その想いを胸に、次の日からまた学園へと通う。授業から、少しでも強さを身につけるために。
シャーナ先生の話は分かりやすくて、とても参考になった。過去に大きな事件があったら、その影響を受けた能力になりやすいとか。察するに、ヒカリのナイフのようなこと。
スールの能力にも、意味を感じる。自分のことを守りたいと思うだけの何かがあった。おそらく、そういうこと。
サクラと模擬戦をしている時も、黒い炎に至るだけの過去が想像できた。できてしまった。
結局負けたが、成長にはつながったと思う。休憩がてら、教室で雑談をする。先生は、慈しむような目で見てくれていた。
「後はゼロさえ倒せば、俺たちの戦いも終わりだな」
「髪が乱れているわよ、まったくもう。身だしなみをしっかりしなさい」
ちょっとだけ細い目で、呆れたように言われる。つい、髪を触ってしまった。確かに、少しだけハネている。
「なんでいま言ったんだ!? 気になってきたじゃないか!」
「バカね。今だからに決まってるでしょ。言えるうちに、言っておかないとね」
サクラは俺の髪を手ぐしで直していく。とても丁寧な手つきで、しっかりと。
俺はただ、サクラにされるがままになっていた。
「それは……そうだな……」
「前から思っていましたけど、リオン君って少し天然ですよね」
口元に手を当てて、クスクスと笑っている。俺は目を見開いていたはずだ。
「ヒカリまで!? それに、前から!? いつからだ!?」
もしかして、前世からずっとだったりしないだろうな。そうだとすると、立ち直れないんだが。ダメだ。妙に髪が気になってきた。まだハネてたりしないだろうな。
だが、いま直しても不自然。どうするのが正解なんだ……?
「初対面の女を口説こうとするくらいだものね……」
「嘘だろ!? みんなから、そう思われていたのか!? 違うよな!?」
サクラとヒカリ以外からも、視線と笑い声が届いた。シャーナ先生ですら、笑みを浮かべていた。
俺はただ、うなだれるだけ。また、笑い声が聞こえる。耳をふさぎたくなるくらいに。
「ま、あんたがゼロにカッコよく勝てば、みんな見返すでしょ」
「それは、サクラだけじゃなく……」
言葉を続けようとする前に、シャーナ先生が杖で地面を叩いた。大きな音がして、そちらを見る。
「今、結界が破られた。有翼連合じゃろう。戦えぬものは、うちに着いてこい!」
生徒たちを誘導しながら、先生は俺を見る。そして、杖の先で校庭を指し示した。
「行け、リオン。お主の本当の物語を始めるために!」
「任せてくれ! 俺は、必ず勝ってみせる!」
「あたしも行くわ。あんたにだけ、任せておけないもの」
「私もです。生きるも死ぬも、一緒ですよ」
俺たちは頷き合って、駆け出した。この戦いを乗り越えて、先生の言う物語を始めるために。
校庭の先にいたのは、たったひとり。退廃的な雰囲気を漂わせる青年だけ。5本の剣を背中に差し、スールの盾を背負っている。つまり、スールは心奏遺骸を残したということ。
おそらく、こいつがゼロだ。俺たちが打ち破るべき敵。多くの人を傷つけようとした存在。そして、きっとこの世界の犠牲者。
俺たちに目を向けられた瞬間、黄色い壁が俺たちを包み込む。どうやら、相手も決着をつけたいらしい。
「お前が、ゼロか?」
「ああ、そうさ。有翼連合の創設者。最後のひとりではあるとはいえ、な」
「たったひとりで、勝てるつもり? 国を相手にして、世界を相手にして」
「無理だろうさ。だが、それでも聖女の物語は終わらせる。死ぬ前の、最後の仕事さ」
ゼロはずっとポケットに手を突っ込んでいる。ずっとうんざりした顔のまま、面倒くさそうに話している。
手首に、少し窮屈そうなリストバンドが見えた。ちょっと雑な作りの、手作りだろうもの。やけに、目に入る。
「ここで立ち止まる気は、無いんですね?」
「リオンに殺された分と、聖女様に殺された分。せめて敵討ちでもできなきゃ、死ねないってものさ……」
大げさにため息を付く。そして、俺をにらみつけてくる。宿敵を見るような目が、そこにはあった。
「罪のない人を殺してまで、何をしたい! お前だって、苦しい思いをしたんだろう! 同じ思いを、誰かにさせるのか!?」
「孤児院への襲撃が成功していれば、リオンも俺と同じになったんだが……。聖女様にも、困ったものさ」
その言葉が意味することは、ゼロはすでに誰かを失ったということ。やはり、そうか。
だから、マリクに手を差し伸べた。スールを仲間とした。同じ傷を持った人同士で、つながっていた。
傷だらけで、心奏の民に傷つけられたこと。おそらく、ゼロも。復讐のために、心奏の民を殺そうとしたのだろう。
だが、解せない。それで、どうして俺を同じにしようとする。
「まさか……同じ傷を全員に味わわせるとでも!?」
「いや、違う。これが、一番マシな道。リオンにも、すぐに分かるさ」
「あんた、死にたいのならひとりで死ねば? それが、一番マシな道よ」
ゼロは大げさに首を振る。両手まで顔の横に持ってきて、それこそオーバーリアクション。
だが、演劇じみた姿にこそ何らかの答えがある。そんな気がした。
「お断りさ。なあ、リオン。たとえ俺が死んだとしても、世界は変わらなくちゃいけないのさ!」
「世界が間違っているとしても、あなたはもっと間違っています!」
「お前たちにも、いずれ分かるさ。俺が負ければ、だが」
「俺は、みんなのためにも勝ってみせる!」
「安心しろ。心奏遺骸は、邪魔されないためのもの。俺自身の心でこそ、世界を打ち砕いてみせるさ!」
「言い訳は、それで十分?」
「さあ、始めよう! 聖女の物語の、女神の支配する世界の終わりを!
ゼロの手に、無骨な剣が現れる。同時に、5本の剣が青白い光に包まれながら浮かび上がった。バチバチという音を立てながら、こちらに飛んでくる。
1本はサクラに、1本はヒカリに、残りは俺に。サクラはグローブで殴り飛ばし、ヒカリはナイフで打ち払い、俺は盾で受け止めた。
まずは小手調べといったところ。ゼロは口元を歪めて俺たちを見ていた。
「さあ、世界を変える一歩目さ! 勝っても負けても、世界は動き出す!」
ゼロ自身が、勢いよく俺に向けて駆け寄ってくる。同時に、サクラとヒカリにもう1本ずつ剣を飛ばしていった。
ふたりは1本を払ってもう1本を避けるような動きを繰り返している。そしてゼロは、俺にまっすぐ剣を振り下ろしてくる。
盾で受けながら、考える。おそらく、サクラとヒカリの援護は期待できない。俺がゼロを倒さなければダメだ。
後ろから、空気を裂いて剣が飛んできた。右手の剣を後ろに回して、受ける。
幸い、ゼロ本人の剣と浮いている剣の2本だけ。単純計算で、剣と盾で対応できる。もっと言えば、避けてしまえば剣か盾が空く。
つまり、俺だけがゼロを討つチャンスを持っているんだ。焦るな。良いタイミングをうかがえ。
「お前の手で、どれだけの人が犠牲になったと思っている! ゼロ! お前はここで終わりだ!」
「そうしてでも、世界は変えないといけないのさ!」
ゼロは吐き出すように叫ぶ。そして横に剣を振りながら、上から剣を降らせてくる。俺を縛り付けようというように。盾を斜めにして、両方を受けた。
それと同時に、相手に剣を向けて伸ばす。避けられはするものの、反撃は来ない。
よし、悪くない。この調子で隙を見つけられれば、いずれ勝てる。落ち着け。確実に詰めていけ。
「お前くらい仲間を集められたのなら、もっと犠牲の少ない道だってあったはずだ!」
「一歩一歩なんて悠長なこと、言っていられないのさ! そう、女神を殺すためには!」
何度も何度も、激しく剣を叩きつけてくる。飛んでいる剣も、あらゆる方向から攻めてくる。感情がほとばしるように、俺を追い詰めようとしていた。女神を殺すという荒唐無稽な願いは本気だと、剣から伝わってくる。
勢いが鋭くて、反撃するチャンスがやってこない。だが、それで良い。とにかく、急がないこと。
今は苦しくても、絶対に息切れするはずなんだ。ただ、待つだけでいい。
サクラとヒカリは、余裕を持ってゼロの攻撃に対処できている。だから、慎重に進め。
変に決着を急いで、サクラやヒカリに迷惑をかけられないだろう。確実に殺せるタイミングを待つんだ。
相手の攻撃を受けながら、俺はしっかりと息を入れていく。
「あんたの考えなんて、分かりきってるのよ。ただ、心奏の民に八つ当たりしたいだけ。ほんと、くだらないわ」
「だとしても、俺は止まらないさ! 俺についてきてくれた、仲間たちのためにも!」
ただただ、サクラを恨めしそうに見ていた。剣が震えるのが、見て取れる。
ゼロは、サクラに剣を飛ばす。同時に、ゼロ本人が俺の前から、浮かぶ剣が後ろから斬り掛かってくる。
横を向いて、片方は剣で、もう片方は盾で受け止める。サクラは、苦しげな顔で剣を避けている。
サクラを助けるために、そちらに剣を伸ばそうとする。また、前後から攻撃される。同じように横になって、盾を一気に広げる。それで弾いた瞬間、剣を伸ばしてサクラのもとにある剣をひとつ弾き飛ばした。
ゼロはこちらに追撃を仕掛けてくる。サクラへの攻撃は、緩まった。俺はただ、目の前のゼロに向き合うだけ。
「お前は、何を失った!?」
「リオン君、聞かないでください!」
ヒカリが必死な声で叫んだのを見て、ゼロは笑った。俺を見て、大きな声で叫ぶ。
「なら、教えてやるさ! 妹は、遊び半分で殺された! よりにもよって、失った瞬間に心奏具に目覚めた! 狂ってるのさ、この世界は!」
ゼロは、俺に鋭く剣を振り下ろす。鍔迫り合いをして、押し合う。お互いをにらみ合いながら、ずっと。だんだん、押されていく。ゼロの恨みに押されるみたいに。その圧力が、腕を震えさせる。
ヒカリが聞くなと言っていたのは、こういうことか。ゼロの気持ちに、俺だけは共感できてしまうから。
琴葉がストーカーに刺される光景が、脳裏に浮かぶ。あったかもしれない過去が、強く。血が流れる光景も、悲痛な断末魔も、ハッキリと。一瞬、えづきそうになった。
後ろから、剣が飛んでくる。盾で防ごうとして、鍔迫り合いに押し負ける。
俺はただ、無様に転がって避けることしかできない。
立ち上がりながら、叫ぶ。せめて少しでも、自分を鼓舞するために。
「それで誰かを殺したら、お前の恨む奴らと同じじゃないか! お前の妹は、それを喜ぶのか!?」
「分かるはずねえ! もういないんだ! どこにも!」
吐き捨てながら、俺への攻撃が激しくなる。ゼロが持つ剣を合わせて3本が、あちらこちらから襲いかかっている。剣で弾き、かがんで避け、盾で受け止める。少しずつ、テンポが遅れていく。
そうだ。死人の気持ちなんて、分かるはずがない。生まれ変わってから、ずっと気になっていた。琴葉がどうなっていたのか。俺を恨んでいなかったのか。
偶然ヒカリと出会えただけ。ゼロには、機会すらない。それだけが、俺たちの差。
ゼロの剣は、ますます勢いを増す。俺はただ、防戦一方になるだけ。
「だからって、他の人に同じ苦しみを与えるんですか!?」
「女神アルフィラは強い心を愛する。愛したものに心奏具を与える。ふざけるのも大概にしろ!」
ヒカリは斬撃を飛ばして、俺を援護してくれる。そちらに向けて、いくつも剣が飛んでいく。その数が、怒りの証。
ただ、ヒカリは落ち着いている。落ちてくる剣には斬撃を飛ばして逸らし、回転する剣はナイフで軌道を変え、振り下ろされる剣からは飛んで遠ざかる。
ゼロの恨みは、今ヒカリにぶつけられようとしている。それだけは、させない。琴葉だけは、奪わせない。奪わせて、たまるものか。
俺はゼロに、勢いよく剣を叩きつける。当たり前のように受けられる。鬱陶しそうに舌打ちをされた。
これでいい。たとえゼロに傷ひとつつけられなくても、ヒカリに援護できさえすれば。
「結局、単純よね。あんたはただ、復讐心に飲み込まれてるだけ。安っぽいのよ」
「知ったことか! 女神が俺の復讐心も愛するというのなら、その感情でアルフィラを殺してやるのさ!」
ゼロはサクラに対しても攻撃を仕掛ける。その分だけ俺への攻撃が緩む。
復讐心を愛するだなんて、女神は確かに歪んでいる。否定、できるはずもない。俺に、ストーカーへの怒りがなかったとは言わない。だから、心奏具に目覚めたのかもしれない。
軽くなった攻撃の中で、それでも優位には立てないまま。ただ、拮抗するだけ。
せめてふたりへの攻撃を妨害するために、盾も攻撃に使っていく。飛んでくる剣を弾き飛ばしつつ、縁をゼロに向けて伸ばす。避けようとするゼロに、同じように剣を伸ばす。
俺に向かってくる剣が、増えた。最初と同じ、合わせて3本。よし。これでいい。
サクラたちをちらりと見る。少しだけ余裕ができている様子。
まだ、決着は急がなくて良い。剣を握る手が震えない程度に、力を緩める。少しでも、落ち着け。ゼロに共感するな。こんな感情、切り捨ててしまえ。
「リオン君! 無視してください!」
「なら、存分に聞かせてやる! あいつは、何も悪いことなんてしていなかったさ! 編み物が好きなだけの、普通の子だった!」
吐き捨てるように、叫ぶ。俺への攻撃は、激しくなり続けている。感情の高ぶりが、そのままぶつけられているように。ただ、受け止め続ける。
手首にあるリストバンドが、目に入る。ずっと大切にしていたのは、見れば分かる。
琴葉に贈られたものは、何だって宝物だった。ゼロも、同じ。攻撃の激しさこそが、証。
攻撃を受け続けることしか、できない。反撃にまで、とても手が回らない。
いや、こんな感情に惑わされるな。みんなを守るんだろ。ノエルたちの笑顔のために。そうだ。殺せ。殺してみせろ。
「この世界は、確かに間違っている! 残酷なことで、いっぱいだ!」
「リオン君!?」
「その通りさ! 妹を助けたいという気持ちを無視して、絶望に心奏具を与える女神だ! それが作った世界だ!」
ゼロの剣は、俺の周囲を囲む。剣を太くして、盾を大きくして、なんとか同時に防ぐ。とてもではないが、反撃などできない。
女神が愛する強い心。ゼロが妹を愛する気持ちは、弱いものだったのか?
そんな疑いは、俺にだけは分かる。ノエルたちを守りたいという気持ちに、心奏具は答えてくれなかった。
もしノエルたちを失って、その瞬間に心奏具に目覚めていたら。女神を恨むに決まっている。
周囲の攻撃を、払い続ける。いつまで続くのか、分からないまま。
「心奏具なんてものがあるのなら、俺は妹を守りたかったさ! それだけで、良かった!」
ゼロの悲痛な叫びが、胸に突き刺さる。ストーカーに刺されたアーミーナイフのように、鋭く深く。同時に叩きつけられる剣は、とても重かった。
この世界で琴葉が同じように病気だったら、無心の民だったら、俺は守りきれたのか?
分かりきっている。そんなこと、考えるまでもなく。
うまく、相手の剣をさばききれない。1本が、俺の頬を裂いた。その剣を、ただ弾き飛ばす。
「だが、輝けるものだってあったはずだ! お前の妹みたいに!」
「それを奪ったのが、この世界だと言っているのさ!」
しわくちゃに顔をしかめながら、俺に剣を叩きつけてくる。ゼロの剣と合わせて5本も。
それはおそらく、ゼロの嘆きそのもの。だから、強く激しい。俺の琴葉への想いと、同じくらいに。
だが、負けられない。負けることだけは、できない。
とにかく射線を意識して、常に複数を防げるように盾を拡大する。左上から後ろ斜め、続いて前に。剣も拡大して、盾代わりにする。
俺に攻撃が集中しているということは、今度は援護も期待できるかもしれない。そうでなくても、多くの剣を操作する集中力は長く続かないはず。
俺は剣を届かせる瞬間を見極めるだけ。それだけだ。
だから、勝てる。ゼロの苦しみにだって、きっと。そうだろ。
「ゼロ! お前だって、誰かを救えるはずだ! それだけの力があれば!」
「だから、有翼連合があるのさ! ゼファーは殴るだけの人形にされた! マリクは恋人を売られた! スールは人生を弄ばれた! 俺が、そんな世界を変えてやるのさ!」
ドスの利いた声と共に、前から後ろから剣が飛んでくる。一個一個防ぐだけでいい。それだけで、勝ちは近づいてくるんだ。
確かに、有翼連合たちにとっての希望になっていたのだろう。仲間を語るたびに、引き裂かれたような悲痛な顔をしていた。
それだけ、仲間の苦しみにも共鳴していた。だからこそ、深い憎しみになった。
剣と盾で、ただ複数の剣を受け続ける。一個一個が届くたびに、手がしびれた。
「お前の妹は、犠牲で笑うような人だったのか!? そんな姿を、妹に誇れるのか!?」
「孤児たちを殺そうとした俺に、よく言う! 所詮、お前は失っていないだけ! それだけさ!」
ゼロは顔を歪めて薙ぎ払ってくる。それを右手の剣で受けると、横から炎が飛んできた。ますます顔を歪めて、飛んで避けている。血管が浮き出るほどに剣を握っていた。
確かに、俺はまだ大切な人を失っていない。スールだって、敵でしかなかった。
それこそが、俺の弱さだというのだろうか。心奏現出できない理由なのだろうか。
ヒカリの斬撃が、鋭く走る。ゼロはまた、飛んで避けていた。
いや、違う。俺にはヒカリがいる。サクラがいる。みんながいる。だから、迷う理由なんてない。
今が、チャンスだろう。剣の重さを、確認していく。
「だとしても! それで人々をただ犠牲にするというのなら! ゼロ! 俺はお前を殺してでも止める! 止めてみせる!」
「あの手の温もりを奪った世界は、俺が壊してみせるさ! 手を握ってくれるのなら、それだけで良かったんだから!」
先走るように、ゼロは攻撃を仕掛けてくる。勢いよく、3つの剣が飛んでくる。
ゼロの想いに、ただ押されていく。ガキンガキンと、脳にまで響く。
手を握ってくれるのなら、それで良かった。俺も、同じだ。琴葉の手の温もりさえあれば、生きていられた。
いや、俺とゼロは違う。違う、だろ。俺は、復讐なんてしていない。だから、勝たなきゃいけないんだ。
飛んでくる剣を、盾を大きく分厚くして弾く。斬り掛かってくるのを、剣で受ける。
一瞬体勢を崩したところを見逃さず、一気に剣を短くする。ここで、決める。ゼロを、殺してみせる。ゼロの妹は、琴葉じゃない。俺には、関係ない。
相手の剣をくぐり抜けて、剣を伸ばす。全力で、剣を振り抜く。
当たる前に、青白い光が俺に向けて飛んできた。ゼロは、視線すら動かしていなかった。
爆発音のようなものと同時に直撃して、肉が焼かれていく。体が引きつって、剣を取り落とした。
全身に力が入らなくなって、気付けば仰向けに倒れていた。
「リオン! これ以上好きにはさせないわ! 心奏現出、
そんな声が、遠くに聞こえる。轟音が響き続けている。きっと、ふたりは戦っているのだろう。視線を動かすこともできないまま、俺は体を跳ねさせるだけ。
しびれる感覚で、理解できた。ゼロの能力は、本当は雷。バチバチ鳴っていたのも、青白く光っていたのも、だから。
おそらくは、磁力で剣を操っていたのだろう。それほどに、能力を使いこなしていた。俺よりもずっと、自分の心に向き合っていた。
「嫌……いや! リオン君! 死なないで!」
冷たい感触が、頬に届く。固まった視界の中心で、ヒカリは涙をこぼし続けていた。
また、泣かせてしまったな。どこか他人事のような言葉が、頭をよぎる。
前に死んだ時と、同じだ。ただ涙だけが、目の前にある。俺の頬を濡らし続けている。
これで、良いのか? ヒカリをただ泣かせたままで。琴葉の涙を止められないままで。
良いわけが、ない!
そうだ。俺の前で、涙を流させるものか。誰かが泣いているのが、一番嫌なことだったはずだろう。
琴葉が自分の病気を嘆いていた時。俺が死んでしまった時。ノエルが飢えて苦しんでいた時。俺が傷ついてしまった時。
そして、琴葉が忌み子と言われていた時。ディヴァリアが忌み子と言われていた時。
今なら分かる。たとえ歪んでいたとしても、泣かせたくなんてなかった。だから、変えてやりたかったんだ。
ずっと目を逸らしていたことは、明らか。俺は、自分の心に従うだけ。ディヴァリアの、隣で。どんな心を抱えていようとも。
まだ、ヒカリは涙を流している。止めるために、命を燃やせ!
震える体に逆らって、腕が地面を押していた。まっすぐに立ち上がって、両手を前に出していた。
「あなたに、女神の愛と祝福を」
とても淡々とした声が、届いた気がした。全身に、力がみなぎってきた。
なら、いま俺ができることをするだけだろ! 俺自身の手で、守り抜いてみせる! サクラも、ヒカリも! みんなを!
「俺の前で、もう誰も泣かせない! いつも心に灯火を! 心奏現出、
右手には剣、左手には盾。ブレスレットと同じように、黒い輪っかが編み込まれたもの。これが、俺の心奏現出。
どう使えば良いか、心から湧き上がってくる。そう。俺の心と同じように、定まらない形。
ゼロがどうして雷を持っていたのか、想像がつく。きっと、この世界の闇を照らしたかったんだ。稲光のように。
だったら、俺こそが止めてやらないと。同じ痛みを理解できる存在として。足に力を込めて、立ち上がっていく。
サクラの炎とゼロの雷が、激しくぶつかり合っている。だが、サクラの頬に汗が見える。顔も引きつっている。
なら、俺が変わってやらなくちゃな。
剣と盾を、しっかりと握りしめる。そして、ゼロに向けて駆け出した。
「なんで、そんな願いで……! なんでお前は……! 俺の人生は、なんだったというのさ!」
ゼロは顔を覆って叫んでいる。目の前の光景が、認められないとでもいうように。
妹を守りたいと願っても、心奏具に目覚めなかった。その絶望は、想像に余りある。俺が同じ状況なら、同じように世界を憎んだ。ノエルたちが犠牲になっていたのなら。自分のことだからこそ、分かる。
だとしてもだ。俺は、まだ失っていない。失う道になんて、進むものか。
ゼロが失っただけの俺なのだとしても、切り捨ててみせる。みんなに、涙を流させやしない!
「この世界は、確かに残酷なんだろう。それでも、俺は勝つ! 勝ってみせる!」
「また叩き潰すだけさ! 心奏現出、
ゼロの剣が、真っ白に染まりきった。青白い光が、剣を包みこんでいる。
サクラは膝をつく。限界を迎えたのだろう。俺が、お前の代わりに勝ってみせる。マリクの時の、お返しだ。
ゼロはちらりとサクラを見ただけで、獰猛な笑みを浮かべて俺だけを見る。
今なら分かる。心奏現出の名前が、心の叫びだということが。ゼロはきっと、本当は空っぽなんだ。それでも、仲間のために戦った。
終わらせてやる。これ以上苦しまなくて済むように。せめてもの慈悲だ。自己満足だとしても、やり遂げてみせる。
雷が、まっすぐに俺に飛んでくる。剣を突き出すと同時に、槍へと姿を変える。穂先に直撃して、雷は霧散していった。
戦える。心奏現出を前にしても、十分に打つ手がある。剣を持つ手が、軽い。
「俺は、お前のようになんてならない! 絶対に、みんなを守り抜いてみせる!」
「させるかよ! お前も失えばいい! 俺と同じところまで、堕ちてくるといいさ!」
もう一度、雷を放ってくる。同じように、槍の先で受ける。地面に流れて、土を跳ねさせていた。
同じことを続けていたら、きっとゼロは対策してくる。さあ、頭を巡らせろ。雷の性質は、残したままだよな。
「俺とお前にある差が運なのだとしても、それでもお前と同じ道には進まない!」
「殺してやる! サクラも、ヒカリも……! それだけでも、成し遂げてやるさ!」
即座にゼロはサクラの方を向く。分かっていた。盾を投げ飛ばして、ドーム状にしてサクラを包みこませる。
雷が放たれ、バチバチという音がこちらまで響く。それでも、盾を押し切れそうにない。
ゆっくり休んでくれ、サクラ。すぐに、俺がゼロを倒してやるから。
「もう休め、ゼロ……!」
駆け寄っていって、剣を振り下ろす。カウンターのように、雷が飛んでくる。
剣を盾に変化させ、ただ受けた。鈍い衝撃が走るが、耐えられる。ヒカリは、俺の後ろに走って隠れていた。
ただ防御を続けながら、サクラの元まで向かう。手に持った盾で耐えながら、サクラを包みこんでいる方を槍に変える。
穂先をつかんで、剣へと変えた。直接斬りかかるには、まだ遠い。近寄るのは、少し難しいな。
さあ、勝負だ。ゼロと俺、どちらが先に限界を迎えるのか。我慢比べといこうじゃないか。
「できるわけない! みんなが苦しんできた世界と女神に、傷くらい残してやるのさ!」
「もう、迷わない! たとえお前たちを踏みにじってでも、俺は前に進む!」
後ろから、5本の剣が飛んでくるのが見えた。手元の剣を動かす前に、ヒカリが構える。
「心奏現出、
振り抜かれたアーミーナイフから、5個の斬撃が飛んでいく。すべて撃ち落とされ、また剣が動こうとするたびに弾かれていた。これなら、後ろはヒカリに任せて良い。
俺はただ、目の前のゼロに向かって駆け出していく。決してサクラに電撃を当てないように、後ろにかばいながら。
案の定、俺の方に電撃が飛んできた。盾を構えて、ただ受ける。当たるたびに、衝撃で足が止まりそうになる。それでも、ただ足を動かし続ける。
後は、どうやって剣を当てるか。そう考えながら、電撃を受け続けていた。
「やはりこの世界は、俺から奪い続けるだけ……! せめて、女神からくらいは奪ってやるさ!」
ゼロは両手を上に掲げて、これまで以上の電撃を溜め込む。野球の球からバスケットボールまで、どんどん大きくなった。
激しい雷鳴は、もはや耳をダメにしそうなほど。直撃すれば、ただでは済まない。
攻めようとしても、球体から筋となった電撃が飛んでくる。口の中が乾くのを感じた。
それと同時に、真っ黒なものが視界の横を通り過ぎていった。それは電撃の球にぶつかって、地面が揺れるほどの轟音を鳴らす。電撃は、黒い炎と拮抗していた。
「サクラ……!」
ゼロが忌々しそうに語ると同時に、球体は消え去っていく。
「ざまあ、みなさい……!」
サクラははいつくばりながら、それでも炎を放っていた。満足げな顔をして、地面に沈む。
その光景を横目に見ながら、俺は剣を突き出す。
「決めてください、リオン君!」
「任せろ! いつも心に灯火を!」
ゼロは下がる。そして雷を飛ばしてくる。槍に変えて、ただ伸ばし続ける。穂先に引き付けられて、ぶつかる。雷は弾け飛ぶ。また電撃が飛んでくる。穂先から流れた分を盾で受けながら、まだ伸ばし続ける。
横にステップを踏んで、避けられた。その瞬間に、槍の穂先を鎌状に変える。
そして、横に一気に振り抜いた。脇腹から、ゼロを引き裂いていく。確かな手応えが、手のひらに残る。
血を吹き出して、ゼロは後ろに倒れていく。致命傷なのは、明らかだった。
「はっ……。結局、お前は誰かに助けられるだけの存在さ……」
薄目を開きながら、吐き捨ててくる。もう、自分の運命を受け入れているらしい。
ゼファーとの戦いではディヴァリアに、マリクの時はサクラに、スール相手ではヒカリに。
ノエルやエルザさん、孤児のみんな。そしてシャーナ先生だって、俺の心を支えてくれた。
だからこそ、今の俺がいる。とても単純で、それでいて一番大事なこと。
「それこそが、俺の誇りだ。ようやく、分かったんだ」
「リオン、せいぜいお前は、守り抜いてみせるがいいさ……。この、狂った世界から……」
それだけを言い残して、目が閉じられる。両手から力が抜けて、だらりと落ちる。俺たちの戦いは、終わったんだ。
どこまでも哀れな姿で、ただ遺体だけが残っていた。
誰かを失っていたら、きっと有翼連合と同じになっていたのだろう。信念らしいことを叫ぶ口で、ただ犠牲を増やすだけの小悪党に。
だから、守り抜いてみせるさ。俺が俺でいるために。サクラたちが支えてくれるだけの人間であり続けるために。
サクラを見ると、横になりながら親指を立ててくる。ヒカリは、胸に拳を当てていた。