隣で微笑む外道聖女 作:見守る女神
入学に向けて、少しでも前に進むこと。それが、俺にできることだ。合格しなければ、話にならない。手の豆が潰れても、ずっと剣を振り続けていた。
それだけでなく、ディヴァリアを少しでも導くこと。きっと、貴族の息子と娘を助けられたのも、俺が正しく誘導できたから。だったら、少しでも良い方向に誘導できれば。
だから俺は、会うたびに必ず話をしていた。部屋に誘われる時には、特に。
部屋でのディヴァリアは、目尻を下げて穏やかな表情をしている。恋人のように頬に触れてくる瞬間すらある。
きっと、俺に恋をしているわけではない。そんな感情なんて、持ち合わせていない。分かっていて、頬が緩んでしまう瞬間がある。俺の弱さそのもの、なのだろうな。
いや、必ずしも今の考えを捨てるべきじゃない。好き嫌い自体は、あるはずなんだ。
「ディヴァリア、お前はどんな人が好きなんだ?」
「簡単だよ。私を大切にしてくれるって分かる人かな」
「俺も、そうできているといいな。ディヴァリアには、少しでも喜んでほしい」
俺の言葉に合わせて、ゆっくりと手首をつかんでくる。感触を確かめるように、そっと。そして、小首を傾げながら俺と目を合わせてきた。
「私が結婚するの、リオンはどう思った?」
「ディヴァリアが望まないのなら、避けてほしいな」
「ふーん。なるほどね……。そういえば、リオンにも婚約者がいたの、覚えてる?」
「そんなの居たのか? 父さんと母さんには聞いていないが」
「ああ、知らなかったんだ。じゃあ、気にしなくていいよ。もう終わった話だからね」
淡々と語っている。心から、どうでも良さそうに。まさか、婚約者が死んだとかいう話ではないよな?
いや、流石にないか。俺の婚約者だったとして、どうして殺す理由があるというのか。ディヴァリアがこれまで殺してきたのは、悪意を持って接してきた相手ばかり。
だったら、婚約破棄になったという程度の話か。なぜ知っているのかという疑問はあるが、ディヴァリアの情報収集能力は、あらためて論ずるまでもない。両親からすれば、成立しない段階で話しても仕方なかったのだろう。
「じゃあ、話を戻すか。ディヴァリアは、試験なんて余裕だよな」
「リオンこそ、だよ。大して難しくもない試験だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
ポケットからハンカチを取り出して、俺のブレスレットを拭いている。その手つきは、宝物を扱うかのように思えた。
そうだ。きっと、大切なことを正しく伝えられさえすれば、いつか変わってくれるはず。俺の言葉は、ちゃんと届いているんだ。
拭き終わるのを待って、俺は拳を握りしめる。ブレスレットは、いつもより軽かった。
その気持ちに背中を押されるように、試験に向けて努力を重ねていく。ディヴァリアに手伝ってもらいながら、毎日毎日。寝る時には、疲れ果てて動けないくらいに。
だから、合格できるはずだと信じていられたんだ。
やってきた本番の日。俺たちは、ディヴァリアの家から試験会場に向かう。手をつないで、ブレスレットが触れ合う振動を感じながら。
「リオンなら、絶対に合格できるよ。学園での時間、楽しみだね」
つながれた手ごと、左手のブレスレットを掲げている。ふにゃりとした笑顔に、緊張がほぐれた。ちょっとだけ、緩んだ声が出てしまう。
手をつないだまま、廊下の奥にある一室へと向かう。そこには、宝珠がある。簡単に言えば、転移装置だ。
魔法陣のようなものが浮かび上がっていて、それに入っていく。瞬時に、景色が移り変わった。
真っ白な壁に包まれた、小さな部屋。メルキオール学園の一室だ。そこに、中年の男が待っていた。試験官として、出迎えてくれた様子。
頭を下げてあいさつすると、手でついてくるように指示される。部屋から出て、だだっ広いグラウンドに出る。そこからもう少し歩いていき、周りに何も無い中心部へとたどり着く。教師が振り返ってきたので、ここが試験会場らしい。
「さて、リオン・ブラッド・アインソフ君。心奏具を出してくれたまえ。もちろん、心奏夢幻でね」
「分かりました。
俺の右手と左手に、それぞれ純銀の剣と盾が現れる。これが俺の心奏具、
相手も赤い槍を出現させ、構えている。いよいよ始まりだ。
ディヴァリアの方を見ると、笑顔で手を振っていた。俺も返して、試験官である教師に向き直る。
真剣にこちらを見ていて、息を呑んだ。さあ、ここからだ。
「よし、かかってきなさい。心奏夢幻とはいえ、殺すくらいの意気込みでね」
試験なので、能力で相手を傷つけたりしない。心奏夢幻の役割。殺し合いではないのだから、当然だ。
まずは盾を構える。そして、相手をじっと観察する。かかってこいと言われていようが、自分のペースを守るのが大事。
相手は、腰を深く下ろして両手で槍を構えている。真っ赤に染まった槍は、いかにも強力そう。まあ、俺の
ひとまず、相手の能力を探りたい。攻撃を誘発できれば良いのだが。軽く剣を下ろして、油断しているという風を装ってみる。
さっそく、敵は槍を突き出してきた。剣で払うと、相手は軽く飛んで下がる。そして、槍の先をこちらに向けてきた。反射的に盾を構える。
膨らんだ風船くらいの火の玉が、勢いよくこちらに飛んでくる。俺を覆い尽くすように盾を拡大して、ただ受ける。
盾越しに、嫌な熱さが伝わってくる。それこそ、焚き火に当たる程度はある。直撃すれば、ただでは済まない。いくら心奏夢幻でも、痛みは味わうのだから。
ここは慎重に。焦って攻めても、手痛い反撃を受けるだけだ。なにか隙でもあれば、そこを突くべき。
相手は炎を連発してくるが、構わず受ける。汗が吹き出てくるが、構うものか。ちょっと熱い程度なら、耐えてしまえば良い。盾で全身を守ってしまえば、勝てずとも負けはしない。
「怖気づいたのかね? そんな姿では、立派とは言えないとも」
こちらを睨み付けながら言う姿は、明らかに挑発だ。乗っても、何も良いことはない。相手のペースにハマってしまえば、まさに思うツボ。弱いのは俺の方なのだから、せめてペースだけは握らないとな。
また炎を撃ってくるのを、そのまま受ける。ひたすら盾で防御して、耐える構え。
試験官は顔をしかめて、俺の右側に走り出してくる。回り込んで、盾で防御できないようにするつもりらしい。
盾を拡大したままなら、重い。相手の走るペースを上回れるかは、賭けだ。なら、いっそ逆転の発想を。
炎が飛んでくる前に、盾を小さくする。そして、相手の方に向けてから大きくする。なんとか、飛んでくる火に間に合った。
だが、かなり厳しい。一度でも盾を拡大するタイミングを間違えてしまえば、負ける。そして、正面から火を受けることもできない。
なら、一手で決めないと。顔に出さないように、鼻から息を吸い込んだ。
相手は、もう一度走り回って裏に回り込もうとしてくる。俺の背後を狙い続けているようだ。
かわせないふりをして、あえて後ろに転ぶ。盾で隠れて見えないように、剣を敵に向けた。
敵は槍を突こうと構える。それに合わせて、盾を小さくする。そして、一気に剣を伸ばした。
うまく突き刺さり、相手はたたらを踏んだ。
「見事だ。まさか、負けてしまうとは……。これでも、全力だったのだがね。文句なく、合格だとも」
「おめでとう、リオン。じゃあ、次は私の番だね」
「ああ。来たまえ、ディヴァリア・フェリエ・エインフェルト君」
ディヴァリアは、たったの一撃ですべてを終わらせた。心奏夢幻での攻撃だったにもかかわらず、相手は腰を抜かしてガタガタと震えるだけ。何かをブツブツとこぼすだけ。完全に、心をへし折ってしまった。
そう、戦闘にすらならなかった。アリを踏み潰すようにあっけなく、ディヴァリアの試験は終わった。
俺が戦術を練ってなんとか勝った敵など、その程度の扱いでしかない。つまり、俺たちの間にある実力差は。口の奥で、ギリギリという音が聞こえた。
ディヴァリアがこちらを向いた瞬間に、ただ笑顔を浮かべる。きょとんと首を傾げる姿が、妙に目に残った。
手をつないで帰る瞬間、ブレスレットがただひたすらに重かった。
結局、俺はなんとか合格。ディヴァリアは、圧倒的な大差での首席合格とのことだった。