隣で微笑む外道聖女 作:見守る女神
生徒たちに剣を振り下ろしているのは、背中に大きな翼の刺繍をかたどった集団。明らかに、組織だって行動している。
「いやあああっ!」
「お父さん、お母さん……」
「結界がなければ、心奏の民もこの程度か!」
生徒たちは、あるものは逃げ出して、あるものはうずくまって、あるものは呆然としている。敵は高笑いをしながら切りかかっている。
そうだ、なぜ警備を切り抜けられた。敵の言葉から察するに、結界が張られていたはずだ。奪われでもしたのか?
「有翼、連合……?」
サクラの口から、そんな言葉がこぼれていた。敵について、なにか知っているのだろうか。聞くことができれば、なにか分かるだろうか。
考えていると、手が震えているのが見えた。ヒカリは両手で口元をおおっている。生徒たちからは、悲鳴が聞こえている。
今は悩んでいる場合じゃない。サクラたちを守らないと。生徒たちを、一人でも多く助けないと。
敵の方に駆け出しながら、振り返って叫ぶ。
「サクラ! ここは俺が道を切り開く! だから、ディヴァリアを呼んできてくれ! あいつが来れば、勝てるんだ!」
「あんたを置いていけっていうの!?」
「ヒカリを守りたいんだろ! 俺から遠ざけたかったくらい、大事なんだろ! 時間がないんだ! 急げ!」
「リオン、君……」
「絶対に死ぬんじゃないわよ! すぐに援軍を連れてくるから!」
サクラはヒカリの手を握り、一度だけ俺の方を見る。そして、首を振って走り出していった。
自分だって命が危ない状況で、俺のことを気づかってくれている。笑みがこぼれて、駆け出す足に力が入る。
「振り返ったりするな! 俺は絶対に死んだりしない!」
生徒たちに、有翼連合が襲いかかっている。生きている生徒は、ほとんどが逃げ出している。その中のひとりが、転んでしまった。剣を振り上げた敵がいやらしく笑う。
考える前に、俺は動き出していた。
「助け、て……」
「やらせるかよ!」
倒れている生徒を抱きしめるような形で、かばう。背中に引き裂かれるような痛みが走る。目の前がチカチカしていく。
間違いなく、血が吹き出ている。背中がぬめるような感覚もある。歯を食いしばっていると、脂汗も吹き出てきた。
「いやぁ、傷が……!」
顔を引きつらせて、助けた生徒は首をブンブンと振っている。
俺は敵を蹴り飛ばした。離れた隙に、生徒の手をつかんで起き上がらせる。そして、有翼連合へと向かい合う。
「みんな、逃げてくれ! ここは俺が足止めする!
純銀の剣と盾が、両手に現れた。それを全力で握りしめて、生徒たちをかばえる位置へと動いていく。ほんの少しでも、俺の後ろに回れるように。
みんなは、少しずつ逃げていった。敵たちは、ただ俺だけを見ていた。とてもあっさりと、みんなは逃げていった。
「逃げるやつは放っておけ! こいつを片付けた後で、いくらでも殺せる!」
「ああ、新しい世界のために!」
「新たな未来の礎として!」
敵が叫んでいる間に、まずは手近な相手に剣を振り下ろす。
頭に当たって、血が吹き出る。糸の切れた人形のように倒れていく。骨が砕けるような感触が、手に残った。
喉元に、何かがせり上がってくる。背中が引きつる。心も体も、強い悲鳴をあげている。
それでも、俺は剣を振り続けるしかない。心奏夢幻で手加減なんてできない。生き残りが誰かを殺してしまったらどうする。とても責任なんて取れやしない。
だから、殺せ。情けなんてかけるな。ひとり殺せば、ひとり助かる。そう思い込め。やるんだ、リオン。
自分に言い聞かせながら、ただ無心で剣を振る。ひとり首を落とし、ひとり頭蓋を砕き、またひとり心臓を貫く。うめき声が、耳に残る。
事切れる姿が、どこか作り物のよう。だが、都合が良い。殺さなくては、守れない。殺せるうちに、殺せるだけ殺さないと。
まだ、ただの剣技で倒せる範囲だ。都合の良いことに、生徒たちを追いかける敵もいない。
敵たちは、今のところ心奏具を使っていない。
すでに数人殺しても出してこないのだから、おそらくは使えない。仲間を見捨ててまで隠す理由はない。心奏の民がどうのと言っていたこととも、辻褄が合う。
なら、今は温存すべき。全員が無心の民である保証はない。大将格くらいは、心奏の民のはず。情報を伝えられないためにも、能力を隠すべき。剣や盾を拡大縮小する程度の能力、バレてしまえば対策は容易。
ゆっくりと息を吸って、敵に向かい続ける。血の匂いが、胸いっぱいに広がった。
敵たちは、ただ下手な剣を振り回しているだけ。かわして喉を切り裂き、盾で頭を押しつぶし、首をねじ切る。もぐらたたきのようにすら感じてしまう。
体が、とても軽い。背中に傷を負っているとは思えないほどだ。女神アルフィラが本当にいるのなら、きっと俺の背中を押しているはず。そう感じるくらいに、思い通りに体を動かせた。
何十人かを殺して、半分ほど減った頃。乾いた拍手の音が届く。そちらを見ると、筋骨隆々とした髭面の男がいた。
余裕を浮かべたような顔をしていて、妙に大きく見える。
「ゼファー様、こいつを殺してください!」
「落ち着け。てめえの役割は、もう終わりだ。なあ、リオン?」
見下すように、こちらを見ていた。間違いなく、敵将だ。
剣と盾を握り直しながら、様子をうかがう。さて、どう出てくる?
「なぜ、俺の名前を知っている?」
「さてな。どうしてか、当ててみたらどうなんだ? この右席のゼファー様が、採点してやるよ」
とても愉快そうに笑っている。だが、都合が良い。
俺の役目は、あくまで時間稼ぎ。ディヴァリアさえ来てしまえば、ゼファーはあっけなく散る。考えるまでもないこと。
だったら、待っているだけでいい。敵を倒すことが目的じゃない。みんなは逃げ切れたんだから、後は単純だ。
俺の名前を知っている理由なんて、どうでもいい。だが、ゼファーの口を軽くできれば、それだけで意味があるんだ。会話で時間を引き延ばせば、大きく勝ちに近づくんだ。
ただ、やるべきことをやれ。逸るな。どれだけ情けなかろうが、目的を優先しろ。
ディヴァリア頼みだろうが、構うものか。生徒たちを守るという結果がすべて。そうだろう。
「情報収集は、欠かさなかったみたいだな。なら、なぜ入学式を狙った? もっと良い状況があったはずだ」
「早く結果を出さなきゃ、うわごとしか言えなくなっちまうんでね。てめえに殺されるより、よほど恐ろしい」
「出さなきゃいけない結果とは、なんだ?」
「良いぜ、教えてやる。なあ、リオン。転移の心奏遺骸を、よこしな。あるんだろ、この学園に」
妙に演劇じみた動きで、手を伸ばしてくる。なるほどな。心奏遺骸を手に入れて、活動の幅を広げようということか。
そんなことのために、生徒たちは。歯を食いしばりすぎて、変な音が鳴ったのが分かる。
だが、落ち着け。ゼファーを倒すことになんて、何の意味もない。ディヴァリアを待つことが、俺のすべきこと。決して間違えるな。
相手に合わせるように、俺は唇を釣り上げた。
「俺が持っているように見えるのか? そうだとすれば、頭が悪いらしい。見かけ通りにな」
「悪くない挑発だぜ。仲間になれよ、リオン。てめえなら、あいつの代わりに左席になれるかもしれねえぞ。お前の居場所は、そこじゃねえだろ?」
「お断りだ! お前たちに屈するくらいなら、死んだ方がマシだ!」
失敗した。口に出した瞬間に、後悔した。安い挑発に乗って、馬鹿じゃないのか。
命が惜しいフリで良かった。力に溺れている演技でも良かった。くそっ。どこまで間抜けなんだ、俺は。
俺の感情を置き去りにするように、またゼファーは大げさに笑う。喜劇でも見ているみたいに。
「なら、仕方ねえ。痛い目を見てもらうとするか。お前たち、手を出すなよ!
ゼファーは右手を伸ばし、そこに真紅の大剣が現れた。それが、戦いの始まる合図だった。
即座に、敵は剣を振り下ろしてくる。受けようとして、敵が笑うのが見えた。
嫌な予感がして、即座に転がって避ける。爆音と共に地面が弾け飛んで、ゴロゴロと地面を転がる羽目になった。土が口に入って、少し咳き込んでしまう。
地面を見ると、クレーターのようなものができていた。普通の剣のつもりで受けていたら、とっくに終わっていた。粘つく汗が流れている。
息をつく暇もなく、土煙の中からゼファーが駆け寄ってくる。影だけを頼りにあたりをつけて、盾を構える。しっかりと踏ん張りながら、両手で。
当たり前のように、体が浮いた。腕が折れそうなほどの衝撃が襲いかかってくる。ぶつかる音だけでも、頭が痛くなりそうなくらいだ。背中から血が吹き出てもいる。引きつりそうな痛みが、消えてくれない。
覚悟さえ決めれば、耐えられる。だが、それは何度だ? いつまで、俺は時間を稼ぎ続けられる?
このまま防御し続けても、ジリ貧になるだけだ。少しでも、敵が攻撃する機会を減らさないと。
即座に、敵に向けて剣を振り下ろす。剣と剣がぶつかりあって、大きく弾き返される。肩が外れそうな衝撃が、また襲いかかってくる。歯を食いしばって、ただ耐えた。
強いしびれが、腕に残る。痛みが、俺に現実を知らしめてくる。ディヴァリアのように、鮮やかに敵を倒せなどしないと。
俺にできることは、ただ死なないように耐え続けることだけ。それだけだ。
指先は、もう冷え切っている。それでも、心を奮い立たせろ。剣を握り締めて、前を向け。そうすれば、サクラたちだけは助けられるんだ。
もう、敵の能力は明らかだ。
分かってしまえば、後は対策するだけ。少しでも、情報を集めろ。
覚悟を決めて、突きを放つ。ゼファーは剣を横にして、左手で支えながら受ける。衝撃は飛んでこない。腕はきしんだりしない。軽く、息がこぼれた。
ブラフでないのなら、条件があるはずだ。それを探り当てて、反撃の機会を狙う。
ゼファーは余裕の笑みを浮かべている。振り払うように、上段から剣を叩きつける。
先ほどと同じように、両手で受けられた。衝撃は、ない。敵は落ち着いた顔そのもの。なら、能力の正常な仕様だということ。
悪くない。答えにたどり着けていないにしろ、確かに情報を集められている。この調子だ。
ゼファーの表情をしっかりと見ながら、横に薙ぎ払う。縦になった剣に受けられ、衝撃に吹き飛ばされた。肩が大きくひねられて、背中が引き裂かれるよう。目がチカチカする。
急いで答えを見つけないと。俺の限界は、そう遠くない。全身がガタガタと震えている。痛みなのか、出血なのか。いずれにせよ、時間がない。
剣が横になっている時は、衝撃が飛んでこないのか? その仮説を確かめるために、何度も何度も上から剣を叩きつける。息が上がろうとも、ただひたすら。
6回目から、また衝撃が襲いかかってきた。背中は、まるでヤスリにかけられたよう。息を吸うだけで、引き裂かれるような激痛が走る。剣を離さないだけで、精一杯だった。
だが、終わってたまるか。今回の仮説はハズレ。なら、次だ。口に溜まった血を吐き出して、息を吸う。
そして、今度は突きを連打する。時々、衝撃が飛んでくる。そのたびに、息が止まってしまう。
10回ほど繰り返して、少しだけ見えた。剣の浅いところで受けられた時に、衝撃が飛んでくる。なら、場所だろうか。
あと、ほんの数個。それだけ情報を集めれば、解き明かせる。それまで、耐えろ。少しだけ、息に余裕ができてきた。そうだろ、リオン。
方向でないのなら、横からも確かめるまで。腰を深くして、強く剣を握る。
右から剣を振り、左から剣を振る。どちらも衝撃で返ってきて、大きくのけぞってしまった。焼け付くような痛みで、頭がぼやける。
頬を噛み締めて、頭を回す。わずかな痛みだけを、導として。
剣の先でも、衝撃は返ってくる。なら、残りの情報は限られているんだ。やれる、はずだ。震える体を抑えながら、笑みを浮かべる。
目が霞むのがどうした。まだ俺は生きている。最後まで、全力で抗え。
さっきとの違いを確かめるために、また突きを繰り出す。左手を添えて受けるのが見えた。そして、衝撃はこない。
もしかして。思いついたことを確かめるように、俺は苦い顔のふりをした。にやりと笑ったゼファーが、剣を振り下ろしてくる。左手を見ると、全力で握りしめられていた。
盾に直撃して、また俺の体が浮き上がる。演技ではない咳が、何度もこぼれる。ゼファーが剣を振り下ろしてくる前に、突きを放つ。
左手で支えながら、受けられる。衝撃は、ない。それこそが、俺の希望そのもの。
そろそろ、ゼファーの輪郭がぼやけてきた。もう検証している時間はない。この仮説に賭けるだけ。剣を握り直すと、軽い音が鳴った。
膝が笑うと、ゼファーが剣を叩きつけようとしてくる。左手は、握りしめられている。今だ。
盾に当たる瞬間、俺は一気に盾を分厚くした。敵は、剣を弾かれて体勢を崩している。俺の左肩も外れかけているが、関係ない。
右手を伸ばして、剣を突き出す。まだ、届かない。剣を伸ばす。ゼファーは右にステップを踏もうとする。一気に剣を太くしていき、敵を切り裂こうとする。当たれ。そう祈った。
「いつも心に灯火を! これで、終わりだ!」
敵は、転がるように避ける。左肩を切り裂くのが、見えた。左肩、だけだった。その一瞬が、目に焼き付く。
ゼファーは歯を食いしばっているが、それだけ。決めきれなかった。うなだれそうになって、剣を震えるくらいに握り締めて耐えた。
決めきれ、なかった。初見殺しが潰されて、俺に打つ手はあるのか?
目の前が、ぐるぐると回る。足がふらつく。まっすぐに立つだけのことが、とても難しい。
「ちっ……。能力を事前に聞かされていて、このザマとはな……」
その言葉に、心臓が縮みあがった。指先が、信じられないほど冷えていく。
俺の能力を知っているのは、試験官と家族、そしてディヴァリア。
誰が一番細かく知っているかなんてこと、考えるまでも……。
目の前の景色が、灰色に染まりながら歪んでいく。たったの一瞬で口が乾ききった。歯が噛み合わない。
いや、あり得ない。そうだとすれば、俺は何のために生きてきたんだ?
ディヴァリア。お前は、俺まで捨てようとしているわけじゃないよな? 壊れたおもちゃ程度の存在だと認識していないよな? ブレスレットに視線を移す。深淵すらも飲み込みそうだ。
やめろ。考えるな。このブレスレットが、証拠だ。おそろいなんて、他の誰も持っていないんだから。そうだろ。今は震えている場合じゃない。
なら、今はゼファーを倒すことだけを意識しろ。そうしなければ、サクラやヒカリだって、他の生徒たちだって、誰も守れない。ディヴァリアが来るまで時間を稼ぎさえすれば、必ず勝てる。
敵の前で、よそ見なんてできない。なら、目の前にいる敵がどう動くかだけを目に焼き付けろ。それしか、ない。
ブレスレットの代わりに、剣と盾を強く握り直す。そして、全力でゼファーをにらみつけた。
「惜しい、惜しいぜ。今、お前が死ぬのはな。なあ、リオン。もう一度言うぜ。俺たちの側につかないか? 世界を、正しい方向に導きたくねえか?」
左手で剣を持って、右手を差し出してくる。俺にできることは、歯を食いしばることだけだった。
「お断りだ! 俺は、お前たちのように犠牲に笑ったりしない!」
「やはり、そうなるか……。お前たち、リオンを捕らえろ!」
その言葉に、周囲を見回す。当たり前のように、囲まれていた。全身が震え上がるのを、剣を握り締めて抑える。そして、ただ敵に駆け寄っていく。
ゼファーの衝撃に転がり、そこを囲むように敵兵に追撃を受ける。俺はただ、目の前の敵に攻撃する。剣を伸ばして数人を突き殺したり、盾を拡大して押しつぶしたり、両方を同時に実行したり。
だが、ゼファーだけを相手にしてすら追い詰められていた。今は数と連携を持って攻められている。大した時間も稼げず、追い詰められていくだけ。
俺にできたのは、せいぜい20人ほどを殺すことだけだった。
最後は、あっけないものだった。剣を突き刺した相手が、両手で俺の剣をつかむ。引き抜こうとしている間に、ゼファーから攻撃を受ける。吹き飛ばされて転がって、立ち上がろうとする前に10人ほどに押し倒される。
縄をかけられる光景を、どこか他人事のように見ていた。
「まったく、手こずらせやがって……。だが、これで終わりだ」
その言葉と同時に、足音が聞こえる。そちらを見ると。ディヴァリアがいた。敵の前に笑顔で立っている。隣には、サクラとヒカリもいる。それが、すべてだ。
ゼファーたちは、誰一人として生き残りはしない。抵抗すら無意味。誰が何をしようと、もはや関係ない。
「ははっ、ははは……」
「気でも狂ったのか、リオン?」
どうあがいても、ゼファーたちではディヴァリアを傷つけることすら叶わない。逃がせるだけの生徒は逃がしきった。たとえ俺が負けたとしても、ゼファーたちは終わりだ。
ディヴァリアは、ただ微笑んでいる。とても穏やかに、唇を細めて。当たり前の日常のように、戦闘の気配すらなく。ただ、それだけだ。
ゼファーたちは、踏み潰されるアリですらない。床に転がっているホコリを拭き取るだけ。敵ではなく、障害物ですらない。俺は負けたのにな。
もっと笑えないのが残念になるくらいに、愉快な気分だ。家なら、大声で笑い転げられただろうに。
サクラは拳を握りしめて震えている。ヒカリは胸に手を当てて目を伏せている。どちらも、痛ましいものを見るよう。こんなにも気分がいいのに、伝わっていないのだろうか。少しだって悲しまなくていいのに。
「
ディヴァリアは右手を前に出して、聖句のように唱える。その手に、左手と同じ黒いブレスレットが現れた。心奏具を出しても、ただ微笑み続けたまま。
「なあ、聖女様。転移の心奏遺骸をよこしな。それが、リオンを助ける条件だ」
ゼファーは半笑いで、俺の首筋に剣を突きつける。ヒカリが悲鳴を上げるのが聞こえた。サクラはキッとにらみつけている。ディヴァリアは、ただにこりとした。まっすぐに俺だけを見ながら。他の何も、見る必要がないとでもいうように。
俺の首筋を、剣が走る。痛みと共に、血がこぼれた。それでも、ディヴァリアは笑顔のまま。
「話を聞く気はないよ。じゃあね」
「ま、待て。まさか、人質ごと……。予定じゃ……」
ゼファーが何かを言い終える前に、天から舞い降りた光が俺達を包み込む。陽だまりにいるみたいに、ポカポカする。心まで温度が伝わってくるようだ。
隣で、敵は体を崩壊させていく。ただ光に溶けていくだけ。断末魔すらなく、元から存在すらしていなかったように。
結局、ディヴァリアには……。脳裏に、さっきまでの笑顔がよぎる。
引きずり出されるように、これまでの思い出が頭の中を駆け抜けていく。倫理じゃなくて理屈を教えたこと。効率の良い殺し方ばかり学ばれていたこと。ずっと俺の隣で微笑んでいたこと。さっきもまた、笑顔でいたこと。
たぶん、走馬灯だ。ストーカーに刺された時と、同じだから。つまり、俺は。
なら、せめて。ディヴァリアをひと目見ようとして、頭を動かす。まぶしさで、目を開けていられない。
真っ白に染まる視界の中で、俺は左手のブレスレットをつかもうとした。伸ばそうとした右手は、届かないまま落ちた。ブレスレットから全身にかけて、陽に当たっているような温もりが広がっていく。
ああ、気持ちいいな。それだけを感じながら、意識は光に溶けていった。