隣で微笑む外道聖女 作:見守る女神
希望を胸に、俺は質問に答え続ける。学園生活に向けた訓練と勉強も進めた。
そして訪れた運命の日。まずはディヴァリアの家に行き、一緒に学園へと向かっていく。
手をつないで奥の部屋に行き、心奏遺骸である宝珠を使って転移する。その瞬間、ぎゅっと手を握られる感覚があった。
部屋の中では、まだふたりきり。ディヴァリアは鼻歌を歌いながら、ニコニコと俺を見ている。
機嫌が良いのが分かるので、俺は軽い気持ちで話しかけることができた。
「なあ、ディヴァリア。お前には、メルキオール学園での目標はあるのか?」
「ふふっ、もちろん。入学式での所信表明、よく聞いていてね」
たおやかな微笑みには、強い自信が見て取れる。迷いなどどこにもなくて、ただ純粋。俺とは大違い。
ブレスレットを横目で見る。少しだけ、冷たく感じた。それを隠すように、笑顔を向けた。
「ああ、分かった。よく、聞かせてもらうよ」
「お願いだよ。じゃあ、今からは別々だね。私は少し準備があるから。友達でも作っておいたら?」
「そうだな。いい相手を見つけたら、ディヴァリアにも紹介したい」
「楽しみにしているね。リオンのことだから、きっと素敵な人と出会えるよ」
ふんわりと笑って、手を離す。そして、手を振って去っていった。入学式の準備をするためだ。首席合格ということもあって、演説がある。
俺も建物から出ていって、校舎へと足を進める。
よく晴れた空の下、建物も生徒たちも明るく照らされている。誰かと話していたり、ひとりで歩いていたり。みんなに共通しているのは、希望に満ちているということ。
足元の砂を妙に重く感じながら、俺は自分の教室まで歩いていった。
その中には、黒板と30くらいの席。いわゆる学園もののような、和やかな空間。先頭の教卓には紙が置かれており、そこに書かれている席に向かう。
一度座って、感触を確かめる。何度か座り直したが、どうにもしっくりこない。諦めて周囲を見回すと、目が惹きつけられるものがあった。
長い黒髪の、穏やかな様子の女の子。前世を思い出させる風貌に、つい隣の席へと足を進めたんだ。
「なあ、ちょっと良いか? 俺はリオン。せっかく隣の席なんだし、これから仲良くしないか?」
「ふふっ、良いですね。私はヒカリ。リオン君、よろしくお願いしますね」
握手をしようと手を差し出すと、誰かが俺とヒカリさんの間に割って入る。ピンク色のボブカットをした、ちょっとツリ目の女の子。
腕を組んで、俺のことをじっと睨み付けている。明らかに、俺を警戒している。何か、してしまっただろうか。
「ちょっと待ちなさいよ。あんた……。ヒカリに変な気を持っていたりしないでしょうね?」
「違うぞ! 自分でも疑わしいのは分かるが、本当に誤解なんだ!」
パタパタと手を振って弁解する。言われてみれば、確かにナンパそのものだ。初対面の女の子に急に話しかけるなんて、中々に軽い行動かもしれない。
じっとりと見られているのは、俺のせいとしか言えない。やってしまった。軽くうなだれてしまう。
すると、視界の端でヒカリさんが手を伸ばすのが見えた。
「もう、サクラ。失礼ですよ。普通のあいさつじゃないですか」
サクラさんの手を握って注意している。穏やかな印象は、間違っていなかったようだ。
なんというか、対称的だよな。咲き誇る花のようなサクラさんと、風に揺られる草木のようなヒカリさん。きっと、互いに足りないところを補ってきたんだと思う。
実際、ヒカリさんはちょっと無警戒に感じるところ。サクラさんの言葉があってすら、俺を疑っていないし。
サクラさんは気を張ることで、ヒカリさんを守っているということ。そう思うと、とても素敵な顔に見えた。
「ヒカリこそ、警戒が薄すぎるのよ。どんなやつかなんて、分かったものじゃないでしょうに」
「ははっ、そうかもな。サクラさんの警戒は、正しいよ」
「妙に軽いわね……。あんた、よく女を口説いてたりするの?」
「変なことを考えたわけじゃないんだ。サクラさんはヒカリさんを本気で大事にできる人なんだって思ったら、嬉しくてな」
「ふふっ、素敵な考えですね。リオンさんは、優しいんですね」
「まったく、ヒカリは……。こんなの、どう考えても言い慣れてるでしょうが……」
口元に手を当てて笑うヒカリさんと、額を抑えてため息をつくサクラさん。その様子を見ていると、本当に仲が良いんだと伝わってくる。
前世では、友達らしい友達も作れなかった。だが、目の前の二人が親友だということくらい分かる。
微笑ましいものだ。見ていて嬉しくなってきそうなくらい。ニヤけたら間違いなく変な目で見られるから、頬を噛んで我慢したが。
目の前にあるものが、普通の友達関係なんだろうな。俺とディヴァリアと違って。そう思った瞬間、別の理由で頬を噛んでしまった。
「ふふっ、とても優しい人なんですね。サクラの態度は、あまり褒められたものじゃなかったのに」
「ヒ、ヒカリ……。ま、まあ、悪かったけど……」
「気にしないでくれ。初対面の女の子に気軽に話しかけたら、軽薄だって思われるのは仕方ないんだ」
「ほんと、そうよ。少しは遠慮しなさいよね。悪い男だったりしないわよね?」
「本当に悪い人なら、大変ですね。リオン君は、私たちを侍らせちゃうかもしれません」
ちょっと目の鋭い笑顔で、俺のことを見てくる。とんでもないことを言われてしまった。俺は全力で手を前に出して、弁解していく。
「ヒカリさん、待ってくれ……! いくらなんでも、違うぞ……!」
「ふふっ、冗談です。リオン君とは、きっと仲良くできると思います」
「ヒカリがそこまで言うのなら、あのクズどもとは違うんでしょうけど。あんたが、ねえ」
首を傾けながら、じっと見てくる。この調子だと、ヒカリさんはお人好しだからな。それで騙されかけた経験とか、あるのだろう。
だとすると、サクラさんの警戒も妥当だ。見ていて危なっかしい雰囲気は、俺も感じる。
「きっと、サクラも好きになれますよ。私の大好きな人を、思い出しますから」
「ヒカリ……? そんなの、あたしは知らないわよ!? どこで男を作ってたの!?」
目を真ん丸にして詰め寄っている。ヒカリさんは目を閉じて首を振っていた。どこか、噛み締めるように。
「違うんです。私が、一方的に好きだっただけ。それだけなんです」
「じゃあ、きっと素晴らしい人だったんだろうな。似てるって聞いた後に自分で言うのは、恥ずかしいが……」
「はい、とっても。やっぱり、リオン君は素敵ですね」
「待って、ヒカリ……。ちょっと、早すぎよ……!」
「ふふっ。リオン君とサクラって、なんだか似ていますね。ふたりとも待ってって言ったりとか」
「こんなやつと一緒にしないで! ヒカリったら、もう!」
腰に手を当てて頬を膨らませている。サクラさんの表情はコロコロ変わって、見ていて楽しいかもしれない。ちょっとだけ、笑いがこぼれた。
ディヴァリアも友達を作れと言っていたし、できればふたりと友達になってみたい。そうしたら、きっと楽しい学園生活になるはずだ。
それに、きっかけになってくれるかもしれない。ふたりの輝きが、闇を照らしてくれるかもしれない。ディヴァリアを人間に引き戻すための。現実になってくれたら、最高だよな。
「サクラさんと似ているというのなら、嬉しいな」
「ふん。誰にでも言っているんじゃないでしょうね」
そっぽを向くサクラさんを見て、ヒカリさんは笑っていた。釣られるように、俺も。きっと、俺たちの未来を変えてくれる出会い。そう、心から信じられたんだ。
隣同士の席ということで、教師が来た後も少しだけ話したりする。案内されて入学式に向かう場でも、隣になっていた。
「そういえば、今回の首席は聖女様とか呼ばれているらしいわよね」
「ディヴァリアは、確かに聖女と呼ばれているな。実際、すごい人だよ」
善悪を抜きにすれば、飛び抜けた能力を持っている。それは、誰にも否定のできない事実。俺にも、ノエルたちにも、きっとサクラさんたちにも。
疑わしそうな顔をしているサクラさんは、きっと正しい。ディヴァリアの裏側は、計り知れないものだから。俺にすら、全容は分からないほど。
「聖女様は、とってもリオン君と仲が良いんですよね。私には、分かります」
何かを知っているかのように、いたずらっぽい顔をしている。まあ、知っているはずもないのだが。ディヴァリアの本質を知っていて、今みたいな顔はできない。
「そうかもな。幼馴染ではあるから、悪くない関係のはずだ」
「歴代最高の聖女と、幼馴染ね。それにしては、普通なのよね」
「リオン君の魅力は、分かりやすいものではありませんから。でも、とっても素敵なんですよ」
「ヒカリ……? 本当に惚れてたりしないわよね……?」
「ふふっ、内緒です。でも、きっとサクラも好きになれますよ。恋とかそういうことを抜きにして、人として」
「そうだと良いな。サクラさんたちと仲良くできるのなら、きっと幸せだ」
ヒカリさんは笑顔で返してくれて、サクラさんはジト目で返してきた。俺は、当たり前の青春というものを初めて味わっていたのかもしれない。
そうこうしているうちに、目的の講堂にたどり着く。
多くの席があって、すでに来賓たちは並んでいる様子。視線が俺たちに集まって、なんだか圧を感じてしまう。
サクラさんたちと近い席に座り、しばらくして入学式が始まった。俺は姿勢を正して、先生や来賓の話を聞いていく。
ただ、あくびをしている生徒が目に入ったり、少し緩んだ空気を感じた。
それでも、順調に入学式は進んでいく。そして、いよいよディヴァリアの番がやってきた。あらためて、姿勢を正す。すると、複数の生徒が同じようにしているのが見えた。
ディヴァリアは、背筋を伸ばしてまっすぐに歩いてくる。とても真剣な顔を浮かべて、指先まで完璧な動きで。自然と、空気が静まり返る。
壇上に立ったディヴァリアは、微笑んで周囲を見回す。そして、ゆっくりと静かに話し始めた。
「あなた達がメルキオール学園に入学したこと。それは、女神アルフィラに愛された証です。心奏の民として、誇りを持ってください」
間違いなく、生徒たちのプライドを刺激している。その程度なら、俺にも分かる。実際には、もっと多くの意図があるのだろうが。
誰かが息を呑む音が聞こえたような気がした。それほどに、周囲は静かだった。染み渡るように、ディヴァリアの声は広がっていく。
「女神に恥じぬように、私は努力し続けましょう。胸に抱えた願いを叶えるために」
胸に手を当てて、一度目を閉じる。心に刻みつける何かがあるかのように。どこまでも強い願いを抱えているかのように。
誰もが、ただ壇上を見ている。生徒たちだけでなく、教師や来賓ですら。
周囲を見回したディヴァリアは、軽く息を吸った。
「私は、誰よりも前に進みます。皆さん、私に着いてきてください! 女神が愛した、強い心をもって!」
経典から、言葉を利用している。女神アルフィラは強い心を愛する。愛したものに、心奏具を与える。重要な教義だ。
「ディヴァリア・フェリエ・エインフェルトがここに宣言します! 私が、あなた達を導くと!」
握りこぶしを胸に当てて、真っ直ぐに前を見る。その姿は、神聖なものに見えた。周囲も同じように感じていることが、沈黙から伝わる。
「あなた達は、世界を変える一員になるんです! 私が、そうしてみせます!」
生徒たちを指差して、強く宣言する。誰も、言葉を発することすらできない。右から左へと指が流れる中で、俺のところで一瞬止まった。
ディヴァリアが言うと、本当に世界が変わりそうな気がする。良きにしろ、悪しきにしろ。
「聖女と、私を支える勇者。その物語が、今日から、今この瞬間から始まるんです!」
全力で叫んで、拳を振り上げていた。本気だということが、誰にも伝わるほどに。同時に、爆発的な歓声が響き渡った。悲鳴のような声すら聞こえるほど。
一変した空気の中、ディヴァリアは去っていく。誰もが、その姿を追っていた。
それからの式典は、まるで消化試合のようにすら感じてしまう。他の人だって、きっと同じ。
誰もが浮ついた気持ちを抱えているのが、肌で感じ取れた。飲まれないように、深呼吸をした。
式典が終わって、俺たちは教室へと戻っていく。その中で、話題は自然と決まっていた。
「聖女様、すごかったわね……。あれが、最も輝ける人……」
「そうですね。特別な存在だと、誰にでも分かるようでした」
「ああ。どう考えても、ディヴァリアは……」
続けようとした瞬間、進む先から悲鳴が聞こえてくる。断末魔のような、苦しみが伝わる叫び声が。
そこに目を向けると、剣を持った何者かが生徒や教師に切りかかっている。血が吹き出る姿も見える。息が詰まりそうな匂いが、広がっていく。
つまるところ、何者かの襲撃を受けている。それだけは、分かりきっていた。