AI君勤務中にタバコ吸わせるなよ...
「早く帰りてぇ..」
深夜の交差点に、一人の交通誘導員が立っていた。初夏だというのに汗ばむ熱帯夜が俺の気力を一層削り取っていく。右手で赤色灯をふらふら回しながら、眠気をこらえるために煙草をくわえる。
お決まりのフレーズと機械的な動作を繰り返しながら、いつも頭のなかで考えるのは「なんで俺はこんな人生になっちまったのか」ということだ。どうせ分かりきった答えだ。俺が無能だからだ。
高校卒業して入ったゼネコンで、俺はとことんやらかした。図面の読み間違い、段取りのミス、上司への報告の遅れ。毎日怒鳴られて、職人達からはバカにされて。「使えねぇ」「空気読めよ」「そんなこともできねぇのかよ」
とまあ、散々な日々を送った。
3年で体も心もボロボロになって辞めた後は、しばらく引きこもった。どうせ何をやっても同じだ。社会の底辺にいる俺が這い上がれるわけがない。そんな諦めだけが妙にしっくりきて、それからはもう、取り繕うことをやめた。
道路工事の交通誘導。これが今の俺の仕事だ。時給はそこそこいいが、夜勤ばかりで生活リズムはめちゃくちゃ。寝れない夜は酒に頼るようになって、気づけば毎日飲んでる。それでも朝方に帰って、シャワーだけ浴びてベッドに倒れ込む日々は意外と悪くない。何も考えずに済むから。
「しっかし暑いな……」
無人の道路を見つめながら、ポケットから取り出した煙草に火をつける。紫煙をくゆらせながら、腕時計に目をやった。午前3時45分。まだ休憩まで1時間以上もある。
この仕事は単調だ。たまに通るトラックを誘導するだけで、あとはずっと突っ立っている。最初のうちは時間が経つのが遅くて仕方なかったが、慣れてしまえばどうということはない。ぼんやりと煙草をふかしていれば、いつの間にか夜が明ける。
「……はぁ」
ため息をついて、咥えていた煙草をアスファルトに落とす。靴底で揉み消す動作すら面倒で、そのまま上から踏みつけた。
この時間帯になると、さすがに車の通りも減ってくる。街灯に群がる羽虫の羽音だけがやけに耳についた。
突然、視界の端で何かが光った気がした。顔を上げると、遠くから近づいてくる一台の乗用車。ヘッドライトの光がやけに揺れている。蛇行運転か、あるいは居眠りか――そう思った瞬間にはもう遅かった。
車は迷うことなく俺の方へ突っ込んでくる。逃げる間もなく、全身に衝撃が走った。
体が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられる。後頭部にぬるりとした感触が広がる。血だ。自分の血だ。視界がぼやけ、耳の奥でキーンという音が鳴り響く。
痛みで頭が真っ白になりながら、それでも不思議と冷静な自分がいた。ああ、死ぬんだな、と他人事のように思う。遠くで誰かの叫び声が聞こえる。運転手か、それとも現場の誰かか。
(走馬灯って本当にあるんだな……)
誰かに愛された記憶も、誰かを愛した記憶もない。誇れることも、成し遂げたことも、何もない。ただ無意味でしょうもない24年間だった。
「……あーしょーもな……」
掠れた声が喉から漏れる。それが最期の言葉だった。
視界が暗転し、意識が遠のいていく。痛みすら感じなくなったその瞬間、俺の人生はあっけなく幕を閉じた。