神殺しの王、幻郷の律を刻む   作:アストラの直剣

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Switch2にエルデンリングと紅魔郷の発売記念に。


序章

 

 

 

 

「――神などではなく。人々のための、エルデの王におなり……」

 

 

どこか遠く、凍てついた記憶の深奥で、最期に見届けた少女の声が木霊した気がした。

 

 

 

(うつつ)か、夢か。

 

視界を埋め尽くすのは、狂い咲く(あけ)の群生。

 

無縁塚、そこは結界の綻びから「外」の死が流れ着く、幻想郷の最果ての墓所。血を吸って肥大化したかのような彼岸花が春風に狂い、積み上げられた無数の慰霊碑を呑み込んでいる。咽せ返るほどの花の芳香は、死臭を覆い隠すための残酷な香。生者を拒絶する幽玄の霧が、辺り一面に淀んでいた。

 

幼子が手向けるような小さな石塚の傍らに、独り、倒れ伏す影があった。西洋の古強者を思わせる、煤けた銀の鎧。その背には、戦鬼の証たる狼の(たてがみ)が、夜の残滓のように悍ましく揺れている。

 

肉体を苛むのは、一世界を巡り、神をも屠った果ての無尽蔵の疲労。だが、男は呻き声一つ漏らさない。ただ静かに、大地の重力に抗うように、その巨躯を垂直に屹立させた。

 

白髪の戦鬼は、無言のまま周囲を睥睨(へいげい)する。僅かに起伏のある丘の頂。鎧の腰帯から「遠眼鏡」を引き抜き、冷徹な眼差しでレンズを覗き込んだ。ここは、彼が黄金樹の影に見た「狭間の地」ではない。空を見上げても、あの天を衝く大黄金樹の神々しい残光はなく、天の意志を伝える二本指の気配すら皆無。大地を溶かす極彩色の「朱い腐敗」の毒沼こそないが、代わりにこの世界を支配しているのは、ただただ寒々しい、生者への無慈悲な冷徹さであった。黄金の祝福に選ばれた王だからこそ理解できる。ここは神の「律」に見放された、あるいは最初から神の慈悲など存在しない、幻惑の棄て場所なのだと。

 

世界がどれほど異なろうとも、男の瞳に宿る覇気は些かも衰えない。神殺しの業を背負うエルデの王の風格は、ただ佇むだけで周囲の空間を威圧し、歪な世界の理そのものを静かに拒絶していた。回想を破ったのは、獣の気配だった。石塚の影から、空間の歪みから、音もなく這い出た狐狸(こり)の群れが、戦鬼を包囲する。

 

毛並みは呪詛で汚れ、瞳は狂乱に充血し、剥き出しの顎からは、死肉を溶かす涎と血潮が止めどなく溢れていた。知性など欠片もない。ただ生者の温もりを貪るためだけに動く、飢餓の具現。

 

武具を持たぬ戦鬼に対し、妖獣どもはジリジリと肉薄する。今の彼の鎧に武器は無く、あるのは底を突いた「聖杯瓶」の破片のみ。異界を駆けた霊馬を呼ぶ指輪も、その指には嵌められていない。

 

完全に舐められていた。一頭の妖獣が我慢の限界を迎えたように、無数の牙が並ぶ大顎を開き、無抵抗と踏んだ戦鬼の喉笛へと猛然と跳躍する。

だが、戦鬼の瞳に揺らぎはない。

 

素手でその顎を叩き折るべく、腰を落とした。

 

 

 

 

───その刹那

 

 

 

 

虚空の裂け目(・・・)から、一条の金属光を伴って、一振りの鋼が降ってきた。それは、いささかの歪みもない、なんの変哲のない硬質な両刃の直剣。

 

吸い込まれるように、戦鬼の右手がその柄を鷲掴みにした。そこから流れるような、完璧なる一閃。

 

空間ごと一文字に両断された妖獣は、顎から尾までを綺麗に割られ、絶叫をあげる暇すらなく絶命した。

 

飛び散る鮮血。ぶちまけられる臓腑。それらが彼岸の園にビチャビチャと不浄な音を立てて撒き散らされる。

 

残された群れが、驚愕に硬直した。彼らが「手易い獲物」と侮ったその銀鎧には、神々の雷に焼かれ、王の刃に刻まれた、無数の、そして鮮烈な死線の跡が刻まれていたのだ。

 

そこからは、ただの蹂躙、ただの屠殺であった。

 

刃が閃くたびに肉が裂け、骨が砕ける。戦鬼の振るう剣筋には、一切の躊躇も、無駄な感情も介在しない。一世界を平定した英雄の「暴力」は、この世界の浅薄な怪異など玩具にすらならぬほど、圧倒的で、あまりにも格好よく、そして苛烈を極めていた。

 

斬り伏せられた狐狸たちの死骸は、無慈悲に地面へと叩きつけられ、辺りの泥土を文字通り紅く染め上げた。それはまるで、咲き誇る彼岸花へ捧げられた、おぞましい血の絵文字のようでもあった。

 

たとえここが神なき異界であっても、己が歩む王道は変わらない。エルデの王として、再びあの玉座に辿り着くために。狼の戦鬼は、滴る血を払うこともなく、新たなる戦場の奥深くへと歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦鬼が去った無縁塚には、ただ硝煙と、引き裂かれた妖獣の臓腑が撒き散らす不浄な死臭だけが取り残されていた。

 

朱い華が泥を吸って黒ずむその墓所に、突如として、音もなく空間を裂く「紫色の隙間」が開帳する。

 

境界の内に揺蕩うのは、数多の忌まわしき赤い眼眸。その深淵の中心で、豪奢な金髪を揺らす境界の妖怪──八雲紫は、和扇の隙間から、立ち去る戦鬼の背中を冷徹に凝視していた。

 

先代の博麗の巫女が逝き、大結界の要たる新たなる巫女が育つまでの、空白の時代。今、この世界の調和(システム)が最も脆弱な瞬間に、外の(ことわり)を身に纏った「絶対的な特異点」が紛れ込んだのだ。

 

『神などではなく、人々のための王に……ねぇ』

 

紫の薄紅を引いた唇が、嘲弄とも嘆息ともつかぬ歪な弧を描く。男が歩むだけで、大結界の基盤が微かに軋んでいた。彼がその身に宿す気配。それは、神話の黄金を剥ぎ取り、律を書き換え、文字通り「神」という概念そのものを屠ってきた者だけが放つ、悍ましき覇気。

 

幻想郷という楽園は、妖怪が人間を喰らい、人間が妖怪を畏れるという、残酷な均衡のうえに成り立つ箱庭に過ぎない。ここにあるのは、美しく洗練された、されど救いのない停滞。

 

「異界の王、貴方はこの調和の地に何をもたらすかしら。私たちが築き上げたこの幻を、根底から瓦解させる絶望の火種となるか……それとも、あの脆弱な人間どもが縋る、新たなる『英雄』となるか」

 

英雄の道しか用意されていないことなど、因果の観測者たる紫とて、未だ知り得るはずもなかった。

 

隙間は、爪を立てるような微かな空間の鳴動と共に閉じ、静寂が戻る。ただ、男の足跡だけが、現世への未練が濁った「再思の道」の奥深くへと、毅然と刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

【魔法の森】

 

 

 

 

無縁塚の境界を越え、戦鬼の肉体を迎えたのは、幻想郷の負の結節点「魔法の森」であった。そこは単なる密林ではない。天を覆う巨木群の足元には、極彩色の菌類が毒胞子を脈打つように撒き散らし、空間そのものが視界を歪めるほどの瘴気で満たされている。

 

吸い込めば肺を内側から灼き、血液をヘドロへと変える毒霧。だが、真に恐るべきは肉体の損壊ではなく、五感を狂わせ、精神の自壊を誘う「狂気」の伝播であった。

 

森の深部へ足を進めるほど、大気は呪詛のように粘ついた。耳元で、存在せぬ誰かが愛を囁き、次の瞬間には耳を裂くような断末魔を喚き散らす。木の空洞からは、かつて森の魔力に当てられ、自らの理性を呪って肉を削ぎ落とした人間の成れの果てが、虚ろな眼窩で戦鬼を見つめ、ケタケタと歯を鳴らしていた。

 

それは、すべてを灰にする狂い火の如き絶対的な終末ではない。脳の髄、魂の芯からじわじわと理性を腐らせ、自らが狂っていることすら自覚できなくなる、陰湿にして執拗な精神の凌辱。

 

王たる器の大ルーンを背負う王の肉体といえど、この世界の歪な魔力には激しく蝕まれる。平衡感覚は失われ、視界は明滅し、膝が折れかける。だが、男の歩みは一点のブレすら生じない。幾多の絶望を、神殺しの業を背負ってきた王の魂は、呪いそのものを足蹴にするように、昏く強靭な意志の力だけで魔の森を強引に踏破していった。

 

 

 

 

 

 

【人里外縁】

 

 

 

 

幻想郷の人間にとって、今はまさに「夜」そのものの時代であった。

 

数多の怪異から人里を護り続けていた先代の博麗の巫女が、宵闇妖怪との死闘の果てに没した。幻想郷唯一無二の守護者を失った人里は、かつてない絶望と、夜を支配する妖怪どもへの狂おしいほどの恐怖に支配されていた。大結界が未だ未完成なこの時代、寄る辺なき人間をあざ笑うかのように、闇の捕食者たちはその牙を人間に剥く。

 

そして最界の絶望が、静寂を破って人里へと降り立った。

 

───鬼熊(おにぐま)

 

山深くで数百年の歳月を生き、人間の「恐怖」と「畏怖」を吸って肥大化した、最古参の妖獣。

 

それは単なる巨大な熊ではない。家屋を易々と押し潰す剛木のような四肢、いかなる鋼の刃も通さぬ針金の如き剛毛、そして人間の悲鳴を好む邪悪な知性を備えている。ひとたび里に下りれば、一夜で集落の半分を骨肉に変える、生ける天災そのものであった。

 

家畜が引き裂かれ、血の臭いが夜風に乗って里へと流れ込む。

 

恐怖に硬直してもおかしくない状況。だが、里の男衆は違った。博麗巫女という絶対の盾を失ったからこそ、「自分たちが立ち上がらねば、家族も、里の未来も潰える」という悲壮な覚悟が彼らを突き動かしていた。

 

「ひるむな! 避難が済むまで、一歩も引くな!!」

 

農具を改造した槍、重い木槌、そして獣が嫌う火を掲げた松明。男たちは震える手で武器を握り締め、勇敢にも鬼熊の巨躯を取り囲んだ。

 

だが、人間の勇気と決意を、鬼熊の圧倒的な暴力が無慈悲に打ち砕く。男衆が突き出した槍は、剛毛に弾かれて虚しく折れ、鬼熊が前足を一振りするだけで、勇敢な男たちが血を吐いて次々と泥土へと吹き飛ばされていく。あまりの人と妖怪の力の格差。

 

火の粉が舞い、絶望の叫びが夜空に響く。

 

その時、里の防衛の要であり、誰よりも人間を愛する知識人──上白沢慧音が、息を切らして駆けつけた。

 

寺子屋で男衆の決死の叫びを聞いた瞬間から、彼女の胸中はむしり取られるような焦燥と恐怖で満たされていた。白沢の血を引くとはいえ、未だ自分の力は脆弱。あの天災のような妖獣を止められるはずがない。

 

『お願い間に合って……! 私の大切な、愛しい人間たちを、これ以上奪い去らないでくれ……!』

 

慧音が着物の裾を乱し、涙を浮かべながら戦場へと飛び込んだ、まさにその瞬間であった。

 

人間の勇敢な抵抗を踏みにじり、鬼熊がトドメを刺さんと前足を振り下ろす───その軌道を、夜の闇を裂く「一筋の銀光」が拒絶した。

 

 

狼の戦鬼である。

 

 

山陰からの斜面を猛烈なスピードで疾走し、その勢いのまま戦鬼の巨躯が宙へと跳躍した。弾丸の如き速度。男衆を圧倒していた鬼熊の分厚い背中へ、戦鬼は寸分の狂いもなく着地。衝撃が伝わるより早く、右手の直剣が逆手に鳴った。

 

一切の躊躇なき一閃。

 

いかなる刃も通さなかった鬼熊の剛毛を、鋼の直剣は容易に切り裂き、太い首筋の深奥へと深く突き刺さる。巨獣が苦悶に身をよじるよりも早く、戦鬼は突き刺した剣の柄を両手で鷲掴みにした。己の肉体に宿る無尽蔵の怪力と、落下の重力を全てその一点に集中させる。

 

直後、圧倒的な質量兵器と化した戦鬼により、鬼熊の巨躯は地面へと猛然と叩きつけられた。大気が爆ぜ、大地が陥没する。

 

背中から泥土に激突した鬼熊は、内臓を破裂させ、脳震盪を起こしてその動きを完全に止められた。強者が強者を仕留めるための、洗練され尽くした一瞬の隙を見逃さない。

 

戦鬼は流れるような動作で巨獣の正面へと回り込み、その頭部を見下ろした。魂の芯を震わせる「致命」の音が響く。

 

足の裏で鬼熊の頭部を無慈悲に踏み付け、その体勢を完全に固定。間髪入れず、直剣の切っ先が、妖獣の眉間へと垂直に突き立てられた。

 

───致命の一撃。

 

鈍い肉声と共に、鬼熊の巨躯が激しく震え、やがて物言わぬただの肉塊へと変わり果てる。人間の知恵も、勇気も届かなかった「天災」を、たった一振りの剣で屠ってみせた。圧倒的な、そして一縷の慈悲もない英雄の技術であった。

 

 

 

 

激しく肩を上下させ、ただその場に立ち尽くす慧音、そして傷つきながらも立ち上がった男衆は、信じられないものを見る目でその光景を見つめていた。月光に照らされた戦鬼の姿は、あまりにも悍ましく、同時に、神々しいほどに圧倒的であった。

 

返り血を浴びた煤けた銀鎧。背後で不気味に揺れる白狼の鬣。

 

巫女を失い、妖怪の恐怖に怯え、それでも必死に大切なものを守ろうとした人間たちの前に、目の前の男が振るった暴力は、世界の前提を塗り替えるほどの衝撃だった。あまりの強者としての佇まいに、恐怖すら忘れて視線を奪われる。

 

慧音の瞳に映る白髪の戦鬼。それは、幻想郷の残酷な摂理を根底から覆す異界の「力」であり、同時に、この無慈悲な世界で彼女が、そして人間たちがすがりつくべき「英雄」の誕生を、これ以上ないほど鮮烈に告げるものであった。

 





直剣:境界の直剣

世界の狭間、次元の綻びから戦場へと降った極めて標準的な鋼のロングソード。神を屠り、律を書き換えた偉大なる王の最初の武器である。その柄には、不自然なほど鮮やかな紫色の絹紐が、誰かの手によって固く巻き付いている。それは握る者の掌に、境界の向こうから無数の視線が見つめているかのような、不気味な悪寒を絶えずもたらすという。

王を導いた黄金の祝福は、すでにない。


固有戦技:【構え】

剣を水平に構え、そこから状況に応じた攻撃に繋げる戦技。構えの姿勢から、通常攻撃で下からの斬り上げ、強攻撃で踏み込みからの強烈な突きを放つ。
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