隣で微笑む外道聖女   作:maricaみかん

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16話 ディヴァリアの「良心」

 空は赤くなっていて、どれほどの時間が経っているか理解させられる。それでも、ただ足を回す。

 雨が降り注いで、体が冷えていく。走っているのに、震えが止まらない。自分の体を殴りつけて、一歩一歩進み続ける。

 

 頭の中に、血まみれのみんなが浮かぶ。もう、とっくにそうなっているのかもしれない。いや、手遅れである可能性の方が高い。

 仮に間に合ったとしても、今の俺は傷だらけ。勝てるかどうかなんて、明らかと言って良い。

 スールを手にかけてまで、俺は何も得られないのか? それなら、なんのために……。

 いや、まだだ。わずかだけでも、みんなを守れる可能性があるんだ。足を止めるな。ただ走り続けろ。

 

 半分ほど、進めた頃だろうか。泥に足を取られて、地面に倒れ込む。体を持ち上げようとする腕が震えて、落ちる。とても、眠くなってきた。

 もう、寝ても良いんじゃないだろうか。仮に俺がたどり着いて、何ができるというんだ。

 弱気が、胸の奥まで広がっていく。まぶたが、本当に重い。目が、わずかに閉じられた。

 その瞬間に、ノエルの顔が浮かんだ。初めて出会った時に、光の消えた目をしていたこと。ご飯を食べて、ほんの少しだけ笑顔を見せてくれたこと。

 仲良くなってから、兄のように慕ってくれたこと。つい最近、絵を描いてくれたこと。

 

 諦めて、たまるか。たとえ無駄になるとしてもだ。諦めることだけは、してたまるか。

 ノエルを、みんなを守ってみせる。死んでも足を止めるな。そうだろう。

 

 全力で頬を張った。そうしたら、意識がはっきりとしてきた。震えながら、もう一度立ち上がった。ただ、足を動かす。ほとんど歩くのと変わらないような速度で、それでも。

 

 空が真っ暗になって、ようやく裏路地までたどり着いた。そこには、額に穴の空いた死体が転がっている。大きな穴や小さな穴、それぞれに。

 見るな。今だけは、見るんじゃない。孤児院にたどり着くまでは、何も考えるな。

 目頭が、熱くなってくる。それを必死で抑えていた。こぼれた涙の数だけ、命がこぼれ落ちると思え。

 たとえ泣くとしても、それはすべてが終わった後だ。今できることを、全力でこなすんだ。

 

 前だけを見て、ただ走り続けた。奥まで進むと、明かりのついた孤児院が見えた。

 これは、どうなっている? いや、考えるのは後だ。とにかく、足を進めろ。迷うな。

 

 一歩一歩踏み出していって、孤児院の扉を開く。その奥から、ドタドタという足音が聞こえた。

 

「リオンお兄ちゃん! あっ……」

「ご無事、とは言えないようですね……」

「頑張ったんだね、リオン」

 

 ノエルが顔を華やがせて、すぐに目を伏せる。院長は目尻を悲しげに下げている。ディヴァリアは、ただ笑顔だった。

 続いて、子供たちがここまでやってくる。ひとりひとり数えて、人数を確認して、息をついた。

 

「ノエル、エルザさん、みんな! 無事だったんだな!」

「リオンお兄ちゃんも、大丈夫だったんだね!」

「あら、名前で呼んでくださるんですね。なんだか、少し嬉しいかもしれません。こんな状況なので、あまり喜べませんけれど」

「ふふっ、ちゃんと守っておいたよ。この子たちが無事じゃないと、リオンは笑えないもんね?」

 

 別働隊は、全滅させてくれたらしい。それを理解できて、俺は膝から崩れ落ちていく。だんだん眠くなってきて、視界がぼんやりしてきた。

 近寄ってきたディヴァリアは、そっと頭を撫でてくれる。

 

「ありがとう、ディヴァリア……」

「少しだけですが、これで楽になると思います」

 

 エルザさんは、ぬるま湯をゆっくりと飲ませてくれた。それが染み渡っていって、目を閉じる。とても穏やかな気持ちが、胸いっぱいに広がっていった。

 

「リオンお兄ちゃん、頑張ってくれたんだね……。ゆっくり休んで、また元気なところを見せてね」

 

 そんな声が聞こえて、俺はただ満たされていたんだ。

 

 残酷な夢を見ていた。俺の心臓に、アーミーナイフが突き立てられる夢。チャイムが鳴って扉を開くと、ストーカーの笑顔があった。扉を閉じようとすると、足を挟まれて開かれる。

 そして、懐からアーミーナイフを取り出して、刃を立てる。その現実を理解する間もなく、心臓に突き立てられた。髪を振り乱す姿と歪んだ笑顔が、ただ目に入った。

 

「私だけを見てくれないのなら、そんなの……!」

 

 ゆっくりと、俺は後ろに倒れていく。高笑いが、部屋全体に響いていた。

 

「お兄ちゃん! 嫌! いや……」

 

 騒ぎを聞いたのだろう。駆け寄ってきた琴葉が、俺のそばで崩れ落ちる。涙が頬に落ちるのを見ながら、俺の意識は薄れていったんだ。

 最後に琴葉の顔が見られたことだけが、唯一の救いだったのかもしれない。

 

 そんな傷跡を癒やすようなぬくもりが、手のひらから伝わってきた。引っ張り上げられるように、意識が浮かび上がっていく。

 目を開くと、優しい笑顔のノエルが見えた。俺を見て、少しだけ唇を緩めて、息がこぼれる。そして、満開の笑顔を見せてくれたんだ。

 

「おはよう、リオンお兄ちゃん。ずっと、待ってたんだよ」

 

 とても優しい声が聞こえて、現実が染み渡ってくる。ノエルのぬくもりは、しっかりと手のひらにある。これこそが、俺の生きている今。

 ディヴァリアが、作ってくれた時間。手のひらから伝わるものを、しっかりと胸に刻みこんだ。

 

「ノエル……。夢じゃなかったんだな……」

「ま、そうね。あんたの努力が、実ったのよ」

「リオン君の気持ちは、みんな分かっていますよ」

 

 サクラとヒカリも、そばで見守ってくれていたようだ。サクラはノエルの頭を撫でていて、ヒカリは俺の頭に置かれた濡れタオルを交換してくれた。

 

「サクラ、ヒカリ……無事だったんだな……」

「ま、一応ね。話したいこともあるけど、後にしましょうか。今のあたしたち、お邪魔虫みたいだもの」

「そうですね。ノエルさん、よろしくお願いします」

「リオンお兄ちゃんのことなら、ノエルに任せてね!」

 

 ノエルは胸を張って、元気いっぱいに宣言していた。俺にとっての日常が失われていなかった証そのもの。きっと、今の俺は良い笑顔。

 

 サクラとヒカリが去った瞬間、すぐにノエルは抱きついてくる。震えが、俺にまで伝わってきた。

 死にそうなほどにボロボロだったのは、俺が一番分かっている。とても心配させてしまったことなど、語るまでもない。

 そっと背中に手を添えて、とても優しくトントンとした。震えは、ゆっくりと収まっていった。

 

 ノエルは離れて、また満面の笑顔を見せてくれる。

 

「リオンお兄ちゃん、髪がボサボサだよ。なんか、疲れたおじさんみたい!」

 

 そんな事を言われてしまった。空元気だということくらい、誰でも分かる。だが、ノエルを心配するような顔をしたら、それこそ台無しだ。

 俺はできるだけ顔を歪ませて、傷ついたという顔をしていく。

 

「お、おじさん……? さすがに、早くないか……?」

「そう言われるのが嫌なら、早く元気な姿を見せること! 守れないなら、みんなにもおじさんって言ってもらうんだからね!」

 

 ビシッと指を突き出して宣言される。冗談だと分かっていても、震えてしまいそうなほどに恐ろしい脅し。

 ただ、ノエルに頭を下げることしかできない。

 

「頼む、やめてくれ! 後生だから、それだけは……!」

「なら、言うことがあるよね?」

「約束する! 約束するから!」

 

 両手を合わせて、ノエルを見る。しばらく目が合った後、笑顔で頷かれた。

 

「じゃあ、ディヴァリアお姉ちゃんたちも呼んでこないとね! ノエル、任されちゃったんだから!」

 

 そう言い残して、ドタドタと駆けていく。しばらくして、ディヴァリアとエルザさんもやってきた。

 ふたりとも落ち着いた笑顔を見せてくれて、ほっとする。当たり前に、穏やかな時間を過ごせる。それが、どれほど幸せなことか。

 一度失うことを覚悟したからこそ、分かる。この時間は、奇跡そのもの。

 だからこそ、何も意識しなくても勝手に笑顔がこぼれてきたんだ。

 

「リオンお兄ちゃんってば、ドロドロだよ! ディヴァリアお姉ちゃん、洗ってあげて?」

 

 ノエルは俺を見て、顔をしかめる。さっきまで抱きついていたんだが、それは良いのだろうか。

 ディヴァリアはただ微笑んだまま。これはまさか、一緒にお風呂に入ってしまうやつじゃないだろうな。

 慌てて立ち上がってしまう。病み上がりだというのに。

 

「待った! 待ってくれ、ノエル!」

「私とは、嫌かな?」

 

 眉をハの字にして、首を傾げてくる。どう答えても不正解としか思えないんだが、何をすれば良いんだ。

 

「嫌ではない、ないが……!」

「病み上がりの方に、自分で洗わせるのは問題ですからね。リオンさんは、誰に洗ってもらいたいでしょうか?」

 

 エルザさんは、にこやかに問いかけてくる。誰を選んでも角が立ちそうなんだが。なんてことを言ってくるんだ。

 ノエルにしろエルザさんにしろ、俺をからかいすぎだ。よく鳴るおもちゃとでも思っていたりしないだろうな。

 

「エルザもリオンを洗いたいの? 別にいいけど、リオンは誰を選ぶの?」

 

 複数人を選ぶのは論外だ。ディヴァリアなんて、まっすぐに見られる気がしない。エルザさんを選んでも、絶対に妙な目で見られる。

 安全圏なのは、ノエルだけ。それなら、妹と一緒に入るようなもの。まだ、比較的おかしくない。

 

「ノエル! ノエルで頼む!」

「いっけないんだー、ディヴァリアお姉ちゃんを選ばないなんて。でも、指名されたなら頑張るよ!」

 

 俺の手を取ったノエルは、元気いっぱいに俺を引っ張っていく。

 そして風呂まで連れて行かれて、ノエルに体を洗われる。できる限りの時間、俺は目をつぶっていた。それでも、心臓がおかしくなりそうだった。

 

 お風呂から戻ると、すでに料理が並べられていた。野菜中心の、お腹に優しそうなメニュー。エルザさんがニコニコとしながら俺を見ていたので、たぶん彼女が作ってくれた。

 目が合うと、手で食事を促される。

 

「では、ゆっくりと召し上がってくださいね」

「今回は、私が食べさせてあげようか?」

 

 ディヴァリアは自然と隣に座ってくる。流れるようにスプーンを持っていたので、俺はブンブンと首を振る。

 ノエルやエルザさんの前で食べさせられるなんて、どんな羞恥プレイだ。

 

「そこまでひどくないぞ……! 自分で食べられるから、やめてくれ……!」

「リオンお兄ちゃんは、ディヴァリアお姉ちゃんを大事にすること! いずれ結婚するんだから!」

 

 鼻の前に指を向けられてしまう。困った子を見るような視線が、どうにも痛い。

 結婚の話は前からだから良いとして、食べさせられるのは大事にするという話で良いのか?

 

「ふふ、そうだね。でも、今回は許してあげようかな」

「ディヴァリアお姉ちゃんに、しっかりと感謝すること! あと、ノエルもちゃんと可愛がること!」

 

 ノエルも逆側に座って、肩にもたれかかってくる。俺はただ、スプーンを口に運び続けた。もう、反応したら負けだ。

 

「ふふっ、モテモテですね。リオンさんは魅力的ですから、分かりますけれど」

「そういう話か、これ!?」

 

 気がついたら、そんな言葉を出してしまった。さっき決意したばかりなのに、なんてことだ。

 うなだれそうになってしまうが、気を取り直す。せっかくエルザさんが用意してくれたんだから、味わって食べないと。

 

 俺が食べる姿を、エルザさんはずっと笑顔で見ていた。

 

「満足してくださったようで、良かったです。また、用意しますね」

「ありがとう、エルザさん。こういう暖かい料理は、どうにも胸に染み渡るな」

「まあ。私も口説くつもりなのですか?」

 

 頬に手を当てて、俺を見ている。ちょっと顔を赤くしているのは、どういう意味なんだ。

 

「いや、違うぞ!?」

「リオンお兄ちゃん、浮気はダメだよ!」

 

 腰に両手を当てて、じっと見てくる。そもそも付き合っていないと言ってしまえば、きっと針の筵。だったら、曖昧に微笑むのが最適解。

 そう思っていたのだが、ノエルはニヤニヤとし始めた。なにか、失敗してしまったのだろうか。

 

「じゃあ、ふたりっきりにしてあげる! ノエル、もう立派なオトナの女なんだから! しっかり分かるよ!」

「では、また。おふたりの時間を、大事にしてくださいね」

 

 ふたりは口元のニヤけを隠せないまま去っていく。最初から最後まで、振り回され続けていた。ちょっと疲れたが、俺の口元も緩んでいる。

 ディヴァリアは、そっと俺の手を包み込んできた。愛おしそうに、撫で回してくる。

 

 そうだな。せっかくふたりきりなんだから、言うべきことを言わないと。

 

「ありがとう、ノエルたちを助けてくれて……。お前の、おかげだ」

「リオンが言ったんでしょ? 良心っていうのは、誰かの苦しみを避けたいって思うこと。リオンの守りたいものを、私も守る。これが、私の良心だよ」

 

 等身大の少女みたいな笑みを向けてくる。確かに、ディヴァリアの語ることは良心そのもの。なら、俺が正しいことを伝えられたおかげで、ノエルたちは守られたんだな。

 息が、肺の奥からこぼれていく。暖かい視線だけが、目の前にあった。

 

「そんなことも、あったな……」

「リオンは、覚えてる? どんな言葉から始まったか」

「ちょっと待ってくれ……。ああ、思い出せた」

「じゃあ、聞かせてくれる?」

 

 首を傾げて、澄んだ目を向けてくる。少しも俺を疑っていないようにすら見える。どこまでも純粋さを感じさせて、いつもより輝いていた。

 

「多くの人にとって、従うべきものは良心なんだよ」

「良心って、なあに?」

「誰かが傷つくんじゃないかって、苦しむんじゃないかって、そう心配する心のことだよ」

「でも、誰かが痛くたって、私は痛くないよ?」

 

 あの時と同じように、微分積分を前にした学生みたいな顔をしていた。ディヴァリアにとって、それくらい良心というものは理解しがたいもの。

 俺が伝えられたことには、大きな意味があった。そう思えば、吐き出す言葉はとても軽い。

 

「そうだね。君は、そうなんだと思う。でもね。普通の人間は、少しくらいは痛いと思うんだよ」

「ふーん、変なの」

「もっと変なことがあって、自分が痛いよりも嫌だって思う人までいるんだ」

「なら、私が痛いと思ったら、リオンは痛いと思うの?」

 

 ずっと昔と同じように、手首を握られる。中指と人差し指を、しっかりと中心に当てて。

 ある日からずっと、ディヴァリアのクセだった。俺に質問をする時には、毎回。

 頭の中に、とある可能性が思い浮かぶ。それでも構わない。だって、成果は目の前にあるんだから。

 

「そうだよ。だから、約束してほしいんだ。人を傷つけると、他の誰かが傷つく。そして、恨みを抱える。それを理解してほしい」

「つまり、アリは殺しても仲間がよってこないけど、ハチは殺したら仲間が追いかけてくるってこと?」

「そういうこと。だからこそ、人を傷つけないことが大事なんだ。人の大切なものを、同じように大切にすることが必要なんだ」

「リオンも、私が大切な何かを傷つけたら怒る?」

「うん、とても。だからこそ、人の良心を知ることが、この先の君をきっと守ってくれるはずだ」

「分かった。恨まれないように、頑張るね」

 

 きっと、正しい意味では理解されていない。誰かに嫌われないための手段として、良心というものを分析した。

 だからどうした。ノエルたちを守ってくれたのは、ディヴァリアなんだ。たとえ正しい良心を持っていたとしても、他の人には守れなかった。それが、すべてだ。

 

「ふふっ、私はちゃんと覚えているんだよ。だから、しっかりと守ったでしょ?」

「そうか……。なら、良かった……。おかげで、ノエルたちは……」

「うん。それに、ノエルたちには結婚式のお祝いをしてもらわないとね?」

 

 ディヴァリアの笑顔は、闇夜に輝く月。決して、太陽ではない。だけど、俺にとっては大切なもの。たとえ、どんな裏側が隠れていたとしても。向き合わなければならないことも、ある。それでも。

 

「ははっ、さっき言っていたな……。ノエルのやつ、本当に押しが強いからな」

「ノエルもエルザも、サクラとヒカリも。リオンの大切な人でしょ? リリィもかな?」

「ああ、間違いない。もちろん、ディヴァリアもだけどな」

「だから、私が守ってあげる。それなら、安心して戦えるでしょ?」

 

 胸に手を当てて、そう宣言していた。俺は、迷わずに頷いた。

 

「そうだな。ノエルたちにもしものことがあったら、俺はきっと立ち上がれなかった」

「たぶん、私が何もしなくてもノエルとエルザは無事だったけれど。それじゃあ、ダメなんでしょ?」

 

 この孤児院にも、避難通路はあったはず。そこに近い部屋に住んでいたふたりなら、確かに逃げられた可能性は高い。

 だが、ディヴァリアの言う通りだ。子供たちを守ってくれなければ、みんなは犠牲になっていた。ノエルの心にも、傷が残った。

 やっぱり、誰かを大事にする気持ちは理解してくれている。俺の大切なものを、同じように大切にしてくれている。

 

 今回だって、ディヴァリアがいなければ失っていただけ。スールの策にハマって、ただ折れていただけ。

 やっぱり、俺にとっては欠かせない存在なんだ。そうでなければ、今頃……。

 

「ありがとう、ディヴァリア。お前のおかげだ。みんなが生きているのも、幸せなのも。ありがとう……」

「ねえ、リオン。私なら、全部倒せるよ? 全部代わってほしいとは思わない? みんなを守り抜いてほしいって。まだ残っているゼロを片付けてほしいって」

 

 無邪気な顔で、告げてくる。確かに、簡単に終わらせるのだろう。デウス・エクス・マキナのように、あっけなく。

 だが、頼り続けるだけじゃダメだ。ディヴァリアに頼るだけの俺では、導くことなどできない。逆に、頼りたいと思わせるべきなんだ。

 だから、俺が戦わなくちゃいけない。飛行機があるのに海を泳ぐような行為だとしても、それでも。

 

「……いや、それはダメだ。みんなが戦っているのに、俺だけ安全圏でぬくぬくしているのは」

「そっか。リオンらしいね。なら、頑張らないとね」

「ああ。俺は、絶対に有翼連合を打ち破ってみせる」

「リオンが本当の心奏具に目覚めたら、きっと私にだって通用するよ。だから、ね?」

 

 そう言って、また優しく手を包みこんできた。ブレスレット越しに、ぬくもりが届いた。握り返したら、明るい顔を見せてくれたんだ。

 だからこそ、聞かなければならないことがある。俺が前を向くために、必ず。

 手を握り返しながら、俺はディヴァリアに向き合った。

 

「ディヴァリア。お前は……、スールを破滅させたのか?」

「どこまでを指すか次第かな。婚約を潰したのは事実だけど……」

「そのために、スールの家を潰したりはしたのか?」

 

 聞く声が、震えていた。いったい、どこまでしたというのか。その答え次第では、俺は……。

 目を合わせることが、どうしようもなく恐ろしい。けれど、決して逸らすことはできない。背筋をまっすぐに正して、まっすぐに目を見続けた。

 

「あの家を潰したのは、スールだよ。追い出された復讐がしたかったみたいだね」

「スール本人に、お前は何かしたのか?」

「ううん、何も。無心の民だと分かった段階で、スールの両親が勝手に捨てちゃって」

 

 困ったような顔で、そう言っていた。確かに、辻褄は合う。俺に婚約者の存在を隠そうとはしていなかった。入学式の前に、婚約者について尋ねられたのだから。

 そう。ディヴァリアの意志で殺そうとしていたわけじゃない。なら、悲劇が連鎖しただけ。

 つまり、俺がスールの存在さえ知っていれば、助けられた可能性は高かった。放逐された段階で、手を伸ばしてさえいれば。

 自分から動いてさえいれば、あいつは苦しまなくて済んだ。死ななくて済んだ。ノエルたちを危険な目に合わせることもなかったんだ。

 

 そう。俺が、ただ受け身になっていたから。井戸の中にいることを、疑問とすら思っていなかったから。だから、スールは。胸の鼓動が、とても早い。

 もう、取り戻せやしない。後悔したところで、遅すぎる。スールは決して生き返らない。

 

 だとしても、俺にはまだできることがある。自分から、動き出すこと。せめて、ゼロを倒すこと。そして何より、ディヴァリアに俺の生き様を見せること。たとえ傷ついても、誰かを守る。その姿を。

 

 ゼロだって、きっと世界の犠牲者。誰かを失ったからこそ、マリクやスールと共感できたはず。同じ道を選んだはず。

 だとしても、誰かを傷つけることは許さない。誰かのために生きる姿を、ディヴァリアに見せてみせる。

 

「ディヴァリア。見ていてくれ。俺がゼロを倒すところを。みんなを守るところを」

 

 目と目を向かい合わせると、はにかむ姿が見えた。

 

「リオンは、できればすぐにゼロを倒したいよね?」

「ああ、もちろんだ」

「そうだよね。なら、うまくいくように頑張るよ」

「無理はしないでくれよ、ディヴァリア」

「うん、分かってるよ。任せておいてね。リオンの素敵なところ、見せてほしいな」

「分かった。今度こそ、平和を……」

「うん。よろしくね」

「ああ。絶対に、勝ってみせるさ」

「そのためにも、次はサクラを呼んでくるね。話したいことがあるらしいから。楽しんできてね」

 

 立ち上がったディヴァリアは、手を振って去っていく。俺は、さっきまで握られていた手を見ていた。

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