隣で微笑む外道聖女   作:maricaみかん

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18話 気づいた心

 その想いを胸に、次の日からまた学園へと通う。授業から、少しでも強さを身につけるために。

 シャーナ先生の話は分かりやすくて、とても参考になった。過去に大きな事件があったら、その影響を受けた能力になりやすいとか。察するに、ヒカリのナイフのようなこと。

 

 スールの能力にも、意味を感じる。自分のことを守りたいと思うだけの何かがあった。おそらく、そういうこと。

 サクラと模擬戦をしている時も、黒い炎に至るだけの過去が想像できた。できてしまった。

 結局負けたが、成長にはつながったと思う。休憩がてら、教室で雑談をする。先生は、慈しむような目で見てくれていた。

 

「後はゼロさえ倒せば、俺たちの戦いも終わりだな」

「髪が乱れているわよ、まったくもう。身だしなみをしっかりしなさい」

 

 ちょっとだけ細い目で、呆れたように言われる。つい、髪を触ってしまった。確かに、少しだけハネている。

 

「なんでいま言ったんだ!? 気になってきたじゃないか!」

「バカね。今だからに決まってるでしょ。言えるうちに、言っておかないとね」

 

 サクラは俺の髪を手ぐしで直していく。とても丁寧な手つきで、しっかりと。

 俺はただ、サクラにされるがままになっていた。

 

「それは……そうだな……」

「前から思っていましたけど、リオン君って少し天然ですよね」

 

 口元に手を当てて、クスクスと笑っている。俺は目を見開いていたはずだ。

 

「ヒカリまで!? それに、前から!? いつからだ!?」

 

 もしかして、前世からずっとだったりしないだろうな。そうだとすると、立ち直れないんだが。ダメだ。妙に髪が気になってきた。まだハネてたりしないだろうな。

 だが、いま直しても不自然。どうするのが正解なんだ……?

 

「初対面の女を口説こうとするくらいだものね……」

「嘘だろ!? みんなから、そう思われていたのか!? 違うよな!?」

 

 サクラとヒカリ以外からも、視線と笑い声が届いた。シャーナ先生ですら、笑みを浮かべていた。

 俺はただ、うなだれるだけ。また、笑い声が聞こえる。耳をふさぎたくなるくらいに。

 

「ま、あんたがゼロにカッコよく勝てば、みんな見返すでしょ」

「それは、サクラだけじゃなく……」

 

 言葉を続けようとする前に、シャーナ先生が杖で地面を叩いた。大きな音がして、そちらを見る。

 

「今、結界が破られた。有翼連合じゃろう。戦えぬものは、うちに着いてこい!」

 

 生徒たちを誘導しながら、先生は俺を見る。そして、杖の先で校庭を指し示した。

 

「行け、リオン。お主の本当の物語を始めるために!」

「任せてくれ! 俺は、必ず勝ってみせる!」

「あたしも行くわ。あんたにだけ、任せておけないもの」

「私もです。生きるも死ぬも、一緒ですよ」

 

 俺たちは頷き合って、駆け出した。この戦いを乗り越えて、先生の言う物語を始めるために。

 

 校庭の先にいたのは、たったひとり。退廃的な雰囲気を漂わせる青年だけ。5本の剣を背中に差し、スールの盾を背負っている。つまり、スールは心奏遺骸を残したということ。

 おそらく、こいつがゼロだ。俺たちが打ち破るべき敵。多くの人を傷つけようとした存在。そして、きっとこの世界の犠牲者。

 

 俺たちに目を向けられた瞬間、黄色い壁が俺たちを包み込む。どうやら、相手も決着をつけたいらしい。

 

「お前が、ゼロか?」

「ああ、そうさ。有翼連合の創設者。最後のひとりではあるとはいえ、な」

「たったひとりで、勝てるつもり? 国を相手にして、世界を相手にして」

「無理だろうさ。だが、それでも聖女の物語は終わらせる。死ぬ前の、最後の仕事さ」

 

 ゼロはずっとポケットに手を突っ込んでいる。ずっとうんざりした顔のまま、面倒くさそうに話している。

 手首に、少し窮屈そうなリストバンドが見えた。ちょっと雑な作りの、手作りだろうもの。やけに、目に入る。

 

「ここで立ち止まる気は、無いんですね?」

「リオンに殺された分と、聖女様に殺された分。せめて敵討ちでもできなきゃ、死ねないってものさ……」

 

 大げさにため息を付く。そして、俺をにらみつけてくる。宿敵を見るような目が、そこにはあった。

 

「罪のない人を殺してまで、何をしたい! お前だって、苦しい思いをしたんだろう! 同じ思いを、誰かにさせるのか!?」

「孤児院への襲撃が成功していれば、リオンも俺と同じになったんだが……。聖女様にも、困ったものさ」

 

 その言葉が意味することは、ゼロはすでに誰かを失ったということ。やはり、そうか。

 だから、マリクに手を差し伸べた。スールを仲間とした。同じ傷を持った人同士で、つながっていた。

 

 傷だらけで、心奏の民に傷つけられたこと。おそらく、ゼロも。復讐のために、心奏の民を殺そうとしたのだろう。

 

 だが、解せない。それで、どうして俺を同じにしようとする。

 

「まさか……同じ傷を全員に味わわせるとでも!?」

「いや、違う。これが、一番マシな道。リオンにも、すぐに分かるさ」

「あんた、死にたいのならひとりで死ねば? それが、一番マシな道よ」

 

 ゼロは大げさに首を振る。両手まで顔の横に持ってきて、それこそオーバーリアクション。

 だが、演劇じみた姿にこそ何らかの答えがある。そんな気がした。

 

「お断りさ。なあ、リオン。たとえ俺が死んだとしても、世界は変わらなくちゃいけないのさ!」

「世界が間違っているとしても、あなたはもっと間違っています!」

「お前たちにも、いずれ分かるさ。俺が負ければ、だが」

「俺は、みんなのためにも勝ってみせる!」

「安心しろ。心奏遺骸は、邪魔されないためのもの。俺自身の心でこそ、世界を打ち砕いてみせるさ!」

「言い訳は、それで十分?」

「さあ、始めよう! 聖女の物語の、女神の支配する世界の終わりを! 軋轢(きし)れ、狂った世界(パストオブワースト)!」

 

 ゼロの手に、無骨な剣が現れる。同時に、5本の剣が青白い光に包まれながら浮かび上がった。バチバチという音を立てながら、こちらに飛んでくる。

 

 1本はサクラに、1本はヒカリに、残りは俺に。サクラはグローブで殴り飛ばし、ヒカリはナイフで打ち払い、俺は盾で受け止めた。

 

 まずは小手調べといったところ。ゼロは口元を歪めて俺たちを見ていた。

 

「さあ、世界を変える一歩目さ! 勝っても負けても、世界は動き出す!」

 

 ゼロ自身が、勢いよく俺に向けて駆け寄ってくる。同時に、サクラとヒカリにもう1本ずつ剣を飛ばしていった。

 ふたりは1本を払ってもう1本を避けるような動きを繰り返している。そしてゼロは、俺にまっすぐ剣を振り下ろしてくる。

 盾で受けながら、考える。おそらく、サクラとヒカリの援護は期待できない。俺がゼロを倒さなければダメだ。

 

 後ろから、空気を裂いて剣が飛んできた。右手の剣を後ろに回して、受ける。

 幸い、ゼロ本人の剣と浮いている剣の2本だけ。単純計算で、剣と盾で対応できる。もっと言えば、避けてしまえば剣か盾が空く。

 つまり、俺だけがゼロを討つチャンスを持っているんだ。焦るな。良いタイミングをうかがえ。

 

「お前の手で、どれだけの人が犠牲になったと思っている! ゼロ! お前はここで終わりだ!」

「そうしてでも、世界は変えないといけないのさ!」

 

 ゼロは吐き出すように叫ぶ。そして横に剣を振りながら、上から剣を降らせてくる。俺を縛り付けようというように。盾を斜めにして、両方を受けた。

 それと同時に、相手に剣を向けて伸ばす。避けられはするものの、反撃は来ない。

 よし、悪くない。この調子で隙を見つけられれば、いずれ勝てる。落ち着け。確実に詰めていけ。

 

「お前くらい仲間を集められたのなら、もっと犠牲の少ない道だってあったはずだ!」

「一歩一歩なんて悠長なこと、言っていられないのさ! そう、女神を殺すためには!」

 

 何度も何度も、激しく剣を叩きつけてくる。飛んでいる剣も、あらゆる方向から攻めてくる。感情がほとばしるように、俺を追い詰めようとしていた。女神を殺すという荒唐無稽な願いは本気だと、剣から伝わってくる。

 勢いが鋭くて、反撃するチャンスがやってこない。だが、それで良い。とにかく、急がないこと。

 今は苦しくても、絶対に息切れするはずなんだ。ただ、待つだけでいい。

 

 サクラとヒカリは、余裕を持ってゼロの攻撃に対処できている。だから、慎重に進め。

 変に決着を急いで、サクラやヒカリに迷惑をかけられないだろう。確実に殺せるタイミングを待つんだ。

 相手の攻撃を受けながら、俺はしっかりと息を入れていく。

 

「あんたの考えなんて、分かりきってるのよ。ただ、心奏の民に八つ当たりしたいだけ。ほんと、くだらないわ」

「だとしても、俺は止まらないさ! 俺についてきてくれた、仲間たちのためにも!」

 

 ただただ、サクラを恨めしそうに見ていた。剣が震えるのが、見て取れる。

 ゼロは、サクラに剣を飛ばす。同時に、ゼロ本人が俺の前から、浮かぶ剣が後ろから斬り掛かってくる。

 横を向いて、片方は剣で、もう片方は盾で受け止める。サクラは、苦しげな顔で剣を避けている。

 サクラを助けるために、そちらに剣を伸ばそうとする。また、前後から攻撃される。同じように横になって、盾を一気に広げる。それで弾いた瞬間、剣を伸ばしてサクラのもとにある剣をひとつ弾き飛ばした。

 

 ゼロはこちらに追撃を仕掛けてくる。サクラへの攻撃は、緩まった。俺はただ、目の前のゼロに向き合うだけ。

 

「お前は、何を失った!?」

「リオン君、聞かないでください!」

 

 ヒカリが必死な声で叫んだのを見て、ゼロは笑った。俺を見て、大きな声で叫ぶ。

 

「なら、教えてやるさ! 妹は、遊び半分で殺された! よりにもよって、失った瞬間に心奏具に目覚めた! 狂ってるのさ、この世界は!」

 

 ゼロは、俺に鋭く剣を振り下ろす。鍔迫り合いをして、押し合う。お互いをにらみ合いながら、ずっと。だんだん、押されていく。ゼロの恨みに押されるみたいに。その圧力が、腕を震えさせる。

 

 ヒカリが聞くなと言っていたのは、こういうことか。ゼロの気持ちに、俺だけは共感できてしまうから。

 琴葉がストーカーに刺される光景が、脳裏に浮かぶ。あったかもしれない過去が、強く。血が流れる光景も、悲痛な断末魔も、ハッキリと。一瞬、えづきそうになった。

 

 後ろから、剣が飛んでくる。盾で防ごうとして、鍔迫り合いに押し負ける。

 俺はただ、無様に転がって避けることしかできない。

 

 立ち上がりながら、叫ぶ。せめて少しでも、自分を鼓舞するために。

 

「それで誰かを殺したら、お前の恨む奴らと同じじゃないか! お前の妹は、それを喜ぶのか!?」

「分かるはずねえ! もういないんだ! どこにも!」

 

 吐き捨てながら、俺への攻撃が激しくなる。ゼロが持つ剣を合わせて3本が、あちらこちらから襲いかかっている。剣で弾き、かがんで避け、盾で受け止める。少しずつ、テンポが遅れていく。

 

 そうだ。死人の気持ちなんて、分かるはずがない。生まれ変わってから、ずっと気になっていた。琴葉がどうなっていたのか。俺を恨んでいなかったのか。

 偶然ヒカリと出会えただけ。ゼロには、機会すらない。それだけが、俺たちの差。

 

 ゼロの剣は、ますます勢いを増す。俺はただ、防戦一方になるだけ。

 

「だからって、他の人に同じ苦しみを与えるんですか!?」

「女神アルフィラは強い心を愛する。愛したものに心奏具を与える。ふざけるのも大概にしろ!」

 

 ヒカリは斬撃を飛ばして、俺を援護してくれる。そちらに向けて、いくつも剣が飛んでいく。その数が、怒りの証。

 ただ、ヒカリは落ち着いている。落ちてくる剣には斬撃を飛ばして逸らし、回転する剣はナイフで軌道を変え、振り下ろされる剣からは飛んで遠ざかる。

 

 ゼロの恨みは、今ヒカリにぶつけられようとしている。それだけは、させない。琴葉だけは、奪わせない。奪わせて、たまるものか。

 俺はゼロに、勢いよく剣を叩きつける。当たり前のように受けられる。鬱陶しそうに舌打ちをされた。

 

 これでいい。たとえゼロに傷ひとつつけられなくても、ヒカリに援護できさえすれば。

 

「結局、単純よね。あんたはただ、復讐心に飲み込まれてるだけ。安っぽいのよ」

「知ったことか! 女神が俺の復讐心も愛するというのなら、その感情でアルフィラを殺してやるのさ!」

 

 ゼロはサクラに対しても攻撃を仕掛ける。その分だけ俺への攻撃が緩む。

 復讐心を愛するだなんて、女神は確かに歪んでいる。否定、できるはずもない。俺に、ストーカーへの怒りがなかったとは言わない。だから、心奏具に目覚めたのかもしれない。

 軽くなった攻撃の中で、それでも優位には立てないまま。ただ、拮抗するだけ。

 

 せめてふたりへの攻撃を妨害するために、盾も攻撃に使っていく。飛んでくる剣を弾き飛ばしつつ、縁をゼロに向けて伸ばす。避けようとするゼロに、同じように剣を伸ばす。

 俺に向かってくる剣が、増えた。最初と同じ、合わせて3本。よし。これでいい。

 

 サクラたちをちらりと見る。少しだけ余裕ができている様子。

 まだ、決着は急がなくて良い。剣を握る手が震えない程度に、力を緩める。少しでも、落ち着け。ゼロに共感するな。こんな感情、切り捨ててしまえ。

 

「リオン君! 無視してください!」

「なら、存分に聞かせてやる! あいつは、何も悪いことなんてしていなかったさ! 編み物が好きなだけの、普通の子だった!」

 

 吐き捨てるように、叫ぶ。俺への攻撃は、激しくなり続けている。感情の高ぶりが、そのままぶつけられているように。ただ、受け止め続ける。

 手首にあるリストバンドが、目に入る。ずっと大切にしていたのは、見れば分かる。

 琴葉に贈られたものは、何だって宝物だった。ゼロも、同じ。攻撃の激しさこそが、証。

 

 攻撃を受け続けることしか、できない。反撃にまで、とても手が回らない。

 いや、こんな感情に惑わされるな。みんなを守るんだろ。ノエルたちの笑顔のために。そうだ。殺せ。殺してみせろ。

 

「この世界は、確かに間違っている! 残酷なことで、いっぱいだ!」

「リオン君!?」

「その通りさ! 妹を助けたいという気持ちを無視して、絶望に心奏具を与える女神だ! それが作った世界だ!」

 

 ゼロの剣は、俺の周囲を囲む。剣を太くして、盾を大きくして、なんとか同時に防ぐ。とてもではないが、反撃などできない。

 女神が愛する強い心。ゼロが妹を愛する気持ちは、弱いものだったのか?

 そんな疑いは、俺にだけは分かる。ノエルたちを守りたいという気持ちに、心奏具は答えてくれなかった。

 もしノエルたちを失って、その瞬間に心奏具に目覚めていたら。女神を恨むに決まっている。

 

 周囲の攻撃を、払い続ける。いつまで続くのか、分からないまま。

 

「心奏具なんてものがあるのなら、俺は妹を守りたかったさ! それだけで、良かった!」

 

 ゼロの悲痛な叫びが、胸に突き刺さる。ストーカーに刺されたアーミーナイフのように、鋭く深く。同時に叩きつけられる剣は、とても重かった。

 この世界で琴葉が同じように病気だったら、無心の民だったら、俺は守りきれたのか?

 分かりきっている。そんなこと、考えるまでもなく。

 

 うまく、相手の剣をさばききれない。1本が、俺の頬を裂いた。その剣を、ただ弾き飛ばす。

 

「だが、輝けるものだってあったはずだ! お前の妹みたいに!」

「それを奪ったのが、この世界だと言っているのさ!」

 

 しわくちゃに顔をしかめながら、俺に剣を叩きつけてくる。ゼロの剣と合わせて5本も。

 それはおそらく、ゼロの嘆きそのもの。だから、強く激しい。俺の琴葉への想いと、同じくらいに。

 

 だが、負けられない。負けることだけは、できない。

 とにかく射線を意識して、常に複数を防げるように盾を拡大する。左上から後ろ斜め、続いて前に。剣も拡大して、盾代わりにする。

 俺に攻撃が集中しているということは、今度は援護も期待できるかもしれない。そうでなくても、多くの剣を操作する集中力は長く続かないはず。

 俺は剣を届かせる瞬間を見極めるだけ。それだけだ。

 

 だから、勝てる。ゼロの苦しみにだって、きっと。そうだろ。

 

「ゼロ! お前だって、誰かを救えるはずだ! それだけの力があれば!」

「だから、有翼連合があるのさ! ゼファーは殴るだけの人形にされた! マリクは恋人を売られた! スールは人生を弄ばれた! 俺が、そんな世界を変えてやるのさ!」

 

 ドスの利いた声と共に、前から後ろから剣が飛んでくる。一個一個防ぐだけでいい。それだけで、勝ちは近づいてくるんだ。

 確かに、有翼連合たちにとっての希望になっていたのだろう。仲間を語るたびに、引き裂かれたような悲痛な顔をしていた。

 それだけ、仲間の苦しみにも共鳴していた。だからこそ、深い憎しみになった。

 

 剣と盾で、ただ複数の剣を受け続ける。一個一個が届くたびに、手がしびれた。

 

「お前の妹は、犠牲で笑うような人だったのか!? そんな姿を、妹に誇れるのか!?」

「孤児たちを殺そうとした俺に、よく言う! 所詮、お前は失っていないだけ! それだけさ!」

 

 ゼロは顔を歪めて薙ぎ払ってくる。それを右手の剣で受けると、横から炎が飛んできた。ますます顔を歪めて、飛んで避けている。血管が浮き出るほどに剣を握っていた。

 確かに、俺はまだ大切な人を失っていない。スールだって、敵でしかなかった。

 それこそが、俺の弱さだというのだろうか。心奏現出できない理由なのだろうか。

 

 ヒカリの斬撃が、鋭く走る。ゼロはまた、飛んで避けていた。

 

 いや、違う。俺にはヒカリがいる。サクラがいる。みんながいる。だから、迷う理由なんてない。

 今が、チャンスだろう。剣の重さを、確認していく。

 

「だとしても! それで人々をただ犠牲にするというのなら! ゼロ! 俺はお前を殺してでも止める! 止めてみせる!」

「あの手の温もりを奪った世界は、俺が壊してみせるさ! 手を握ってくれるのなら、それだけで良かったんだから!」

 

 先走るように、ゼロは攻撃を仕掛けてくる。勢いよく、3つの剣が飛んでくる。

 ゼロの想いに、ただ押されていく。ガキンガキンと、脳にまで響く。

 手を握ってくれるのなら、それで良かった。俺も、同じだ。琴葉の手の温もりさえあれば、生きていられた。

 

 いや、俺とゼロは違う。違う、だろ。俺は、復讐なんてしていない。だから、勝たなきゃいけないんだ。

 飛んでくる剣を、盾を大きく分厚くして弾く。斬り掛かってくるのを、剣で受ける。

 

 一瞬体勢を崩したところを見逃さず、一気に剣を短くする。ここで、決める。ゼロを、殺してみせる。ゼロの妹は、琴葉じゃない。俺には、関係ない。

 相手の剣をくぐり抜けて、剣を伸ばす。全力で、剣を振り抜く。

 

 当たる前に、青白い光が俺に向けて飛んできた。ゼロは、視線すら動かしていなかった。

 爆発音のようなものと同時に直撃して、肉が焼かれていく。体が引きつって、剣を取り落とした。

 

 全身に力が入らなくなって、気付けば仰向けに倒れていた。

 

「リオン! これ以上好きにはさせないわ! 心奏現出、この復讐はあなたのために(テンダー・リベンジェンス)!」

 

 そんな声が、遠くに聞こえる。轟音が響き続けている。きっと、ふたりは戦っているのだろう。視線を動かすこともできないまま、俺は体を跳ねさせるだけ。

 

 しびれる感覚で、理解できた。ゼロの能力は、本当は雷。バチバチ鳴っていたのも、青白く光っていたのも、だから。

 おそらくは、磁力で剣を操っていたのだろう。それほどに、能力を使いこなしていた。俺よりもずっと、自分の心に向き合っていた。

 

「嫌……いや! リオン君! 死なないで!」

 

 冷たい感触が、頬に届く。固まった視界の中心で、ヒカリは涙をこぼし続けていた。

 また、泣かせてしまったな。どこか他人事のような言葉が、頭をよぎる。

 前に死んだ時と、同じだ。ただ涙だけが、目の前にある。俺の頬を濡らし続けている。

 

 これで、良いのか? ヒカリをただ泣かせたままで。琴葉の涙を止められないままで。

 

 良いわけが、ない!

 

 そうだ。俺の前で、涙を流させるものか。誰かが泣いているのが、一番嫌なことだったはずだろう。

 琴葉が自分の病気を嘆いていた時。俺が死んでしまった時。ノエルが飢えて苦しんでいた時。俺が傷ついてしまった時。

 そして、琴葉が忌み子と言われていた時。ディヴァリアが忌み子と言われていた時。

 

 今なら分かる。たとえ歪んでいたとしても、泣かせたくなんてなかった。だから、変えてやりたかったんだ。

 ずっと目を逸らしていたことは、明らか。俺は、自分の心に従うだけ。ディヴァリアの、隣で。どんな心を抱えていようとも。

 

 まだ、ヒカリは涙を流している。止めるために、命を燃やせ!

 震える体に逆らって、腕が地面を押していた。まっすぐに立ち上がって、両手を前に出していた。

 

「あなたに、女神の愛と祝福を」

 

 とても淡々とした声が、届いた気がした。全身に、力がみなぎってきた。

 なら、いま俺ができることをするだけだろ! 俺自身の手で、守り抜いてみせる! サクラも、ヒカリも! みんなを!

 

「俺の前で、もう誰も泣かせない! いつも心に灯火を! 心奏現出、その涙にさようならを(フェアウェル・ティアドロップ)!」

 

 右手には剣、左手には盾。ブレスレットと同じように、黒い輪っかが編み込まれたもの。これが、俺の心奏現出。

 どう使えば良いか、心から湧き上がってくる。そう。俺の心と同じように、定まらない形。

 

 ゼロがどうして雷を持っていたのか、想像がつく。きっと、この世界の闇を照らしたかったんだ。稲光のように。

 だったら、俺こそが止めてやらないと。同じ痛みを理解できる存在として。足に力を込めて、立ち上がっていく。

 

 サクラの炎とゼロの雷が、激しくぶつかり合っている。だが、サクラの頬に汗が見える。顔も引きつっている。

 なら、俺が変わってやらなくちゃな。

 

 剣と盾を、しっかりと握りしめる。そして、ゼロに向けて駆け出した。

 

「なんで、そんな願いで……! なんでお前は……! 俺の人生は、なんだったというのさ!」

 

 ゼロは顔を覆って叫んでいる。目の前の光景が、認められないとでもいうように。

 妹を守りたいと願っても、心奏具に目覚めなかった。その絶望は、想像に余りある。俺が同じ状況なら、同じように世界を憎んだ。ノエルたちが犠牲になっていたのなら。自分のことだからこそ、分かる。

 だとしてもだ。俺は、まだ失っていない。失う道になんて、進むものか。

 ゼロが失っただけの俺なのだとしても、切り捨ててみせる。みんなに、涙を流させやしない!

 

「この世界は、確かに残酷なんだろう。それでも、俺は勝つ! 勝ってみせる!」

「また叩き潰すだけさ! 心奏現出、空っぽな心(エンプティネス・ロスト)!」

 

 ゼロの剣が、真っ白に染まりきった。青白い光が、剣を包みこんでいる。

 サクラは膝をつく。限界を迎えたのだろう。俺が、お前の代わりに勝ってみせる。マリクの時の、お返しだ。

 

 ゼロはちらりとサクラを見ただけで、獰猛な笑みを浮かべて俺だけを見る。

 今なら分かる。心奏現出の名前が、心の叫びだということが。ゼロはきっと、本当は空っぽなんだ。それでも、仲間のために戦った。

 終わらせてやる。これ以上苦しまなくて済むように。せめてもの慈悲だ。自己満足だとしても、やり遂げてみせる。

 

 雷が、まっすぐに俺に飛んでくる。剣を突き出すと同時に、槍へと姿を変える。穂先に直撃して、雷は霧散していった。

 戦える。心奏現出を前にしても、十分に打つ手がある。剣を持つ手が、軽い。

 

「俺は、お前のようになんてならない! 絶対に、みんなを守り抜いてみせる!」

「させるかよ! お前も失えばいい! 俺と同じところまで、堕ちてくるといいさ!」

 

 もう一度、雷を放ってくる。同じように、槍の先で受ける。地面に流れて、土を跳ねさせていた。

 同じことを続けていたら、きっとゼロは対策してくる。さあ、頭を巡らせろ。雷の性質は、残したままだよな。

 

「俺とお前にある差が運なのだとしても、それでもお前と同じ道には進まない!」

「殺してやる! サクラも、ヒカリも……! それだけでも、成し遂げてやるさ!」

 

 即座にゼロはサクラの方を向く。分かっていた。盾を投げ飛ばして、ドーム状にしてサクラを包みこませる。

 雷が放たれ、バチバチという音がこちらまで響く。それでも、盾を押し切れそうにない。

 ゆっくり休んでくれ、サクラ。すぐに、俺がゼロを倒してやるから。

 

「もう休め、ゼロ……!」

 

 駆け寄っていって、剣を振り下ろす。カウンターのように、雷が飛んでくる。

 剣を盾に変化させ、ただ受けた。鈍い衝撃が走るが、耐えられる。ヒカリは、俺の後ろに走って隠れていた。

 ただ防御を続けながら、サクラの元まで向かう。手に持った盾で耐えながら、サクラを包みこんでいる方を槍に変える。

 穂先をつかんで、剣へと変えた。直接斬りかかるには、まだ遠い。近寄るのは、少し難しいな。

 

 さあ、勝負だ。ゼロと俺、どちらが先に限界を迎えるのか。我慢比べといこうじゃないか。

 

「できるわけない! みんなが苦しんできた世界と女神に、傷くらい残してやるのさ!」

「もう、迷わない! たとえお前たちを踏みにじってでも、俺は前に進む!」

 

 後ろから、5本の剣が飛んでくるのが見えた。手元の剣を動かす前に、ヒカリが構える。

 

「心奏現出、胸を突き刺す罪過(ペインフル・シン)!」

 

 振り抜かれたアーミーナイフから、5個の斬撃が飛んでいく。すべて撃ち落とされ、また剣が動こうとするたびに弾かれていた。これなら、後ろはヒカリに任せて良い。

 俺はただ、目の前のゼロに向かって駆け出していく。決してサクラに電撃を当てないように、後ろにかばいながら。

 

 案の定、俺の方に電撃が飛んできた。盾を構えて、ただ受ける。当たるたびに、衝撃で足が止まりそうになる。それでも、ただ足を動かし続ける。

 

 後は、どうやって剣を当てるか。そう考えながら、電撃を受け続けていた。

 

「やはりこの世界は、俺から奪い続けるだけ……! せめて、女神からくらいは奪ってやるさ!」

 

 ゼロは両手を上に掲げて、これまで以上の電撃を溜め込む。野球の球からバスケットボールまで、どんどん大きくなった。

 激しい雷鳴は、もはや耳をダメにしそうなほど。直撃すれば、ただでは済まない。

 

 攻めようとしても、球体から筋となった電撃が飛んでくる。口の中が乾くのを感じた。

 

 それと同時に、真っ黒なものが視界の横を通り過ぎていった。それは電撃の球にぶつかって、地面が揺れるほどの轟音を鳴らす。電撃は、黒い炎と拮抗していた。

 

「サクラ……!」

 

 ゼロが忌々しそうに語ると同時に、球体は消え去っていく。

 

「ざまあ、みなさい……!」

 

 サクラははいつくばりながら、それでも炎を放っていた。満足げな顔をして、地面に沈む。

 その光景を横目に見ながら、俺は剣を突き出す。

 

「決めてください、リオン君!」

「任せろ! いつも心に灯火を!」

 

 ゼロは下がる。そして雷を飛ばしてくる。槍に変えて、ただ伸ばし続ける。穂先に引き付けられて、ぶつかる。雷は弾け飛ぶ。また電撃が飛んでくる。穂先から流れた分を盾で受けながら、まだ伸ばし続ける。

 横にステップを踏んで、避けられた。その瞬間に、槍の穂先を鎌状に変える。

 そして、横に一気に振り抜いた。脇腹から、ゼロを引き裂いていく。確かな手応えが、手のひらに残る。

 

 血を吹き出して、ゼロは後ろに倒れていく。致命傷なのは、明らかだった。

 

「はっ……。結局、お前は誰かに助けられるだけの存在さ……」

 

 薄目を開きながら、吐き捨ててくる。もう、自分の運命を受け入れているらしい。

 

 ゼファーとの戦いではディヴァリアに、マリクの時はサクラに、スール相手ではヒカリに。

 ノエルやエルザさん、孤児のみんな。そしてシャーナ先生だって、俺の心を支えてくれた。

 だからこそ、今の俺がいる。とても単純で、それでいて一番大事なこと。

 

「それこそが、俺の誇りだ。ようやく、分かったんだ」

「リオン、せいぜいお前は、守り抜いてみせるがいいさ……。この、狂った世界から……」

 

 それだけを言い残して、目が閉じられる。両手から力が抜けて、だらりと落ちる。俺たちの戦いは、終わったんだ。

 どこまでも哀れな姿で、ただ遺体だけが残っていた。

 

 誰かを失っていたら、きっと有翼連合と同じになっていたのだろう。信念らしいことを叫ぶ口で、ただ犠牲を増やすだけの小悪党に。

 だから、守り抜いてみせるさ。俺が俺でいるために。サクラたちが支えてくれるだけの人間であり続けるために。

 

 サクラを見ると、横になりながら親指を立ててくる。ヒカリは、胸に拳を当てていた。

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