「リオンさん……。せめて、わたくしを、奪って……。あなたの、手で……」
スールは俺に向けて手を伸ばす。その手が、ゆっくりと落ちていった。目から光が消え、顔が傾いていく。戦いの結末は、あっけないものだった。
もっと早く出会うことさえできていれば、救えたのかもしれない。仲間として戦えたのかもしれない。笑い合う未来が、あったのかもしれない。
ディヴァリアと、よく話し合ってさえいれば。俺たちの未来は、分かたれずに済んだはずだ。
それにマリクも、あるいはゼファーですら。
動かないスールを、ただ見る。手を伸ばしそうになって、止めた。
「スール……。いや、ダメだ。すぐに、みんなを助けに行かないと! ヒカリ、サクラを頼む!」
「分かりました! 絶対に、追いつきますから!」
一直線に、走り出す。肩から流れる血を、止めることすらせず。もう、振り返らなかった。