私の身に起こったことをありのまま話すぜ。
白薔薇の蕾と志摩子ちゃんに挟まれたと思ったら、知らないお家で寝ていた。
何を言っているのかわからないだろう?
私もわからないんだ。
覚えているのは聖さまに「姉妹になってほしい」と耳元で囁かれたということ。そして、志摩子ちゃんに「妹にしてください」と約束を乞われたこと。思い出すだけで憤死してしまいそうだけど。
あ、もしかして私は自分に都合のいい夢を見ていたのではないだろうか。そうだ、きっとそうに違いない。女神さまってば最初からずっと大盤振る舞いだったから、調子にのった脳みそが妄想したのだろう。
「あ、起きた?」
「ぎゃふん。」
目を開けると令が顔をのぞき込んでいた。
寝起きに面のいい少女の安堵顔は致死量だぜ。ハッピープライスパラダイス。ああ、私の人生は二度目は幸福につつまれて終わるそうです。南無。
「何よ。その鳴き声。」
呆れた声。ここはまだ地上のようだ。
「あ、あれ。令、どうして令がここにいるの。」
「どうしても何もここは私の家だからよ。」
な、なんだって。
私がいるのは島津家とほぼ2世帯住宅の支倉家だと。ということは実質由乃ちゃんのお家にもいるということじゃないですか。
「聞かせてもらったわ。あなた、聖さまと中等部の美少女に攻められて気絶したんだって?」
ニヤニヤしながら令が尋ねる。
「そういえば聖さまと志摩子ちゃんは?」
「白薔薇さまに一喝されて反省中。今ごろは同じ人を狙う同士で仲良く帰っているんじゃない?」
令、曰く。たまたま通りがかった白薔薇さまと令が、気絶した桜を前に慌てている聖さまと志摩子ちゃんを発見。事情を聞いた白薔薇さまは呆れながら薔薇の館に連れて行って説教。
桜の身柄は学園から徒歩圏内の支倉家に引き渡されたらしい。今日は由乃ちゃんの通院で丁度お父さん(島津の方)が来ていたから一緒に連れてきたと。
えっ。ということは同じ車に由乃ちゃんもいたということ?なんで寝ていたんだ私、オタクならたとえ無理やりでも起きるところだろう!
「でも申し訳ないよ。保健室でよかったのに。」
「今日は養護教諭がいないって朝のHRで言っていたでしょ。」
「そうだっけ?」
「そうよ。だから、怪我には気をつけるようにって注意されたじゃない。さては聞いていなかったな。」
「面目ない。」
呆れながらお茶のはいった湯呑みを渡してくれる令。乾いた喉に沁みるぜ。上手い。もう一杯。原作で祐巳ちゃんも言っていたけど、家事能力が高いし、面倒見がいいし、令って家庭的だよね。
将来いい奥さんになりそう。いや、男性でもいい旦那さんとしてモテモテだろう。由乃ちゃんの心労を考えたら令は令ちゃんでよかったのかも。
ん?誰かが部屋に近づく足音がする。
「ただいま。」
「お帰り、由乃。」
えっ。由乃?
「もう目が覚めたのね。安心したわ。」
「由乃が来るついさっきに起きたのよ。」
中等部の制服を着た由乃ちゃんが桜の寝ているベッドの側にやってきた。
「桜は初めてだよね。前に学校で話した年下の従妹よ。」
「はじめまして。桜さま。私は中等部3年の島津由乃と申します。支倉令の従妹です。」
ぺこりとお辞儀をする由乃ちゃん。
初めてみる由乃ちゃんは長いおさげ髪が可愛らしい。夏の渓谷に咲く白百合のような儚げな美少女だった。
「こちらこそ初めまして。大島桜です。令にはいつもお世話になっています。」
「私、桜さまにずっとお会いしたかったんです。」
ズイっと由乃ちゃんが身を乗り出してきた。お互いに座っているような状態だから、わかりづらいけれど由乃ちゃんのほうが手足が長くて背が高そう。
「最近、令ちゃんったら家でずっと桜さまのお話しばかりなんです。」
「よ、由乃。」
ほう。学園では「さま」づけにしているのに、「ちゃん」づけにしているということは現時点で心を開いてくれていると期待していいのかな。
「奇遇ですね。私も教室で由乃さんのお話しばかり聞いています。」
「さ、桜。」
視界の端で令が恥ずかしそうにしている。
「ねえ、由乃ちゃん。」
「令って本当に可愛いよね。」
「桜さまもわかってくれますか。」
「もちろん。」
原作を読んでいるときから思っていたのだけど、令ちゃんって本当に可愛いよね。料理やお裁縫が好きっていうところだけでなくて、普段の言動というか存在そのものが。私も令ちゃんと呼んでみたいな。でも、その呼び方は由乃ちゃんだけに許された名前だから我慢我慢。
「初対面のはずなのになんで二人はそこまで意気投合しているの。」
「だって令の従妹だもの。いい子なのは前から知っていたし。」
それはもうずっと前から知っていましたよ。
黄薔薇革命での威勢のいい啖呵。それだって誰よりもお姉さまのことを思うからこその行動だった。一見、令のほうが由乃ちゃんの矢印が大きいように見えるけれど、しっかり同じくらいの熱量を由乃ちゃん側からも向けているというのがこの姉妹の萌えポイントだと思う所存でございます。異論は認めます。
「ねえ。桜はどうして聖さまの妹にならないのかしら。」
「どうしてって。」
なんだか、話題が急に飛んだな。
令は不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「桜は聖さまのことが嫌いなわけではないでしょう。それに人嫌いなわけでもなさそうだし。だから、なぜ姉妹の申し出を断るのかわからないのよ。」
「確かに聖さまのことは嫌いではないよ。でも、姉妹にはならない。」
そして、志摩子ちゃんとも。
彼女が姉のように慕ってくれているのは気づいている。桜だって志摩子ちゃんの兄の賢文さんを親戚のお兄さんのように思っているところもあるのだから。
「それはどうしてですか。嫌いでないなら姉妹になればいいのに。」
由乃ちゃんの言うことは正しい。嫌いじゃなければ姉妹になるのがリリアン女学園の通例だ。蔦子さんと笙子ちゃんのような姉妹にならない関係性のほうが珍しい。桜が姉妹の申し出を断るのは、ただ頑固すぎるのが問題なのだ。
「好きだから姉妹にならなければならないということもないでしょう?」
「そうだけど。」
「だから、この話はここでおしまい。」
にっこり笑って言うと、令と由乃ちゃんはそれ以上尋ねてこなかった。
大島桜は本来この世界にいない存在。だから私がいることで、この世界が私が好きだった作品と異なることも理解している。現に女神さまの言うことが本当であれば久保栞さんの両親がご健在ということからわかるように、そもそもの世界が全く同じでないこともわかっている。
けれども、本来結ばれるはずだった人物たちが桜のせいで、すれ違ってしまうことまでは、まだ割りきれそうにない。
やっぱり、オタクは黙って壁なのだ。
壁こそが至高。
壁こそが真理。
壁こそが唯一の救済なのだ。
人は慣れてしまう生き物である。
幸せすぎるとその瞬間は思っても、その日々が長い間続くと日常になってしまって、ついには幸せに気づけなくなってしまうのだ。それほど恐ろしいものはない思う。
「ねえ。令。」
「何?」
「もしも......。」
もしも、私に前世の記憶があると言ったら、いくら優しい貴女でも狼狽えてしまうだろうか。
「もしも、聖さまのことがなくても友達でいてくれた?」
臆病風に吹かれて、口から出たのは別の問だった。その誤魔化しに令は真面目に答えてくれた。
「聖さまのことはなくても友達になれたよ。」
彼女の剣のように真っすぐな言葉。祥子も惹かれた正直な物言いは桜の心も癒してくれた。
「ありがとう。」
「変な桜。もう少し休んでいったら?」
「いや、もう帰るよ。あまり遅いと悪いし。」
時計を見るとそろそろ夕飯時だ。
桜はベットを貸してくれた令にお礼を言って、由乃ちゃんとも学校でまた話そうと約束して帰路についた。
今更だけど令のベットで寝たなんてファンに知られたら死刑ものじゃない?
墓場まで持っていこう。
桜が帰った後、由乃は自分の部屋に帰らずにしばらく令のベットに寝転んだ。
「どうしたの?」
「桜さまってお噂通り、妖精みたいな方なのね。」
令のクラスメイト、大島桜は本人には自覚はないけれどかなり目立つ生徒だ。燃えるような赤髪に新緑の瞳は黒髪黒目の日本人の中では浮いている。それは白薔薇の蕾も同じなのだけど、単純な話、茶色よりも赤色のほうが目をひきやすい。
「話してみてどうだった。」
「そうね。令ちゃんの話を聞いて会ってみたいと思っていたけれど、実際に会ってみたら想像よりも面白い方ね。」
桜は由乃のお眼鏡にかなったみたい。
思ったよりも好感触だった。
由乃は心臓が弱いから激しい運動ができない。だから大人しい印象を持たれがちだけど、本人は案外勝気で人の好みも激しいところがある。
「でも、あの頑なな態度は何故かしら。白薔薇の蕾も、藤堂志摩子さんも非の打ちどころのない美少女よ。普通の人だったら頭を下げてお願いするような人たちなのに。」
由乃は桜が姉妹の誓いをしないのが不思議でならないらしい。
それは令も同感だ。
黄薔薇の蕾の妹としての立場を抜きにしても、桜には聖さまと姉妹になってほしいと思う。だって、お二人はお似合いなのだから。
でも、「姉妹にならない」と宣言した桜の表情を思い出すと何もいえない。
長いまつ毛の大きな瞳が、不安げにゆれていた。
桜には何か背負っているものがあるようなところがある。
それが何かは分からないけれど、例えば教室で友人と話しているときやお昼にお弁当を一緒に食べているときにふと遠い目をするときがある。
そんな桜をみると令は、彼女がどこか遠くに行ってしまうような気がして落ち着かなくなる。けれど夫婦喧嘩は犬も食わぬ、、他人の恋路を邪魔しては何とやら。
ただ新しい友人の傍で見守っていこうと思う。
もちろん、お節介は焼かせてもらうけどね。