「うん? 畏弥呼さんか。それで今、僕はどうなっているんだ? 仮面が張り付いたと思ったら、何かピンク色の鎧みたいなものを着ているんだが」
「えっと……私にも全部は分からないんですが、芯地さんが今纏っている鎧は“天狗の羽衣”というものです……何故、私でなく、芯地さんが纏えているのかということと、色が桃色なのかは私にも分かりませんが」
畏弥呼と与作は少し言葉を交わしている内に与作はある事に気が付いた。
身体中を這い回るように感じていた激痛が綺麗さっぱりなくなっているのだ。その上、折れていたはずの腕も元通りになっていた。
「ほう。何だかよく分からないが身体から痛みがなくなっているな。儲(もう)けものだ」
「私が言うのも何ですけどその一言で済まされる事態じゃないと思うんですが……。本当に凄い人ですね、芯地さんて」
もうただただ尊敬するしかない与作の能天気さに畏弥呼は嘆息したが、すぐに気を引き締めて真面目な声で言う。
「芯地さん。よく聞いてください。今、あなたは天狗の羽衣を身に纏っています。天狗の羽衣は隠し神を唯一打倒できるものです。本来なら、私がそれを身に纏って戦わなければならないのですが、何かの手違いで芯地さんの方に装着していまいました。お門違いも甚だしいことは承知の上ですが、私の代わりに隠し神と戦ってはもらえないでしょうか……?」
与作はそれに間髪入れずに答える。
「分かった。なら取りあえず――この肉の蜘蛛を殺せば良いんだな?」
顔を覆っていた四本の前脚を広げ、与作に突進してきた肉蜘蛛を見据え、声のトーンを落とした。
前脚の先の手の平が拳状に握られる。
垂直に振り抜かれたその拳は与作が立っていた場所を地面ごと抉った。
「ギチチッ」
どこか笑い声に似た鳴き声を吐いた。遂に与作を仕留めたと確信に満ちた様子だった。
嬉々として、前脚を退かし、与作の死体を確認しようとする。
しかし、そこには彼の死体はなかった。
「僕はこちらだ」
頭上から聞こえた与作の声に反応し、頭部を上向きに上げる。
「そう。それでいい」
初動作すら見えない速さで肉蜘蛛の真上まで跳んでいた与作が引き絞っていた右の拳を解き放つ。
与作を視認するためにこちらに向けられていた眼のほとんどが避けようもない迫り来る脅威を見た。
それは質量を伴った桃色の閃光。あまりの速さにそうとしか認識できなかった。
「グギャッ!!」
肉蜘蛛の頭部に衝突と同時に肉蜘蛛の眼の大半は潰れ、口元に付いていた『指』は弾け飛んだ。
与作の拳が接触した部分は削り取られたように砕かれ、青緑色の体液を音を立てて垂れ流す。
ふわりと羽毛のように肉蜘蛛の脇へ緩やかに着地して与作は冷たく言い放った。
「痛いか? それはお前に命を奪われた幼き女の子の分だ」
与作の方に頭部を向けると、肉蜘蛛は激昂したように口から灰色の糸を与作に向けた吐き出す。
「芯地さん、あの糸に絡まると身動きが取れなくなるだけじゃなく、生命力を吸い取られます! 気を付けてください」
「そうか。それで君はぐったりと地べたに這い
「はい。恥ずかしながら、その通りです。……糸が巻き付いた時は身体に力が入らなくなっていました」
戦いながらも後ろに居る畏弥呼と会話をしながら、与作は避けようともせず、糸を真正面から受けた。
「ええ!? 私の話聞こえていなかったんですか!?」
「そう騒ぐな、畏弥呼さん。……何、ただ少し綱引きをしたくなっただけだ」
身体に張り付いた糸をぐっと両手で掴み、肉蜘蛛が糸を吐き切るまでに力を込めて、手前に引く。
与作が糸を浴びた事により、僅かに油断していた肉蜘蛛は口から吐いている糸ごと頭部を引っ張られ、つんのめる形になる。
肉蜘蛛の頭部が与作のすぐ近くまで引き寄せられた時、与作は糸を腕で引っ張った姿勢で回し蹴りを浴びせかけた。
「これはお前が奪った女の子を今も探し続けている彼女の両親の分だ」
強烈な蹴りにより肉蜘蛛の顎がとうとう完全に破壊され、ピンと張っていた糸が途中でちぎれて、だらりと力なく垂れ下がる。
不快な鳴き声さえ上げられなくなった肉蜘蛛は、腹部を見せるようにその巨体を逸らす。
腹部にある『顔』の目や口が開き、空洞のその部分からおびただしい量の溶解液を与作に降り注ぐ。
「これは……避けられんな」
「何故、芯地さんはそんなに冷静なんですか……先の戦闘といい、私は芯地さんが本当に普通の人間なのか怪しく思えてきました」
畏弥呼の呆れ声に耳を貸さず、与作は掛かる溶解液を最小限に抑えるため、上へと飛び上がった。
桃色の鎧に溶解液が掛かり、付着した場所から黒い煙が上がる。
幸いに鎧を溶かすほどの効果はないようで与作は安心する。
与作は冷静に溶解液の降り注ぐ場所を難なく潜り抜けた。
視界が見えるようになった瞬間、指と指を絡ませた
肉蜘蛛は与作が上に逃げる事を予測して、待ち構えていたのだ。
「ぐっ」
振り下ろされたアームハンマーは与作を叩き落し、溶解液の水溜りへと落下させた。
背中から落下し、受け身も取れず、溶解液に身体を浸けてしまう。
「これが狙いだったのか。侮れんな」
「芯地さん!?」
「大丈夫だ。僕は頑丈だからな」
起き上がろうとする与作に更なる四本の脚が追撃とばかりに迫ってくる。
与作は右手を溶解液の水溜りに浸けて、その中の溶けかけている地面を軸にして、ハンドスプリングの要領で右に避けた。
「芯地さん、あまりその液体に触れるのは危険です。いくら天狗の羽衣と言っても無敵ではありません」
「安心して見ていてくれ、畏弥呼さん。鎧が無敵でなくても、僕の方は無敵だ」
「……分かりました。芯地さんを信用します」
「良い子だ。僕の幼馴染に見習わせたいくらいだ」
心なし、鎧のあちこちが溶けて装飾が変形しているようだったが、与作はそんな事を気にするような人間ではない。
後ろに居る畏弥呼に与作は振り返らずに尋ねた。
「奴に致命傷を負わせる事はできないのか。このままじゃジリ貧だぞ」
「そうですね。ここは“
肉蜘蛛から距離を取るように動きながら、与作は聞き返した。
「何だ、それは? 必殺技か何かか?」
「その認識で間違いはないです。
「良いぞ。遠慮なく、さっさと使うぞ。どの道、ここで死にかねないなら寿命など何の役にも立たないからな」
あっけらかんとそう言う与作に、畏弥呼はもう特に反応しない。
ほんの少しの付き合いだが、与作がどういう人間なのかが嫌というほど理解してしまったからだ。
「そうですか。なら頭の中で翼を強く想像してください。そして、《オン・ガルダヤ・ソワカ オン・キシハ・ソワカ オン・ハキシャ・ソワカ》と唱えれば天狗の羽衣が反応するはずです」
「分かった。《オン・ガルダヤ・ソワカ オン・キシハ・ソワカ オン・ハキシャ・ソワカ》」
与作が翼を想像しながら呪文を唱えると纏っている天狗の羽衣がさらに色濃く輝きを増していく。
桃色の光る粒子が後ろへと集まり、溶解液に浸かった事で若干溶けていた鎧の背中側から、神々しい翼が生まれた。
色はやはりというか、当然ながら桃色だった。
与作は自分の身体から、大切な何かが抜けていくのを感じた。恐らくはそれが生命力というものなのだろう。
「霊鳥翼が完成しました。空を飛んで、隠し神へ突撃してください!」
「任せろ。打ちかましてやる」
颯爽と与作が跳ねると、それに連動するように翼がはためき、空中を舞う。
そのまま、距離を取っていた肉蜘蛛へと接近する。
迎え撃とうと突進してくる肉蜘蛛。
すると、翼が急激にその大きさを拡大させ、与作の身体を覆い尽くすように巻き付く。
「これは……」
「芯地さん」
身体に纏われた翼は、浮力を失わないどころか、高度を上げて肉蜘蛛へと突き進む。
「その翼は天狗の羽衣が持つ無敵の盾であり――」
襲い来る肉蜘蛛の四本の前脚をいともたやすく、弾き返した。
接触した脚は引きちぎれ、肉蜘蛛の後方へと吹き飛んでいく。
「そして、最強の矛でもあります」
勢いを少しも殺さず、肉蜘蛛の巨体に激突し、その腹部を貫通した。
風穴を開け、そこから体液を流しながら肉蜘蛛はその身をぐずぐずと溶かしていった。
翼を広げて、地面に降り立った与作はそれを見て、最後に呟いた。
「それはお前が奪った女の子の帰りを待つ、彼女の姉の分だ」
その後、与作の顔に張り付いていた猛禽類を模した仮面が剥がれ落ちると鎧は桃色の粒子となり、消えていった。
先ほど受けた傷は鎧が消えても全て治ったままだったので与作は一安心する。
「あれ!? かるら様の面の色が……」
しかし、麻色だったかるらの面は何故か桃色に変わり果てていた。
関心のなさそうに与作は言う。
「色物と一緒に洗濯した無地のシャツみたいだな」
「……私の代わりに戦ってくださった芯地さんにこんなこと言うのは失礼だと思いますが、多分これは芯地さんの影響です」
「僕はそんな事は知らないぞ。ん? 景色が」
困ったように与作を見つめる畏弥呼だが、それを余所に与作は周囲の景色が変わっていっている事に気が付き、忙しなく周りを見回す。
「主である隠し神が消滅した事で、あの隠し神が作ったこの偽装空間が崩れていっているんですよ」
与作の疑問に答えるように畏弥呼がそう言った。
「偽装空間?」
「隠し神が人を誘い込むために作る空間の事です」
そうか、と与作は小さく頷いた。
きっと最近の行方不明者はここへ誘われ、あの肉蜘蛛に捕食されていたのだろう。
そして、藤堂まゆもその例に漏れていなかった。
与作はポケットに入れてあった赤いエナメルの靴を取り出した。
ジャンパーは溶解液で溶かされ、シャツの袖も同じく溶けてなくなってしまったが、ズボンのポケットに入れていたこれだけは無事だった。
それを数秒眺めた後、またポケットに入れ直した。
「それで畏弥呼さん。君は何者なんだ? それに隠し神というのは何なんだ?」
与作は真面目な雰囲気を纏い、変色したかるらの面の表面を指先で擦っていた畏弥呼に聞いた。
「私は天狗の巫女と呼ばれている存在です。天狗の羽衣を着て、隠し神という人を攫い、食らう化物からこの町を守護する……言わば守護者のようなものですね。もっとも、今では人知れず隠し神と戦う、言わば陰の仕事のようなものですが」
「さっきから気になっていたんだが天狗というのは、あの真っ赤な顔面に直立した男性器のような鼻を持つ妖怪の事か?」
真剣そうな口調で途轍もなく下品な事を言う与作に畏弥呼は顔を朱に染めて声を荒げた。
「な、なんて最悪な表現をするんですか!? いくらなんでも下品過ぎますよ!……ま、まあ、あながち間違いとも言い切れませんが」
「やはり男性器のような鼻を……」
「違います!! 私が間違いではないと言ったのは妖怪の方です」
「だろうな」
与作は畏弥呼に対して冗談を言ったつもりだったが、本人は無表情のため、非常に分かりづらかった。
肉蜘蛛との戦闘の直後での話だったため、冗談を言って場を和ませたかったのだが、この場合はただのセクハラ以外の何物でもなかった。
話の腰を折られつつも、律義に畏弥呼は続きを話していく。
「妖怪というのは、そもそも神がその神格を落としたものなんです。天狗は元々山や土地の神でした。かつてはここの土地でも神として崇められていたのですが、いつからか誰も
「なら、天狗と隠し神の違いは何だ? 仮面になっているか、いないかだけなのか?」
「そうですね……」
そこで畏弥呼は少し考える素振りをしながら、ぽつり言った。
「多くの人々に忘れ去られても、それでも人を好きでいてくれるか、くれないか。その違いでしょうか」
畏弥呼のその言葉には言い知れぬ哀愁が漂っていた。
恐らくは、彼女と天狗の間で何か複雑な背景があるのだろう。
「そうか」
与作はそれに対して深く追求しようとはしなかった。それは生半可に聞いていいものだとは思わなかったからだ。
「装着者というのは?」
話を急に変えた与作に畏弥呼は内心感謝しながら、答えた。
「文字通り、先ほど芯地さんのように天狗の面を付けて、天狗の羽衣を身に纏った人間のことです。つまりは天狗の巫女のことです。装着者は天狗の面を鎧に変え、隠し神と戦う
情けないです、と漏らす畏弥呼に与作は言う。
「そんな事はない。畏弥呼さんが居なければ僕はあの蜘蛛に負けて、喰われていたかもしれない。君のアドバイスは大いに役立ったぞ。胸を張れとまでは言わないが、俯く必要はまったくない」
慰めでなく、与作の本心からの言葉だった。
例え、かるらの面だけあったとしても、畏弥呼に教えてもらわなければ“霊鳥翼”は使えなかっただろう。
「それにな、誰かが傍に居るだけで心強くなれるものだ。人は独りでは弱い生き物だからな」
仏頂面には似合わない温かい言葉を吐いて、与作は畏弥呼の頭を撫でる。
「あ……。ありがとうございます。優しいんですね、芯地さんは」
畏弥呼の感謝の言葉を述べ、はにかんだ笑顔を見せた後、タイミングよく景色が変わり、あの引き伸ばされたブロック塀やアスファルトの道は影も形もなくなっていた。
それを確認すると与作は駅へと向かう。
「それでは私はここで失礼します。もうしばらく心配ないかもしれませんが、偽装空間にはお気を付けください」
「ああ。分かった。それでは、さようなら」
与作は別れの挨拶を済ませると再び真っ直ぐに歩き始める。
ただ、無言でポケットの中の小さな靴をぎゅっと握りしめながら。
差し込んでいた夕日が徐々に姿を消していく頃、駅の広場に到着すると、彼は周囲を見渡す。
そして、与作は今もせっせとチラシを配っているかおりを見つけた。
彼女は額に汗を浮かべながら、少しでも行方不明になった妹の手掛かりを探すべく、道行く人にチラシを手渡していた。
時に無視され、時に渡したチラシを無下に捨てられようとも、彼女は懸命に一人でも多くの人に妹の事を聞いて回る。
その姿を見て、自分のしようとしている事がどうしようもなく残酷な行いだと与作は思った。
このまま、自分は何も言わずに立ち去った方が良いのかもしれないとすら考えた。
けれど、それは逃げだ。
真実を知った人間はそれを伝える義務がある。
でなければ、あの妹思いの優しい姉は道化に成り下がる。
与作は覚悟を決めて、かおりに近付いた。
「……藤堂かおりさん」
かおりは与作の姿を目にすると、チラシ配りを中断して話しかけてきた。
「芯地さん。どうしたんですか? ひょっとして、まゆの事何か分かったんですか!?」
期待の
「これ……! まゆの、妹のものです!! お父さんにねだって買ってもらったのを覚えています! どこで……どこでこれを!?」
与作はそれに答えず、代わりにかおりを地獄に叩き落す惨たらしい台詞を送った。
「妹さんはもうこの世には居ない。彼女は……化物に喰われた」
「え……? それは……それは、何の冗談ですか!?」
一瞬、与作の発言の意味を理解できなかったかおりだが、脳がその言葉の意味を理解すると怒声を上げた。
無理のない事だった。ようやく妹の手掛かりが掴めるかと思ったところで、化物に喰われたなど言われればからかわれたと取るのは自然な流れだ。
「嘘でも、冗談でもない。……必ず見つけ出すと約束したくせに僕は何もできなかった。本当に済まない」
しかし、与作はどこまでも愚直で、正直で、呆れるくらい不器用だった。
彼はかおりに頭を深く下げ、己にできる精一杯の謝罪をする。
「……えって下さい」
小さな聞き取りづらい声に与作は聞き返そうと顔を少し上げて、かおりの顔を覗き込む。
彼に見えたのはかおりの涙を瞳に溜めた顔だった。
「帰って下さい――!!」
そう言って彼女は手に持っていたチラシの束を与作に投げ付けた。
与作はそれを拾おうとしたが、自分にはその資格がない事に気付き、途中で手を引っ込めた。
これ以上ここに居ても、かおりを傷付けるだけだと思った彼は最後にもう一度謝罪の言葉を言い、その場を去った。
「――嘘つき……」
背を向けた与作に容赦のない言葉が突き刺さる。
彼は甘んじてその
家へ帰ると与作は夕食も食べずに自分の部屋へと引き籠った。
ベッドの上に大の字に寝転がり、天井をぼんやりと見つめた。
しばらく、与作がベッドで寝ていると、唐突に部屋のドアが開かれた。
部屋につかつかと我が物顔で入ってきたのは、母親ではなくさゆりだった。
「おばさんから聞いたわ。与作、貴方帰ってくるなり、部屋に籠りだしたんですって? 一体、今日何があったの?」
責めるような声にとは裏腹にさゆりの表情は心配そうなものだった。
それに対して、与作は何も反応を示さない。
しかし、その無言で与作の事が分かったというようにさゆりは質問を止め、ベッドに寝転がる与作の手を優しく握った。
両手で包み込まれる温かさと感触が与作は感じた。
「何か辛い事があったのね?」
与作は答えない。けれど、さゆりは無理に聞こうとはしなかった。
「貴方、辛い事があった時はいつもそうやって一人で抱え込むわね。少しは話したっていいのよ? やせ我慢なんかしてたって何も解決しないわ」
さゆりは諭すようにそう言うが、真一文字に引き結ばれた口は決して開こうとしなかった。
だが、与作はさゆりの手を軽く握り返す。
それだけで全てが通じ合ったようにさゆりは微笑を浮かべた。
お互いに長い間、幼馴染をやっているおかげで言葉にしなくても何を思っているのかが伝わる。
少しの時間、視線すら合わせないまま、与作とさゆりは手の平の感触を感じ合った。
「じゃあ、私はそろそろ行くわね。また来るわ」
手を離して、さゆりが部屋を出て行こうとする。
彼女が去る間際に与作はさゆりの方を向いた。
「……ありがとう、さゆり」
さゆりが振り返ると、そこにはいつもの無表情の与作の顔があった。
「ふふ、何だか吹っ切れたようね」
「ああ、僕らしくなかった」
ベッドから身を起こし、両手で自分の頬を引っ叩く。
ぱしんっと良い音が響いた。
「もう大丈夫そうね。それじゃ、また明日、学校でね」
「ああ、そうだな」
ドアの閉じる音を聞いた後、窓を開いて、外の景色に目をやる。
そして、別れ際に畏弥呼が言った言葉を思い返す。
畏弥呼は、しばらくの間は大丈夫だと言っていたが、逆にその期間を過ぎればまた新たな隠し神が現れる可能性があるという事だ。
もし、そうなれば再び、行方不明者が続出する事になるだろう。また、藤堂まゆのような被害者を生み出してしまう事になる。
その時、自分は何もできないままなのだろうか。
天狗の羽衣。
あれがあれば、自分も戦う事ができる。
「“かるらの面”だったか……。あれさえあれば……」
そう小さく漏らしたその時、与作目掛けて、外から何かが猛スピードで迫ってきた。
与作がそれを優れた動体視力と反射神経を持って、難なく掴み取る。
「これは……かるらの面!?」
見れば、それは与作がちょうど口に出していた桃色に変色したかるらの面だった。
まるで与作の呼び声に答えて飛んできたとしか思えない。
「ひょっとして、僕に力を貸してくれるために来たのか?」
与作は仮面に尋ねるが、返答は帰って来ない。
だが、与作はそれを気にしなかった。かるらの面を胸に抱くと、今度こそはかおりのように傷付く人を出さないと心に誓った。
彼の桃色の髪が窓から入ってきた風にそよがれ、小さく揺れる。
最後に、この仮面の持ち主である畏弥呼の事がふと脳裏に浮かんだが、きっとまた会えるだろうと楽観的に考え、彼女について思いを巡らせるのを止めた。
取り合えず、これで終わりですが、いつか続きを書くかもしれません。