黄色い結界が失われて、空が見える。青く澄んでいて、とても綺麗だった。
同時に、歓声が聞こえる。生徒や教師の声だ。清楚な笑顔のディヴァリアが、俺の元へと迷いなく歩いてくる。
膝をつきそうになると、肩を支えてくれた。俺の手を握って、そっと微笑む。そして、生徒たちの方に向かい合った。
「皆さんも感じていた通りです! ここに居るリオンが、心奏具の力を解放し、ゼロを打ち破りました! そう、女神の祝福に背中を押されて!」
そう言いながら、俺の手を持ち上げる。歓声は、もはや空気の震えを肌で感じさせるほどだった。
「女神に選ばれた真の勇者が、ここに誕生したのです! 皆さんを、守り抜いたのです! 脅威を、打ち破ったのです!」
満面の笑みで、ディヴァリアは語り続ける。それに答えるように、笑顔が広がっていった。
「新たな勇者の未来に、女神の加護よあれ!」
その言葉と同時に、ディヴァリアは俺の手ごと高く拳を突き上げる。誰も彼もが、同じように拳を突き上げていた。
肩を支えられたまま、俺はディヴァリアに手を引かれて歩き続ける。眠気を感じながら、ただみんなに笑顔を見せていた。戦いの終わりを、全員が感じられるように。
生徒たちが見えなくなった頃。眠気が限界を迎えて、ディヴァリアの胸に倒れ込む。優しい顔で、抱きとめてくれるのが見えた。
「お疲れ様、私の勇者様」
そんな声が、最後に聞こえたんだ。
幸せな夢を見ていた。自分でも夢だと分かるくらい、幸せな光景を。
俺とディヴァリアが、孤児院でみんなと笑い合っている。ノエルに飛びつかれたり、エルザさんが優しく見守っていたり。
サクラやヒカリも、子供たちと遊んでいる。そして、シャーナ先生やリリィさんも嬉しそうに微笑んでいたり。
まだ、現実じゃない。本当の未来にするために、俺にはするべきことがある。最後のひとつが、待っているんだ。
そんな決意を固めた瞬間、景色は泡となって消え去っていく。そして、意識が浮かび上がっていった。
「おはよう、リオン。笑い声が聞こえたけど、良い夢だったの?」
無邪気な姿ではにかみながら、そう告げられる。
だからこそ、分かる。俺の戦いは、ディヴァリアにとって単なる日常の延長線上なのだと。
心奏現出にたどり着いて、理解できた。俺は、ずっと何もかもから目を逸らしていたと。
なぜ、有翼連合が学園の結界を奪い去れたのか。なぜ、ゼファーが俺の能力を知っていたのか。
なぜ、娼館にちょうどよくマリクが訪れたのか。心奏遺骸で娼婦たちが守られたのか。
他にもある。スールがディヴァリアの策を利用していたこと。孤児院が、あまりにも都合よく守られたこと。
頭が、ぎゅっと締め付けられるよう。胃の奥が、ひっくり返りそうだ。手が震えているのが、自分でも分かる。
ディヴァリアは、心配そうに俺を見ている。俺は背筋を伸ばして、まっすぐに目を合わせた。
そうだ。言うべきことを告げろ。ずっと、向き合うことを避けてきた。でも、俺が本当にするべきことがあるはずだ。息を吸って、吐く。そして、ゆっくりと口を開いていく。
「なあ、ディヴァリア。お前は、有翼連合の後ろにいたのか?」
「そうだとしたら、ノエルを守る理由はなかったと思うけど……」
あごに指を当てながら、迷いなく反論してくる。俺はディヴァリアの両肩をつかんで、ただ向かい合った。
「ごまかさないでくれ。違うのなら違うと、はっきり言ってくれ」
「確信、しているんだね。うん、そうだよ」
どこまでも迷いのない、澄んだ目で答えられた。
だから、分かった。ディヴァリアは、罪悪感など感じていないと。俺に気を使って、俺にとって嫌いな人の話題を避ける。その程度の話でしかない。有翼連合を操って多くの人を殺したのは。
胸の奥に、何重にも鎖が巻き付いていく。強く強く、締め上げられる。そうとすら思えた。心臓が縮んでいくような感覚がある。息が、荒くなっていく。
だが、目を閉じる。ディヴァリアを変えられたことを、翼を与えられたことを思い出す。琴葉が、ヒカリが言っていたことを。ノエルたちだって守ってくれた。娼婦たちからだって慕われている。
そうだ。一億人が殺されるようなことは、起きない。起こさせない。だから、俺はまだ進める。進んでみせる。
また一歩、踏み出すだけでいい。それだけが、俺のできることだ。
三度、深呼吸をした。目を開いて、ディヴァリアに向き合った。
「どうして、お前は……」
「それが、一番犠牲の少ない道だったんだよ? だって、有翼連合はただ八つ当たりするだけの集団だったから」
きっと、理屈としては正しい。ちゃんと犠牲者を計算して、少ない道を選んだ。俺には分かる。他でもない、俺こそが教えたことなのだから。
これまでずっと、ディヴァリアに効率だけを教えてきた。だが、他にもすべきことはあった。
そう。俺の本心を告げること。ただ理屈だけでごまかさずに、本音で向き合うこと。
もう一度、正面からディヴァリアの目を見据えた。
「なあ、ディヴァリア。お前の命を狙う存在まで殺すなとは言えない。だが、そうじゃない存在を殺さないでくれ。間接的であったとしてもだ」
「リオンは、これからも私を支えてくれる?」
俺の手首を握りながら、そう問いかけてくる。
ディヴァリアがそうする理由は、もう分かっている。いや、本当は初めから。
俺の脈から、感情を読み取っているだけ。親愛の証とは程遠いもの。
構わない。構うものか。ただ俺の感情が伝わるだけで、導けるというのなら。
「お前が、理想の聖女になってくれるのなら。これまでと同じ……。いや、もっと支えてみせるさ」
「なら、約束するよ。私は、リオンをこれ以上傷つけたりしないって。絶対に、ね?」
ディヴァリアの本質は、決して変わりはしない。
俺の言葉を真摯に受け止めたところで、擬態の形を変えるだけ。それだけだ。
それでも、そうだとしても、理想の聖女を演じてくれるのならば構わない。
どんな内心を抱えていたところで、救われる人にとっては変わらないのだから。
見たくないものを見てしまうこともあるのだろう。知りたくなかったことを知ってしまうことも。あまつさえ、振りたくない剣を振ることも。
それでも、俺はディヴァリアの隣に立つ。聖女が世界を救うというおとぎ話を現実にするために。
だからこそ、俺は聖女の勇者として戦ってみせよう。行動しなければ、結果なんてついてこない。いつも心に灯火を。その火が、きっとディヴァリアも照らしてくれるはずだ。
そう信じて、俺はブレスレットをよりきつく締め直す。そして、そっと手を取った。
ぎゅっと握りしめられる手は、どこまでも柔らかくて暖かい。俺に向けて微笑む顔を見ながら、俺たちは一歩を踏み出した。お互いのブレスレットが触れ合って、小さな音が響いた。
隣のディヴァリアは、一歩前に踏み出して振り返る。とても楽しそうな顔で、俺を見ていた。
「ねえ、リオンはどんな女の子が好き? どうしたら、もっと私を好きになってくれる? 教えてほしいな」