TS魔法少女はままならない   作:くまもち

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中編

 ――それから、小一時間が経った。

 

「あおいちゃん、開けてってばー!」

 

 ドンドンとドアを叩く音が響く。抗議というより、駄々をこねているような音だった。素直になるまで待つとは何だったのか。

 

「無理。今日は無理」

「なんでよー! 開けてくれないと、こじ開けちゃうからね~?」

「物理で解決しようとするな」

 

 ガチャガチャとドアノブを揺する音、続いて鎖がドアに巻きつく金属音がした。まさか本気で引きちぎる気か、と俺は布団の中で身構える。

 

「みう、駄目。壊れる」

「壊れても直せばいいじゃん!」

「私物破損は減給案件」

「……それは困る」

 

 あっさり撤退した。金には弱いらしい。

 

 みうの足音が離れていくと、入れ替わるようになのかの気配がした。物音を立てず、何かをドアの下の隙間から差し入れてくる。

 

「……お菓子」

 

 短い声のあと、包装紙の擦れる音だけが残った。俺は布団の中から手を伸ばし、隙間から押し込まれたクッキーの袋を引き寄せる。何も言わずに置いていくあたり、みうより始末が悪い。無言の圧力というやつだ。

 

「……ありがとう」

 

 小さく返事をしたが、応えはなかった。なのかはもう立ち去ったあとらしい。

 

 結局、俺が部屋を出たのは、それから二時間後だった。理由は単純で、腹が減ったのと、いい加減トイレを我慢する限界だったからだ。感動的な理由が何もないのが、我ながら締まらない。

 

 廊下に出ると、隣の部屋のドアの前に、みうとなのかがくっついて座り込んでいた。俺の顔を見た瞬間、みうがぱっと立ち上がる。

 

「あおいちゃん!」

「……悪い、ちょっと意地張った」

「ちょっとどころじゃなかったけどね」

 

 なのかも立ち上がり、俺の顔を覗き込んでくる。

 

「大丈夫?」

「まあ、なんとか。……情けない啖呵切ったなとは思ってる」

「らしくない」

「うるさい」

 

 みうが横から抱きついてくる。今度は鎖でも耳でもなく、ただの抱擁だった。

 

「あおいちゃんが女の子でも男の子でも、あたしはあおいちゃんが大好きだよ」

「なのかも」

 

 二人揃って即答されると、それはそれで照れくさい。

 

「……そうかよ」

 

 そっけなく返したつもりが、声が思ったより柔らかくなってしまった。それに気づいたのか、みうがにやにやしながら顔を覗き込んでくる。

 

「今、ちょっと嬉しそうだった」

「気のせいだ」

 

 誰にも見せたくない顔をしていた自覚はあったので、俺はそれ以上何も言わずに視線を逸らした。

 

「それより、これからのこと考えないと」

 

 なのかの言葉で、俺は現実に引き戻された。

 

「これから?」

「女の子として生活するなら、色々足りない。服、下着、日用品。今のままじゃ全部あおいちゃんのサイズに合ってない」

 

 言われてみればその通りだった。俺の持ち物は、全部、俺が男だった頃のサイズのままだ。

 

「……まあ、確かに」

「というわけで、まず採寸ね!」

 

 みうが待ってましたとばかりに、道具箱からメジャーを取り出した。嫌な予感しかしない。

 

 

「よし、脱いで」

「脱がねえよ!?」

 

 開口一番の要求に、俺は思わず後ずさった。みうはメジャーを片手に、獲物を狙うような目をしている。

 

「採寸だから当然でしょ」

「いや、上から測れるだろ、常識的に考えて」

「正確な数字が欲しいの。あたしのプロ意識を舐めないでほしいな」

「どこで身につけたプロ意識だそれ」

 

 なのかが横から冷静にメモ帳を構えている。この状況を止める気は、どうやらなさそうだった。

 

「なのか、止めてくれ」

「……頑張って」

「味方じゃないのかよ!」

 

 俺はじりじりと後退したが、部屋の壁にはすぐ突き当たった。逃げ場はない。

 

「観念して、あおいちゃん」

「嫌だ。ストライキだ、俺は今日から採寸を断固拒否する」

「宣言かっこいいのに中身が情けない」

 

 容赦のない指摘だった。反論できないのがさらに悔しい。

 

 次の瞬間、しゃらん、と涼しい音がした。みうの得物である鎖が、いつの間にか俺の両腕に絡みついている。

 

「なっ、いつの間に!」

「あおいちゃんが喋ってる隙に。戦闘と一緒だよ」

「日常生活に持ち込むな戦闘技術!」

 

 じたばたと抵抗したが、鎖使いを本職とする相手に非戦闘状態の俺が敵うはずもない。あっという間に両腕を封じられ、なのかが淡々とメジャーを当てていく。

 

「……ん、思ったよりくびれてる」

「感想述べるな、数字だけ言え数字だけ」

 

「次、胸ね」

 

 なのかがそう言った瞬間、横からみうが横取りするようにメジャーを奪った。

 

「そこはあたしがやる!」

「役割分担が崩壊してる」

 

 抗議する間もなく、みうの両手が動いた。測るというより、確かめるような手つきだった。

 

「んっ……お、おい……!」

 

 変な声が出そうになるのを、俺は慌てて噛み殺した。くすぐったいような、それだけでは片付けられないような感覚が背筋を這う。顔には出すまいとしたが、たぶん失敗していたと思う。

 

「あたしとおんなじくらいかも」

「な……私よりも、大きいだと……!?」

 

 なのかが本気で衝撃を受けた顔をしている。数字より先にそっちが気になるらしい。

 

「そこじゃないだろ、突っ込むところ!」

 

「じゃあ次、下も測らないと」

「え?」

 

 問い返す間もなく、みうの指が俺のズボンのゴムに掛かった。

 

「ちょ、待て、なにする気だ!」

「腰回りとか、下着のサイズも大事でしょ」

「パンツは脱がなくてもいいだろ!」

 

 あわてて腰をよじって逃げようとしたが、鎖に絡め取られた腕はまるで自由が利かない。

 

「いいから大人しく――」

「な、なのか~! 助けてくれ~!」

 

 助けを求めた先で、なのかが小さく首を横に振った。

 

「……それはさすがに駄目だと思う」

「お、おお……」

 

 思わぬところで援護が入り、俺は胸を撫で下ろした。良識がある人がいてくれて本当に助かる。

 

「えー、減点だなあ」

 

 みうは名残惜しそうに手を離した。危機一髪だった。

 

 羞恥で顔が熱くなるのを感じながら、俺はされるがままになるしかなかった。みうは終始楽しそうに鎖を握り、時々「暴れないでー」と言いながら、あきらかに暴れさせたがっているようにしか見えなかった。

 

「……終わり」

「ようやくか……」

 

 解放された俺は、その場にへたり込んだ。屈辱と疲労が同時に押し寄せてくる。

 

「お疲れ、あおいちゃん」

「二度とやらん」

「買い物のたびにやるけど」

「なぜ!?」

 

 

 採寸という名の拘束劇のあと、俺はぐったりとした足取りで自室に戻った。汗だくになった体を洗い流したくて、真っ先に思いついたのは風呂だった。

 

 ……はずだったのだが、脱衣所の前で、みうとなのかに待ち伏せされていた。

 

「あおいちゃん、一緒に入ろう」

「入らねえよ!?」

「え、なんで。いつも一緒に入ってたじゃん」

「嘘をつくな! それは俺達がちっちゃかった頃の話だろうが!」

 

 条件反射で言い返してから、俺はふと違和感に気づいた。いつもなら止め役に回るはずのなのかまで、当然のような顔で頷いている。

 

「なのかまでその気なのか」

「うん。今日はいろいろあったし……こういう時こそ、ちゃんと距離を縮めておいた方がいいと思う」

 

 理屈で来られると、こっちも強く出づらい。

 

「距離ならもう十分近いだろ、これまで一緒に苦労を乗り越えてきたし」

「まだ足りない」

「即答するな!」

 

 結局、俺の意見はまるごと無視され、気づけば脱衣所には三人分の足音が並んでいた。

 

 浴室に入るなり、俺は反射的にタオルを体に巻きつけ、ついでに目元まで覆ってしまった。視界を塞いだところで状況が変わるわけでもないのに、羞恥心の防衛本能がそうさせた。

 

「あおいちゃん、目隠ししながらお風呂って……エッチだね!」

「見ないで済むなら見ないに越したことはないんだよ!」

 

 抗議も虚しく、両側から手が伸びてくる。

 

「じゃあ、あたしが右」

「私は左」

 

 役割分担だけは無駄に手早い。次の瞬間には、両方向から泡だらけの手で体を洗われていた。くすぐったさに身をよじると、それすら遊びだと思われたのか、二人の手つきがさらに大胆になる。

 

「ちょ、まっ……そこ弱い、やめ……!」

「弱いとこ発見」

「見つけたら覚えておく」

「発見しなくていい情報だ!」

 

 あっという間に体勢を崩され、二人の間に挟まれるような形でもみくちゃにされる。タオル越しでも到底防ぎきれない構造だった。

 

 もがくように腕を振り回すと、その拍子に二の腕へ、両側から柔らかい感触がむにゅりと押し当たった。

 

「んっ」

「わ……」

 

 二人が同時に小さく声を上げる。しまった、と思ったときにはもう遅い。

 

「あおいちゃん、そんなに触りたかったら言えばいいのに」

「見えないんだってば! わざとじゃない!」

 

 目隠し越しに叫んでも、説得力はゼロだった。

 

「あおいちゃん、髪さらさらー」

「あ、こんな所にほくろ発見」

「洗ってるだけでそんな感想出るか普通!」

「あおいは天井のシミでも数えておいて。すぐ終わる」

「だから何も見えないんだって!」

 

 結局、湯船に落ち着く頃には、俺は息も絶え絶えだった。屈辱的なはずなのに、体の芯はじんわりと温かくて、それを不思議と嫌に思えない自分に、少しだけ腹が立った。

 

「あおいちゃん、大人しくなった」

「……別に、諦めただけだ。」

「ふふ、そういうことにしといてあげる」

 

 なのかが湯船の縁に肘をついて、静かに笑っている気配がした。俺は膝を抱え、顔を半分だけ湯に沈めて、聞こえなかったふりをした。

 

 その日の夜、布団に入る前、俺はぼんやりと今日一日を振り返った。喚いて、拘束されて、揶揄われて、散々な一日だったはずなのに、なぜか嫌な気分ではない。

 

「……明日は買い物、か」

 

 壁越しに答える声はなかったが、隣の部屋からはもう寝息が聞こえていた。俺は小さく息を吐いて、目を閉じる。

 

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