ふわふわの巻き毛に大きな瞳をもった西洋人形のように可愛らしい子。だけど、中身は渋くて好物は洋食よりも和食。日舞も習っていて、極めつけに実家はお寺。なんともアンバランス。
白磁のような滑らかな肌に匂いたつ薔薇色の頬。
青みをおびた澄んだ瞳。
笑うとさらに可愛くなって、仔犬のように生き生きと輝いてみえる。
疑うことを知らない純粋なあの子の信頼に応えたくて、私は善き人でありたいと願っている。あの子の目には美しいものしか映らないようにしたいから。
かけがえのない大切な宝物。
その子の名前は藤堂志摩子。
学校から帰ると留守番電話にメッセージが残っていた。
両親だろうと思って再生したら、父ではない若い男性の声だった。
留守番電話の伝言を聞いて、桜は最寄り駅のロータリーで人を探していた。傘を持ってうろうろ行ったり切ったりしている姿は誰かをお迎えにきたようにみえるだろう。事実その通りだった。
「おーい。」
目の前に停まった車の窓が開いて、紺色の作務衣の角刈りの男性が桜を見つけてニカッと笑った。
「賢文さん!」
「久しぶりだな。」
賢文さんは志摩子ちゃんのお兄さん。乃梨子ちゃんや聖さま曰く、父親の遺伝子を濃く受けついだ強面だ。確かに色白の志摩子ちゃんと並んで一目で血のつながりがあると見抜いた人は私の知るかぎりいない。
「ちょっと車を停めてくる」と言って、桜に近くの喫茶店に入るように指さすとミニバンを走らせた。
「今日は突然どうしたの。」
二人掛けの席に向かい合うように座った。桜はアイスティー、賢文さんは珈琲とケーキのセットを頼んだ。(ギャップ萌え)
「パウンドケーキが上手い具合に焼けたから、桜にもやろうと思ってな。好きだろ?」
「大好き!」
賢文さんの持つラッピング袋を宝物を授かるようにうやうやしく受けとる。近づいた拍子に紺色の作務衣からバターとお砂糖のいい匂いがした。
「今回はラム酒をつかっているから1度に食べすぎないようにな。志摩子が大丈夫だったから桜もいけるだろう。」
「小寓寺に帰ったの?」
「ああ、おふくろに呼ばれて親父にいないときにこっそりとな。」
賢文さんと住職はお互いによく似ているからか、波長が合いすぎるようでよく喧嘩している。ときには取っ組みあい罵声が飛び交う大立ち回りを披露するが、おばさまと志摩子ちゃんが無視して夕飯の支度をしている風景は慣れとは凄いと感心した。
あまりにひどいと志摩子ちゃんが止めにはいる。大の男たちも可愛い末っ子の前では形なしなのはどこの家庭も同じみたい。桜も親戚の中だと一番下なので祖父と父にはとくに可愛がられてきたのでよくわかる。
「なんでも志摩子が最近元気がないんだと。」
おばさまが心配して普段家にいない兄相手なら話しやすいかと賢文さんを呼んだそうだ。先日の放課後の出来事を思い出して、傘を握る手に力が入った。
「落ち込んでいるの?」
「落ち込むとまではいかないんだけどな。むしろ俺の目には何かを狙っているような、あいつには珍しいメラメラしたものが見えたよ。志摩子ぐらいの年頃の娘だったら、あのぐらいの心の乱れはよくあるものだろうから特に心配してないさ。」
その時、クラシカルな制服を着たウエイトレスさんが注文した飲み物とケーキを運んできたので話はそこで中断した。桜の前に置かれたショートケーキをさりげなく賢文さんのほうにずらしながら尋ねる。
「だから今日はわざわざ会いに来たの?」
「それだけが理由ってわけでもないぜ。昔なじみの妹分の入学祝がまだだったからな。」
そう言って賢文さんはパウンドケーキの入った袋を指さした。
「桜は俺よりも志摩子の姉妹みたいだよ。俺とあいつじゃ、顔立ちからしてちがいすぎるからな。」
「そうかな。似ているところもあると思うよ。」
ケーキを美味しそうに頬張る賢文さんの表情は銀杏を食べているときの志摩子ちゃんの顔に似ている。丁寧にフォークで切り分ける様子は一粒一粒煮豆をつまんで大事そうに食べる志摩子ちゃんの箸さばきを思わせる。
「そう言ってくれてありがとよ。」
照れたように笑うと賢文さんは空になったお皿をわきにどけて、伝票を手に持った。ちょうど桜もアイスティーを飲み終わっていたので一緒に席を立つ。奢ってくれるというお言葉に甘えて、店で別れた。
家への雨降る道で考えるのは一つ下の幼馴染のこと。
私の家が藤堂家のお寺の檀家で、初めてあったとき、志摩子ちゃんはまだ言葉も話せないほど幼かった。一人っ子で妹に憧れていた私は毎朝、志摩子ちゃんを迎えに行って学校に通った。
住職さんもよくしてくれて、両親が仕事で帰りが遅くなるときは夕飯を食べることもあった。
私は志摩子ちゃんのことを血のつながった妹のように大切にしていた。とてとてと後ろをついてくる志摩子ちゃんは愛らしく、目に入れても痛くないほど可愛がっていた。いつかお嫁に行くときはきっと号泣しちゃうんだろうなって思っていた。
なのに、
「私は修道院に行きたいんです。」
私が中学1年、志摩子ちゃんが12歳のとき。
彼女はシスターになると宣言した。
そのとき、私は密かに失望したのだ。
志摩子ちゃんが信仰心に目覚めたとき、桜は落胆した。
桜は無意識のうちに願ってしまったのだ。
彼女がシスターを目指さずに普通の少女として大きくなって、大人になっても桜と仲のいい友人でいてくれると思っていた。修道院に入って手の届かない存在になってほしくないと願ってしまった。そして桜はそう自分に都合のいいように考える頭に失望した。
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「私のことも妹にしてください。してくれるとお約束するまで離しません。」
「志摩子ちゃんはまだ中等部でしょう。」
「お願いすることは禁止されていませんから。」
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妹にしてほしいと言われたとき、桜の胸は騒いだ。
願いを叶えてあげたい。妹にしてあげると約束してしまいたい。
次第にその思いが強くなって、了承の言葉が喉元まででかかった。すんでのところで堪えきれたのは目の前に聖さまもいたから。
志摩子ちゃんのお願いを聞けば、なし崩しに聖さまの申し出を受けることになる。前例を作ってしまえば鉄壁の牙城も突破されてしまうから。その逆もまたしかり。
考え事をしているといつの間にかマンションに着いていた。
明るいエントランスの中で久仁子さんが一人がけのソファに座っている。今日は尋ねてくる人が多いなと思いながら近づくと、久仁子さんは読んでいた本を閉じた。
「お帰りなさい。遅かったわね。」
「ただいま。知り合いと話していて遅くなったの。」
「へー。リリアンのお友達?」
「まあ、そんなところ。」
正直に賢文さんと会っていたなんて言ったら色々言われそうで黙っていた。
「白薔薇様から聞いたわ。姉と妹がいっぺんにできたそうね。」
「まだ未遂だから。」
「はいはい。」
強く訂正を求めると久仁子さんは片手をひらひらさせて流した。
「気絶したと聞いたけど身体は大丈夫?」
「問題ないよ。」
「それならよかったわ。」
どうやら久仁子さんは桜の体調を案じて尋ねてきてくれたようで、大丈夫そうだと判断すると駐輪場に止めていた自転車に乗って帰っていった。
賢文さんといい、久仁子さんといい兄姉たちは下の子がそれほど気になるものなのだろうか。前世から一人っ子歴ウン十年の桜にはわからない。けれど、全く想像できないということはない。
桜にとって志摩子ちゃんがまさに気にかかる年下の子だから。
彼女がリリアンに進学したときは家から遠いから登下校は大丈夫だろうか。普段、電車に乗りなれていないから心細くなっていやしないかと心配していたから。
(志摩子ちゃんのことはどうしよう)
聖さま相手だったら突っぱねることもできる。あの方には白薔薇様や蓉子さまといった頼れる人が傍にいるから。
でも、志摩子ちゃんにはそれができない。彼女の重荷を理解してくれたお姉さまはいない。他の誰でもない、桜が取り上げてしまったから。
これからどうすればいいのか。
開いたエレベーターのガラスには沈痛な面持ちの桜が映っていた。