隣で微笑む外道聖女 作:見守る女神
それからも、入学式に向けて日常を過ごす。今までより厳しく訓練を重ねながら。
ディヴァリアは、ずっと俺のことを眺めていた。少しだけ、眉をひそめてもいたが。
そんなある日、明るい笑顔のディヴァリアがやってくる。俺のことをニコニコと見つめながら、少し弾んだ声で話しかけてきた。
「良いことがふたつあるんだ。少し良いこととすごく良いこと、どっちから聞きたいかな?」
「なら、少し良いことからかな。楽しみは、後に回したい」
「ふふっ、そっか。まあ、ちょっとだけ良いことって程度なんだけどね。リオンが死なせたくないって言ってた二人、新しい仕事を見つけられたんだ」
俺の頬を撫でながら、しっとりと話しかけてくる。つまり、あの子たちは救えたんだ。少し、力が抜けていく。椅子に深く腰掛けてしまったくらいだ。
「そうか……。無事、なんだな……」
「多くの人に指示を出す、大事な仕事だよ。きっと、やりがいがあるんじゃないかな」
「なら、良かった……。ありがとう、ディヴァリア」
「ふふっ、どういたしまして。もう一つは、リオンはすっごく良いことだって思うはずだよ」
「それは楽しみだな。いったい、何があったんだ?」
「はい、これ。読んでみて?」
サプライズのプレゼントを渡すような顔で、封筒を差し出してくる。宛名は俺。正直に言って、あまりうまくない字で書かれている。子供の書いたような、歪んだ文字。
だからこそ、俺は顔が緩んでいくのを感じた。封筒を開くと、同じように下手な字で書かれた本文がある。でも、心を込めて書いてくれたことは伝わってきた。紙のへこみが、その証拠。
内容は単純なもの。俺の合格祝いを、その子たちのいる孤児院でやってくれるらしい。お腹を空かせておいてほしいそうだ。つまり、食事を用意してくれるということ。
胸が暖かくなってきて、手紙を丁寧に折りたたんでいく。大事に大事に、引き出しの中にしまった。
「ノエルたちが……。ありがとう、ディヴァリア。本当に、すごく良いことだったよ」
「ふふっ、どういたしまして。リオンが喜んでくれるのなら、伝えた甲斐があったかな」
「なら、お礼を言わせてくれ。ノエルたちはもちろん、ディヴァリアにも感謝したい」
「お返しがないのも、リオンは気にするよね。なら、ちょっと良いかな?」
「とりあえず、言うだけ言ってみてくれ。できる限り、聞こうと思う」
俺の言葉にディヴァリアは暖かく笑う。そして、手首をそっと握りしめてくる。しっかりと感触を確かめるように。
「誰かに認められる条件って、なんだと思う? 聞いてみたいな」
「やっぱり、活躍することじゃないか?」
「活躍って言っても、いろいろあるよね。どんな活躍かな?」
「一番分かりやすいのは、追い詰められた瞬間に助けられることじゃないか? その人がいなくちゃダメな状況とか、強いはずだ」
「ふふっ、確かに。ありがとう、リオン。良い計画が思いついたよ」
「それは何よりだ。立派なことに、使ってくれよ」
「うん。必ず立派になるから」
強く頷く姿が見えた。きっと、ディヴァリアが孤児院を開いたように、善行に繋がってくれるはず。ちゃんと釘を差して、しっかりと受け止められたのだから。
よし、楽しい話でもしていこう。孤児院のことを思うと、そうしたかった。
「そういえば、よく俺の手首を握ってくるよな」
「こうしていると、リオンの気持ちが伝わってくる感じがするんだ」
手首の中心をなで回しながら、胸元に抱えてくる。大切なものを抱きしめるように。だからきっと、俺のことだって少しは大切にしてくれているはず。
そうなんだよな、ディヴァリア。目を合わせると、あまやかな笑顔で返された。
子供たちと会う日を楽しみに、訓練にも交流にも力を入れる。
努力の甲斐あって、当日はお腹が鳴るほど。その感覚すらも、心地よかった。
向かうのは、昼前。ディヴァリアと手をつなぎながら、裏路地へと入っていく。少し薄暗い道を進むと、その先に太陽に照らされた大きな建物があった。
外装は、塗装が剥げていたりして、ちょっとみすぼらしいかもしれない。でも、ここには子供たちの笑顔がある。陽の光が、とても暖かかった。
近寄っていくと、勢いよく扉が開く。そして、女の子がとても素早く駆け寄ってきた。そのままの勢いで、俺の胸に飛び込んでくる。両手を広げて受け止めると、ほとんど衝撃はゼロだった。
「リオンお兄ちゃん、ディヴァリアお姉ちゃん、いらっしゃい!」
俺の方を見て、とても嬉しそうに満面の笑みを浮かべる女の子。栗色の髪が、日を浴びて輝いている。俺にぎゅっと抱きついたまま、大きな声であいさつをしてくれた。
「ありがとう、ノエル。今日は楽しみでな。お腹をペコペコにしてきたよ」
「ずっと待ってたんだよ! まだかな、まだかなーってね」
抑揚たっぷりに話す姿は、まさに陽だまりそのものというか。頬をこすりつけてきたりして、とても可愛い。
この笑顔を見られることは、ディヴァリアの確かな偉業だ。孤児院が作られなければ、決して見ることができなかったもの。
どんな顔をしているだろうか。そちらを見ようとすると、ぬっと顔が飛び出てきた。
「ようこそいらっしゃいました。聖女様、リオンさん、歓迎いたします」
「うわっ! 院長、毎回後ろを取ってくるのは、どうにかならないのか……?」
ここの院長は、優しい雰囲気のお姉さんといったところ。ヴェールを被っていて、どこか神秘的。
頬に手を当てて微笑む姿は、聖母と呼ぶにふさわしいとすら感じるくらいだ。俺を驚かせてくることを除けば、完璧かもしれない。
ノエルが満開の花だとすれば、院長は夜空を照らす月。そんなところか。
「院長、ノエルの次にかくれんぼが得意だからね!」
「そういえば、さっきのノエルは足音がしなかったな……。練習したのか?」
「うん! 今のノエルなら、リオンお兄ちゃんの屋敷にも侵入できるよ!」
「いや、会うなら普通に会いに来てくれよ……?」
「ふふっ。相変わらず、ノエルはリオンに懐いているね」
「ディヴァリアお姉ちゃんも、大好きだよ! 本当に家族になってくれれば良いのに!」
今度はディヴァリアに抱きついて、また頬をこすりつけている。ディヴァリアも、そっと抱きしめてくれている。ちょっとだけ、口元を緩めながら。
そう、まさに本物の聖女。子供たちの笑顔こそが、証。だって、今の光景は絵に収められる程度のものじゃない。
今の姿を、もっといろんな人にも向けてくれれば。きっと、もっと良い方向に進んでくれる。
「あっ! みんなも待ってるよね! リオンお兄ちゃん、早く早く!」
そう言って、俺の手を取るノエル。少しだけ硬い手のひらは、たぶんタコができている。利き手だし、いろいろと頑張っているみたいだ。
なら、確認してみるか。本当に努力の証だというのなら、めいっぱい褒めてやりたいよな。
「ノエルは、最近頑張っていることはあるのか?」
「もちろん、料理だよ! 今回の料理は、ほとんどノエルが用意したんだからね! ノエルの刃物さばき、完璧なんだから!」
弾んだ声で、俺の手をぎゅっと握っている。かなり気合いを入れてくれたみたいだ。なら、しっかりと味わわないとな。少しだって残したりしない。
俺の声まで弾んでくるのが、言葉を発する前から分かった。
「それは楽しみだな。ノエル、本当にありがとう」
「ノエルは今日をずっと楽しみにしていたんですよ。それこそ、そわそわして話を聞かないくらいには」
「なんで言っちゃうのさ! リオンお兄ちゃんに知られたら、恥ずかしいじゃん!」
「ふふっ、妹なんだから、失敗くらい知っていても良いんじゃないかな?」
ノエルは、琴葉と違って元気いっぱいだ。ベッドの上の琴葉が、窓の外をただ眺めていた姿を思い出す。
元気になったら、俺と一緒に遊びたい。そう言ってくれていたよな。ノエルと遊んだって、代わりにはならない。だとしても、目の前にある笑顔は守りたい。
だって、俺はノエルだって妹みたいに思っているんだから。琴葉は、許してくれないかもしれないが。
手を引かれるがままに、孤児院に入っていく。あっという間に、俺もディヴァリアも子供たちに囲まれてしまった。おしくらまんじゅうみたいに、ぎゅうぎゅうだ。
「聖女様、お歌歌ってー!」
「そんなに歌が好きなら、上手なお姉さんでも連れてこようか?」
「聖女様がいい! いっぱい聞かせて!」
「ふふっ、料理を食べてからだね。冷めちゃったら、もったいないでしょ?」
「はーい!」
ディヴァリアは優しい手つきで子供たちの頭をなでている。俺も同じように、そっと子供たちに触れた。
もみくちゃにされながら、テーブルまで引っ張られていく。
料理の乗ったテーブルは、よく手入れされていてピカピカだ。それどころか、部屋一面が完璧に掃除されているくらい。
頑張ってくれた証なのは間違いない。この子たちは、強く俺を照らしてくれる。
テーブルの上には、色とりどりの料理が並んでいた。肉も野菜も魚も果物もあって、とても孤児院の料理とは思えないほど。
子供たちと一緒に席について、手を合わせる。そして、一口目を運んだ。
最初に手を付けた魚は、よく煮込まれている。かけてくれた手間が伝わってきて、顔がほころんでいく。
正直に言えば、俺が普段食べている料理の方が豪華だ。なんだかんだで、侯爵家だからな。
でも、俺は絶対にこの料理の方が好きだ。いま感じている胸の暖かさが、とにかく味わい深い。目が潤んできてしまうほど。理想の自分を演じようとしなくても、つい笑顔が湧き出てきたんだ。
「おいしい、な……。本当に、ありがとう。みんなのおかげで、俺は幸せだ」
「もう、まだ一口目だよ! リオンお兄ちゃんってば、気が早すぎ!」
「せっかくお腹を空かせてきたんだから、全部食べないとね?」
「えーっ、僕たちの分は?」
「いや、みんなも食べてくれよ。俺ひとりだけ食べていても、美味しくないからな」
「じゃあ、ディヴァリアお姉ちゃんも食べてよ!」
「もちろんだよ。ノエルの腕前、見せてもらうね」
和気あいあいと食事は進み、結局全部食べ終えてしまった。人数の割には多い料理だったのだが、手が止まらなかった。
ノエルたちも口元が緩みきっていて、とても幸せそう。見ているだけで、俺まで幸せになれた。
「お腹が落ち着いたら、お風呂に入りましょうか。聖女様が心奏遺骸を買ってくださったおかげでなんですから、感謝しましょう」
「ありがとう、ディヴァリアお姉ちゃん! おかげで、キレイになって二人に会えたよ! あっ、リオンお兄ちゃんも一緒に入る?」
「でしたら、私が背中を流させていただきましょうか」
「いやいやいや! 待ってくれ! 一緒にお風呂は、まずくないか!?」
「あっ、そっか。ディヴァリアお姉ちゃんとじゃないとね」
「いやいやいや! そっちでもないぞ!」
「私は構わないよ。恥ずかしくもないし」
「ふたりが結婚したら、みんなでお祝いするんだから!」
「聖女様、綺麗だろうな……」
「ふふっ、楽しみにしているよ。ね、リオン?」
そう言って、目線を向けてくる。ちょっとだけ圧を感じて、つい頷いてしまった。
ディヴァリアのことだから、俺に恋愛的な好意を持っていることはないはず。たぶん、話を合わせてくれているんだよな。
やはり、優しいところというか、慈悲もあるんだ。だから、誘導できさえすればいい。そう信じて、目を合わせる。
俺に向けられる笑顔は、ただひたすらに透き通っていた。
それからも、とにかく楽しい時間を過ごせた。子供たちがトランプを急に出すマジックを見せてくれたり、ディヴァリアの歌にみんなで聞き惚れたり。
最後にはみんなで送り出してもらって、俺たちは手をつないで帰っていく。足取りが軽くなるのが、自分でも分かった。
ディヴァリアの家にたどり着いて、今日を振り返りながら話をする。いつものように、穏やかな笑顔を向けられながら。
丁寧に淹れてくれた紅茶の透き通った味を感じながら、落ち着いた心地でいられた。
「そういえば、どこで収入が増えたんだ? 予算は決まっていたんじゃなかったか?」
「ふふっ、鉱山の採掘量が上がってね」
「新技術でも開発されたのか?」
「いい方法が見つかってね。うまく条件が揃ったんだ。資源が集まって、助かったよ」
「心奏遺骸が買えるほどの資金か? いったい、どんなことをしたんだ?」
「単純なことだよ。人員を増やして、みんなのやる気を増やすだけ。基礎が一番大事だよね」
鉱山の採掘量が上がる何か。それは一体なんだろうか。少し考えを進めていくと、何かが繋がりそうな感覚があった。
探ろうとすると、ディヴァリアはニッコリと笑った。そして、俺の頬を愛おしそうに撫でる。優しい手つきに誘われるまま、俺の考えは泡となって消えていった。
「そういえば、リオンに聞きたいことがあったんだ。良いかな?」
「ああ、なんでも聞いてくれ。答えるのが、俺の役目だ」
「言うことを聞かない人の相手って、どうしたら良いと思う?」
また手首を握りながら、首を傾げて問いかけてくる。もしかして、子供たちのしつけか何かだろうか。そうだとすると、慎重に答えないと。
孤児院では、みんな素直に笑顔を見せてくれていた。でも、そろそろ反抗期が来る子がいてもおかしくはない。そう考えると、確かに大事なこと。
だが、子供たちを傷つけるような考えは論外だ。しっかり優しく伝えられるように、言葉を選ばないとな。
「悪いことをした結果を見せるのが、良いはずだ。殴ったり怒鳴ったりは論外で、傷つけるのもダメだぞ」
ディヴァリアは俺の目をじっと見て、手首をそっとなでて、穏やかな顔で頷いた。
「そっか。確かに、そうかもね。ありがとう。リオンはなんでも答えてくれるね」
はにかみながら、頬に優しく触れてくる。ゆっくりと、慈しむような手つきで。だから、きっと何かを伝えられたはずだ。
「ああ。俺にできることは、これくらいだからな」
そう。本当に、これだけ。暴力で言うことを聞かせられる実力なんて、持っていない。そもそも、脅されて言うことを聞くような相手じゃない。
だからこそ、俺は正しいことを伝え続けるしかないんだ。
なら、メルキオール学園での出会いに期待するしかない。新しい何かを伝えられる誰かに出会えることに。
「それでも、ありがとう。私が私でいられるのは、リオンのおかげだから」
俺のことを、まっすぐな目で見ている。ディヴァリアは、ずっと誰かに本音を否定され続けていた。だから、誰にも言えなくなった。
きっと、孤独を抱えてしまっている。それを癒やしてくれる誰かと出会えるのなら。壁で笑っている幼い頃の俺達を横目で見ながら、ただ頷いた。
「なら、良かった。これからも、なんでも聞いてくれ」
「うん。メルキオール学園、楽しみだね」
花が咲き誇るような笑顔を見せながら言ってくれた。ブレスレットが太陽に照らされて輝いていた。その気持ちを胸に、俺は入学式を待つことができたんだ。