隣で微笑む外道聖女   作:maricaみかん

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17話 再会と別れと

 サクラはきっと、本質を理解している。実際に何をしているのかにまでは、たどり着いていないにしろ。

 だったら、伝えたい話はとても大事なこと。深く息を吸って、吐いた。

 すぐに、ノックの音が届いた。返事をしたと同時に、扉が開く。

 

 サクラは俺の隣に座って、少しだけ髪をいじる。そしてすぐに、まっすぐに俺の目を見てきた。

 

「ま、くだらない前置きはいらないわよね。リオン。あんたは、絶対に間違えてなんかいないわ。ちゃんと、子供たちを守ったのよ」

 

 実際に守ったのは、ディヴァリア。それでも、スールと戦ったことだけは無駄じゃないはずだ。

 心の奥では理解していても、言葉に詰まる。一度だけ口を開きかけて、息を吸う。言葉が出てきたのは、その後だった。

 

「そう、だな……。それで、良いんだよな……」

「あんたが悩む気持ちは、分かるつもりよ。いっそ、全部吐き出してしまいなさい」

 

 俺の肩に手を当てて、柔らかく微笑む。俺のすべてを受け入れるかのように。

 サクラには、何度も頼ってばかりだ。でも、きっと本心を伝えるべきだ。今ここで遠慮してしまうことこそ、想いを無駄にすることなんだから。

 

「俺は、ディヴァリアに何ができたんだろうか……。そもそも、俺はみんなを……」

「子供たちは、無事だった。それだけよ。リオン、あんたは悪くないわ」

 

 じっと目を合わせながら語られる。心に染み込ませるように、しっとりと。

 確かに、理屈としては納得できる。子供たちが無事だったこと以上に、優先すべきことなんてなかった。

 だが、自分の胸を握りしめる手が緩まない。緩んでくれない。

 

「みんなが傷ついていたより、よほどマシではあるか……」

「そうね。ディヴァリアが動いたのも、リオンがいたからよ。あんたは、ちゃんと役割を果たしているのよ」

「だと、良いな……」

「ディヴァリアを心から信じるべきじゃない。少なくとも、あたしは。でも、リオンはあいつのそばに居ていいのよ。それは罪じゃない」

「サクラ……。やっぱり、お前は……」

「あたしには、分かる。ディヴァリアは、あんたのために孤児たちを救った。リオン。あんたが、あいつの行動を変えたのよ」

 

 頬を両手で包みこんでくる。優しい感触が、染み渡ってきた。

 確かに、ディヴァリアは俺のために行動したようなもの。俺がいたから、みんなは守られたということ。

 

「そうか……。そう、かもな……」

「リオン。あんたは、手を伸ばすのよ。あたしに、ヒカリに。それで、良いの」

「確かにな……。自分で言ったことだ……」

 

 スールに手を伸ばせと言ったのだから、俺だって実行するべき。当たり前のことだ。

 サクラは、緩やかに目尻を下げていった。

 

「話せないことがあっても良いわ。ねえ、リオン。あたしにだって、あんたに話せないことはあるもの」

「サクラ……。ありがとう、いろいろと」

「あたしたちは友達。当たり前のことをしただけよ」

「なら、絶対に返さないとな。それが、友達ってものだろ?」

「もう、とっくにもらっているわ。あたしが何より欲しいものは、ちゃんとね」

 

 とても満足げな顔をしている。本当に、欲しいものは手に入れている様子。

 だからこそ、俺はそれを知りたい。サクラに恩返しができるのなら、きっと何だって捧げられる。

 

「それは、何だ……? もっと、あげられるものか……?」

「言わせないのが、花ってものよ。そういうところは、軽いんだもの。まったく、目が離せないことね」

 

 目を逸らして、髪の先を指先でもてあそんでいる。これ以上追求するのは、避けるべきか。

 俺は恩返しがしたいのであって、自己満足を押し付けたいわけじゃない。わきまえないと。

 

「そうか……。お礼になるのなら、渡せたら良かったんだが……」

「ほんと、バカね。でも、ありがとう。あんたの気持ちは、とても嬉しいわ」

「喜んでくれるのなら、何よりだ。まあ、何もできていないが」

「まったく……。ねえ、リオン。あたしは、あんたから離れたりしない。だから、あんたは変わったりしないで。それだけで、あたしは何でもするわ」

 

 震えるほどに、俺の両手を握りしめてきた。とても真剣な目で、俺のことを見ている。

 だったら、その願いを叶えたい。俺は、サクラにとって大切な俺でいたい。

 サクラは太陽そのもの。だからって、照らされているだけで満足して良いはずがないんだから。

 

「ありがとう。その気持ちは、とても嬉しい。だが、サクラが嫌なことは絶対にしなくて良いんだからな」

「ほんと、分かんないやつね。でも、やっぱりあんたは……。バカなのは、あたしもか……」

「違う、サクラはバカなんかじゃ……。いや、そうじゃないか。俺たちは、おそろいなんだよな。なんだか、すごく嬉しいよ」

 

 反射的に言いかけたことを、止めた。サクラは否定してほしくないように見えたから。ちょっとだけ、目が細まったような。

 だったら、良いように言うのが正解だ。そう思ったのだが、サクラは呆れたように首を振っている。何か、変なことを言ったのだろうか。

 

 サクラは額を抑えて、ため息までついている。それから、ジト目で俺のことを見てきた。

 ちょっとだけ責められているように見えるのは、気のせいじゃないよな……。

 

「これでわざとじゃないんだから、とんでもないやつよね……。呆れたものだわ、まったく。ある意味、信じられない怪物よ……」

「怪物はひどくないか? いや、サクラなら良いんだが……」

「これだけは言っておくわ。あんた、女には気を付けなさいよ」

「やっぱり、軽薄そうな印象は変わらないのか……?」

「もっと厄介よね。あんたは、ディヴァリアにすら真正面から向き合ってしまえるの。だから、みんな……」

 

 唇を軽く噛んでいるのが見えた。気付かないフリをした。

 

「それができるのなら、サクラにも向き合えるように努力しないとな」

「リオン、良い? あんたは、ディヴァリアだけを見ていなさい。それが、きっと……」

「ずっと考えていると言えば、そうだな……」

「ま、これ以上言っても無駄ね。次はヒカリを呼んでくるから、妙なことをしないようにね」

 

 軽くにらみつけて、サクラは去っていった。どこまで受け止めて良いのか、すぐには決めかねた。

 なんとなく、お腹が重い。それを認識しながら、ヒカリに何を話すべきかを考えていく。

 

 俺を殺したアーミーナイフが、心奏現出だった。その理由は、おそらくふたつにひとつ。

 ただ、確実に言えることがある。俺を死なせないために、全力を尽くしてくれた。サクラに慕われるくらいに、優しい子だった。

 サクラがあの言葉を知っていたことにも、説明がつく。つまり、そういうこと。俺はまっすぐにヒカリに向き合えるはずだ。

 

 一度目を閉じる。暗闇の中で、深呼吸をする。目を開いたら、もう心は決まっていた。

 

 ノックの後、名前を呼ばれる。返事をすると、ゆっくりと扉が開く。

 ヒカリは慈しむような目で俺のことを見ている。席に着くのを待って、向かい合う。

 

 そして、俺は核心に触れたんだ。

 

「ヒカリ……。お前は、琴葉、なのか……?」

「そう言うあなたは、お兄ちゃんなの?」

 

 コテンと首を傾けて、問いかけてくる。お兄ちゃんという言葉が出てくることが、答えそのもの。

 胸の奥いっぱいに、暖かいものが広がっていった。

 

「琴葉、なんだな……!」

「久しぶりだね。ずっと会いたかったんだ」

「俺もだ……! ずっと、ずっと……」

 

 ヒカリを抱きしめると、そっと背中に手を回してくれた。

 お互いに何も言わなくとも、心が通じ合っている。それが、俺たちの全てだった。

 

「誕生日に買ってもらったゲームの世界で、私たちは一緒になった。もう、運命だよね」

「ゲームの世界……? どういうことだ……?」

 

 何を考えるでもなく、ただ言葉を返してしまった。言っている意味は分かるのに、心にまで届いてこない。

 ヒカリは、穏やかな顔をするだけ。優しく俺を見守るだけ。

 

「あの日、今でも覚えてるよ。ずっと雨が降ってたんだよね」

 

 誕生日ということは、琴葉が珍しくおねだりした時のこと。車も持っていなかったから、自転車でゲームショップに向かった。片道で、1時間ほど。曇り空の中、雨に振られないか不安になりながら。それでも、まったく苦じゃなかった。

 プレゼントを渡した時に、とても素敵な笑顔を見せてくれた。それだけで、俺は報われていたんだから。

 

「いや、ちょっと違うな。家に着いた瞬間に降り出して、焦ったんだよな」

「あはは、覚え違いだったかな? でも、お兄ちゃんは必死に買いに行ってくれたよね」

 

 ヒカリは照れたように笑っている。あの日買ったゲームを楽しんでくれていた。頑張って、良かった。

 ほんのわずかな時間だったとしても、琴葉を喜ばせることができたんだ。また、つながることができたんだ。

 

「自分で言うのは恥ずかしいが……。まあ、そうだな」

「だから、全部覚えてるんだ。国の名前も、キャラの名前も一緒。でも、もう歴史は変わったんだ。お兄ちゃんの影響でね」

「それは、つまり……」

「ディヴァリア・フェリエ・エインフェルト。あのゲームで、最も有名な悪役だよ」

 

 息が、止まった。ディヴァリアは、そんな存在だったというのか?

 理屈としては、分かる。人の心も命の価値も理解できない外道そのものなのだから。

 

「聖女として、か……?」

「ううん。覇王みたいな感じかな。その世界で、歴史上最も多くの人を殺した存在だったんだ」

「それは……どれくらいだ?」

「1億、かな。本当に、破滅的な被害だったんだよ」

 

 1億? それは、日本の人口くらいという意味の1億か? 今の世界なら、国のいくつを全滅させるくらいの人数だ?

 途方もないというレベルですらない。文字通り世界の命運を変えるほどの大虐殺だ。

 

「なっ……それは……」

「だから、お兄ちゃんはすごいんだよ。あのディヴァリアを、聖女にできたんだから」

 

 ヒカリは胸に手を当ててふわりと笑う。俺を認めてくれているのが、強く伝わってくる。

 

 俺がいなければ、大虐殺を行っていた。なら、俺は。ディヴァリアを、変えられたのか? 翼を、与えられたのか?

 もしそうだというのなら、俺の人生にも意味があった。多くの犠牲者を、減らすことができたのなら。

 完璧だなんて、とても言えやしない。それでも、無価値じゃなかったんだ。

 天井を見ると、いつもより広がって見えた。口元が緩んでいるのが、自分でも分かる。

 

「ディヴァリアさん、お兄ちゃんの影響で口調まで変わっていたからね。ゲームを知っている私としては、驚いたんだよ」

 

 こうして話をしていて思うが、ディヴァリアの口調は琴葉にとても良く似ている。前世の記憶を話したことなんて、ただの一度もない。だから、偶然ではあるのだろうが。

 

「そうか……。そう、なんだな……」

「今だから言うけど、お兄ちゃんが忌み子って言葉でサクラのために怒ってくれたの、嬉しかったんだ」

「琴葉……」

「サクラのことを、何も知らなくても。お兄ちゃんは、やっぱり優しいよね。あらためて理解できたよ」

「ただ、許せなかっただけだ。お前を忌み子と呼んだ両親も、止められなかった俺自身も」

 

 ヒカリは、目を見開いていた。唇を震わせて、手で抑えている姿が見える。想像でしかないが、俺が自分を責めていることを悲しんだのだと思う。ずっと、優しい子だったから。

 そう考えると、余計なことを言ってしまったのだろう。琴葉に重荷を背負わせるだけのことを。ちょっとだけ、歯を食いしばってしまう。

 

 ただ、俺が何かを言う前に、ヒカリは柔らかく微笑んでいたんだ。

 

「ふふっ、それが優しさの証なんだよ。自覚は、していなくてもね」

 

 穏やかな顔を見せてくれた。それに、同じような顔で返せたんだ。

 とても幸せな瞬間だと、心から言い切れる。胸どころか、全身が暖かい。

 

 だが、だからこそ気になることもある。もしかしたら、聞かない方が良いのかもしれない。今の気持ちが、全部冷えるのかもしれない。

 そうだとしても、俺が向き合うべきこと。知らなくちゃ、何も始まらない。

 ヒカリの両手を握りしめる。首を傾げるのが、見えた。息を大きく吸って、俺は尋ねたんだ。

 

「琴葉。お前は……。あれから、どうやって生きてきたんだ?」

 

 その瞬間に、目を逸らされる。嫌な予感しかしなかった。だが、俺は手を握り続ける。

 ヒカリは観念したように息を吐いて、ゆっくりと語り始めた。

 

「あの子も私も、自分で死んじゃったんだ。たぶん、理由は同じ」

 

 目を閉じたくなった。頭を抱えたかった。叫びだしたかった。俺が死んだせいで、琴葉は。

 動きを抑えていると、口から勝手に言葉がこぼれてきたんだ。

 

「どうして……! 俺は、琴葉さえ無事でいてくれれば……! 幸せでいてくれれば……!」

「簡単だよ。お兄ちゃんがいない世界で、生きている意味なんてなかった。それだけは、一緒だったんだよ。皮肉なことに、あの子とね」

 

 ストーカーまで、俺の後を追った。だったら、俺の死になんて何の意味もなかった。

 せめてストーカーが歪んだ幸せでも手に入れていたのなら、まだマシだったのに。結局、琴葉も俺も、誰も幸せになんてなれなかった。

 涙がこぼれそうになる。鼻の奥が、ツンとして止まらない。それでも俺は、目を閉じて耐えていた。強く強く、震えながら。

 

「俺の、せいで……」

「ううん、私のせい。だから、お兄ちゃんは自分を許して良いんだよ」

「だが……」

 

 言葉は続かなかった。お互いに、何も言えないまま。静かな時間が、ゆっくりと過ぎていく。

 お茶に手を伸ばすと、ヒカリと手が合わさった。お互いに、手を引く。

 少しして、ヒカリは目をさまよわせる。そして、決意を込めたような瞳で俺を見てきた。

 

「ねえ、お兄ちゃん。これからは、ずっとリオン君って呼ぶね。ううん、呼びますね」

 

 胸に大きなトゲが刺さった。そう錯覚するくらい、心臓がすくみあがった。

 言葉が、うまく出てこない。

 

「それは、どうして……」

「私たちは、お互いの人生を生きるべきなんですよ。過去にとらわれないように、です」

「でも、俺と琴葉は……」

「じゃあ、ディヴァリアさんを忘れて、私とふたりで生きてくれる?」

「……それは……」

 

 ヒカリと、目を合わせられなかった。それが、すべてだった。

 けれど、優しく手を取られる。胸に大切なものを抱えるように。

 

「だから、ですよ。私たちは、ずっと友達です。琴葉とお兄ちゃんじゃなくて、ヒカリとリオン君。それで、良いんです」

「そう、かもな……」

「大丈夫。私たちが離れ離れになるわけじゃありません。これからも、ずっと一緒です」

「そうか……。そう、だよな……」

「だから、これからもよろしくお願いしますね」

 

 俺の腕を置いて、また落ち着いた笑顔を見せる。俺は、笑顔で返そうとした。きっと、できていなかった。それどころか、ぐちゃぐちゃな顔だったはずだ。

 

「ああ。よろしく頼む、ヒカリ……」

「はい。誰の作った物語でもない、私たちの物語を始めるんです。ゼロを倒して、ね?」

「そう、だな……」

「大丈夫。リオン君は、ディヴァリアさんを変えられたんです。きっと、良い未来にたどり着けますよ」

 

 そう言って、はにかむヒカリ。希望が心に宿っているのだと、一目で分かった。

 俺はまだ、胸が苦しいまま。ギュッと押しつぶされそうなほどに。だけど、ゼロを倒さなくちゃ始まらない。

 きっと、ゼロにどんな過去があるかも分かっている。

 

 ヒカリは、ディヴァリアも知っていた。サクラのことも、おそらくは。素敵な人だと分かっていたと言っていた。それは、物語の知識があったから。

 察するに、サクラは。少なくとも、ヒカリが素敵だと言い切れるくらいの存在。いや、おそらくはもっと。俺に見せてくれた輝きは、その座にふさわしいと言えるもの。

 だが、聞きはしない。ただの友達として、サクラという人間に向き合うために。いつか、サクラが俺のことを褒めてくれた時のように。

 

 それでも、ゼロだけは別だ。勝つ確率を少しでも上げるために、俺は聞くべき。そうだよな。

 

「なあ、ヒカリ。ゼロについて、どこまで知っている?」

「……私は、リオン君にだけは言いたくありません。知らない方が、きっと良い」

 

 目を揺らしながら、震える声で語っている。俺を傷つける何かが、そこにはある。ヒカリを、かもしれない。

 分かっていて、問い詰めるべきなのだろうか。知識のために俺たちの関係を傷つけて、勝てるというのだろうか。

 

 答えを出すより先に、ヒカリが話しだした。

 

「私、もう行きますね。さようなら、お兄ちゃん」

 

 ヒカリはそそくさと、早足で去っていく。扉を開ける音が、ただ響く。

 背中を見送りながら、一筋だけ涙がこぼれた。扉が閉まってから、ゆっくりとぬぐい去った。呆れるほどに、ゆっくりと。

 

 ノエルたちのところに戻った時には、きっと目は赤かったと思う。でも、誰も何も言わないでいてくれた。

 だからこそ、みんなを守るという決意が深まっていったんだ。

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