TS魔法少女はままならない   作:くまもち

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後編

 ――というわけで、翌日。

 

 俺は見慣れない量販店の中で、着せ替え人形と化していた。

 

「あおいちゃん、次はこれ着てみて!」

「さっきからずっと同じこと言ってないか?」

「言ってない。さっきは3着前」

「数えてるのかよ」

 

 なのかが淡々と数字を告げてくる。試着室のカーテンを開け閉めするたび、みうが目を輝かせながら次の服を差し出してくる。抵抗する気力は、もう三着目あたりで尽きていた。

 

「ねえ、あおいちゃん」

「なんだよ」

「これだけ女の子の格好してるんだし、一人称も『わたし』とかにしてみない? その方が可愛いと思うんだけど」

 

 試着室の鏡越しに、みうが真剣な顔で提案してくる。冗談のつもりはなさそうだった。

 

「……嫌だ」

「即答」

「俺は俺だ。中身まで変える気はない」

 

 我ながら頑固だと思う。それでも、これだけは譲れなかった。姿形がどれだけ変わっても、自分が自分であるための最後の目印みたいなものだ。

 

「まあ、あおいちゃんらしいけど」

「うん。それでいい」

 

 なのかがあっさり同意してくれたおかげで、みうもそれ以上は食い下がらなかった。

 

 試着が一段落すると、なのかが黙々と、これまで着せられた服を一枚残らずかごに積み上げ始めた。

 

「……待て、なんで全部かごに入ってるんだ」

「必要」

「一部を選ぶ工程は?」

「全部必要」

 

 有無を言わせない口調だった。会計金額を想像して、俺は青ざめる。

 

「いや待て、そんな金どこから――」

「経費」

 

 みうがスマホの画面をこちらに向けてきた。加賀司令からのメッセージだった。

 

『適合対応にかかる費用は、育成機構の必要経費として全額負担します。遠慮なく使いなさい』

 

「……気前いいな、司令」

「娘可愛さ」

「娘て」

 

 なのかは満足げに紙袋を抱え直し、俺はもう突っ込む気力もなく、その光景をただ眺めていた。

 

「てか全部買うなら試着する必要なかったんじゃ……」

「いいじゃん楽しかったんだし」

「それはお前らだけだろ」

 

 結局、両手に抱えきれないほどの紙袋を提げてレジに向かった。会計を終えて店を出ると、みうがくるりと振り返る。

 

「じゃあ次、下着ね」

「それはいい。今ので足りてる」

 

 俺は男物の下着で通す気満々だった。しかしなのかが冷静に指摘を入れてくる。

 

「……動くと擦れて痛いよ、たぶん」

「え」

「体の形、変わってるから。合わないサイズは普通に苦痛」

 

 実体験のような口ぶりに、俺は反論できなかった。想像しただけで嫌な予感しかしない。

 

「……わかった、行く」

「はい決定」

 

 みうが即座に俺の腕を取り、下着店の方向へ引きずっていく。抵抗する隙もなかった。

 

 

 下着売り場に足を踏み入れた瞬間、俺は視線のやり場に困った。色とりどりの布地が並ぶ光景は、これまでの人生で縁がなかった場所だ。

 

「好きなの選んでいいよ」

「好きなのって言われても……」

 

 戸惑いながら棚を眺めていると、視界の隅に、淡い水色の一枚が目に留まった。理由はうまく言えないが、なんとなく目が離せなかった。

 

「……これ、でいいか」

 

 手に取ったそれを見せると、みうとなのかが顔を見合わせた。

 

「あ、やっぱり水色にするんだー」

「似合うと思う」

「……うるさい。いいだろ水色が好きなんだから」

 

 しどろもどろに言い訳をしたが、耳が赤くなっているのは自分でもわかった。

 みうとなのかがそろって微笑ましそうな顔をしていて、二人からのその視線が、なによりいたたまれなかった。

 

「試着していこっか」

「そこまでする必要が――」

「必要だよ、サイズ確認」

 

 なのかにあっさり押し切られ、俺は試着室に押し込まれた。個室のカーテンを閉めようとしたところで、当然のようにみうとなのかも中に入ってくる。

 

「え、なんで二人とも入ってくるんだ!?」

「サポート」

「3人で入る必要ないだろ!」

 

 狭い試着室に3人分の体温がひしめく。逃げ場はどこにもなかった。

 

「ほら、ブラの付け方合ってるか確認するから」

「自分でできる」

「後ろのホック、意外とみんな苦戦するから」

 

 言うが早いか、みうの手が背中に回ってくる。

 

「わ、ちょ、待て――」

「肩紐はこう。きつすぎても緩すぎてもだめ」

「先生かよ!」

 

 なのかまで横から真剣な顔で調整を手伝ってくる。二人がかりで手直しされる様は、レクチャーというよりほぼ包囲だった。

 

「ん、いい感じ」

「うん、似合ってる」

「褒める前に出ていってくれ!」

 

 抗議もむなしく、二人は満足そうに俺を眺めるばかりだった。狭い試着室の中、逃げ場のない時間がしばらく続いた。

 

「はいはい、お会計行こうね」

「これ以上いじるな」

 

 試着室を出る間際、なんとなく漏れた本音が、思いのほか大きな声になった。

 

「うぅ……もう、お婿にいけない」

「そこはお嫁さんでしょ」

 

 なのかの冷静な訂正に、俺は羞恥のやり場をなくして地団駄を踏んだ。

 

「うっさい、バーカバーカ!」

 

 売り場のど真ん中で子供みたいに喚く俺を、みうとなのかはただ微笑ましそうに眺めていた。

 

 

 荷物でパンパンになった紙袋を抱えたまま、俺たちは商店街の外れにあるカフェに落ち着いた。ようやく座れたことに、全身が安堵している。

 

「疲れた……」

「お疲れさま、あおいちゃん」

 

 運ばれてきた甘い飲み物を一口飲むと、強張っていた肩から力が抜けていく。窓の外を歩く人波をぼんやり眺めながら、俺はふと、朝から考えていたことを口にした。

 

「……正直、まだちょっと怖い」

「あおいちゃん?」

「元に戻らないとか、女の子として生きていくとか。頭ではわかってるつもりだけど、実感が追いついてない。今日だって、二人に振り回されてるうちに、なんとなく誤魔化せてただけだ」

 

 言ってしまってから、湿っぽい空気になったかもしれないと思い、俺は慌てて付け足そうとした。だが、それより早く、なのかが口を開いた。

 

「大丈夫。慣れるのは、ゆっくりでいい」

「一人にはしないから」

 

 二人の声が、想像していたよりずっと柔らかかった。茶化されると思っていた分、拍子抜けするくらい優しい言葉だった。

 

「……2人ともありがとう」

 

 素直に言えたのは、たぶんこの一日で少しは強くなれたからだと思う。

 

「うん、素直で偉い」

「よしよし」

 

 なのかが手を伸ばして、俺の頭を軽く撫でた。子供扱いされている気がしたが、悪い気はしなかった。

 

 

 買い物を終えて基地に戻ると、みうが唐突に切り出した。

 

「ねえ、あおいちゃん。3人で一緒の部屋に住まない? 部屋広いし」

 

 あまりに自然な提案だったので、一瞬聞き流しそうになった。

 

「は? いや、なんでだよ」

「だって、これからもっと色々サポートいるでしょ。一緒にいた方が早いし」

「その理屈で言ったら大体のことが同室で解決するだろ」

 

 援護を期待してなのかを振り返ったが、返ってきたのは予想と違う言葉だった。

 

「……別に、嫌じゃない」

「え」

「むしろ、チームは基本共同部屋。これまでが変則的だっただけ」

 

 まさかの肯定に、俺は言葉を失った。

 

「ちょっと待て、話が違う」

「話は最初からこうだったのかも」

 

 埒が明かないと悟り、俺は最後の砦として司令の執務室に駆け込んだ。

 

「加賀司令! さすがにこれはまずいですよね?」

 

 勢い込んで訴えたが、司令はデスクの書類から顔も上げずに答えた。

 

「今さら何を言ってるの。もうあなたの荷物、二人の部屋に移動させたわよ」

「は、はあ!?」

 

 何も聞いていない。何一つ、俺の同意を得ていない。

 

「善は急げって言うでしょう」

「言わない! 少なくともこの場面では言わない!」

 

 誰も味方についてくれないまま、事態はとっくに決着していたらしい。

 

「嘘だ……嘘だそんなこと!」

 

 乾いた合いの手が、静かな廊下に虚しく響いた。

 

 

 その夜、俺は生まれて初めて、みうとなのかと同じ部屋で布団を並べることになった。

 

「あおいちゃん、こっち」

「詰めすぎ、近い」

「近いくらいがちょうどいいの」

 

 言い合いながらも、結局俺の布団は二人に挟まれる位置に落ち着いた。壁越しではなく、すぐ隣から聞こえる寝息の気配に、まだ慣れない。

 

「……なあ」

「ん?」

「これまでは、壁一枚挟んで、毎朝起こされるまで寝てたんだよな」

「そうだね」

「今日からは、壁、ないのか」

「ないよ」

 

 なのかの声が、いつもよりわずかに柔らかい気がした。

 

「明日からも、こんな感じなのかね」

「たぶん、ずっと」

「気が早すぎるだろ……」

 

 文句を言いながらも、不思議と悪い気はしなかった。杖使いだった頃には想像もしなかった生活が、今、目の前で始まろうとしている。

 

「おやすみ、あおいちゃん」

「おやすみ」

「……おやすみ」

 

 目を閉じてしばらくすると、両側から、するりと足が絡みついてきた。

 

「……なんで足まで絡めてくるんだ」

「くっつきたい気分だから」

「無意識」

 

 抗議しようにも、身動きが取れない。もがけばもがくほど、逆にがっちりと絡めとられていく感覚があった。

 

「……もう、好きにしろ」

 

 諦めの境地でそう呟くと、二人が満足そうに笑う気配がした。

 

 三人分の呼吸が、少しずつ重なって静かになっていく。桐生あおいの、ままならない魔法少女生活は、こうして新しい形に姿を変えた。

 




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