隣で微笑む外道聖女 作:見守る女神
目覚めると、すぐそばに制服が吊るされていた。おそらく、これを着ろということだろう。鏡を見ながら、寝間着を脱いでいく。
傷なんて一つも残っていない。それどころか、以前よりずっと綺麗なくらいだ。それこそ、完璧なマネキンくらい。
制服に袖を通すと、気合いが入る。心機一転、頑張っていかないとな。
サクラやヒカリと仲良くなって、もっと強くなれるように鍛えて、ディヴァリアも少しは誘導する。それができれば、良い未来につながってくれるはず。
軽くネクタイを結んで、ブレスレットの感触を確かめる。その冷たさが、心に落ち着きを運んでくれた。
少しして、ノックが届く。また、返事をする前に扉が開いた。
「リオン、調子はどうかな。少し授業に遅れちゃったけど、ついていけそう?」
少なくとも2日は寝ていたし、その間にも授業は進んでいる。病み上がりとはいえ、他の生徒より頑張るくらいじゃないと。
「なら、できるだけ早く遅れを取り戻さないとな。ノートとか、あるか?」
「もちろんだよ。授業が終わったら、家で一緒に見ようね」
ニッコリと微笑んで、ネクタイをキュッと結んでくる。そして、手をつなぎながら学園へと向かった。
転移してから、すぐにディヴァリアは別の方向へと進んでいく。俺は、ひとまず教室に足を進める。
たどり着いた扉の前には、魔女っ子みたいな女の子がいた。黒い帽子や杖を持っていて、いかにもという感じ。
これからどうするか確認するためにも、話しかけてみるか。軽い足取りで、女の子の元へと向かう。
「ここが、俺たちの教室でいいのか?」
「お主、うちを同級生だと思っておるな? 良いか、うちは教師。お主の担任じゃ」
ジトッとした目で見られてしまう。そして、鼻先に杖を向けられる。何かを言うより先に、俺は頭を下げた。
「す、すみません……」
「別に、さっきまでのように話しかけてきても良いぞ? それはそれで楽しいからの」
とてもニヤニヤとしていて、どう思っているのかよく分かる。この先生は、一筋縄ではいかなさそうだ。許してもらえるのはありがたいが、どう接したものか。
興味深そうな目で見てくるし、乗るのが正解か。ひとまず、反応を見よう。
「本当に楽しそうにするんだな……」
「よく分かっておる。良いぞ、リオン。うちはシャーナという。しっかりと覚えておくことじゃ」
満足そうに頷いている。とりあえず、正解だったみたいだ。
「あれ、俺の名前……」
「生徒じゃぞ。知っておるに決まっておろう。まあ、目端の付くものであれば、お主に目をつけていよう」
「それは……」
「聖女ディヴァリアが最も信頼するもの。その称号は、安くない」
俺の肩に杖を置いて、強い目で見つめてくる。重さが伝わったような気がして、身震いをした。
シャーナ先生は、カラカラと笑って教室へと入っていく。俺も、後ろからついて行った。
自分の席へと向かっていくと、何人かの生徒に勢いよく囲まれた。それこそ、ババッという効果音が聞こえそうなくらいに。視線に熱を感じる気もする。
目の前にいる生徒が、身を乗り出してきた。
「リオン君が逃がしてくれたおかげで、助かったんだ! ありがとう!」
力強く語る姿が、感謝の証。そう感じて、自分の手のひらを見つめた。ブレスレットがカチャリと鳴って、重さを伝えてくる。
「どういたしまして、だな。助けられて、良かった」
「やっぱり、試験官に勝った人ってすごいんだね!」
横からも声が届いてきて、一気に囲まれてしまう。まさにおしくらまんじゅうという様子で、つい苦笑を浮かべてしまった。
「ちっ……負けたくせに……」
そんな声が届いた瞬間、目の前の子が一瞬で無表情になった。そして、声の元をにらみつける。罪人を見るようで、少しだけ身震いをした。
「あっ、ごめんね。リオン君にお礼を言っているのに、他のことを気にしていても仕方ないか。もう一度言わせてね。ありがとう」
「そう、だな……」
ちょっと返事に困っていると、教卓の方から咳払いが届く。シャーナ先生は、眉をひそめてこちらを見ていた。
「あっ、授業が始まっちゃう。またね!」
手を振って、席に戻っていく。みんなも同じようにしていた。先生がパンパンと手を叩く。注目をすると、杖をくるりと回す。そして、さっそく授業が始まった。
「今回は、心奏具についての授業としよう。当然、ここの生徒は全員が持っておるのじゃ」
シャーナ先生と目が合ったような気がする。普通に話を続けているだけなので、気のせいかもしれないが。
というより、真面目に聞いている生徒があまり見当たらない。頬杖をついている子までいるくらいだ。サクラとヒカリは例外みたいだが。
まあ、基礎も基礎に思えるから、仕方ないのかもしれない。先生も、人差し指の上に杖を置いてバランスを取っている始末だし。
ただ、トラウマを抱えていないのなら安心だ。雑に授業を受けられるくらい、心が落ち着いているってこと。
「心奏具とは心の形。お主たちの心そのもの。能力も、姿も、すべて」
先生の杖はほとんど揺れていない。見事なバランスではあるのだが、それで良いのだろうか。
結構大事な話ではある。ディヴァリアの心奏具がブレスレットの形をしていることも、俺との絆を感じてくれている証ということ。
手首が包みこまれる感覚が、どこか心地良い。
「女神は強い心を愛する。愛したものに、心奏具を与える。ゆえに、心奏の民は女神の愛したもの。みな、知っておろう」
先生は腕を振り上げて、空中に杖を飛ばす。くるくると回りながら落ちていって、手の中にすっぽりと収まった。
話に集中できなくなりそうな超絶技巧に、何人かから声が出ている。楽しそうで、何よりだ。
「心奏具には上級と中級、そして下級がある。下級の見分け方については、簡単じゃな。とはいえ、まずは考えることも大事。今後の課題としておこう」
今度は額の上に杖を置いている。またバランスを取っているが、ほとんど頭は動いていない。
さて、俺の心奏具はどの程度のものやら。なんて、弱さからして下級だろうが。授業中だというのに、ため息が出そうだ。
「上級と中級は、見分けるのにも才能がいる。ただ、正面からぶつかった場合、勝つのは上級じゃろうな」
ぱっと頭を引いて、重力に引かれて杖が落ちていく。蹴り飛ばされて浮かび上がり、また綺麗に手の中に収まった。
やはり、俺の心奏具が弱いことと一致する。ゼファーには追い詰められるままだった。だとしても、強くならないと。今度は勝てるくらいに。サクラたちを守り抜けるくらいに。
「心奏具には、切り札がある。それについては、まだ語るには早い。下級の心奏具なら使えぬが、それも小さなこと。まずは精進することじゃな、若人ども」
杖をくるくると回しながら、また目が合う。心の奥底を見通されるよう。
そうだな。たとえ下級だとしても、負けていい理由にはならない。ディヴァリアがいない状況なら、誰も助けられない。もっと、頑張らないと。
「ただひとつ言えること。自分自身と強く向き合うことじゃ。それができぬ限り、何者にもなれんよ」
その言葉を言う瞬間だけ、杖はしっかりと握られていた。真剣な目をしている。
自分自身と強く向き合うこと、か。俺に、できているのだろうか。いや、答えなんて明らか。ブレスレットが絡まり付くような感覚があった。
チャイムが鳴って、先生は去っていく。どこか明るいところに行きたくて、教室から出た。
校庭の端の方に座り込んで、太陽を眺める。その光が、俺を焼こうとしてくる。抱える罪ごと、浄化するように。
分かっている。ただの錯覚だ。だというのに、太陽が眩しすぎた。見ていることすら、つらくなるほど。
目をそらすと、こちらに向かって歩いてくる人が見える。太陽に照らされて、とても輝く銀髪。そう、ディヴァリアだ。
俺の隣に座って、手と手を重ねてくる。はにかみながら、指同士を絡められる。まるで恋人みたいな気がして、ありえるわけがなくて、それでも手を離せなかった。
「リオンとこうしてふたりで過ごすの、学園だと初めてだね。とっても嬉しいよ」
「そういえば、そうか……。入学式は、ひどいざまだったからな……」
「ねえ、リオン。私の体温、私の気持ち、伝わってる?」
肩に頭を預けながら、問いかけてくる。花のような甘い香りが、肺いっぱいに広がった。問いかけてくるということは、つまりそういうことなのだろうか。
もし本気だというのなら、俺は……。
「ディヴァリア……」
その先に、何を言おうとしたのか分からない。言葉は続かなかった。
「リオン・ブラッド・アインソフ! そこで何をしている!」
声が聞こえた方を見る。教室で俺に舌打ちをしていた男が、強く睨み付けてきていた。
ディヴァリアは、にこやかにしているだけ。それなのに、何の感情も伝わってこない。まるで深海にいるかのように、息ができない。
俺を睨む男は、平然としている。この圧力に気付いていないのか? もしかして、俺がおかしいのか?
「負けたお前は、聖女様の隣にはふさわしくない! 僕と決闘しろ!」
指を突き出しながら、叫んでいる。ディヴァリアは何も言わない。ただじっと俺の方を見ているだけ。男などいないかのように、視線すら向けていない。
また、舌打ちが聞こえた。それでも、目線が動きすらしていなかった。口がカラカラになっていくのが分かる。
何もできないでいると、俺と男の間に杖が差し込まれる。そちらを見ると、シャーナ先生がいた。
「その決闘、うちが取り仕切ろう。せっかくじゃ。授業という形で証明するのが良かろう」
「聞いたな、リオン。皆の前で、聖女様にふさわしいのが誰かを証明してやる!」
「頑張ってね、リオン。素敵なところ、見せてほしいな」
「そうしていられるのも、今のうちだけだ。せいぜい、震えて待っていることだな」
先生の先導も待たずに、男は去っていく。俺だけが、その背中を見ていた。
「リオン、悪く思わないでほしいのじゃ。こうでもせねば、誰も納得しまい」
「まあ、あの様子だと何を言っても無駄だっただろうが……」
「その通りじゃな。身の程を知らぬというのは、幸福なことじゃ」
シャーナ先生は、ちらりとディヴァリアを見る。一瞬、二人の目が重なったような気がする。ほんの一瞬だから、確信は持てないが。
立ち上がったディヴァリアは、スカートをはたく。埃が飛び出て、落ちていく。シャーナ先生は、落ちる先の地面を見ていた。
ディヴァリアが歩き出すと、自然と俺たちはついていく。入学試験と同じ訓練場で、生徒たちは集まっていた。
特に連絡もしていなかったはずだが、よく集まったものだ。察するに、あの男が触れ回ったというところ。
俺が助けた生徒たちは、ひたすらに冷たい目で男を見ている。他の生徒たちも、好意的な顔をしている人はほとんどいない。
まさにアウェーそのものという様子。だが、男は気にしていないようだ。腕を組んで、堂々と立っている。
「では、両者舞台に。心奏具を出して、始めるが良い」
「逃げ出しても良いんだぞ? 負け犬には、それが似合いだ」
「
剣と盾を握って、相手を見る。それだけで、また舌打ちが飛んできた。もしかしたら、挑発すら必要ないかもしれない。ゼファーとの格の違いは明らか。
「言うまでもないが、心奏夢幻で戦うことじゃ。忘れるでないぞ」
「分かっていますよ。
両手を前に突き出すと同時に、男の手に斧が現れた。今回も、分かりやすい名前。ゼファーと同じなら、簡単だ。
俺の
考えに浸る前に、敵は斧を振り下ろす。かまいたちのようなものが、ゆっくりと飛んでくる。ひとまず、腰を深く落として盾で受ける。
軽い。まるで子供が殴りかかってきたようだ。両腕で振り下ろして、これか。
しかも、追撃もろくに飛んでこない。こんなの、戦場なら5秒もかからずに殺せたんじゃないか?
笑えてきそうだ。吹けば飛ぶような強さで、ディヴァリアと並ぼうというのだから。先生の言っていたように、身の程を知らないというのは幸福なこと。俺程度の足元にも及ばないのに、バカげた自信を持てる有様では。
もはや、能力すら必要ない。ただ駆け出して、剣を振り下ろす。相手は斧で受けようとするが、肘を曲げて軌道を変える。それだけで、胸を切り裂けてしまった。
敵は胸を押さえて倒れ込む。あまりにもあっけない。これなら、壁を殴っている方が手応えがある。
「もはや結果は明らかじゃが、宣言しておこう。勝者、リオン!」
先生は俺の腕を持ち上げていく。歓声が、腹の底にまで届いた。
相手はフラフラと立ち上がり、また舌打ちをして去っていく。憎悪を込めた瞳が、俺を射抜いていた。虫の抵抗くらいにしか思えなかった。
「あんなに簡単に負けるのに、リオン君を悪く言ってたんでしょ? 死ねばいいのにね」
「うんうん。誰かの代わりになっていれば、もっと良い人が助かったのに……」
その言葉を聞いて、ハッとした。今、俺は何を考えていた? 人を虫のように見ていたのは、気のせいじゃない。明確に、俺の感情だ。
太陽の光が、目に入る。あまりにもまぶしくて、目を開けていられない。それが、今の俺だった。
「おめでとう、リオン。かっこよかったよ」
ディヴァリアは、とてもニコニコしている。気になっている男の子が活躍したみたいに。その顔のまま、ちらりと男が去っていった方を見る。
嫌な予感がした。きっと、さっきの相手を殺そうとしている。
だが、今ここで止めることはできない。もし本性を明らかにしてしまえば、クラス全員が殺されて終わる。ディヴァリアには、できてしまう。有翼連合を殺したように、あっけなく。
少しだけ口を開いて、閉じる。一瞬止まって、言葉を選んだ。
「あの人も、誇りを持って戦えると良いな」
ディヴァリアはじっと俺の目を見て、口を大きく開けて楽しそうに笑った。
「そうだね。リオンの言う通りだと思うな」
うまく誘導できていれば。祈るような気持ちで、じっと見つめる。小首を傾げて返された。
先生がパンパンと手を叩いて、目線を集める。
「これで、今回の授業は終わりとする。各々、ゆっくりと休むが良い」
そう言って、俺と目が合う。返す間もなく、去っていった。
「じゃあ、私はあの人を慰めてくるね。ちゃんと、誇りを持てるようにしてくるから」
ディヴァリアも去り、合わせるようにみんなも解散していく。
次の授業は、男も普通に参加していた。針の筵という様子でしかなかったが、それでも。陶酔したような目で、ディヴァリアを見ていた。
そして次の日。男の席はなくなっていた。教卓には、花瓶がひとつ。泥が被せられたような花が入っていた。