ピンキーヘッド与作   作:唐揚ちきん

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第二話『探し人と天狗の面』

 学校から家に帰り、弁当箱を流しに出して、居間でお茶を飲んでいた母親に経緯を話した後、与作は制服から私服に着替えて町へと繰り出した。

 タートルネックの黒いシャツにモスグリーンのチノパンツ。紺色のジャンパーを羽織ったその格好はなかなかに決まっていた。もしも、彼が桃色の髪に童顔でなければの話だが。

「さて、勢いでここまで来てしまったが、何か当てがあるわけでもない。……どうするか」

 いきなり行き詰まり、交差点の横断道路の前で顎に手を当てて思案する。

 与作というこの少年は別に頭の回転が悪いという訳ではない。成績も学年で10位には必ず入るぐらいのものだ。

 だが、少々天然ボケの気があり、勢いだけで物事を推し進めてしまう傾向がある。そして、異常なほど高い身体能力のおかげで、勢いだけで大抵の事はどうにかなってしまうのでなおさら、性質が悪かった。

「よし、虱(しらみ)潰しで行こう。そして、目ぼしいところがあったらさらに重点的に調べるとしよう」

 町中を調べ上げるという、常人では選択しない方法を選んだ。情報は足で得るものという実に由緒正しい古典的な方法である。

 この情報社会の中でネット環境のない彼には、この手法以外頭になかった。携帯電話こそ、所持しているが何世代も前の機種でぎりぎりメール機能が付いているだけという素敵仕様のせいもあった。

 捜索を始め、最初は闇雲に道を走り回り、その近辺を歩いていた人に一人一人『行方不明事件』に関して話を聞いていく。

 しかし、彼の外見を一目見て、逃げて行く人が多いため、わざわざ走って捕まえるという作業繰り返され、終いには警察まで呼ばれる始末。

 駆け付けた警察に事情を話すが、今度は学生という事で補導されかかり、結局逃げるはめになった。

 警察の目を避けるため人通りの多い駅前まで逃げて来た与作だったが、そこで数人がチラシを必死になって配っているのが目に入った。

 どこかのデパートか何かのチラシ配りかと思ったが、それにしては彼らの様子はあまりにも必死だった。さらに配っているのが三、四十代くらいの男女と中学生の少女だったのがさらに与作の興味を引いた。

 そのチラシを一瞥すると、女の子のイラストと共に、『行方不明! 女の子を探しています!』が太い文字が書かれている。

「む……」

 これは事件の手がかりになるかと思い、与作はすぐに彼らに近づいて話しかけた。

「すみません。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「はい?……な、何ですか!? あなた」

 与作を見上げ、紙を声をかけられた中肉中背の男性は慌てふためく。二メートル近い桃色髪の大男がいきなり話しかけてきたのだ。当然の反応だと言えよう。

「いえ、ただ僕はそのチラシを見せてもらいたいだけなのですが」

「チラシ? ……ああ、そうでしたか。すみません。突然、話しかけられたものですから驚いてしまって……」

 間違いなく与作の体格と髪を見て驚いたのだが、流石にそれは口に出せなかったため、男性は苦笑いを浮かべて取り繕う。

 そして、手元にチラシがない事を気付くと近くに居る中学生くらいの少女に言う。

「おい、かおり。この人にもチラシを」

「あ、うん。どうぞ」

 かおりと呼ばれたベリーショートの少女は暗く沈んだ表情で与作の風貌を気にする事なく、抱えていたチラシの一枚を手渡す。

 今のやり取りから察するにこの男性は少女の父親なのだろう。そして、少し離れてチラシを配っている女性の方は恐らくは母親。つまりは家族でチラシを配っているようだった。

「ありがとう」 

 与作はそういうと受け取ったチラシをじっくりと見る。

 そこには藤堂まゆと呼ばれる小学五年生の少女が行方不明になり、見つけたらすぐに連絡してほしいという旨が明記されていた。

 丁寧なイラストが文字と一緒に付いていて、黄色いワンピースと赤いエナメルの靴の可愛らしい女の子がしっかりと描き込まれている。

「この女の子は……君の妹さんか?」

「……はい。ひょっとして、どこかで見かけたことが……」

 暗い顔にほんの僅(わず)かな期待を込めて、かおりは与作を見るが、与作は首を静かに振った。

「いや、すまないがない」

「そう、ですか」

 先ほどよりも、沈んだ表情に与作は申し訳ない気持ちになり、かおりに頭を下げた。

「力になれず、本当にすまない」

「いえ、こちらが勝手に期待だけで、あなたが謝るようなことじゃないです。こちらこそ、すみませんでした」

 謝罪をし合った二人を見かねて、かおりの父、敏行は与作とかおりの間に割って入ってきた。

「かおり、お前は一度休憩しなさい。まゆが居なくなってからずっと休んでいなかっただろう?」

「お父さん、私は……」

「学校を休ませたのは元々、お前が心労で倒れたからだ。まゆが心配なのは分かるがいい加減休みなさい」

「……はい」

 しぶしぶ納得したかおりは力なく頷いた。

 敏行はかおりにそういうと、今度は与作に向き直った。

「あの、もしよろしかったら良かったら娘の話相手にでもなってやってくれませんか?」

 最初こそ、与作の外見に圧倒されていた敏行だったが、かおりとの会話を見て、与作の人柄を買ってくれたようだった。

 基本的に親切な人間である与作はこれに二つ返事で応じた。

 与作とかおりは近くのベンチに座り、藤堂夫婦のチラシ配りを見ながら、会話を始めた。

「僕の名前は芯地与作だ。君は?」

「藤堂かおりです……」  

 かおりは目を伏せて答える。

 彼女の様子は傍から見ても憔悴していた。よく見れば目の下に薄らと隈もある。

 与作はそれを見て、口ごもりそうになったが、逆に会話をしない方が彼女にとってよくないだろうと思い、話を再開した。

「妹さんはいつから行方不明になったのか聞いてもいいか?」

「もう一週間も前になります。まゆは遊びに行ったきり、ずっと帰って来なくて……」

 下唇を噛みしめ、かおりは泣きそうな表情になる。よほど妹が心配なのかが与作に痛いほど伝わってきた。

 だが、それでも話を続けた。

「僕は行方不明事件について、調べている」

「……与作さんは探偵なんですか?」

「違うが、絶対に真犯人を見つけ出すつもりだ。だから、君の妹さんも僕が必ず探し出すと約束しよう」

 警察でも一向に捜査の進んでいない行方不明事件を個人で解決するなど戯言以外の何物でもない。しかし、与作の言葉は真剣そのものだった。

 彼の表情には伊達や酔狂で言っているのとは訳が違う、強い覚悟や信念というものが見て取れた。

 かおりの涙腺から、こぼれ落ちそうになった涙が引っ込む。

「本当、ですか? 本当にまゆを見つけてくれるんですか!?」

「ああ、任せてくれ」

 力強い言葉と共にぐっと拳を握ってみせた。

 

 

その後、与作は藤堂一家に一礼をして、再び捜査へと繰り出した。

 もはや、彼の頭の中には掛けられた嫌疑を晴らすなどという事は残っていなかった。

 あるのは、何としても行方不明になった『藤堂まゆ』を見つけ出して、家族の元へ帰してあげる事のみ。

 前よりも一層真剣な表情で周囲を隈なく探す。路地裏のゴミ箱やマンホールの下の下水道まで至るところを隅々まで見る。

 しかし、そんな与作を嘲笑うかのように時間だけが無情にも過ぎていく。

 五時間が過ぎて、辺りもやや暗くなり、流石に一度休憩を挟もうかなどと考えていると、ふと塀と塀と間の細い小道が目に付いた。

 何故だかその小道が酷く気にかかり、そこへ誘われるように進んで行ってしまった。

 しばらく、その小道を歩いていると与作は不思議な感覚に囚われた。

 三十分ほど進んでいるのに、行けども行けども終わりが見えてこないのだ。

 最初の頃は随分と長い道だな程度にしか考えていなかったが、それにしてもこの長さは異常だった。

 住み慣れた町のために与作はだいたいの地形は把握している。本来であればこの辺りには大きな川があるはずだった。それにも関わらず、川は少しも見えてこない。

 痺れを切らした与作は全力疾走を試みる。

 彼の足の速さは最高時速の原動機付き自転車に余裕で追いつくほどのものだ。

 しかし、相変わらず左右のそれほど高くない薄汚れたブロック塀とアスファルトのでこぼこ道はどこまでも続いている。

 そして、与作はついに決定的な異常に気が付いた。

「景色がまったく変わっていない……いや、景色が『伸びている』!?」

 錯覚ではなく、足元のアスファルトやブロック塀、そして空の雲や塀の外の建物全てが引き伸ばされた写真のように横に伸びていた。

 あまりにも不自然な光景にも関わらず、与作は今までその事に気付く事ができなかった。いくら彼が天然ボケだといっても説明が付かない。

「一体どうなっているんだ……? そうだ。携帯は?」

 ズボンのポケットから傷だらけの古い機種の携帯を取り出す。

 電波は届いておらず、圏外のマークが小さなディスプレイに表示されていた。

「ふむ。これはなかなかに奇怪だな。だが、ひょっとするとこの小道に行方不明事件の真相が隠されているのかもしれん」

 そう呟くと、与作は自慢の脚力と身長を生かし、塀の上に登ろうとする。

 だが、塀の縁を掴もうとした手は何も掴めなかった。空を切るというよりはそもそも『本来であるなら塀の縁がある部分』が存在しなかった。

「何? これは……映像か?」

 まるでそれは写真の映像のようだった。塀のその向こうの建物もよく見れば立体感がなく写真を拡大して映しているように見える。

 後ろを振り返ると今まで歩いてきた道がいつの間にか塀になっていた。

「なるほどなるほど。否が応でも進むしかないようだな」

 彼はこんな状況にも関わらず、微塵も恐怖の色を表さずにクラウチングスタートの構えを取る。

 そのまま、内心で秒数を数えて、凄まじい瞬発力を発揮する。

 空気を切るような音を響かせて、両腕を振り、走り出した。

 その巨体からは想像もつかない速さで空間を振り切る。例えるなら、新幹線。重量を持った頑強な物体が速度を得た乗り物のよう。

 さらに与作はその異様な体力を存分に発揮し、十五分ほど速度をまったく落とさずに進むと、正面に小さく二つの何かが見えてきた。

 マサイ族並みの視力5.0のある彼にはその何かがはっきりと視認できた。

 手前側の何かは、山伏のような服を纏った白い髪の中学生程度の少女。そして、その少女と対峙する奥側の何かは一言では形容しづらい蜘蛛(クモ)のような形状をした肌色の異形の生物だった。

 蜘蛛のよう、とはそれが与作の知っている蜘蛛とは天と地ほど差があったからだ。

 その肌色の異形は人間の身体の部位で構成されていた。胴体の部分は目と口を縫い付けた人間の顔を拡大して繋げたような見た目で、その脇から生える四つの脚は巨大な人間の腕だった。

 そして、頭部は髪の長い女性の顔の大粒の目玉がいくつも取り付けられていて、口元は絡み合うように握り締められた指が縦に生えている。

 まるで人体の部位で蜘蛛を模して造られた(おぞ)ましい芸術作品のようであった。

 それを見た与作は眩暈(めまい)と吐き気を覚えつつ、速度を落とした。

 否、落としそうになった。

 与作は、人体の部位で作られたその悍ましい『肉蜘蛛』の口の近くに、灰色の糸のようなもので張り付いている赤い小さな物体を見つけた。

 靴だった。赤いエナメルの小さな靴。

 かおりからもらったチラシに書かれたイラストの藤堂まゆの身に着けていた靴と同じ、赤いエナメルの靴。

 それを目視した瞬間、与作の中の恐怖は消滅した。代わりに湧(わ)いてきたのは激しい怒りだった。

 下がりかけた速度が与作の怒りを燃料にしたかのように急激に上がる。

 目の前の異形の正体や、行方不明事件の真相の事など彼の頭の中からは吹き飛んでいた。

 ただ、必死で探す姉の元に妹を帰してあげる事ができなくなったという後悔と、藤堂まゆの命を奪ったであろう肉蜘蛛への殺意があった。

 与作はまるでロケットミサイルのように、凄まじい速さで肉蜘蛛と白い髪の少女の元への距離を詰めて行く。

「え……? だ、誰ですか!? あなたは」

 白い髪の少女が急速に接近してくる与作に気付いて、振り向いた。

 懐から猛禽類を模した仮面を取り出した動作のまま一時動きを止めて、驚きに満ちた表情で与作に目を奪われる。

 それを好機とばかりに、肉蜘蛛の“人間の指で構成された口”が開き、薄汚れた灰色の糸が白い髪の少女を襲う。

「なっ……! しまった!!」

 粘性の糸は白い髪の少女に巻き付き、絡め取るように拘束する。

「かるら様の面が……」

 糸のせいで身体を思うように動かせなくなった白い髪の少女の手から猛禽類を模した仮面が離れた。仮面は音を立てて地面に落ちる。

 しかし、与作はその様子に一切の反応を示さなかった。

 彼には肉蜘蛛の姿だけしか見えていない。それどころか、白い髪の少女の声すら届いていなかった。

 距離がニメートルほど縮まった時、与作は両足を踏み込み、バネのように跳ねた。

 少女の身長の高さを悠々と飛び越して、空中で怒りを込めた右拳を振り上げ、無言のまま肉蜘蛛へと叩き込む。

 握り締めすぎて青白く鬱血した拳が、肉蜘蛛の頭部に直撃した。

 鈍い音が周囲に響く。

 与作は硬質なゴムのような感触と、べた付く灰色の細い糸を拳に感じた。

 耳障りな鳴き声を上げて、肉蜘蛛は頭部を激しく揺らした。

 氷柱のような鋭い目付きの無表情で与作はそれを見ながら、地面へ静かに降り立つ。その手にはいつの間にか赤い靴が握られていた。

 白い髪の少女は目の当たりにした光景を脳が処理しきれていないらしく、唖然とした表情で硬直している。

「……少しは効いたか?」

 赤い靴をズボンのポケットにしまい、ドスを利かせた低い声で与作は肉蜘蛛を睨み付けた。

 

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