ピンキーヘッド与作   作:唐揚ちきん

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前に書いた作品を小分けにしてかいております。


第一話『桃色少年ボーイ』

 平日の午前七時三十分。地元ではそこそこ有名な公立霞ノ郷高校の校門前、正確には生活指導教員・小金井剛志の目の前に一人の生徒が立っていた。

「なあ。芯地(しんじ)。前から散々言ってるよな?」

 小金井は頬をひくひくと痙攣《けいれん》させながら怒りを抑えるように静かに言う。

「いい加減、その髪を染め直って。それとも聞いてなかったのか?」

 芯地と呼ばれたその生徒は表情をまったく変えないまま、平然とした口調で答えた。

「先生。これは地毛です」

 その答えに小金井の堪忍袋の()が切れた。生徒の頭を指差しなら、大きな声で怒鳴りつける。

「阿呆か! そんな『ピンク色』の髪の毛が地毛な訳ないだろうが! どこの国の人間だ、お前は!」

 怒鳴られた彼の髪は日本人、いや、人間ではまずありえないような濃い桃色をしていた。

 顔立ちは東洋人そのものだが、瞳が大きく、童顔でとても高校生には見えないほど幼い顔をしている。ボブカットの髪型と合わさり、一見可愛らしい女の子にも見える。

 もっとも、それは彼の首から上だけを見た場合のみだろう。

「でっかい図体してれば、先生がビビるとでも思ったのか? ええ!?」

 彼、芯地与作の身長は一メートル八十九センチ、体重は九十二キロ。引き締まったその身体は筋肉の鎧で覆われている。どこに出しても恥ずかしくない筋骨隆々の巨漢だ。

「……先生」

 ずいっと与作は顔を突き出して、目下に居る小金井に話しかけた。

 身長のさほど高くない小金井は与作の巨体ぶりを改めて感じさせられてしまい、思わず怯んだ。

「な、何だ? 俺を脅すつもりか? 暴力には、く、屈しないぞ」

 そう言いながらも、与作から溢れ出る圧倒的な雰囲気に気圧され、声が震える。

 少女のような可憐な顔で、与作は無表情に言い放った。

「僕は生まれも育ちも日本です」

「いや、それは知ってるが……」

「そして、この髪は地毛です」

「それは明らかにおかし……」

「地毛なのです」

 淡々とした声と人形染みた無表情が合わさり、異様な気迫を放っていた。

「そう、だな。うん、先生が悪かった……それは地毛だ」

 その気迫に押され、小金井はとうとう心が折れ、与作を校内へと入れた。

 与作はこくりと無言で頷くと、下駄箱の方へと歩き出す。その後ろで校門にもたれ掛かり、ぼろぼろと涙を流す小金井の姿があった。

 

 

 

 

 下駄箱で特注サイズの革靴からこれまた特注サイズの上履きに履き替え、与作は自分の教室へと向かう。

 途中、廊下にたむろっていた三人の柄の悪い生徒から、挨拶をされた。

「あ、与作さん。ちっす」

「今日もピンクの髪、決まってますね」

「また小金井の奴、懲りもせず与作さんに突っかかってましたね。そこの窓から見えてましたよ。ったく、ウゼーから黙ってろって思いません?」

 口々に話しかけるが、与作はそれに逐一対応する。

「ああ、おはよう。吉田」

「僕の髪はいつでも桃色だ。北村」

「まあ、あの人も仕事だからな。少し鬱陶しく感じる事もあるだろうが、僕らの将来を考えての事だ。好意的に見ろ、河内。それとここで溜まってると通行者の邪魔になるぞ」

 彼らは別に与作のクラスメイトという訳ではない。かつて、与作に喧嘩を売り、そして敗北の後に与作を慕うようになった者達だ。

 本人達は与作の舎弟を自称しているが、与作からは単なる知り合いとしか思われていない。

「そうっすね。じゃ、俺らは自分の教室に戻ります」

 彼らぺこりと頭を下げて、各々の教室へと帰って行った。それに軽く手を振りつつ、与作も自分の教室へと入室する。

 扉を開いて、頭を少し下げ、(くぐ)るように入口に入る。長身の彼はそうしないと入口の上部に頭をぶつけそうになるのだ。というか、過去に一度思い切りぶつけて、入口の方が形状を変形させてしまったため気を付けている。

 中に入るとクラスメイトが一斉に与作を見る。一瞬にして喧騒が沈静化され、静寂がもたらされる。

 当然の事だろう。桃色の巨漢で、校内の不良も一目置くような男が教室に入ってきたのだ。毎度毎度の事ながら恐怖を感じずにはいられない。

「おはよう、与作。今日はいつもよりも遅い登校ね」

 そんな中、一人の少女が与作に声をかけた。

 銀色の髪を持ち、やや彫りの深い西洋人のような顔立ち。誰が見ても美しいと感じてしまうほど目鼻立ちの整った少女だった。

 そんな美少女に挨拶をさせた与作は表情を一つ変えないまま、平坦な挨拶を返しただけだった。

「おはよう、さゆり。小金井先生と話していてな。少し遅くなってしまった」

「髪の事で文句を言われたんでしょう。上から見てたわ」

「ふむ。どうも僕は周りの人達からかなり見られているようだな。僕はこんなにも平凡な男だというのに」

「あはは。その冗談は髪染めて、筋肉をもう少し落としてから言いなさい」

 華のように可憐に笑う彼女の名は乗松(のりまつ)さゆり。西洋的な外見と名前が合っていないように思えるが、紛れもない本名だ。

 彼女はイギリス人の母と日本人の父を持つ、所謂(いわゆる)ハーフだった。

 与作とは小学生の時からの幼馴染のため、唯一このクラスで彼を恐れない人間である。

 故にクラスメイトからはさゆりは『芯地与作の彼女』という認識をされており、彼女に言い寄ってくる男は入学してすぐに途絶えた。

 与作やさゆりが別に声高に周囲に触れ回った訳ではないが、お互いその事を否定していないのが原因だった。

 与作の風体を見てよってくる輩は、基本的にほとんどいないので必然的にさゆりと一緒に居る時間が長くなったのもある。

「むう。さゆりは手厳しいな。もっと媚びた態度でないと男に持てんぞ?」

 少女の如き童顔を無表情のまま膨らませて文句を言う与作だったが、さゆりはそれを鼻で笑っただけだった。

 

 午前の授業が終わり、昼休みに突入するとさゆりは与作の前の席に座り、彼の方を向いて話を始めた。

「与作。最近起きてる『連続行方不明事件』って知っているかしら?」

「知らんな。それより、食事を食べよう。僕は腹ペコだ」

 机の横に引っかけてあるバッグから大きめの弁当箱を取り出して、机の上に置いた。

 さゆりも手に持っていた女の子らしい小さめのサイズの弁当箱を乗せる。

「まあ、食べながら話しましょう。それで『連続行方不明事件』の事なのだけど……」

「言葉通り、連続して行方不明の人間が出ているという事件という事だろう? 事件の名前だけで大体分かるぞ」

 唐揚げを頬張りながら、興味なさそうに与作は答えた。

「そうなのだけど、それがこの町のあちこちで頻繁に起こっているのよ。不思議じゃないかしら?」

「よくあるよくある。誰だってたまにはどこかへ行ってしまいたい時がある」

 白米を箸で口に運び、ペットボトルのお茶のキャップを緩めて言う。

「何、そう気にする事はない。自分探し旅に飽きたら皆戻ってくるだろう」

「あのね、そういうレベルの話じゃないの。ある日突然、家から出て行ったきり戻って来ないの。テレビや新聞、雑誌、インターネットもここ最近はこの話題で持ちきりよ。今日だって貴方が登校してくるまではクラスでこの話をしていたぐらいなのよ?」

 能天気な与作に呆れた様子で、さゆりも弁当箱を開く。

 その時、会話中もずっと動かしていた箸をピタリと止めた。

「何故だ? 僕が来てから話を止めたとはどういう事だ?」

 ショックを受けたような声色なのだが、いかんせん無表情のままなのでいまいち落ち込んでいるのか分からなかった。

「いや、それは与作がクラスメイトに怖がられているから、大きな声で話していると目を付けられるとでも思っているんじゃないかしら? ……というより、今更そんな事に気付いたの? もう九月よ。入学してどれだけ経ってると……」

「つまり、この僕が級友にその行方不明事件の真犯人だと思われているという事か! だから避けられていたのか!?」

 さゆりの話をぶった切る様に与作は叫んだ。クラスに残って昼食を食べていた生徒達は突然の叫び出した与作に恐怖し、クモの子を散らしたように教室から逃げて行く。

 正面に座っていたさゆりは特に驚いた様子もなく、当然のように突っ込みを入れた。

「与作……ちゃんと私の話聞いていた? 誰も貴方の事を犯人だなんて思っていないわ。それと貴方が避けられているのはその筋肉質な巨体とピンク色の髪のせいで不良と思われているせいよ」

 しかし、与作はもう既にそんな事を聞いてはいなかった。頭にあるのは自分の無実を証明する事のみ。最初から自分がクラスメイトに距離を置かれているなど思考の片隅にも存在していない。

「こうしては居られない。僕が真犯人を捕まえて、己の無実を晴らしてみせる!」

 弁当の残りをかき込み、ペットボトルのお茶でそれを一気に嚥下(えんげ)した。

 弁当箱をバッグにしまって、空になったペットボトルを自慢の握力で握り潰し、消しゴムほどの大きさにすると教室のゴミ箱に投げ込んだ。ゴミ箱はちょうど教室の後ろの扉側隅にあるので、窓側の最後尾の与作の席からは角度的に物を入れるのは難しいのだが、野球部も羨むようなカーブを描き、ひしゃげたペットボトルだった物体は綺麗にゴミ箱へと吸い込まれるように入っていった。

 与作の無駄によいコントロールにさゆりは一瞬、目を奪われる。

「それではさゆり、僕は真犯人を捕まえるために早退する」

 その僅かな間に与作は教室の外まで出ていた。ちゃっかりバッグも片手に持っている。

「ちょっと、与作。本当に行くの!? 午後の授業はどうする気!?」

「無論、授業に真面目に参加できないのは心残りではある。しかし、それよりも己に掛けられた疑いを晴らす事の方が先決だ。先生方には申し訳ないと伝えてくれ」

 そう一方的に言うとそそくさと廊下を早歩きで進み、学校から出ていた。

 呆気に取られたさゆりだったが、仕方ないなと呟くと食事を再開した。

 

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